神に愛された子

鈴木 カタル

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1巻

1-2

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 その後も僕は、書庫へちょくちょく足を運んだ。この書庫なんだけど、父様や兄様が持ち出しているせいなのか、置いてある書物は少ない。
 本棚二個分くらいしか残ってないから、ここの書物だけでは知識にかたよりがでそうだ。兄様の趣味なのか、賢王に関しての書物が多いように感じた。
 僕は目当ての書物を手に取り、自分の部屋に戻る。
 僕には広い部屋が二つ与えられている。寝室と、勉強部屋だ。
 部屋の作りは、入ってすぐのところに寝室があり、その奥に勉強部屋。本棚も勉強部屋の方にある。
 本棚って言っても、書庫の本棚よりは小さいけど。
 持ってきた本を机に置き、椅子の上にクッションを敷いて座る。
 このクッションが無いと、僕は机の上の物が見えないのだ。
 むむむ、言葉や習慣の違いには慣れてきたけど、この小ささにはなかなか馴染めない。前世の記憶が少しずつ戻ってきているから余計に違和感がある。
 三歳の僕の目線は低いし、頭は重いし、不便だ! ……やるせないっ!
 ふんふんと鼻息を荒くしつつ、持ってきた書物を広げた。
 タイトルは『祈りと魔法』。
 ずっと気になっていた魔法書を見つけたんだ。この世界に魔法があるからだと思うんだけど、書庫には魔法関係の本も多かった。
 この前は初級学校や中級学校の教科書とか、世界について書かれた本を読んだ。これは、兄様が学校で使用した物だと思う。
 この世界の事を色々と知れたし、理解出来るところも沢山あった。
 よく分からなかった事は、父様か兄様に今後聞くとして――次は魔法だよね! 魔法!
 僕はワクワクしながら書物を捲っていく。

「……?」

 ペラペラと捲り「うーん」と首を傾げる。また、ペラペラと捲って首を捻る。
 この、「魔法は祈りを代償として使う」って記述に疑問が浮かぶ。
 祈りを代償って、どゆこと⁉
 魔法ってMP的な……マジックポイントみたいなものを使うんじゃないの?
 そこまで考えて、僕はハッとした。
 そして両手を見て、心の中で「鑑定」と唱えてみる。
 マジックポイントで思い出したんだけど、まだ試してない異世界テンプレがあるじゃないか!
 まずは自分を「鑑定」出来るのか、確かめてみないと。そうしたら、マジックポイントが存在するかどうかも分かるはずだ。
 鑑定と唱えてから数秒後、手の辺りに薄い板のような物が現れた。


 名前:リーンオルゴット(リーン)
 種族:ヒューマン(人族)
 年齢:三歳


 職業:???
 レベル:???
 状態:健康


 生命力:???
 魔力:???
 祈り:???
 力:???
 俊敏:???
 体力:???
 器用:???
 知力:???


 スキル:???
 祝福:???
 称号:神に愛された子(隠匿いんとく


「⁉」

 鑑定は出来たみたいなんだけど。生命力とかの欄についてる「?」はなあに?
 弱いって事ならともかく、何だこれ‼ 僕の中にある知識と、ちっがぁぁぁう!
 いや、分かるのもあるけど……
 あ、「祈り」があった。あっちゃった……そそそそ、それに……
 僕はゴクリと唾を呑み込む。
 称号という欄に、じっと視線を送る。
 この称号は、なんだあああああ⁉
 ドキドキと心臓の鼓動が速まる。「神に愛された子」ってどゆこと⁉
 未知の言葉に、頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。
 落ち着いて考えたいけど、鑑定結果が目に入るとソワソワして仕方ない。
 とりあえず、鑑定結果を消そう。
「解除」と唱えれば消えるのか、視線を外したら解除されるのか……
 僕が視線を手から外すと、薄い膜のような板は見えなくなった。
 やっぱり視線を対象――今回は僕の体――に固定している間は、鑑定が続いた状態になるのか。
 少し頭の中が落ち着いて、心臓の鼓動も元通りになった。
 ……見間違いかなぁ?
 見ちゃダメなモノだった気がするが、でも異世界テンプレである鑑定は、転生したら普通はするんじゃないかな? うん、僕は悪くない。
 気が付いたら自分のかいた汗で、着ている服がしっとりとしていた。
 それ程に慌てていたのか、僕は。

「ふぅ~」

 静かな部屋の中で、自分の吐いた溜め息が響く。
 サッと頭を切り替えて、むしろ見なかった事にして、机の上の書物をまた捲っていく。
 魔法の中には生活魔法と呼ばれるものがあった。この世界では、魔法は日常的に使用されていて、どうやらこの生活魔法というのは、ほとんどの人が使えるものらしい。この魔法で掃除そうじ洗濯せんたく、料理が楽に出来るようだ。
 それにはこの世界に根付いている〝祈り〟が関係している。生活魔法は祈る事で発動出来るのだ。
 初級魔法から中級魔法は、生活魔法と余り変わらない。これにも祈りが使用されるようだ。
 例えば「火」を扱う魔法だと、祈りや魔力の消費が少ない魔法『ライト』は初級、やや威力の大きい『ファイヤーボール』は中級……のように段階づけされている。
 だが上級魔法だけは祈りが適用されず、使い手の魔力のみを消費すると書かれていた。
 その他には、召喚魔法や精霊魔法、錬金術や時空間じくうかん魔法もあった。
 詠唱や使用頻度なども、魔法名と共に載っている。

「しゅりゅいおーくなぁ?」

 んん、言えなかった……
 この世界の魔法は種類が多いなぁ……それにしても、本当に〝祈り〟ってなあに?
 兄様が教えてくれた話に、賢王を【魔法神】として崇め、魔法に祈りを込め、っていう一節いっせつがあったけど、それの事かなぁ?
 それと気になるのは、僕をときめかせる「召喚魔法」だ。
 召喚魔法は、魔物を召喚して従魔じゅうまに出来ると書かれていた。 
 僕も召喚魔法を使ってみたいな~。どうやってやるんだろう?
 あと錬金術だよね。んはぁ~こんなに種類があると、ワクワクするなぁ! 
 元地球人の記憶のどれを呼び起こしても、魔法は「ゲーム」の中のものだった。そんな僕からしたら、魔法を使えるなんて夢のようだ。
 本当に、この世界には魔法があるんだなぁ。
 その後、僕は魔法に夢中になって、すっかり鑑定の事を忘れてしまった――


         †


 魔法の事を知ってから暫く経ったある日。四歳になった僕は、レーモンド兄様に頭を撫でられまくっていた。

「今日は何をして遊ぼうかねぇ。リーン」
「兄様、お勉強は大丈夫なのですか?」
「えっ、リーンは僕と遊びたくないの?」
「遊んでくれるのは嬉しいですけどぉ……」
「だよね! 『嬉しい』だなんて……ふふふ」

 レーモンド兄様に捕まったのは、つい先程。僕は兄様の部屋で、されるがままになっている。
 今のレーモンド兄様は十五歳。学園の高等部は後三ヶ月で卒業だ。最後に卒業試験がある為、前よりも勉強している。
 それに加えて、ルーナ領を運営する父様の仕事もお手伝いしていた。
 つまり……お忙しい方なのだ。
 領主を継ぐからというだけでなく、もしかしたら……将来の国王って事も有り得るらしい。
 常日頃、ヴァイラ姉様にネチネチとしかられてる姿を知っているだけに、とても心配だ。
 兄様は僕をぎゅっと抱き締めると、スンスンと匂いをいだり、頬をつんつんしたりしてくる。
 頬をつつきながら「可愛いねぇ」「柔らかい頬だねぇ」とブツブツ呟く。
 整ったお顔も、ゆるゆるになって、折角のイケメンが台無しだ。
 僕は以前より言葉を喋れるようになったので、恥ずかしい思いをする事はなくなった。
 初めてきちんと喋れた時は、家族全員から「凄い!」とめられ、沢山拍手され、恥ずかしさと照れから、顔が熱くなったものだ。
 喜んでくれる事が嬉しくて、思わず涙を流してしまい、家族の皆を慌てさせた瞬間でもあった。
 それ程、うまく喋れない間は歯痒はがゆい思いをしていたんだ。普通の子よりも時間はかかったけど、喋る事に慣れてきてからは急成長出来た。

「レーモンド様」
「!」

 兄様を呼ぶメイドさんに、僕は視線を向ける。
 どうやら兄様はお仕事があるらしく、代わりにメイドさんが僕と遊んでくれるようだ。
 去り際に兄様は「すぐに終わらせるから! ね? ね? 僕を待っててね!」と早口で告げて、ダッシュしていった。
 そんな兄様へメイドさんが、「走ると危ないですよ~」と声をかける。
 多分……今日はもう兄様に時間は出来ないだろう。
 本当に、ここ最近忙しいし。

「リーンオルゴット様、私と遊びましょう!」
「アイラさん、いつも通りに呼んでくださいね?」

 アイラさんは、生まれてからずっと傍に居る僕の専属メイドさんで、いつも遊んでくれる。
 なので、メイドさんの中でも一番の仲良しです。
 僕を愛称の「リーン」と呼んで良いのは家族だけなのだけど、僕はアイラさんの事を家族同然だと思っているので、彼女にもそう呼んで貰っている。
 でも毎回、僕の許可が出るまでは「リーンオルゴット様」と呼ぶんだ。

「ところで、アイラさんは魔法を使えますか?」
「! ……リーン様はもう魔法の事までお勉強されたのですか⁉」

 その返事を聞いて、あちゃー……と、若干冷や汗が出た。
 僕はまだ四歳なのだ。遊び盛りの四歳児が魔法の事など気にするはずがないか。
 キラキラした瞳を僕に向けるアイラさんを見ながら、頭をフル回転させて返答を選ぶ。

「この前読んだ絵本に魔法が出てきました。それで魔法って何だろって思って」
「ふむふむ。魔法、使えますよ~」

 僕の答えに納得したのかどうか分からないけれど、アイラさんは魔法が使えると答えてくれた。
 僕は興味津々きょうみしんしんで、アイラさんをじっと見る。
 するとアイラさんは、ぱっと顔を逸らしてから、「んん、ゴホッ」と咳ばらいをして、僕に向き直った。そして「では、魔法をお見せしましょう~」と、両手を組んで……そう、祈るような手の組み方をしてからパッと開く。
 その瞬間、風が僕の頬を撫でた。

「ふぇっ⁉」

 僕の反応を見て、また顔を逸らしてしまったアイラさん。
 耳が真っ赤なのは何故だろう?
 深呼吸してから僕の方を向いて、ニコニコと微笑み「どうでしたかぁ~?」と聞いてくる。
 そんなアイラさんに僕は、興奮して「凄い! 凄い!」と手を叩きながら喜んだ。
 アイラさんが「ぐは!」と言いながら倒れたので慌てて近寄ると、ブツブツと呟きながら大丈夫だと訴えてくる。
 よく分からないけど、大丈夫ならいいか。

「今の魔法は何ですか?」
「んん、今のは風の魔法の中の『微風そよかぜ』ですよ~」
「微風かぁ~凄いなぁ~」
「リーン様も、風の適性が有りましたら使用出来ます~」
「風の適性……僕も使いたいです」

 しゅんと眉毛を下げて、じっとアイラさんを見詰める。
 僕の目線までしゃがんだアイラさんは、僕の両手を掴んで「きっと出来ますから、大丈夫ですよ~」と目を細め優しく微笑んでくれた。
 だけど、風の適性が無かったら使えないんでしょ?
 適性ってどうやったら分かるんだろう?
 しゅんとしてる僕に、アイラさんが『風よ 我が力となりて その力を示せ 微風』と唱えた。
 すると、また僕の頬を風が撫でる。
 僕も使ってみたくて、聞いた詠唱を真似してしまった。

『風よ 我が力となりて その力を示せ 微風』
「きゃっ!」

 アイラさんの頬を風が撫でたようで、彼女は可愛い声を上げながら瞳を大きくした。
 魔法が使えた事に驚いたけど、アイラさんの反応にもびっくりだ。
 そうして、お互いに顔を見合わせてしまった。

「「……」」

         †


 俺――アルフォンス・ルーナ・アルペスピアは執務室で、メイドから子供達についての報告を聞いていた。

「……そうか、ありがとう。もう下がっていい」
かしこまりました」

 リーンに専属として付けているメイドから、今日の報告を受けた。
 自分の子供がどう過ごしているのかは、三人ともなると目が届かない為に、それぞれに専属のメイドを付けて報告させている。
 レーモンドの報告はここ数年は安定していて、最近は特に仕事への意欲も高いとの話だ。
 知識の幅は学園へ行ってからさらに広がり、もしかしたらもう俺を超えているのではないか? と思える程だった。
 自分の息子としてとても誇らしい。メイドの話では人柄も良いとの事だ。
 ただ、弟への執着だけが目に余る。が、それはあのリーンが可愛いのだから仕方がない事だとも理解出来る。
 ヴァイラの報告は日によってまちまちだ。勉強よりも母親の手伝いや、教会への奉仕ほうしなどを好んでおり、勉強するのは最低限の知識と作法さほうだけでいいとよく言っているらしい。
 もう少し学業を優先して欲しいのだが、中等部での評価は良いので「勉強しなさい」とは言えなかった。
 学園では勉強をしているようなので、高等部へ行ったら少しは変わるだろうと考えている。
 また、リーンを可愛がる事は彼女にも必須ひっすなようだ。
 そして次男であるリーンなのだが、どうやら中等部までの学習を終えたらしい。
 色々な本を読んでいるからなのか、喋りも四歳とは思えない程流暢りゅうちょうである。三歳までは、あれだけたどたどしかったのに、信じられない。
 その言葉遣いからも、知識の多さが分かる。
 しかも、高い集中力を持っているらしいのだ。
 以前メイドが、勉強しているリーンを見付けて声をかけたが、反応が無かったと言っていた。
 ずっと本を読んでいて気が付かず、しかもその本は『大陸の歴史』という題名で、中等部で習う内容の物だったと報告を受けた。
 あの時の衝撃は凄かったな……
 何度もメイドに聞き返してしまったものだ。
 本当にそんなにも頭が良いのかと、驚愕きょうがくした。まさか自分の子供が天才児とは思わなかったんだ。もしかしたらメイドが知らないだけで、高等部の教科も勉強しているのかもしれない。
 赤子の時から変わった子だとは思っていたが、今程ではなかったはずだ。
 そのリーンが、今日は魔法を使ったらしい。

「知識量は凄いが、どうやら魔法の事はあまり理解が深くないようだな。魔力や祈りの事どころか、魔力が枯渇こかつするという事も知らないらしい。才能が豊かなのは喜ばしいが、危なっかしいのは考えものだな。本当に俺の天使は……」

 困った子だ……
 はぁっと、盛大に溜め息を吐いて頭を抱える。
 我が子ながらに、あの子は天使だと思う程に愛らしい見た目で、素直な性格で……。本当に俺の子なのか? と疑ってしまうくらいだ。
 男の子なのだが、見た目は女の子よりも可愛い気がする。
 毛先がくるっと跳ねたあの「白に近い銀の髪」と、「深い青色の瞳」を見た時は、息が止まるかと思った。
 白髪に青い瞳。
 それは【神】の特徴の一部である。
 王家の伝承には、そう残っているのだ。
 国王様に報告する時はどうなる事やら……と、冷や冷やしたものだ。
 今までに、このような神に近い容姿の者が、生まれてきたという報告はない。未知な容姿に恐怖した父は、もしかしたらリーンを幽閉したり、最悪の場合は殺してしまうのでは……と不安に思っていたのだが。
 しかし出産の報告へ行くと「ワシにも見せろ!」と言われただけで、拍子ひょうし抜けした。その後、リーンを見せに行ったら行ったで、とてつもなくデレデレした顔をして「可愛いのぅ、可愛いのぅ」と、頬にちゅっちゅしていたな。
 さらには「この子は天使だのぅ。大切に育てよ!」と、言い出す始末だ。
 王妃様もリーンを見て「私もこんな子を産みたいわ!」と言い、教えをせがむように俺をじっと見詰めてきた。
 どう返したものかと、背中にじっとり汗をかいたのを思い出す。
 子供の可愛さは、生まれてくるまでは分からないのですよ…… 
 まぁ、二人が夢中になる程に可愛い存在なのだよ、リーンは。
 ……思わず脱線してしまった。取りえず頭を戻して……

「リーンには困ったな……」
「あらあら、どうかされましたか?」
「うーむ、リーンが魔法に興味を持ったようでな……」
「まぁ! 教えて差し上げればよろしいでしょう?」
「やっぱりそうなるか……って! いつの間に来てたんだ、レイルス」

 気が付いたら、最愛の妻がクスクスと笑いながら俺の隣に座っていた。
「今さっきですわ」なんて言いながら、俺の手を握る妻。
 その手はか細く、力を入れたら折れてしまいそうで、俺はそっと優しく握り返した。
 隣でニコニコと微笑む妻を見てると、悩むよりも妻をでる時間の方が大切な気がして、頭が働かなくなりそうだ。

「魔法を教えるのは早くないか?」
「あの子なら大丈夫です。私達のリーンは優秀なようですよ?」
「ヴァイラが言っていたのか? リーンの魔力を見たんだな……」
「ええ。教えてくれたの。ふふふ、天才だと言ってましたわ」

 妻のその言葉に、納得出来てしまう自分が居る。
 天才か。どうやら俺達の天使は、ヴァイラの魔力視によると十分な魔力を持っているようだ。
 本来、生活魔法は家族が教えるものだ。だが、リーンは説明も聞かずに魔法を使った。
 それは魔法の適性が高い事を意味し、きちんと学べば魔法師にもなれる可能性がある。
 魔法師は、この国に仕える職業で、そうなれば、大変ほまれな事だ。
 それに……妻からコソッと告げられた言葉が、さらに決心を後押しした。

「リーンは生まれてから……ずっと私を癒しているそうですよ。無意識にずっと、ですって」

 その言葉を聞いた俺は、リーンに魔法の勉強をさせようと決めた。
 まずは、家庭教師を探す事から始めようか。
 優秀な魔法師がこの国には沢山いる。何しろ魔法発祥の地なのだからな。


         †


「初めまして、リーンオルゴット様。今日からよろしくお願いします」

 緑色の髪をした、軍服に似た格好いい服を着ている渋いおじさ……お兄さんなのかな? に、そう言われたのは、三日前の朝だった。
 その日、僕は父様に執務室というところへ呼ばれた。
 どうやら僕が魔法を使用した事は、父様のお耳に入ってしまったようだ。
 アイラさんの雇用主は父様だ。なので、報告されても仕方ないと諦めて、潔く怒られよう! と思った矢先の事だった。
 けれど、父様は僕のした事を怒らなかったんだ。
 僕をさとすように「力は使い方次第だから、ちゃんと学べば良い」と言って、魔法について教えてくれる、僕の専属家庭教師を紹介してくれた。
 それが、僕の目の前で先程の挨拶をした、魔法師のカールべニットさんだ。
 服装から軍人だと思ったのだけど、この世界では魔法使いもこういう服を着るらしい。
 もうアレだよね。魔法使いといえばローブっていう、前世の知識は邪魔だった。
 異世界テンプレを期待した僕は馬鹿でした。
 そのカールべニット先生は、ちょっとだけ渋めのお顔をしてるから、三十歳以上の方なんだろうな~? なんて思ったのだけど、まだ二十四歳だという。
 思わず「え⁉」と言ってしまい、カールべニット先生はしょんぼりしていた。
「よく言われるからいいんです」って言ってたけど、肩をガクッと落とした姿を、僕はしっかり見ちゃったんだ。
 今後は渋めのお顔の人も、「若いのかもしれない」と思うように気を付けます!
 先生の瞳の色は、真っ黒だ。前世の僕には馴染みがある、黒い瞳。
 だけど、この世界では珍しい色なんだと先生が教えてくれた。
 カールベニット先生の瞳は、魔力視が出来る。
 瞳が黒に近い方がより魔力が見えるらしく、だから先生ぐらい黒いとその力は相当強いみたいだ。そういえば姉様も魔力視が使える。たまに目が茶色に見えたのは、そのせいだったんだな。
 自己紹介をした後、先生はその魔力視を使って、僕の魔力量を見てくれると言った。
 先生は僕と視線を合わせてからスッとまぶたを閉じて、パチッと開くと「っ⁉ これは……」と言ってすぐにまた、ぎゅっと目を閉じた。
 暫くパチパチと瞬きしてから、再び僕の方を向いた黒い色の瞳は、少し困惑しているように見えて……
 その困惑が何を意味しているのかは分からなかったが、早速僕は「魔力とは何か」、そして「祈りとは何か」の説明を受ける事になった。先生の授業はとても面白くて、僕はすぐに夢中になった。そう、先生の困惑の事を綺麗さっぱり忘れてしまうくらいに。
 魔力は魔法力とも言い、量には個人差がある。消費した魔力は薬で回復出来るし、時間はかかるけど、自然回復もするそうだ。
 魂に刻まれた〝善〟を力の源として、祈りを捧げると、魔法を発動出来るらしい。
 力の源にあたる〝善〟は、傷ついた人を助けたり、誰かの手伝いをしたり……つまりは〝善い行い〟をすると魂に刻まれる。日々誰かの為に手を差し伸べる事が、この祈りの力を高める事に繋がるようだ。
 魔法の為に善人が増えるなんて、よく出来た仕組みだな~と僕は感心した。
 それでもこの世界には〝悪〟があるのだと、先生は厳しい顔をして言った。

「人も他の種族も、良い人が居れば悪い人も居ます。善と悪は紙一重ひとえであり、それを見極めるのは、経験なのです」

 先生の言いたい事は何となく理解出来た。
〝善〟を刻むにしても、押し付けがましい行為では駄目で、助けを受ける側と助ける側の気持ちが〝噛み合う事〟が大切なのだろう。僕は先生の話をそう受け取った。
 この時の僕の「うんうん」と頷く姿に、先生は困ったようなお顔をしていたのだけれども、溜め息をつくとそのお顔は元に戻っていた。


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