ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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107.痛切な欲求

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 おかしい。
天河てんががいよいよ訝しんだ。
孔雀くじゃくに今年はぜひと請われて、そこまで言うならたまには行くかと離宮に足を運んだものの、早目の晩餐後に、なぜか翡翠ひすいとキャッチボールをさせられた。

子供の頃から元甲子園球児の白鴎はくおうのキャッチボールに付き合ってきたからか、孔雀くじゃくの持つ重い豪速球とやたらと動くワンシームにも驚いた。
多彩な投球はガーデンで兄弟子姉弟子に育児放棄された頃、退屈して夜中に壁打ちしているうちに身につけたらしい。

「あれで9回裏まで投げられたら選抜間違い無しなんだけどな」
「無理無理。あの子、肩が爆発するか熱中症でぶっ倒れて病院送りよ」

白鴎はくおう緋連雀ひれんじゃくが種明かしをするところによると、どうも孔雀くじゃくはこの夏に翡翠ひすい天河てんがの距離を縮めたいという希望があるらしい。

「以前、孔雀くじゃくが自分の存在が天河てんが様の非行に繋がったと気にして、小児科に行った話はご存知でしょう?」
「努力の方向性が間違って居りますが、面白いから誰も止めませんで」

それだけではあるまい。
多分、家令連中が妹弟子の動向を賭けているから煽ったに違いない。

「そしたら、その小児科の先生と今でも年賀状をやりとりする仲になったんです」
「はあ・・・?」
「で、孔雀くじゃくは。今回のご継室様の入宮の件が、また天河てんが様のお心に傷をつけては大変と思うに至ったわけですね。医師ドクターに今更本当のところを伝えるわけにはいかないし、またなんとなく素性をぼかして相談しに行ったそうです」
「・・・はあ」
「そしたら、その医師ドクターが。あ、孔雀くじゃくはどこかの女癖の悪い貴族の夫に金で買われた後妻だという趣旨の紹介状を黄鶲きびたきお姉様が持たせたもんですから。相変わらず最悪な旦那だけれど仕方がない。ご懸念のご次男と父親を向き合わせる機会だから努力するようにとアドバイスをしてくださったそうです」

とまで言って緋連雀《ひれんじゃく》が吹き出した。

「ああ、おかしい!こちらご覧になりますか?」

その医師の著作であるという本を手渡す。
白鴎はくおう付箋ふせんのところを見るようにと手で示した。
父親が休日に子供と向き合うためには、から始まる一文が蛍光ペンによって染められていた。
無理のないスポーツや娯楽を楽しみ、食事し、共に親しみ分かち合う、と書かれている。

「・・・ああ・・・なるほどね・・・」

孔雀くじゃくは真剣なのだろう。
大事なところは蛍光ペンでマーキングする習慣があるらしいが、ほぼ全文染まっている。

「問題は、この本の対象が小学生なんですよ・・・」
白鴎はくおうもついに笑い出した。

「・・・勘弁して」
これが、あの総家令による自分の攻略本と言うわけか。
そりゃ、ピンと来ないわけだ。
緋連雀ひれんじゃくがまだまだこれからだと言った。

孔雀くじゃく、さっき厨房で桃のタルトを焼いてましたけどね。まあウキウキしちゃって。天河てんが様、デザートが終わったら、さあ、御覚悟なさいませ」
まだあるのか、と天河てんがは頭を抱えた。


  というわけで、今、天河てんが翡翠ひすいと同じベッドにいる。
まだ二十時。
戸惑いを隠せない父子が寝床から孔雀くじゃくを見上げた。

「あら、まあ、私ったら気がつきませんで」
とっておき、とシャンパンを出してきた。
ちょうど良い温度に冷やされ、グラスに注ぐと芳しいバラ色の泡が弾けた。

「わあ、何かお祝いみたいですね。おめでとうございます!・・・では、水入らずでどうぞ」
「・・・え、いや、あのね・・・はい」

翡翠ひすいは口ごもりながらグラスを受け取った。
天河てんがはもはや言葉もない。
孔雀《くじゃく》は、ベッドのスプリングの具合からブランケットの肌触り、部屋の温度と湿度まで確認する。

「今日はスポーツも楽しまれてお疲れと思いますし。それでは、おやすみなさいませ。明日のブランチはお庭にご用意致しますね」
と、優雅に礼をして部屋を出て行く。
孔雀くじゃくが出て行ったと同時に、二人がベッドから飛び出した。

「暑い!体温何度だお前!」
「平均37.2℃で風邪知らずだ」
「こっちが発酵するわ。・・・なんでこんなことに・・・。お前じゃ癒されない・・・。なんでお前とピンドンなんぞ・・・」

といいつつ、また注いで飲んでいる。
孔雀くじゃくのとっておきなだけに、やはりいいものらしい。
そもそも翡翠ひすいは離宮に来る目的の大部分が、孔雀くじゃくとのんびり過ごす為なのだ。
なのに孔雀くじゃくは、新しい継室の輿入れの準備にかかりきっきり。

「夜ならゆっくりできるかと思ったら・・・。ああもう・・・暑苦しい。孔雀がひやっこくてちょうどいいのに・・・」
翡翠ひすいはシャンパンをガブ飲みした。
天河てんがもむっとして言い返した。

「こっちだって一日中、何の罰ゲームかと思ったわ」
一緒に風呂にまで入らせられ、一緒に寝ろとは。
天河てんががシャンパンのボトルを奪った。
自分の分はもう半分もない。

「・・・陛下、だいぶ、脳みそが腐ってきているようで。ご寵姫にそそのかされて、女中将に艦二つ沈めさせたと伺いましたが?」

天河《てんが》の嫌味にも機嫌を損ねることもなく、翡翠ひすいがソファに座りなおした。
天河てんがのあてこすりなどそよ風くらいにしか感じないようだ。

「その上、新たな継室を取るとはね。元気でいらっしゃる。頭がボケて体が元気では目も当てられませんなぁ」
「何も珍しい話ではなかろうさ。琥珀こはくなんか、継室が五人、公式寵姫が男女合わせて三人もいたよ」
とんでもない女帝ではあった。さらに、彼女が愛していたのは白鷹はくたかだったというのだから。

「あっちもこっちも迷惑な話だ。あー、バカバカしい」
天河てんがが言ったのに、そりゃそうだな、と翡翠ひすいも頷いた。

「今更、継室なんか欲しいもんかよ」
「まあ、別にいらないけど背に腹は変えられないし」
はあ?と天河てんがは父親を見た。
「宮廷の慶事は総家令の実績だもの。らんもお前もべにも、結局、ふくろうの実績なんだものな」
特に、新たに王族の誕生は、その代の総家令の実績と讃えられる。
仕方ないが、孔雀くじゃくには現在までそれがないのだ。

らんだってあの調子だし。お前なんかどうしようもないし。べにはどう考えたってまだ無理だし。まあ二番目以降の慶事なんてそうたいしたことじゃないけども」
翡翠ひすいわらった。

「・・・じゃあ、その為だけに、継室を入れるのか」
これだけ大騒ぎをさせて。
孔雀くじゃくはそれを知っているのか。

「当たり前だよ。お前、何だと思ってんの?」
何だと思ってると突きつけられて、天河てんがは面食らった。

「皇帝と総家令は一心同体。北極星と天の北極。琥珀こはく白鷹こはくなんかは恥ずかしげもなく、私たち運命でしたから、なんて言っていたけど。あれであのオバハン達、夢見がちだからな」

ぞんざいな口調であるが、それは事実。
当時は振り回されて、辟易へきえきしたものだけれど。今は、あの二人を思い出すと笑えてしまうのだ。
それは今が満たされて幸せだからだと思う。

「兄王。真珠しんじゅ大鷲おおわしなんかは、どこまでが自分でどこまでが相手なのかわからなくなるような関係だったんだろうな。二人だけで完結する閉じた世界。それはそれで幸せだっただなんて孔雀くじゃくは言うけど。確かにそう・・・」

この父が自分が討った兄とその死んだ総家令の話を孔雀くじゃくとするのか、と天河てんがは信じられない思いで見つめた。

「・・・じゃあ、孔雀くじゃくとの関係は、何なんだ?」
運命。一心同体。
北極星だの天の北極だの。
どんなに美しく飾り立てても、取り繕っても、そんなの、結局、虚構フィクション幻想メルヘンだ。
それをそうであろうとも見据えた上で、この二人が受け止めて居るお互いは何なのか。

翡翠ひすい天河てんがを何とも嬉しそうに見返した。

孔雀くじゃくは現実的だよ。・・・貴方は、私の切実な、痛切な、欲求と、そう言った。・・・いいだろう。そう言われてみたいだろう?」

楽しそうに言われて、逆に面食らった。

「私達がどれだけお互いのことを想っているか、お前にはわからないよ」

そう言うと、翡翠ひすいは満足そうに笑った。

 
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