ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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3.

93.風切羽

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   帰り道、孔雀くじゃくは右手にランタンを持ち、天河てんがに背負われていた。

ついに貧血で腰が抜けてしまった。
失血が多くて血圧が急降下したのだ。
そもそも血圧を上昇させる薬と鎮痛剤を目一杯入れて来て、更に、処方箋には書けない薬もちょっと入っているので、分かってはいたが多少心臓に負担がかかっているのかどうも息苦しい。
貧血と酸欠で、視界が霞んでいる上に星がチカチカ飛んでいた。

「・・・天河てんが様、面目ございません・・・。今回、5キロ増やしてから軍に入る事になっていて・・・。夜中って何食べても美味しくって・・・」
申し訳ない、と謝るしかない。
基本的に孔雀くじゃくは荷物が多く、天河てんがはその分も加算だ。
装備品の他にも、飲食物、更には蝋燭だけでも100本程入っているのを見つけて、こんな墓場で百物語でもする気かと驚いた。

「・・・夜中に食べる揚げ物とか甘い物ってなんであんなにおいしいんでしょうね。お弁当なんか最高においしくって。・・・えー、あの・・・すみません、嘘つきました。・・・本当は7キロ増えました・・・」
「・・・それが、助かった要因でもあるんだろ」
金糸雀カナリアお姉様開発の新素材とお腹の脂肪に助けられましたね」
嬉しそうに言う。
天河てんがは深くため息をついた。
何を呑気な、これだから家令は・・・から始まるくどくどしい文句をいくらでも言いたくなったが、まずは基本から真人間への道を教え込まねばなるまい。

「・・・まずは、何でもかんでも飲んだり食ったり触ったりするな」
真に信じがたいが、この女家令は、原木生ハム状態の兄弟子の亡骸なきがらをしげしげと眺めてあちこち触り倒したばかりか、それにしても何でこんなに状態がいいんだと言い出し、周囲の岩壁を見ていたかと思ったらいきなり壁をナイフで削って粉を舐めて、うわしょっぱいと言ったのだ。

悲鳴を上げつつ何やってんだと唖然あぜんとしていると、「やっぱりこれ塩分濃度すごく高い、この洞窟全部岩塩だ、この棺桶は珪藻土けいそうどだ、みたいなやつだし、風通しもいいんだ。大鷲おおわしお兄様、頭いい」と嬉しそうに言って、その岩塩のかけらを、嬉しそうに試してみろと天河てんがに手渡そうとしたのだ。
天河てんがは思い出して、ああいうの本当やめて、と震えた。

「大丈夫ですよ。ちょっとしょっぱかったけど・・・」
「いいか。帰ったら10回手を洗え。ついでに胃の検査と、感染症の検査もしろ」
「・・・はーい」
と言いながら、めんどくせぇなという態度がありありと分かる。
孔雀くじゃくは持っていた飴を口に放り込むと、天河にも勧めた。
アニスとオレンジの香りがした。

「・・・中に入れたの、あれ何?」
「あれはですねえ。真珠しんじゅ様の首級みしるしです」
首級みしるしってなに」
「首です。生首。首っていうか頭の部分。もう生じゃないけど。残念ながら保存状態はまあ普通だったので見た感じ木っぽい感じでした。あれ最初の防腐処理が甘かったんだなあ。死体保存エンバーミングの習慣がないから仕方ないですけどねぇ。天河てんが様、死体保存エンバーミングって興味ありますか?」
「無い!!!」

天河てんがは短く悲鳴を上げた。
真珠しんじゅ帝は、天河てんがにしてみれば叔父に当たる、つまり父親である翡翠ひすいの兄に当たる人物であるが。
天河てんがは基本的に身内の幽霊でも恐ろしいタイプなのだ。
それなのに、実際、化けて出てこられそうな背景を持つ人間の首だ何だとよくも無神経に、と身震いした。

「もう嫌だ、何なのお前ら・・・」
「まあ、そんな。巫女愛紗みこあいさお姉様が保管してくださってたんです。ご一緒に弔ってあげなくちゃ、ということで。ふくろうお兄様と白鷹《はくたか》お姉様がずっと大鷲おおわしお兄様を探していたんです」

きっと生きてはいないから。
ならばせめて亡骸なきがらをと。
真珠しんじゅの頭がなんで残ってるんだよ。生きた証も残さぬ記録抹消罪だろ」
琥珀こはくに背信したとして、討伐されたのだ。
討伐の指揮を執ったのは、翡翠ひすいと川蝉《かわせみ》。
ふふ、と孔雀くじゃくが嬉しそうに笑った。

「・・・秘密です」
どうせ翡翠ひすいだ、と天河てんがは思った。
「・・・天河てんが様、鳥の羽がふわっとなったのわかりました?あの鳥って・・・」
「いや、わかんない。花も見えなかった。全然わかんない」
「見えてるじゃないですか?」
「あんなの疲れと低血糖が見せる幻覚だ。俺は科学者だ。集団ヒステリーみたいなもんだ」
頑として認めない。
「集団って。天河てんが様と私、二人ですよ?」
「なります。過呼吸だって伝染するんだから。よくあるだろ、多感な年頃の女学生がバタバタと倒れたりするやつ。ああいうやつの一種だな」
そんな年齢でも女子学生でもあるまいに天河てんがはそう押し切ろうとする。

「・・・天河てんが様、お化けとか嫌いなタイプですか?」
「お化けが好きな人なんているんですか?お化けもゾンビも嫌いです!」
孔雀くじゃくは吹き出してから、傷に響くらしく、いてえ、とまた笑う。
お薬飲まなきゃ、とふざけて言い、また飴をつまんだ。

「・・・昔。母親というのは教師だった人で。そりゃあスパルタだった。いたずらなんかしようもんなら、怪談聞かせられて、地下室に閉じ込められたんだ」
「ああ、宮城の地下室、昔は地下牢だったそうですよねえ。今は物置だけど」

ほぼ上物と同じ面積の地下室があって、それがただの空洞状態と知った孔雀は勿体ないと改装して、今やすっかり、収納庫だ。
車両や重機、農機具、置き切れない家具や家電が置かれ、半分は食品貯蔵庫となっている。

「そうだ、天河てんが様、温泉掘ったんです」
「温泉?」
「そうなんです。前から怪しいなあとは思ってて。試しに宮城の南側掘ったら出たんです。硫酸塩泉。効能は、血圧、動脈硬化、傷や火傷などの怪我や、美肌にも効く、らしいです」

孔雀くじゃくはダウジングをするので、宮城中、針金折り曲げたものを持って夜中にうろついていたらしい。
不審な行動は継室や女官達からはまた不評だった事だろう。
どこの場合、どっちが正しいか。継室や女官だ。
天河てんがはため息をついた。

「あ、そう・・・。今度、埋蔵金見つけたら教えて」
この総家令は、あまり良い思い出のない自分の育った花石膏はなせっこう宮も、それは大々的に改装してしまった。
家具もすっかり入れ替えて、リラックスしたラタンのソファに、上質のファーのラグ。
燦々さんさんと光が注ぐ半分温室になっている部屋から直接庭に出れるようになって、孔雀くじゃくが継ぎ木して増やしたオレンジの植木が置かれていた。

「あんなに増やしちゃってまあ」
「あのオレンジ、お城に上がった日、天河てんが様にご挨拶に行ったら頂きましたね」
天河てんがの母が育てていたというオレンジの植木だ。
しばらく放っといたのでどうせ枯れてるだろうと思ったら、増えていて驚いたものだ。
猩々朱鷺しょうじょうときが植木を保管して殖やしていたが、持て余してガーデンの孔雀くじゃくに預けていたらしい。
孔雀くじゃくは新種の柑橘類を生み出すのが夢らしい。
そんなこんなで、あの宮にはあまり寄りつきたくなかったが、今ではたまに帰るようになったのだ。

孔雀くじゃく、官吏がお前を、不審人物ならぬ普請人物って呼んでるってさ。どうすんだ、嫌われるぞ」
一年に何案も改装計画を出すからだ。
「社食食べ放題無料にしたんですけど。ご機嫌とれないかなあ」
孔雀くじゃくがまた笑った。
いつの間にか体調の悪い獣のように毛がペタッとしてきた。

「・・・だいぶ出血した様だけど大丈夫か」
軍属に入り外傷患者もだいぶ見て来たが、今回の孔雀くじゃくの出血は足がすくむほどだった。

雉鳩きじばとお兄様にだいぶ貰いましたからね。あ、と言うか、返して貰ったと言うか」
「血の貸し借りをしてるのかよ」
「借血のご利用は計画的に、とは行きませんねえ。・・・白鷹はくたかお姉様とふくろうお兄様が私を家令に召し上げた理由に、この大鷲おおわしお兄様のお弔いと、それと雉鳩きじばとお兄様の為と言うのがあったんです」
当時、雉鳩きじばとが輸血と骨髄移植の必要な疾患にかかっていたのだ。
お互い数が多くはない血液型ではあるが、検査してみたら見事適合。

孔雀くじゃくからの骨髄移植と、孔雀くじゃくの父親も輸血に協力して、彼は病を乗り越えた。
「赤の他人でそんな適合するのそりゃ珍しいな」
孔雀くじゃくの父親は、やはりギルド筋であり廷臣。

「そうなんです。宮廷に関わる人間はどこかで血が繋がっているかもしれないですよね」
それは恐ろしい話だ。と天河てんがは茶化した。
いつの間に拾ったのか、左手に褐色の風切羽を三枚、嬉しそうに手に持っている。
「これが初列風切、次列風切、三列風切。・・・どんな飛行機やヘリコプターよりもお見事なデザイン。・・・つばめにあげよう。つばめ、鳥の羽根集めてるんですよ」

「はいはい。じゃ、ダウンジャケットとか羽根布団捨てる時とか中身あげるわ」
そういうんじゃなくてですね、と孔雀くじゃくがむくれた。
天河てんがは不思議と清々しい気分で、それがまた自分でもおかしかった。
背負っている背中が熱い。
砂風呂くらいの温度だ。

さっきまで熱にうかされて興奮したように喋っていたのだが、本当に発熱していたようだ。
これでは翡翠ひすいも心配だろう、と天河てんがは思った。
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