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96.守護聖人
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しかし、今こうして孔雀を前に翡翠の懊悩は霧散した。
自分に、こうして触れる事の出来る現実のいかに大切かを理解させたのは、目の前の孔雀だ。
「・・・さて。何をすればいいのかな。可愛い人」
孔雀は笑った。
「では、この度の褒章を頂きたく存じます。前線を守護し、救命に尽力した鸚鵡お兄様に格別のお情けを賜るわけにはまいりませんか」
鸚鵡を許せ、という事か。
翡翠はちょっと考えてから頷いた。
ぱっと孔雀の顔が輝いた。
「・・・翠玉とは本当に通じていないのか、確認してからだけどね」
「まあ、翡翠様・・・。鷂お姉様が言うには、私も鸚鵡お兄様もフラれたそうです・・・」
悲しくなるが事実だろう。
孔雀は自分で言ってショックを受けた。涙が出そうだ。
「・・・わかった。わかりました。・・・では、鸚鵡は来月一日から、宮城の出入りを許可するよ。・・・それから青鷺にもね。一度顔を見せたら私が喜ぶし、芙蓉が待っているだろうと伝えて」
特別に王族の霊廟の訪問を許可すると加えた。
孔雀は感激して頷いた。
「お優しい方。・・・私達は貴方にいくら感謝してもしきれません」
いつかその時が来たらと、真珠の首級を保管し、巫女愛紗に預けていたのは翡翠《ひすい》。
大鷲と共に葬ってあげるようにと。
巫女愛紗は大鷲の実姉に当たる。
大戦で負傷し、それでも生き延び老いた姉弟子がどれだけ感謝していたか。
「でもね。悲しい思いをさせたのも私。これが贖いになるとは思わないけれど」
「いいえ。翡翠様。家令は戦場で死んだとしても、政変で死んだとしても、誰も不満を口にする者などおりません。我々は実用品ですから、用に足ればそれでいいのですもの。だけど、そのお心遣いがあればこそです」
孔雀が総家令となり、実家に帰るとごねた時。
翌日から翡翠は孔雀に、手の内を、心の内を話すようになった。
何日もかけて、孔雀は絆され、そして、この人の総家令になろうと決めたのだ。
兄弟子も姉弟子も、本当に嫌ならやめちまえ、真鶴がいないんなら、ほら、藍晶でも天河でも担いでいずれクーデターでもやるか、等と言う。
彼らはそれが妹弟子にとって慰めなのだと本気で思っていたのだ。
けれど、孔雀が、翡翠が真珠の首を保管している事、それは巫女愛紗の元にある事。
「いつか、大鷲と弔えればいいと思う、と言われた。私はあの方のお気持ちに応えたいと思う」と言うと。
兄弟子や姉弟子は、驚くほどあっさりと納得してくれたのだ。
その事実は、自分のように、姉弟子や兄弟子の心を打ったのだ。
「・・・・お優しい方。私達、翡翠様が大好きです」
正面からそう素直に言われて、翡翠は感動すら覚えた。
生贄とまで言われた小さな家令は、見事な女家令に成長した。
なんという福音だろう、と翡翠は感謝したい気持ちで。
孔雀は、実は大鷲の残した日記を持っている。
名前すら死体すら残さぬ厳しい記録抹消罪だと言うのに、木ノ葉梟が必死に守ってくれた。
それを託されていたのだ。
「・・・大鷲お兄様は、天眼持ちで、大神官の修練を途中までとは言え修められたくらいの優秀な神官です。総家令にもなった。・・・本当は、その成れの果てを見るのが、私、怖かったんですけれど・・・」
そもそも神殿の神官、巫女家令でもある自分ではあるが、また大鷲も同じような立場であったのだ。
実際に聖堂の再建作業に携わり、彼の心を辿るような経験をして、自分と共通点も多く、会ったことのない兄弟子が、どんな境遇に身を置き心と身を堕としたのか知るのは恐ろしかった。
人間は環境や状況で体も心もいかようにも変わる。濃淡があれ、化学変化のように当然のように。
木ノ葉梟が残した大鷲の日記とその形見を見るにつけ、優しい兄弟子の人柄が偲ばれて、その分余計に怖かった。
母帝に背信、クーデターを起こしたとされて、真珠帝と大鷲は引き離された。
兄弟子の手記を読むだに、大鷲は真珠帝を愛していたと思う。
日記とは特別。その言葉、そして文字というのは不思議なもの。
優しく誠実で優秀な人柄が偲ばれるその文体が変化して行き、少しずつ彼が壊れていくのが垣間見えるようになる。
「ここしばらくで皇后陛下様から毒を賜り実際に服んだのは、大鷲お兄様だけであったそうですね」
それは、形式的なもので、今更飲まなくてもいいものなのだ。
それをまるで自分がジュースのように飲んでしまったのは、今思えば自分が無責任で無造作だったから。
芙蓉に言ったように、当時は、翡翠《ひすい》の事など、どうでもよかったから。
けれど、大鷲は違う。飲んで見せたのだ。
覚悟と言えば聞こえがいいが、俗な言い方をすれば、真珠帝の妻からの喧嘩を買ったのだ。
孔雀が数日寝込んだ程度は済まず、彼は生死を彷徨ったそうだ。
自分のため、真珠のため。
それほどまでに、兄弟子が愛した方だったとして。それなのに。
「私共は白鷹お姉様や梟お兄様から、真珠様がご自害されたと聞き及んでおりますけれど」
当時、翡翠の侍従だった川蝉がそう報告したからだ。
「・・・・けれど違いますね」
孔雀は確認したくてそう尋ねた。
翡翠《ひすい》は頷いた。
「川蝉はショックだったろうね。あれは自死ではないよ。・・・大鷲だと思う」
兄王が家令に殺されたと伝えても翡翠には何の支障もない。
翡翠は家令の名誉も守った事になる。
「家令は悪辣で淫らなものと言われはしますが、半身ともお慕いする皇帝を総家令が手にかけたとなれば、お姉様方やお兄様方の命は無かったでしょう。・・・お詫びと共に、感謝申し上げます」
間違いなく、翡翠は兄弟子や姉弟子の命を助けたのだ。
守護聖人はこの方の方だ、と孔雀はそっと礼をした。
自分に、こうして触れる事の出来る現実のいかに大切かを理解させたのは、目の前の孔雀だ。
「・・・さて。何をすればいいのかな。可愛い人」
孔雀は笑った。
「では、この度の褒章を頂きたく存じます。前線を守護し、救命に尽力した鸚鵡お兄様に格別のお情けを賜るわけにはまいりませんか」
鸚鵡を許せ、という事か。
翡翠はちょっと考えてから頷いた。
ぱっと孔雀の顔が輝いた。
「・・・翠玉とは本当に通じていないのか、確認してからだけどね」
「まあ、翡翠様・・・。鷂お姉様が言うには、私も鸚鵡お兄様もフラれたそうです・・・」
悲しくなるが事実だろう。
孔雀は自分で言ってショックを受けた。涙が出そうだ。
「・・・わかった。わかりました。・・・では、鸚鵡は来月一日から、宮城の出入りを許可するよ。・・・それから青鷺にもね。一度顔を見せたら私が喜ぶし、芙蓉が待っているだろうと伝えて」
特別に王族の霊廟の訪問を許可すると加えた。
孔雀は感激して頷いた。
「お優しい方。・・・私達は貴方にいくら感謝してもしきれません」
いつかその時が来たらと、真珠の首級を保管し、巫女愛紗に預けていたのは翡翠《ひすい》。
大鷲と共に葬ってあげるようにと。
巫女愛紗は大鷲の実姉に当たる。
大戦で負傷し、それでも生き延び老いた姉弟子がどれだけ感謝していたか。
「でもね。悲しい思いをさせたのも私。これが贖いになるとは思わないけれど」
「いいえ。翡翠様。家令は戦場で死んだとしても、政変で死んだとしても、誰も不満を口にする者などおりません。我々は実用品ですから、用に足ればそれでいいのですもの。だけど、そのお心遣いがあればこそです」
孔雀が総家令となり、実家に帰るとごねた時。
翌日から翡翠は孔雀に、手の内を、心の内を話すようになった。
何日もかけて、孔雀は絆され、そして、この人の総家令になろうと決めたのだ。
兄弟子も姉弟子も、本当に嫌ならやめちまえ、真鶴がいないんなら、ほら、藍晶でも天河でも担いでいずれクーデターでもやるか、等と言う。
彼らはそれが妹弟子にとって慰めなのだと本気で思っていたのだ。
けれど、孔雀が、翡翠が真珠の首を保管している事、それは巫女愛紗の元にある事。
「いつか、大鷲と弔えればいいと思う、と言われた。私はあの方のお気持ちに応えたいと思う」と言うと。
兄弟子や姉弟子は、驚くほどあっさりと納得してくれたのだ。
その事実は、自分のように、姉弟子や兄弟子の心を打ったのだ。
「・・・・お優しい方。私達、翡翠様が大好きです」
正面からそう素直に言われて、翡翠は感動すら覚えた。
生贄とまで言われた小さな家令は、見事な女家令に成長した。
なんという福音だろう、と翡翠は感謝したい気持ちで。
孔雀は、実は大鷲の残した日記を持っている。
名前すら死体すら残さぬ厳しい記録抹消罪だと言うのに、木ノ葉梟が必死に守ってくれた。
それを託されていたのだ。
「・・・大鷲お兄様は、天眼持ちで、大神官の修練を途中までとは言え修められたくらいの優秀な神官です。総家令にもなった。・・・本当は、その成れの果てを見るのが、私、怖かったんですけれど・・・」
そもそも神殿の神官、巫女家令でもある自分ではあるが、また大鷲も同じような立場であったのだ。
実際に聖堂の再建作業に携わり、彼の心を辿るような経験をして、自分と共通点も多く、会ったことのない兄弟子が、どんな境遇に身を置き心と身を堕としたのか知るのは恐ろしかった。
人間は環境や状況で体も心もいかようにも変わる。濃淡があれ、化学変化のように当然のように。
木ノ葉梟が残した大鷲の日記とその形見を見るにつけ、優しい兄弟子の人柄が偲ばれて、その分余計に怖かった。
母帝に背信、クーデターを起こしたとされて、真珠帝と大鷲は引き離された。
兄弟子の手記を読むだに、大鷲は真珠帝を愛していたと思う。
日記とは特別。その言葉、そして文字というのは不思議なもの。
優しく誠実で優秀な人柄が偲ばれるその文体が変化して行き、少しずつ彼が壊れていくのが垣間見えるようになる。
「ここしばらくで皇后陛下様から毒を賜り実際に服んだのは、大鷲お兄様だけであったそうですね」
それは、形式的なもので、今更飲まなくてもいいものなのだ。
それをまるで自分がジュースのように飲んでしまったのは、今思えば自分が無責任で無造作だったから。
芙蓉に言ったように、当時は、翡翠《ひすい》の事など、どうでもよかったから。
けれど、大鷲は違う。飲んで見せたのだ。
覚悟と言えば聞こえがいいが、俗な言い方をすれば、真珠帝の妻からの喧嘩を買ったのだ。
孔雀が数日寝込んだ程度は済まず、彼は生死を彷徨ったそうだ。
自分のため、真珠のため。
それほどまでに、兄弟子が愛した方だったとして。それなのに。
「私共は白鷹お姉様や梟お兄様から、真珠様がご自害されたと聞き及んでおりますけれど」
当時、翡翠の侍従だった川蝉がそう報告したからだ。
「・・・・けれど違いますね」
孔雀は確認したくてそう尋ねた。
翡翠《ひすい》は頷いた。
「川蝉はショックだったろうね。あれは自死ではないよ。・・・大鷲だと思う」
兄王が家令に殺されたと伝えても翡翠には何の支障もない。
翡翠は家令の名誉も守った事になる。
「家令は悪辣で淫らなものと言われはしますが、半身ともお慕いする皇帝を総家令が手にかけたとなれば、お姉様方やお兄様方の命は無かったでしょう。・・・お詫びと共に、感謝申し上げます」
間違いなく、翡翠は兄弟子や姉弟子の命を助けたのだ。
守護聖人はこの方の方だ、と孔雀はそっと礼をした。
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