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42.珠鶏の手紙
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黄鶲は久しぶりにアカデミーの医局へと姿を現した姉弟子を出迎えた。
「瑠璃鶲お姉様、お加減よろしいのですか」
白鷹の姉弟子に当たる瑠璃鶲とさらにその姉弟子の巫女愛紗は高齢であり、この度の即位式典には出席を遠慮していた。
瑠璃鶲は医聖の位を持つ存在。
大戦では、戦死した白雁に成り代わり、若いうちに総家令代理の地位についた。
結局正式に総家令の職を賜らずに、黒曜帝が退位するまで代理のまま通した。
瑠璃鶲は自分のデスクではなく、柔らかなソファに腰掛けた。
「式典、テレビ中継で見たよ。なんて若い総家令だろう。白鷹が問答無用で召し上げた子がいると聞いて、今時あんまりだと思っていたけれど」
瑠璃鶲はテーブルの上の美しい化粧箱を指差した。
「これなんだい?」
「孔雀からですよ。瑠璃鶲お姉様にって。あの子、カエルマークの子なんですよ」
「まあ、あのカステラ屋の子なの。・・・これ、贈答用のありがとカエルセットの詰め合わせじゃないの」
ほくほくと瑠璃鶲は箱を開けて、早速カステラを頬張った。
「・・・瑠璃鶲お姉様が総家令代理を賜ったのは何歳の時?人材不足とは言え、かなり若かったんでしょう?」
当時、戦況は激化する一方で、瑠璃鶲から上の世代の家令達がだいぶ戦死したのだ。
だから年若い瑠璃鶲が総家令代理となったと聞いたことがあった。
「二十歳は過ぎてましたよ。・・・十五だなんてお前。唱歌の赤とんぼのねえやじゃないんですよ。今時、全く・・・」
なんてことだろう、と手を振る。
赤とんぼのねえやは十五歳で嫁に行くけれど、それは昔の農村の人手不足から来る慣習で、女中奉公と嫁が同時進行なのだ。
孔雀の総家令人事はそれに近いのではないか、と言いたいのだ。
「翡翠様は酷な事をなさるね。・・・真鶴が気に入ってた子なんだろう?」
悪魔のようになんでも出来る元皇女が、可愛い妹弟子が出来たのよとそれは嬉しそうに話していた。
あの若さで、いくつもの特許と共に博士号を保持し、アカデミー特別委員にも任命されて軍でも異例の大出世。総家令どころか、あれは女王の器だ。
「・・・鸚鵡が前線に出されたのは、そのせいだろ?」
「鸚鵡は真鶴にベタ惚れですもの。・・・そもそも宮廷軍閥の禁軍の惣領息子が家令になるだなんて・・・。父親の五百旗頭様なんて我々家令に敵意剥き出しですよ。・・・鸚鵡は真鶴に、王位についたらお前を正室にしてあげると言われたらしいわ・・・」
バカだねえ、と瑠璃鶲が首を振った。
「そんなの嘘っぱちだよ」
「・・・そうよね」
相手はあの真鶴だもの。
「それで。お前は、何を聞きたいって?」
姉弟子に促されて、黄鶲が書類と孔雀からの手紙を手渡す。
珠鶏と呼ばれるホロホロ鳥の柄の封筒と便箋だった。
「・・・こんなヘンテコなもん、どこで売ってるのかねぇ。面白い事。・・・まあ、絵文字が描いてあるよ・・・。原始人から手紙が来たみたいだねぇ」
瑠璃鶲はそう笑ったが、一読して顔色が変わった。
「孔雀、ご正室様から毒を賜ったの。形だけのはずなんだから、お返しすればよかったのに。・・・緋連雀が詳細を女官から聞き出したのよ。悪い慣習ね。ご正室の宮には必ず一人だけ口伝で毒が伝わっていたそうよ」
「・・・・全く。今時なんてことだろう・・・」
瑠璃鶲が眉を寄せた。
こんなバカな事をしないように、自分がどれだけ後宮で心を砕いたか。
それでもやはり、あの場所は忌まわしい慣習から抜けきってはいないのか。
あの緋連雀の事だ。ただ聞き取ったのではあるまい。どれだけ痛めつけたのやら。
正室の宮に伝わっていた毒の名前の羅列。
伝えた方も伝えられた方も、それが何なのかははっきりわかってないようなのが恐ろしい。
孔雀が見当をつけたらしい化学式を書き留めていた。
「・・・貴婦人の手袋、寵姫の黒猫、姫鈴蘭、人魚の真珠、姫神の天秤、銀狐・・・。どうせ全部毒なのに、いちいち名前が雅なのが腹たつね」
瑠璃鶲は家令が最も女官と敵対していた時代を生きて来た為、今でもあまり女官によい感情を持っていない。正直、今でも嫌い抜いている。
そもそも根っから科学者の彼女は、当時、後宮の迷信めいた習慣や、そこから派生する揉め事を、文明以前の野蛮人の妄言から来る愚かな行動、として大分粛清したのだ。
その昔、この姉弟子は、当時まだ筆記試験の無かった時代の女官達に「野蛮人共、そんな戯言言ってないで、新聞でも読みな。字が読めなきゃ辞書引けばいいのよ。辞書って知ってる?」と言って顰蹙を買ったそうだ。
「だって調べたら本当に誰も辞書持ってなかったんですよ。無教養ではないけど無知なんだよ。あの頃、巫女愛紗お姉様を追い詰めたのは女官共だからね・・・。そうか・・・」
そうか、ともう一度呟き、彼女は微笑みを浮かべた。
「瑠璃鶲お姉様、お加減よろしいのですか」
白鷹の姉弟子に当たる瑠璃鶲とさらにその姉弟子の巫女愛紗は高齢であり、この度の即位式典には出席を遠慮していた。
瑠璃鶲は医聖の位を持つ存在。
大戦では、戦死した白雁に成り代わり、若いうちに総家令代理の地位についた。
結局正式に総家令の職を賜らずに、黒曜帝が退位するまで代理のまま通した。
瑠璃鶲は自分のデスクではなく、柔らかなソファに腰掛けた。
「式典、テレビ中継で見たよ。なんて若い総家令だろう。白鷹が問答無用で召し上げた子がいると聞いて、今時あんまりだと思っていたけれど」
瑠璃鶲はテーブルの上の美しい化粧箱を指差した。
「これなんだい?」
「孔雀からですよ。瑠璃鶲お姉様にって。あの子、カエルマークの子なんですよ」
「まあ、あのカステラ屋の子なの。・・・これ、贈答用のありがとカエルセットの詰め合わせじゃないの」
ほくほくと瑠璃鶲は箱を開けて、早速カステラを頬張った。
「・・・瑠璃鶲お姉様が総家令代理を賜ったのは何歳の時?人材不足とは言え、かなり若かったんでしょう?」
当時、戦況は激化する一方で、瑠璃鶲から上の世代の家令達がだいぶ戦死したのだ。
だから年若い瑠璃鶲が総家令代理となったと聞いたことがあった。
「二十歳は過ぎてましたよ。・・・十五だなんてお前。唱歌の赤とんぼのねえやじゃないんですよ。今時、全く・・・」
なんてことだろう、と手を振る。
赤とんぼのねえやは十五歳で嫁に行くけれど、それは昔の農村の人手不足から来る慣習で、女中奉公と嫁が同時進行なのだ。
孔雀の総家令人事はそれに近いのではないか、と言いたいのだ。
「翡翠様は酷な事をなさるね。・・・真鶴が気に入ってた子なんだろう?」
悪魔のようになんでも出来る元皇女が、可愛い妹弟子が出来たのよとそれは嬉しそうに話していた。
あの若さで、いくつもの特許と共に博士号を保持し、アカデミー特別委員にも任命されて軍でも異例の大出世。総家令どころか、あれは女王の器だ。
「・・・鸚鵡が前線に出されたのは、そのせいだろ?」
「鸚鵡は真鶴にベタ惚れですもの。・・・そもそも宮廷軍閥の禁軍の惣領息子が家令になるだなんて・・・。父親の五百旗頭様なんて我々家令に敵意剥き出しですよ。・・・鸚鵡は真鶴に、王位についたらお前を正室にしてあげると言われたらしいわ・・・」
バカだねえ、と瑠璃鶲が首を振った。
「そんなの嘘っぱちだよ」
「・・・そうよね」
相手はあの真鶴だもの。
「それで。お前は、何を聞きたいって?」
姉弟子に促されて、黄鶲が書類と孔雀からの手紙を手渡す。
珠鶏と呼ばれるホロホロ鳥の柄の封筒と便箋だった。
「・・・こんなヘンテコなもん、どこで売ってるのかねぇ。面白い事。・・・まあ、絵文字が描いてあるよ・・・。原始人から手紙が来たみたいだねぇ」
瑠璃鶲はそう笑ったが、一読して顔色が変わった。
「孔雀、ご正室様から毒を賜ったの。形だけのはずなんだから、お返しすればよかったのに。・・・緋連雀が詳細を女官から聞き出したのよ。悪い慣習ね。ご正室の宮には必ず一人だけ口伝で毒が伝わっていたそうよ」
「・・・・全く。今時なんてことだろう・・・」
瑠璃鶲が眉を寄せた。
こんなバカな事をしないように、自分がどれだけ後宮で心を砕いたか。
それでもやはり、あの場所は忌まわしい慣習から抜けきってはいないのか。
あの緋連雀の事だ。ただ聞き取ったのではあるまい。どれだけ痛めつけたのやら。
正室の宮に伝わっていた毒の名前の羅列。
伝えた方も伝えられた方も、それが何なのかははっきりわかってないようなのが恐ろしい。
孔雀が見当をつけたらしい化学式を書き留めていた。
「・・・貴婦人の手袋、寵姫の黒猫、姫鈴蘭、人魚の真珠、姫神の天秤、銀狐・・・。どうせ全部毒なのに、いちいち名前が雅なのが腹たつね」
瑠璃鶲は家令が最も女官と敵対していた時代を生きて来た為、今でもあまり女官によい感情を持っていない。正直、今でも嫌い抜いている。
そもそも根っから科学者の彼女は、当時、後宮の迷信めいた習慣や、そこから派生する揉め事を、文明以前の野蛮人の妄言から来る愚かな行動、として大分粛清したのだ。
その昔、この姉弟子は、当時まだ筆記試験の無かった時代の女官達に「野蛮人共、そんな戯言言ってないで、新聞でも読みな。字が読めなきゃ辞書引けばいいのよ。辞書って知ってる?」と言って顰蹙を買ったそうだ。
「だって調べたら本当に誰も辞書持ってなかったんですよ。無教養ではないけど無知なんだよ。あの頃、巫女愛紗お姉様を追い詰めたのは女官共だからね・・・。そうか・・・」
そうか、ともう一度呟き、彼女は微笑みを浮かべた。
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