ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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3.

82.はぐれ蝙蝠

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ふくろうに出迎えられた茉莉まつりは驚いて出された茶を見た。
この元総家令が茶を入れた。
天変地異の前触れではないだろうか。
「どうだ。すごいだろう。ありがたいだろ。飲んでいいぞ。ぐっといけ」
茶の一杯に、だいぶ恩着せがましい。

「・・・ふくろう兄上。これ、なんですか?」
緑色の少しとろみのある液体に、何か草の切れ端が浮いている。
「緑茶と缶に書いてあった」
千鳥ちどりは、いらねえ、と碗を返した。
「・・・なんてやつだ!久しぶりの蝙蝠こうもりの弟弟子をいたわってやろうと思ったのに」
しかし、自分だって決して飲もうとはしないで、孔雀くじゃくに入れさせたと言う小洒落たアイスカプチーノをうまそうに飲んでいる。

「あの妹弟子は、ギルド出のせいか全く使い勝手がよく便利だ。それに比べてお前の使えなさ加減と言ったら・・・」
「・・・何の用か知らないけど、久しぶりに無理やり呼びつけて、いきなりこんなの飲ませようだなんて、殺す気か!」
「やかましいわ!このはぐれコウモリ!」
ふくろうも怒鳴り返した。

「・・・で。呼び出した本人の皇帝陛下はどちらに」
改めて周囲を見渡す。
久しぶりに城に上がり驚いたのは、以前の重々しい雰囲気がどこへやら、なんとも優雅で優しい色彩に溢れていたのだ。
皇帝が即位したら、総家令が城を改装するのは恒例だ。
皇帝が若すぎる総家令に骨抜きという噂は、もちろんアカデミーのー茉莉《まつり》の元にも届いていたが。
家令ではないから家令服は着用せず、自分がー蝙蝠《こうもり》である事も知らない宮廷の人間が多いせいでもあるだろうが、皇帝からの正式な招待状を持参したー茉莉《まつり》に、官吏も女官も非常に好意的だったのだ。
家令の気配のする人間には、誰もがギスギスした感情を持っていた頃を知っている茉莉まつりとしたら驚きであった。
ごきげんよう、ようこそ陛下のお客様、と先々で女官達や宮廷に出入りを許された子供達に挨拶をされた。
接客態度向上、と言うか、いっそ家庭的だった。

この総家令執務室も大分雰囲気が違う。
柔らかなペールグリーンの鳥の羽の模様の壁紙に、エメラルドグリーンのカーテン。
天井には、おそらくあの根性曲がりの宮廷育ちの緋連雀ひれんじゃくが描いたのだろう、野鳥が空に羽ばたく絵が描かれていた。

「陛下は今、元老院の謁見からお戻りになる。ちょっと待ってろ」
元老院か、と茉莉まつりは舌打ちした。
家令は貴族からなる元老院との折り合いは非常に悪い。
ついでに言えば議員とも悪い。
ギルドとは、現在総家令がギルド筋という事で、支援という名の癒着があって多少はマシだ。

言う間も無く、つばめが先触れを伝えた。
「陛下が総家令とお戻りになりました」
ふくろう茉莉まつりが立ち上がった。
楽しげに話す声と共に、最後に会った時より大分成長した孔雀と燕、これたまた久しぶりの翡翠が現れた。
孔雀くじゃく翡翠ひすいに微笑んで会釈をしてから、兄弟子の前に進み出て礼を尽くした。

「・・・千鳥ちどりお兄様。お久しぶりでした。今日はご足労頂いてありがとうございます」
家令としての名前を持ってはいるので、家令達は自分をそう呼ぶ。
末の妹弟子は、狼の巣とも言われる元老院帰りとは思えないほど朗らかにそう言う。
それは翡翠《ひすい》も同じで、笑顔で友人に歓迎の意を伝えた。

「茉莉《まつり》、五年近くぶりだね。元気そうでよかった。・・・何かしらの茶は出してもらったようで」
翡翠ひすいはテーブルの上の謎の液体Xとでも表現するしかないものを眺めながら言った。
「ですが、こいつがいらんとぬかすのです」
ふくろうがふんと鼻を鳴らした。
ふくろうお兄様、頑張ってお茶入れたのね」「田んぼの水みたいですね」と孔雀くじゃくつばめが茶碗を覗《のぞ》いて囁き合った。

「そうか。お茶じゃ不足か。・・・まあ不足というか、不安というか・・・。じゃあ、スパークリングでも開けようか?」
「まあ、翡翠ひすい様。まだお昼間ですよ」
「・・・ダメかな?」
お少しですことよ、と孔雀くじゃくが微笑んだ。
翡翠ひすいはうきうきとした様子でクーラーでよく冷えたスパークリングワインとグラスを人数分出してきた。
ポンと心地いい軽い破裂音と、泡の弾ける心地よい音をさせてグラスに自ら注ぐ。
変わった色のワインで、明るい緑色。
そして、すこぶるうまい。
「うまいだろう?一本土産にやろうな」
「・・・はあ・・・」
もはや唖然あぜんとして見返す。

こんな男だったろうか。
翡翠ひすいは、孔雀くじゃくがテーブルに並べた小さなパイやケーキを次から次へと平らげている。
この偏食家が?と茉莉まつりはまた驚いた。
ふくろうもうまそうにグラスを煽った。
孔雀くじゃくもグラスに口をつけて満足そうに頷いた。
「やっぱりおいしいですね。来年は小さいサイズと、何かオマケをつけてコフレセットを出そうと思ってるんです」
「ああ、いいねぇ。クリスマスかな、春がいいかな。なにせ三年連続、OLさんのお酒のお持たせ部門一位だからね」
翡翠ひすいは誇らしげにずいとボトルを見せて、毎年数量限定販売で某デパートでも入手困難なんだと力説した。
孔雀《くじゃく》がガーデンで作っていたブドウを、ワインにしたもの。
思ったより試作がうまく行き、元は宮廷でのみ扱うつもりが、翡翠ひすいことほか気に入り、即位を記念して販売する事にしたもの。
自慢気に滔々とうとうと説明された。
皇帝の私的な客人には振る舞われ、必ずそのいわくまで説明を受けるという逸品だ。

何度も思うが、こんな男だったろうか。
人当たりはいいが、どこか人を寄せ付けないタイプだった。
「・・・でもなんでこんな変わった色なんだ?・・・スパークリングって大抵は、白かロゼでしょう?」
若草色、いや、カエル色とでも言おうか・・・・。
よくぞ聞いてくれたと翡翠ひすいは手を打った。
翡翠ひすい色だよ。孔雀くじゃくがそうしてくれたから」
茉莉《まつり》は、微笑みあい頬を染める二人を、信じられない気持ちで見つめた。
それから、川蝉かわせみがこのこの城で亡くなった事等を少し話した。
川蝉かわせみは、軍中央セントラルに配属された家令であったし、蝙蝠こうもりと家令という立場もあり、川蝉かわせみ茉莉まつりは仲が良かったのだ。

孔雀くじゃくが亡き兄弟子を思い出してちょっと泣いたので、話題を変えろと翡翠ひすいが目配せをした。
「・・・第二太子殿下お宅の次男坊が、海兵隊マリーンに入隊されたのは勿論知ってる。海兵隊マリーンというのも、身分を伏せて、というのも異例だしな。内部ではだいぶ話題になったが」
軍中央セントラルの本部所属の茉莉がそう言った。
通常、王族しかも太子ともなれば海軍ネイビー陸軍アーミーで、花形のドクターヘリとか、危険の少ない補給部隊に所属するのが通例なのだ。
そして、もちろん広報にも使われるから常に侍従とカメラマンが付き従う。
だが、天河てんがの身柄は、言うなれば海兵隊マリーンの責任者の青鷺あおさぎ預かりで、つまりたった1人で放り出されたようなもの。

「・・・青鷺あおさぎお姉様だから大丈夫だとも思うんですけど、青鷺あおさぎお姉様だから、心配でもあるんです」
「・・・ああ、分かる。・・・容赦ないからな」
第二太子はよりにもよって、あの女家令の配下か。
心配するこの妹弟子の気持ちもわかる。
「ああでも、なんていうか。押し引きというか、塩梅あんばいというか、その辺はとても心得ているはずだし・・・」
「・・・塩梅《あんばい》とは、具体的に言うと、どのような事でしょうか?」
「なんと言うか・・・地獄の訓練なんだけどギリギリ死なせない匙加減と言うか・・・?」
孔雀が顔色を失くしたのに、茉莉まつりも慌てた。
自分で言って不安になって来たのだ。
「・・・わかった。何らかの対策案を考えよ
う」
茉莉まつりがそう約束したのに孔雀はほっとして礼を述べた。
「・・・それから、軍中央セントラルはもうすこし、こちらにも情報を上げてください」
「そもそも家令に反感を持つ者が多いからな。なかなか難しいだろ。お前らの素行が悪いんだ。・・・先月も緋連雀ひれんじゃくが怒鳴り込んできて大騒ぎだったろう」
なんで演習のメインが海軍ネイビーではなく陸軍アーミーなのだと、緋連雀《ひれんじゃく》が直訴しに来たのだ。

「ちょうど五百旗頭いおきべ殿がいらしたから、一触即発だったんだ」
今は表舞台には出ていないが、禁軍の長で、家令嫌いの急先鋒であり、鸚鵡おうむと女官長の父親だ。
孔雀くじゃくはため息をついた。
「・・・五百旗頭いおきべ様へ謝罪に出向いたのですけど、会ってもくださらなくて・・・。事情が事情だから、お気持ちもわかりますし・・・」
彼としたら、惣領息子が家令に堕ち、さらに左遷で前線送りだ。相当な恨み節だろう。
「・・・鸚鵡おうむはまだ前線か。いつ頃城に戻れるんだ?」
鸚鵡おうむはアカデミーの医局で東洋医学を指導した師弟の間柄でもある。
あの優秀な彼が、左遷人事の憂き目にあった事を驚いたが、真鶴まづるのクーデター騒ぎが原因と知って納得もした。
あの女神のように何でもできる皇女のいう事なら鸚鵡おうむは何でもきく。
「・・・それは・・・」

孔雀くじゃくが、気がかりそうに翡翠ひすいを見た。
翡翠《ひすい》は名誉を回復してくれたが、城に戻る許しは出してはくれなかった。
「・・・ダメだよ。背信云々ではなく、あいつは真鶴まづるに近すぎる」
「でも、鸚鵡おうむお兄様も、真鶴まづるお姉様がどこに行ったかなんてわからないんです・・・」
「それでも、だめだよ」
翡翠ひすいが珍しくはねつけたのに、孔雀はしゅんとした。
はっとして孔雀くじゃくをあやしはじめる。
「・・・いや、あのね。すぐは無理だけど。機会があれば・・・」
孔雀くじゃくは静かに頷いた。

・・・ただのヤキモチじゃないか。
呆れて茉莉まつりは兄弟子を見ると、勝手にどんどんワインを開けていたふくろうが、いつもこんなもんだ、と唇だけで言った。
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