ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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80.緋文字の大罪

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 聖堂ヴァルハラでは元老院次席であった路峰隼人ろほうはやと伯の葬儀が執り行なわれて居た。
荘厳な葬祭の音楽と司祭の言葉はまるで天から降り注ぐようである。

皇帝が残された妻子を手厚く援助するようだ、と噂になって居た。
何より故人は皇帝の古い友人でもあり、次の元老院長と目されて居た人物だ。
義理の母親が王家筋であるのは知られた事であるし、その息子に当たる人物もまた宮廷家令として身近に仕えているのは知られたところ。
それにしても陛下のお情け深い事と司祭達もそう囁き合う程だ。
貴族の元老院の家だとしても司祭の長が葬儀を執り行うのは異例。


雉鳩きじばと兄上!」
渡り廊下で純白と金刺繍の長衣をひるがえして階段を降りて行く兄弟子を大嘴おおはしが呼び止めた。
振り返りながら雉鳩きじばとは答えた。
「・・・お前。ご聖座の補佐で来たんだから、持ち場離れるなよ」
同じ格好をした弟弟子が首を振った。
「兄上は何だよ?親族だろ?」
「宮城に戻る。そもそも陛下名代の総家令の、更に代理を申しつかっただけだからな」
本来、雉鳩きじばとの今回の立場は、遺族でもあり、聖堂所属の司祭でもあり、更に最大来賓の代理の弔問客なのだ。

孔雀くじゃくが来れば良いじゃないかよ」
「来週から神殿オリュンポスに入るから潔斎中だ。葬儀は無理だろう」
神殿オリュンポスに入る場合は、少なくとも十日間の精進潔斎が必要なのだ。
けがれとされる葬儀には関われない。
雉鳩きじばとは、孔雀くじゃくが弔問できるのは、あらかた全てが落ち着いた来月の末頃だろうから、その頃に自分と共に元老院次席の自宅に訪れる予定になっていると言った。

「・・・・なるほどね」
大嘴おおはしが兄弟子を見上げた。
何だよと雉鳩きじばとが顔をあげた。
ずいと弟弟子が迫った。
「タイミングが良すぎないかよ、孔雀くじゃくに」
雉鳩きじばとが笑った。
「・・・へぇ、お前。勘付いたのかよ」
宮廷で普段は取り澄まして貴公子然としている雉鳩きじばとがぞんざいに言った。
それがまたなんとも嬉しそうにしている。
その兄弟子の様子に、大嘴《おおはし》は自分の考えが正しかったか、あるいはその確信に著しく近いのだと悟った。

「あの高電圧の鉄条網搭載した火喰蜥蜴サラマンダーにすら気付かせなかったのによ」
妃や女官が妹弟子に悪意をぶつけようものなら、その三百倍は仕返しをする緋連雀ひれんじゃくの前でも、孔雀くじゃくは何の不審な様子もなく過ごして居た。
知っているのは、自分と孔雀くじゃくのみ、のつもりであったが。

「どんな理由かなんて興味はねえよ。家令にとっての害であったので退けたと言われればそれで文句も無えもの。そう判断したのが総家令で自分でやったってんなら、家令としては正しい行為、正しい行動だもの」
「お前は心得がいいな」
雉鳩きじばとはそう嫌味でもなくそう言った。
「で。なんだよ。そこまで家令の心掛けも素養も篤いお前が、今更まさか孔雀くじゃくが可哀想だとか言うわけか?」

大嘴おおはしがまさか、と笑い飛ばした。
「あいつを白鷹はくたか姉上は骨の髄まで女家令と言ったんだ。気の毒な被害者は次席死んだ方じゃないか。どっちが被害者か加害者なんて、さして重要じゃないよな。どうせ初めてじゃないしな。・・・あの女家令は姉弟子犯した敵の大将の首を切り落とさせたんだ。・・・今時、今時だぞ?」

数年前の事だ。
孔雀くじゃくが総家令を賜って間もない頃、そんな事があった。
あれは確かに雉鳩きじばと戦慄せんりつを覚えたものだ。

女家令達だけがさも当然と言う顔をしていたが。
顛末てんまつを聞いた白鷹はくたかは、お前の心掛けが良かったから、陛下もお前のおねだりをお許しくださったのでしょう、と嬉しそうにしていた。

今時どのようなマインドで、敵将の首を欲しがると言う、白鷹はくたかが言うところのおねだりをして、それを翡翠ひすいは受けたのだと考えると、背中が寒くなる。
誰も彼もがそこまで整然と狂っているのだから、今更、何も孔雀くじゃく本人が体を張る必要はないではないか。

「・・・次席の罪は背信だ。本来なら四親等まで断罪されるからな」
「ああ、なるほど。緋文字刑罰スカーレット・レターか」
王族の記録抹消罪が最大の刑罰であるように、王族に近しい貴族にっては、四親等までの刑罰、階級取り消し、つまり家の取り潰し、更には直接断罪されなかった者も、永遠に罪人の証明が戸籍や社会的な書類に記される。
その子孫達は、元は貴族で罪人の係累であると言う姓を賜り生きて行くのだ。
そのあまりにも辛い処遇は、公的文書に赤文字で記されることから、昔の刑罰と文学をもじって緋文字、スカーレット・レターと揶揄される。本来は姦通罪の意味であったそうだが。

「とすると。当然、次席の妻や子供、義母。それから義母の子の雉鳩きじばと兄上にも類が及ぶ訳か」
大嘴《おおはし》は合点がいって頷いた。
「で。孔雀くじゃくとしては、大好きな陛下がご友人の裏切りに心を痛めてはお気の毒。大切なお兄様にそんな不幸があっては可哀想ってわけかい?」
雉鳩きじばとは剣呑な様子で弟弟子を睨んだ。
「・・・ま、それもあるんだろうけどさ。孔雀くじゃくは、試したかったんだろ。・・・兄上、あいつはやっぱり家令だ。まともじゃない」
雉鳩《きじばと》が眉を寄せた。

「輸血とか、特定の濃厚接触行為で発動する免疫システムなんだろ。つまり、ヤリャあ済むんだ。実験台はあいつでちょうどいいやってとこだろ」
そもそも自分にかけられた呪いがどのようなものなのか試したかったのもあるのだろう。

「まさか翡翠ひすい様で試す訳にもいかない。かといって、手近な家令じゃ知られてるし、死んじまったら困る。・・・そうだ、こいつでいいや、ちょうどいいって、試してみたら本当だった。・・・真鶴まづる姉上の頭のおかしさに、孔雀くじゃくはどう思ったろうな」
あの妹弟子は、この結果をどう受け止めたのだろうか。

パイプオルガンの重厚な音色が鳴り響き、調度、天頂から傾いた太陽の光が、ステンドグラスを通して鮮やかな光の筋となって降り注いだ。
まるで虹の雨が降るように美しい色彩に満ちて、まるで天上の世界のようだと、人々は頭を垂れて聖堂は祈りに満ちた。
「・・・・呑気なもんだ。あれ作ったの孔雀くじゃくじゃないかよ」
正しくは補修したのだ。

あのステンドグラスは大戦で空襲から守る為に一度全て外されて保存されていた。
実際、旧大聖堂は大戦の爆撃で跡形もなく燃え尽きてしまったので、別の聖堂が使われて居たのだが、戦後大聖堂が立て直される事になり、その施工と修復に関わった人員は画聖・淡雪を筆頭に他の宮廷画家や、建築家、彫刻家等多岐にわたったが、そのチームの中には家令も多く、はいたか緋連雀ひれんじゃくと孔雀《くじゃく》が居たのだ。
ジグソーパズルかと放り出したくなる程の恐ろしく細かいステンドグラスを、孔雀くじゃくが忍耐強く組み上げて居たのを覚えている。

元々、ふくろう青鷺あおさぎはいたか木ノ葉梟このはづく緋連雀ひれんじゃく雉鳩きじばと白鴎はくおう、大嘴《おおはし》は、聖堂ヴァルハラに従事しているのだが、何せどこも人手不足。
孔雀くじゃくは総家令を拝命する前までは神殿オリュンポスにも上がりながら、聖堂ヴァルハラでも小間使いのような事をさせられて居たのだから神殿オリュンポスの業務については勝手知ったるである。

やはり神殿オリュンポス聖堂ヴァルハラに籍を置く真鶴まづるについて回って走り回っていたし、今ははいたかによって還俗させられた長兄は、孔雀くじゃくの歌う聖歌を喜び褒めて、よく甘い物を与えていた程だ。

雉鳩きじばとが小さく吹き出した。
「おかしいよな。殺したやつの作ったもんありがたがって殺されたやつの為に祈ってんだからな」
雉鳩きじばとが意外なほどあっさりとそう言ったのに、大嘴おおはしが戸惑った。
「家令というのは、善悪とかそういうものからも遠いけど。・・・あの妹弟子は、正しい星を正しい位置に、とか言いやがる。意味わからんね」
そう言って居た妹弟子の、善悪とも違う正しさが何なのか、計りかねるのだ。
大嘴おおはしは腕を組んだ。
音楽が終わり、棺の蓋が閉められた時、さすが大貴族の細君と気丈な様子であった妻が崩れ落ちて涙にくれ、義理の母である雉鳩きじばとの母がそっと慰めの言葉をかけ静止させたのが見えた。
その様子は参列者達の涙を誘った。

「・・・あーぁ」
雉鳩きじばとが冷やかすようにそう笑った。
母が体を起こす時に振り向いてこちらを見たようなのは見間違いだったろうか。
その視線を真っ直ぐ返した様子の兄弟子が、いまだかつてないほど、軽快とまで言えるほどすっきりとした様子であったのが、弟弟子には意外であった。
仮にも義兄の葬儀であろうが、と。
雉鳩きじばとは弟弟子の背中を叩いた。

「終わったらさっさと帰れよ。お前は天河てんが様の侍従なんだから。何の矛盾もなく主を支えられる立場というのは、我々においてあるようで無い事。・・・そうだな。待っててやる。お前を送って行こう」
子供の時から、孔雀くじゃく大嘴おおはしの心配をして世話を焼いてくれたのはこの兄弟子だった。
探検ごっこという、客観的には遭難している状態の妹弟子と弟弟子を夜中までかかって探し出してくれたのも雉鳩きじばとだった。

「・・・ああ、それと」
雉鳩きじばとが小さなカードを取り出した。
「何これ?・・・スタンプ10個貯まったら10%オフ?」
「そう。アプリもあるから登録しとけ。あの店、俺買ったから。そのスタンプは、孔雀くじゃくに消しゴム彫らせて作らせた」
大嘴おおはしは驚いてカードと兄弟子を見比べた。
確かに、10個ある空欄の一つ目にはサービスのつもりなのだろうメロンのスタンプが押してある。

「マスクメロンだぞ、安いやつじゃなくて。・・・ほら、天河てんが様の分もやる。ありがたいだろ」
「・・・呆れたもんだ。孔雀くじゃくがいいっつったのかよ?」
孔雀くじゃくはあれだな。体が弱いからか、公序良俗より公衆衛生に異常な危機感を持っているからな。いっそ管理がしやすいとの事だ。すごいぞ、従業員の福利厚生及び健康診断義務、業務内容の法律遵守までビッチリの、豆腐くらい厚い書類持たされた。・・・まるで鹿の園だな」
かつて、王の為に美女達を集めた用意された邸宅があったという。王の愛人によってよく管理された、いわゆるハーレムだ。

「・・・・果物屋から鹿牧場に変更かよ」
と言いながらも、という事はスタンプは孔雀くじゃくがいくらでも作れるんだろうから、あとで余分に押させよう、と企んでいた。

はてさて、この話を聞いて天河てんがはどんな顔をするだろう、と考えると、笑いがこみ上げて来て兄弟弟子は笑い合った。
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