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11.羆殺し《レディ・タイガー》
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状況が変わったのは、孔雀が十四になった年だった。
相変わらず、姉弟子や兄弟子と鳥たちの庭園で厳しくも楽しく日々を過ごしていた。
最近では真鶴に軍にも連れまわされて、家令のヒヨコと呼ばれてあちこち駆け回っていた。
ガーデンでのバレエのレッスンで、バーレッスンから孔雀だけが合わないとずっと白鷹に物差しで肘だの膝だの頭だのひっぱたかれていたが、久々に軍から戻ってきた真鶴がレッスンを眺めていて孔雀の関節の入りの深さに気付いた。
まっすぐ手を伸ばせと言われて、大概は水平に腕が伸びるが、孔雀は更にしなるのだ。
肘も膝も、普通よりも関節が回転する。
皆そうだと思っていた孔雀は驚き、原因が分かり、鏡でまっすぐに見える体の動かし方を覚えて、それから白鷹に叩かれる事は無くなった。
相変わらず神楽ではまた怒られていたが、それはバレエは誰よりも見事に踊るのに、神楽ではなくまるで健康体操だと叱られる緋連雀も同じ。
結局、白鷹は緋連雀を神殿ではなく聖堂に所属させる事にしたらしい。
孔雀は、白鷹の思うようになっていないとこっ酷く物差しで叩かれた。
池のほとりでべそをかいていた孔雀を見つけると、金糸雀は妹弟子の情けなく落ちた化粧をタオルで拭いてやった。
「仕方ないわよ。あんなのなんの為にやるんだか。サッパリわからないわ」
そう言う帰国子女の金糸雀だが、二年前に神殿に行き見事な舞を舞うようになっていた。
本人は意味も意義も理解できない土着の原住民のダンス、ぐらいしか思っていないのだが。
情けをかけられるとさらに悲しくなったようで孔雀は泣き止まない。
金糸雀は、ため息をつきながらも、神楽の衣装を脱がせにかかった。
紐や帯できつく締め上げられた衣装はこれでも簡易式。本来は、男手でないと着せられない程の重さのある凝った作りになる。
大分苦しかったのだろう、孔雀がほっとしてまた泣き始めた。
金糸雀は孔雀を丸裸にして、もう泣くなとまた慰めて家令服を着せてやると孔雀は涙を零しながら頷いた。
「ここにいたの。あら、また泣いてんの。ほら、顔拭きな」
真鶴が妹弟子に駆け寄り、孔雀の口に緑色の砂糖菓子を指で押し込んだ。
一気に甘さと果物の香りがして、孔雀は微笑んだ。
「真鶴お姉様、私も」とねだり、金糸雀も黄色いお菓子を口に放り込まれた。
「はい、泣かないの。ごはんだよ」
姉弟子が促すと、二人は立ち上がった。
食堂での夕食は相変わらずで。
たまたま城に出仕している緋連雀以外全員が揃っていた。
「あっ、私の唐揚げ・・・・」
「名前書いてなかったじゃん」
そもそも兄弟がおらず一人っ子で育ってきた孔雀は食べ物を取り合ったことがないので、四兄弟で逞しく育った大嘴によくおかずやおやつを取られている。
まあいいか、後でお菓子でも食べようとそれほど文句も言わずキャベツを食んでいた孔雀に「大嘴、盗るんじゃないよ。・・・ほら、孔雀」と、見越していた真鶴が皿に唐揚げを置いてやった。
すっかり孔雀はこの美しくなんでも出来る姉弟子が大好きになっていた。
今回の海軍と陸軍の演習で、真鶴はさらに名を挙げていた。
実際は雪中訓練だったのだが、訓練前半で羆が出るようになり、人喰いグマの討伐に内容が変わってしまった。それを仕留めたのが彼女。
「すげえんだぞ・・・。真鶴姉上、ライフルで頚椎と心臓ブチ抜いてさ。その上、斧でぎったんぎったんにしたんだ・・・」
その様子は海軍側の雉鳩により生中継された。
翌日、なぜそんなに肉片にしたがったのか明らかになった。
羆の肉は真鶴と白鴎によりシチューにされ軍で振る舞われたのだ。
上の世代の女家令は野禽を好むので、ガーデンにいた時によく狩猟をして食べていたらしい。
しかし、白鴎は血まみれの羆に腰を抜かし、雉鳩はシチューに手をつけなかった。
その勇姿は妹弟子達から絶賛され、孔雀は、雉鳩のライブ配信で見た姉弟子の姿は人喰い羆を退治しに行く村の勇者の酋長様のようだったとうっとりと言っていた。
「孔雀のおかげよ。おりこうさん」
孔雀が、羆の嗅覚は人間の百倍、聴覚は六十倍。視力はそれ程でもない。と書かれた手紙と、あらゆる臭いを消すという石鹸を大量に送ってきたのだ。
宮城での勤務と共にアカデミーで研究職に就いている猩々朱鷺が開発したというその石鹸と洗剤は、作戦に参加する海軍と陸軍の殆どに行き渡った。一部を除いて。
その一部に、白鴎がいたのだ。
つまり囮にされたわけだ。
「ツキノワじゃないんだぞ。ヒグマだぞ。・・・・こっちに向かってきた時は死んだと思った・・・」
とんでもねえ女だ、と改めて白鴎は「羆殺し」「レディ・タイガー」とあだ名のついた姉弟子を見た。
虎と言うのは、羆に対抗出来るのはアムールタイガーのみ、と言う逸話から来ているそうだ。
女神のようになんでもできるこの姉弟子は、本当になんでもやる。
アカデミーにおいてもずば抜けて優秀な彼女は、女神のように讃えられているのだ。アカデミー特別委員の席を、委員会側が用意した程に。
白鷹は真鶴を次の総家令にするつもりなのだろうと誰もが思っていた。
確かにこの姉弟子の持つ生来の才能、そして磨かれた才能は、その説得力が十分にある。
「そうそう、お土産」
と、孔雀にバレーボールくらいある緑のリボンのついた黒い塊を手渡す。
「わあ。これなに?」
「その羆の尻尾よ。キーホルダーにしてみたの。残りは骨格標本にして博物館で展示するらしいわよ」
心の底からいらない、と誰もが嫌そうな顔で見ていたが、孔雀は大喜び。
「おリボンついてる。かわいいポンポン。目玉をつけたらきっともっとかわいい。ありがとう、真鶴お姉様」
この妹弟子のセンスもどうも独特だ。
「ああ、子雀共、うるさいよ」
不意に不機嫌な様子の白鷹が現れたのに、家令達が緊張して礼をした。
「お前達。城への出仕の予定を繰り上げることにしたからね。それぞれ軍への出向は一旦延期。真鶴と孔雀以外は来週から城に上がりなさい」
それだけ言うと、さっさと出て行ってしまった。
相変わらず、姉弟子や兄弟子と鳥たちの庭園で厳しくも楽しく日々を過ごしていた。
最近では真鶴に軍にも連れまわされて、家令のヒヨコと呼ばれてあちこち駆け回っていた。
ガーデンでのバレエのレッスンで、バーレッスンから孔雀だけが合わないとずっと白鷹に物差しで肘だの膝だの頭だのひっぱたかれていたが、久々に軍から戻ってきた真鶴がレッスンを眺めていて孔雀の関節の入りの深さに気付いた。
まっすぐ手を伸ばせと言われて、大概は水平に腕が伸びるが、孔雀は更にしなるのだ。
肘も膝も、普通よりも関節が回転する。
皆そうだと思っていた孔雀は驚き、原因が分かり、鏡でまっすぐに見える体の動かし方を覚えて、それから白鷹に叩かれる事は無くなった。
相変わらず神楽ではまた怒られていたが、それはバレエは誰よりも見事に踊るのに、神楽ではなくまるで健康体操だと叱られる緋連雀も同じ。
結局、白鷹は緋連雀を神殿ではなく聖堂に所属させる事にしたらしい。
孔雀は、白鷹の思うようになっていないとこっ酷く物差しで叩かれた。
池のほとりでべそをかいていた孔雀を見つけると、金糸雀は妹弟子の情けなく落ちた化粧をタオルで拭いてやった。
「仕方ないわよ。あんなのなんの為にやるんだか。サッパリわからないわ」
そう言う帰国子女の金糸雀だが、二年前に神殿に行き見事な舞を舞うようになっていた。
本人は意味も意義も理解できない土着の原住民のダンス、ぐらいしか思っていないのだが。
情けをかけられるとさらに悲しくなったようで孔雀は泣き止まない。
金糸雀は、ため息をつきながらも、神楽の衣装を脱がせにかかった。
紐や帯できつく締め上げられた衣装はこれでも簡易式。本来は、男手でないと着せられない程の重さのある凝った作りになる。
大分苦しかったのだろう、孔雀がほっとしてまた泣き始めた。
金糸雀は孔雀を丸裸にして、もう泣くなとまた慰めて家令服を着せてやると孔雀は涙を零しながら頷いた。
「ここにいたの。あら、また泣いてんの。ほら、顔拭きな」
真鶴が妹弟子に駆け寄り、孔雀の口に緑色の砂糖菓子を指で押し込んだ。
一気に甘さと果物の香りがして、孔雀は微笑んだ。
「真鶴お姉様、私も」とねだり、金糸雀も黄色いお菓子を口に放り込まれた。
「はい、泣かないの。ごはんだよ」
姉弟子が促すと、二人は立ち上がった。
食堂での夕食は相変わらずで。
たまたま城に出仕している緋連雀以外全員が揃っていた。
「あっ、私の唐揚げ・・・・」
「名前書いてなかったじゃん」
そもそも兄弟がおらず一人っ子で育ってきた孔雀は食べ物を取り合ったことがないので、四兄弟で逞しく育った大嘴によくおかずやおやつを取られている。
まあいいか、後でお菓子でも食べようとそれほど文句も言わずキャベツを食んでいた孔雀に「大嘴、盗るんじゃないよ。・・・ほら、孔雀」と、見越していた真鶴が皿に唐揚げを置いてやった。
すっかり孔雀はこの美しくなんでも出来る姉弟子が大好きになっていた。
今回の海軍と陸軍の演習で、真鶴はさらに名を挙げていた。
実際は雪中訓練だったのだが、訓練前半で羆が出るようになり、人喰いグマの討伐に内容が変わってしまった。それを仕留めたのが彼女。
「すげえんだぞ・・・。真鶴姉上、ライフルで頚椎と心臓ブチ抜いてさ。その上、斧でぎったんぎったんにしたんだ・・・」
その様子は海軍側の雉鳩により生中継された。
翌日、なぜそんなに肉片にしたがったのか明らかになった。
羆の肉は真鶴と白鴎によりシチューにされ軍で振る舞われたのだ。
上の世代の女家令は野禽を好むので、ガーデンにいた時によく狩猟をして食べていたらしい。
しかし、白鴎は血まみれの羆に腰を抜かし、雉鳩はシチューに手をつけなかった。
その勇姿は妹弟子達から絶賛され、孔雀は、雉鳩のライブ配信で見た姉弟子の姿は人喰い羆を退治しに行く村の勇者の酋長様のようだったとうっとりと言っていた。
「孔雀のおかげよ。おりこうさん」
孔雀が、羆の嗅覚は人間の百倍、聴覚は六十倍。視力はそれ程でもない。と書かれた手紙と、あらゆる臭いを消すという石鹸を大量に送ってきたのだ。
宮城での勤務と共にアカデミーで研究職に就いている猩々朱鷺が開発したというその石鹸と洗剤は、作戦に参加する海軍と陸軍の殆どに行き渡った。一部を除いて。
その一部に、白鴎がいたのだ。
つまり囮にされたわけだ。
「ツキノワじゃないんだぞ。ヒグマだぞ。・・・・こっちに向かってきた時は死んだと思った・・・」
とんでもねえ女だ、と改めて白鴎は「羆殺し」「レディ・タイガー」とあだ名のついた姉弟子を見た。
虎と言うのは、羆に対抗出来るのはアムールタイガーのみ、と言う逸話から来ているそうだ。
女神のようになんでもできるこの姉弟子は、本当になんでもやる。
アカデミーにおいてもずば抜けて優秀な彼女は、女神のように讃えられているのだ。アカデミー特別委員の席を、委員会側が用意した程に。
白鷹は真鶴を次の総家令にするつもりなのだろうと誰もが思っていた。
確かにこの姉弟子の持つ生来の才能、そして磨かれた才能は、その説得力が十分にある。
「そうそう、お土産」
と、孔雀にバレーボールくらいある緑のリボンのついた黒い塊を手渡す。
「わあ。これなに?」
「その羆の尻尾よ。キーホルダーにしてみたの。残りは骨格標本にして博物館で展示するらしいわよ」
心の底からいらない、と誰もが嫌そうな顔で見ていたが、孔雀は大喜び。
「おリボンついてる。かわいいポンポン。目玉をつけたらきっともっとかわいい。ありがとう、真鶴お姉様」
この妹弟子のセンスもどうも独特だ。
「ああ、子雀共、うるさいよ」
不意に不機嫌な様子の白鷹が現れたのに、家令達が緊張して礼をした。
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