ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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51.二番目の心の傷

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 アカデミーは南方の港街にあり、街全体が学都として発展して来た。
長年睨み合いしながらも交戦や休戦を繰り返している状態にある隣国からの留学生や研究生員、教職員も多い。どこの国からも干渉を受けない治外法権。

象牙の塔と長らく言われて、王族や貴族の子弟、特別に推薦された者、聖職者にのみ許可されていた入学を広く求めるようになったのは、七代前の緑柱りょくちゅう帝と火喰鳥ひくいどり総家令の時代。
緑柱りょくちゅう帝の長兄がアカデミー長を務めたというから、皇帝と総家令の肝入り事業でもあったのだろう。

孔雀が学齢期まで育ったのも港街なので、なんとなく懐かしい気分になる。
そこは北の港なのでこんなに開放的ではなく鮮やかなヨットなど無かったけれど。
アカデミーから一番近い軍事基地ベースまで城からヘリで三時間程度。
ヘリで乗り入れ出来れば早いのだが、とにかくアカデミーは軍事色を嫌う。
それどころか高尚な学問の前に特権階級など存在せぬ、目立つ公用車、派手な自家用車の乗り入れすら禁止。
最寄りの交通公共機関を使えと言わんばかりだ。

孔雀くじゃくは生まれて初めて地下鉄に乗って感激した。
「・・・学都っていうから、もっと勉強する環境が整っているのと思ったら、遊ぶ環境がだいぶ充実してない?」
港に注ぐ運河の右手にアカデミーがあり、周囲に各企業と共同の研究所が立ち並んでいる。
「ここから、最先端の技術産業が産まれるわけね・・・すごい。・・・で、こっちは・・・」
左手には、いわゆる歓楽街が栄えているのだ。
「お前は小学校退学だからサッパリわからないだろうけど。そりゃ学生は、遊びたいじゃない?学ぶためには必要な事だからな。車にはね、ガソリンだけじゃなくオイルも必要なんだ」
気取ってそれらしい事を言わせたら、雉鳩きじばとは天下一だ。
「ああそうですか・・・」
孔雀くじゃくが店先から動かなくなり仕方なく入ったカフェで、二人はちらちらと衆目を集めていた。
家令は良くも悪くも人目を引く。
家令服ではなく、普通の服用意しろと雉鳩きじばとは妹弟子に指示したのだが、そもそも休日が少ない孔雀くじゃくは私服を着る機会も少ないので、金糸雀カナリアが余った布で縫った服に緋連雀ひれんじゃくが好きに絵を描いたような服で済ませている。
宮廷が調達する物品だから生地は間違いなく良いものだし、雅号を持つ緋連雀ひれんじゃくが描いたものだ。
価値はあるのかもしれないが。価値とセンスは比例しない事がある。
なにせ緋連雀ひれんじゃくが気分で描いたものだから、今回はホタテが描いてある。
あの女家令は、自分に負けず劣らず外見はいいが、性格と趣味が悪い。

片っ端から注文したケーキを食べながら、孔雀くじゃく雉鳩きじばとを思案気に見た。
この兄弟子もここでは散々遊んだのだろう。
緋連雀ひれんじゃくは殿方をだまくらかして金銭を巻き上げるのが得意だが、雉鳩きじばとは相手をぶち壊す。
その上男女にモテるのだ。つまり面倒事も二倍。
「罪作りだよなあ。ファム・ファタールというやつだ。男だからオム・ファタールか」

と悦に入っている兄弟子に孔雀くじゃくは眉を寄せた。
「ああ、確かにね。緋連雀ひれんじゃくお姉様はサイクロン掃除機だから財産を吸い上げて、雉鳩きじばとお兄様は粉砕機だから粉々でしょうよ」
「お前はどうも情緒がないなあ。俺と緋連雀ひれんじゃくは少年少女の頃から宮廷のうるわしの花と呼ばれてるってのに」
「・・・食虫植物と毒キノコでしょ」
雉鳩きじばとはふんと笑うと、フォークを伸ばして孔雀くじゃくのモンブランの上だけを食べてしまった。
「あっ。栗のところ食べられたらモンブランじゃないじゃない・・・」
孔雀くじゃくはわずかに残ったスポンジを大事そうに食べた。
「うん、なかなか。マロングラッセの方が好きだけどこれはうまいな」
孔雀くじゃくが毎年、つばめと栗を拾って渋皮煮とマロングラッセを作るのだ。
「モンブランも作ろうかなあ。翡翠ひすい様も大好きだし」
「栗なんか召し上がるってんだから驚きだよ。あの方、果物野菜含め生物なまもの食わない、よくわからない加工されたものも食わない、だったのに」

不規則勤務の孔雀くじゃくにと白鴎はくおうが用意する食事を食べているのを見ているうちに、興味を持ったらしいのだ。
同じものをと一緒に食べるようになってから目に見えて偏食が改善された。
一つ一つ作り方を説明されて、目の前で食べているところを確認して安心したのだろうか。
今では孔雀が作ったものを毎日一緒に夜中に食べている。
皇帝は若い総家令に骨抜きだと揶揄やゆされる度、孔雀はとんでもない話でありネガティブキャンペーンはやめて頂きたいと怒るが、実際そうなのだ。
魔性はどっちだ。スイッチというか、ギアが入ると、この妹弟子は性能が変わる。
「・・・お前さあ、黙って来ちゃってさ。天河くじゃく様、いい気しないんじゃないのか?」
そう言うとケーキの中に何が入っているのか一生懸命発掘していた孔雀くじゃくが手を止めてしゅんとした。

「・・・恨まれているのはわかっているんです」
「え。わかってんの?」
驚いて雉鳩きじばと孔雀くじゃくを見た。
「・・・私、前に、黄鶲きびたきお姉様に紹介状書いて貰って、小児科の先生のところにご相談に伺ったら、そんな環境、非行に走って当然だ、と、怒られて・・・」
「ああ、あったな、そんな事。黄鶲きびたき姉上が、お前を貴族の後妻だとか適当な事でっちあげて、継子ままこが心を開かないとかなんとかって言う紹介状持たせて・・・」
自分達は面白がって、孔雀をいかにも富豪の悪徳貴族に金で買われた若い娘風に装わせて、その小児科医の元に送り出したのだ。
「・・・私のせいだそうなの・・・」
孔雀くじゃくが涙声になる。
「はあ?」
「私は、天河てんが様にとって、ストレス要因なんだって・・・。心の、心理的負担なんだって。トラウマとかPTSDとかになってたらどうしよう・・・」
孔雀くじゃくはこの世の終わりのような表情でフォークを舐めた。
「だからね、とにかく、まずはちゃんと謝ろうと思うの・・・」
目頭を抑えた妹弟子を雉鳩きじばとが気味悪そうに見た。
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