ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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41.初めて共有したのは罪

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それは、当時を知る家令の間では共有された秘密であった。
皇后が、二妃を手にかけた。

でも、そこまでする理由が孔雀くじゃくには見当たらないのだ。
そもそも圧倒的優位の立場の正室が、それこそ数合わせの妃にそれほど興味感心を向ける必要もないのだから。
「・・・・皇后様に太子殿下がお生まれになった時、琥珀こはく様が翡翠ひすい様の次の皇帝は皇太子とするとお決めになったんでしょう。瑪瑙めのう様も了承されたって」
望まれた太子、恵まれた太子。幸福の太子。
王位を簒奪するような事実も多かったこの王朝において、これ程待ち望まれた王子は未だかつていない。
公式文書に残っている以上、皇太子のその地位は揺らがない。
すでに二妃には長子もいたが、琥珀が彼の将来の即位を認めなった以上、今更、その子が王座に付くなど考えづらい。

「・・・二妃様を許せなかったんでしょうよ・・・。今度はあんただなんて冗談じゃない・・・」
許せない程、そんなに嫌いだったのか。
緋連雀ひれんじゃくは指先が震えていた。
孔雀くじゃくは姉弟子を抱きしめた。
「・・・泣かないで、緋連雀ひれんじゃくお姉様・・・」
「泣いてないわよ、あんたでしょ。泣いてばっかいるの」
孔雀くじゃくが笑った。
「・・・お姉様は怒ってばかりいる」
緋連雀ひれんじゃく白鷹はくたかもそうなのは、泣けないからだ。
「笑わないでよ。今回はもう本当に怒ってんのよ、私。・・・翡翠ひすい様もよ」
孔雀くじゃくは、はっとした。
「・・・だって。翡翠ひすい様はご存知ないでしょ」
家令のうちで起こった事は家令の内で済ませる。
家令の事は家令が始末をつける。それが鉄則だ。
自分の一存でやった事だからと、翡翠ひすいには、黄鶲きびたきが「孔雀くじゃくはまた熱を出しました」とだけ言ってくれたはずなのだ。
だからこそ、翡翠ひすいからだという見舞いの品がテーブルにあったのではないか。

「・・・私がぶちまけたから知ってる。あんな腰抜け、そもそも嫌い」
姉弟子がそう吐き捨てたのに、孔雀くじゃくは飛び起きてベッドから降りた。
立てずにそのまま腰から床に尻餅をついた。
「・・・ちょっと!?」
緋連雀ひれんじゃくが驚いて声を上げた。
孔雀くじゃく緋連雀ひれんじゃくの腕を引っ張った。
「お姉様、服着るの手伝って・・・!」
漆黒の家令服を指差した。


たった数日で体力と筋肉が落ちて力の入らない腰を、普段は苦しいから嫌だと盛装と軍装備以外には絶対に使わない硬いコルセットできつく締めて孔雀くじゃく緋連雀ひれんじゃく螺鈿らでん宮に向かった。
出会う女官達の視線がどうも非難めいている。
今夜は翡翠ひすい皇后こうごうを訪れているのだ。
ちょうを得たとは言え、家令が何をしに来た、というところだろう。
もともと、女官と家令は相容れない。
さらに総家令が寵愛されたとあっては仕える主とは敵対する事になる。
ずっとそうやってきたのだ。
総家令が嫉妬して邪魔しに来たのだろうね、今度の総家令はなんと不敬、と女官達は囁き合った。
勿論もちろん緋連雀ひれんじゃくが一睨みすれば、そっと目は伏せるが。

皇后の部屋の前で老女官が出迎えた。
彼女もまた孔雀の姿を見て非難の視線を寄越したが、戸惑いの色もまた含んでいた。
雉鳩きじばとはどうしたのだろうと兄弟子の姿を探して、孔雀くじゃくは不思議に思った。
職務を放棄するような兄弟子ではない。
家令に指示できるのは総家令と、皇帝だけだ。
となれば、当然、翡翠ひすいが下がらせたのだろう。

孔雀くじゃくは小さく息を吐いた。
「・・・総家令が参りました。どうぞ皇后様にお取り次ぎをお願い申し上げます」
孔雀くじゃくがそう言うと、彼女は首を振った。
「今宵は皇帝陛下のおいとないでございます。ご命令でありましても、どうぞお引取りを」
緋連雀ひれんじゃくが睨みつけた。
退きなさい。押し入るわよ」
緋連雀ひれんじゃくは軍人家令だ。腕っ節も血の気の多さも知られている。
しかし、老女官はひるむ様子もない。
孔雀くじゃくは頭を下げた。
「・・・ならば、どうか翡翠ひすい様にお取りなしくださいまし。命令などではありません。押し行ったりもしません。どうか、これはお願いですので・・・」
老女官は困惑したように目を僅かに震わせた。
この総家令が毒杯を飲んだおかげで、孫娘は救われた。
だが、と老女官の葛藤が見て取れた。
中から、翡翠ひすいの声がした。
「・・・入りなさい、|総家令」
孔雀くじゃくは老女官と姉弟子に礼をしてから、するりと体を扉の隙間に滑り込ませた。
再び閉じられた扉の前で、老女官と女家令が押し黙ったまま対峙していた。

 部屋に入ると、孔雀くじゃくは息を飲んだ。
空気の質が違う。
間に合わなかった・・・。
皇后の私室の奥のベッドの天蓋の向こうに、確かに気配がする。
そして、奇妙な音。まるで壊れた木管の楽器を無理やり吹いているような音。
それが彼女の呼吸なのだとわかると、孔雀くじゃくはその前に泰然と座っていた翡翠ひすいを見た。
目が合うと孔雀くじゃくはそっと翡翠ひすいの手を取った。
翡翠ひすい孔雀くじゃくを横に座らせた。
彼は、自分に二妃の死に関して、家令達に遺憾はもう無いと言った。
自分が手を下すと決めていたからだろう。
そして、それは裁可されたのだ。
それから、二人は一時間近くそうしていた。
初めて共有したのは、愛でもなく喜びでもなく希望でもなく、罪。
夜明けに皇后崩御の知らせが宮廷にもたらされた。


 それより二時間程前。
「陛下。この度、総家令の挨拶を受けました。おめでとうございます」
芙蓉ふようがそう言って翡翠ひすいを出迎えた。
「あんなに可愛い総家令が来るのなら、私ももっと自重すればよかったかしら」
「・・・何を飲ませた」
芙蓉ひすいは答えず笑った。
「貴方がここに来たということは、あの娘、持ち直したんでしょ」
「三日昏倒して今朝目を覚ましたそうだ。黄鶲きびたきが成分検査すると言っていたけれど、確かな治療法は見つからないかもしれない」
「あら、そうなの。・・・ねえ、翡翠ひすい。あの子は貴方にとって、何?」
「福音」
ふうん、と芙蓉ふようは頷いた。
「・・・いいなぁ。・・・私もあの人がそうだったの。・・・でも、私、もう待ちくたびれたわ」
自分の左手の青い宝石のついた指輪を眺めているばかりで、翡翠ひすいの質問に答える気はないらしい。
そうか、と翡翠ひすいは立ち上がった。
「ならば、自分で死ね」
そう言うと、彼は寝室に促した。
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