ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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55.噛み合わぬ現在

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孔雀くじゃくは困ったように微笑んだ。
鹿乃児かのこ様は、なぜギルドにばかりこのような仕打ちするのかと白鷹はくたかお姉様にご意見されたらしいです。あの白鷹はくたかお姉様にですよ?」
白鷹はくたかは、何も継室に取るというわけでもない。見苦しい、とか何とか、いかにもな事を言ったらしい。
鹿乃児かのこ様は、継室になんぞに上げたらまた殺されるとも仰ったらしいです」
天河てんがはぞっとした。祖母がそこまで言ったのか。
白鷹はくたかから危害を加えらなかったのだろうかと心配になる。
「それで?」
白鷹はくたかお姉様は。ならむしろ都合がいいじゃありませんか。家令は継室とは違ってなかなか殺せませんから、と言ったと・・・」
なんという無神経で冷酷な答えだと思う。でも、それも真実なのだ。

「うちの母、青嵐あおあらしは、それではその通りに私をなかなか殺されないように家令として教育する事、盆暮れ正月は休みのギルドの慣わしのように、夏と冬、長期休みを取って自宅に帰れる事を白鷹はくたかお姉様に約束させたわけです」
そんな事があったのか。青嵐あおあらしもなかなかだ。
鹿乃児かのこ様は、天河てんが様の宮廷でのお暮らしがより良くなるようにといろいろご助力くださったんですよ。猩々朱鷺しょうじょうときお姉様のアカデミー長就任の後押しをしてくださったり。お祖父様も、アカデミーの教授でらっしゃいますしね、お力添え頂きました」
今もまだ国を離れて海外で暮らす祖父母。
白鷹はくたかお姉様に、鹿乃児かのこ様と青嵐あおあらしの言うようにしなさいと仰ったのは、琥珀様だそうです。白鷹はくたかお姉様は、仕方ないじゃないのよ、琥珀こはく様がそう仰るんだから、と文句言ってたそうですけれど」
孔雀くじゃくはそう言うと、また微笑んだ。
「宮城の天河てんが様のお部屋改装したんですよ。好きにしていいと仰ったから、本当に私好きにしてしまったんですけれど」

天河てんがは息を吐いた。
何だか、不思議な気分だった。
大嘴おおはしに聞いたよ。部屋どころか宮一棟壁ぶち抜いたって。あれじゃ改装じゃなくて改築だって」
母が亡くなった場所はどんなになっているものだか思いつつも、なかなか足が向かなかった。
いい思い出が無いというのが本音。
あんな殺人現場、ちょっとやそっとリフォームなんぞされても、何がどう変わるというのだ、と意固地にもなっていた。
母が亡くなったその現場を見たわけではない。
当時、十代に入り士官学校に入学していたから。知らせが来て城に戻ってみれば、母の葬儀はすでに済んでいた。
病死とされていたが、それが宮城にいる全ての人間達を守る為であり、大いなる偽利である事は、関わってた人間の側に支えていた家令達が城から放逐されていた事で確実だった。
その後、天河てんがが国を出た祖父母の元で生活するにあたり、花石膏宮はそのまま閉ざされていたわけだ。
正式に天河が引き継いでいた訳ではないが、城に戻れば当然、第二太子の居室は花石膏宮はなせっこうきゅうだ。

それが嫌で城になど極力戻る事はなかったのだが、皇帝が代わり、総家令が変われば通例通りに改装が始まるのをきっかけに、孔雀くじゃくが、大嘴おおはし青鷺あおさぎに図面を引かせてそれを片手に「白鴎はくおうお兄様、もっと右」とか叫び、何の躊躇ちゅうちょもなくその通りに白鴎《はくおう》が重機で壁を破壊し、木っ端微塵に粉砕された壁に孔雀くじゃくが、いい感じ!と上機嫌だと、その様子は元老院から議員達、継室や女官からも大顰蹙だいひんしゅくであったと聞いて、おかしくて仕方なかった。
「まあ・・・ちゃんと穴塞ぎましたよ」
大嘴おおはしお兄様の告げ口は適当なんです、と文句を言う。

「それと、金糸雀カナリアお姉様と白鴎はくおうお兄様の結婚式にご参列下さってありがとうございました。二次会まで出て頂いたのに、離婚して申し訳ありません・・・」
すまなそうに孔雀くじゃくが言った。
「・・・うん。仕方ないもんな・・・。あんな二次会ばっかり楽しい結婚式、おかしいもの」
しばらく置きっぱなしだった引き出物を開ける間もなく別れたと聞かされた時は、結婚したと聞いた時より腑に落ちたものだ。
「そうだ。孔雀くじゃく、猫まだいる?」
「お城に住んでいる馴染みの猫がおりますけど・・・」
「違う違う、実家に」
孔雀くじゃくはびっくりしたが、頷いた。
「実家にですか?おります。あら、私、申し上げましたか、猫いるの・・・」
孔雀くじゃくは首をかしげた。
「・・・名前は何て言うの」
「つみれです」
「すみれ?」
「いえ、お花ではなく、魚の方」

天河は吹き出した。
この総家令の趣味の良さは宮廷では知られているが、ネーミングセンスはおかしい。
「私、記憶は曖昧あいまいではありますけど、お城のお集まりで猫を見つけて。持って帰るって言ったらどなたかが箱に入れてくれたんです。それがつみれの段ボールで。だからつみれっていう名前にしました。そしたら、その方、はいたかお姉様だったんですよ」
孔雀くじゃくは自分のことなど忘れているようだが、傷だらけの孔雀くじゃくを見かねて家令達が手当てをし、猫をネットに入れて、更に段ボール箱に詰め込んだのだ。
その雑で強引な様子に天河てんがおののいたが、孔雀くじゃくは嬉しそうに段ボールを受け取って、黄鶲きびたきに傷の手当てをされていた。
孔雀くじゃくはほっとしたように天河を見た。
「・・・良かった。ちゃんとお話できて。・・・あの、私、天河てんが様にずっと謝らなくてはならないと思ってたんです」
居住まいを正して孔雀くじゃくがそう言った。
「天河《てんが》様、あの、長年ご不快、ご不安ばかりであったと思います。誠に申し訳ありません」
天河てんがは戸惑って、自分より年下の総家令を見た。

案外底知れないこの女家令は、実は自分の思いを悟っていたのか、とちょっとはっとした。
少年だったあの日から、時間がたち、お互いの状況も立場もずいぶん変わってしまったけれど。
天河てんがは口を開こうとしたが、孔雀くじゃくが私から申し上げなくては、と言った。
「私、お母様が亡くなって日が浅いというのに、結果的にはおうちに上がり込んだ事になって、天河てんが様のお気持ちを、とっても傷つけてましたよね?・・・本当にすみませんでした!」
頭を下げるを通り越し、ほぼ土下座し始めた孔雀てんがに、天河てんがは、やっぱり嫌いだと思った。
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