ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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114.葡萄色の瞳の総家令

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紋白もんしろ半信半疑、それと呆れる気持ち、それから高揚感を感じた。
この総家令は、確かに宮廷の人間としてはトリッキーだ。
だが、悪くない。

家令と女官など、もともと相容れない。
いくら家令の成人が十五だろうが、まだ中学生のような小娘が総家令として城に上がった時には世も末だと思った。
皇帝の寵愛が深いというのも、風紀が乱れると厭っていたほどだ。

しかし、彼女が作ってきた宮廷の家庭的とも言える雰囲気に、紋白は戸惑いつつも、今では心地よく感じるのだ。
自分を含め、女官長以下五役の女官が総家令と初めて顔合わせをした際に総家令執務室を訪れた際は、反感と緊張がないまぜになっていたものだ。

総家令執務室。家令の悪の巣窟。梟の時代は死体置場モルグと呼ばれ、白鷹はくたかの時代は閻魔えんま部屋とも呼ばれた場所。
しかし、初見の日に、どうぞと通された部屋は、明るくて柔らかな空間だった。
開け放たれた窓から風が吹き込んでいたのを覚えている。
宮廷、特に後宮では習慣としてあまり窓は開けないもの。
そもそも明かり取りの要素が強く、はめ殺しの状態で開かない窓が多かった。
一番最初に改装された総家令室の趣味がよく洒落た調度類は、後宮勤めの長い女官長も感心した趣味の良さ。
紋白もんしろも、内心では家令に売られたお菓子屋の子、と馬鹿にしていたのだが面食らった。

さらに戸惑ったのは、色とりどりの菓子が並ぶテーブルに皇帝が居た事だ。
女官達が慌てて礼を尽くすのに、彼は物腰優しく居てもいいかな、と許可を求めた。
自分達にこんな風に親愛を見せる彼は見た事がなく、さらに驚いた。
総家令による我々への牽制か、と舌打ちしたい気分もあったが。

しかし、そういうのじゃないよと翡翠ひすい本人が否定したのだ。

「毎日この時間はここにいるって決めてるからね。どうぞ気にしないで」

そう言うと、自分の分に取り分けて貰った菓子をつまんでいた。

こんなものを食べている彼を久しぶりに見たと女官長も驚愕していた。
挨拶を済ませて、家令の長に出来ぬ事など少のうございましょうから我々などで、はてお役に立つことがあるでしょうか、と、ある女官が遠回しに皮肉を言った。

これが緋連雀ひれんじゃくでもいたのなら、嫌味の応酬で、最終的にあの根性曲がりにねじ伏せられる所だろう。
皇帝の前で余計なことをとも思ったが、そもそも止める気も無かった。
それも正直な気持ちであったから。
しかし、孔雀くじゃくは不思議な葡萄ぶどう色の目を丸くして口を開いたのだ。

「・・・出来ないことばかりでございます。・・・まずあのですね。皆さんよくそこを勘違いされてるんですけど。・・・会社さんだと課長、部長、社長とかって言いますよね。元老院長様、議会長様、ギルド長様。女官方ですと、女官長様、副女官長様」

女官達は今更何の説明かと顔を見合わせあった。

「皆様は長を頂くお役職ですけれど。私は総家令を拝命しておりますけれど、これ家令長ではございませんね。そのような役職もそもそもありません。総家令の総は、総務の総です。そして総務部長とかではありませんね。ただの総です」

一瞬あっけにとられてしまうと、翡翠ひすいが笑い出した。
「・・・そうなんだよ。ほらあれ」

と、なんでこんなところに台所があるのか気になってはいたが、キッチンの横のやたら大きな冷蔵庫を翡翠が示した。
短冊のようなメモが大量に貼ってある。

家令達発と思われる、日程連絡から、ヴァカンス行くから手配しろだの、また宮廷のあれこれ、回廊の照明の電気が切れただの、配管漏水だの、食堂の飯が不味いだの、何か夜食作っておけだの、あとは無茶な要望から、そんなもの自分でやれと思うような私事の依頼に至るまで書き込まれていた。

「一番チビの私が総家令になったのを良いことに、お姉様方もお兄様方も、もうなんでもかんでも押し付けて言いたいこと言ってるんです・・・」

困ったもんだと膨れる孔雀くじゃくと、ありゃもうどうしようもないねえと呆れる皇帝。
つまり雑用と面倒事相談係。

「というわけで。どうぞ、皆様およろしくお願い申し上げます」
孔雀くじゃくが深々と頭を下げた。

どうも何だか思ってたのと違うという印象。
その後も、この総家令が福利厚生を充実させたおかげで、結婚や出産で離職する女官も減ったし、離婚死別等の出戻り組も安心してまた職務を続けられるのだ。
かくして、今やこの総家令は女官達からも好意的に迎えられていた。

紋白もその出戻り組の一人である。
今や五歳になる息子は、宮廷のキンダーガルテンで、他の女官や官吏、家令の子達と同じようにナニー達によって養育されているのだ。
昔から宮廷に関わる親を持つ子ども達はそれぞれの身分に応じて宮廷で育つというのは慣習としてあった。
女官は、自分が所属する宮で主人の許可を得れれば子供達を育てて奉職を続ける事は可能であったが、許可を得られなければ退職となる。

さらに、宮で育てると言っても何となく育ってしまうというのが正直なところだったのだ。
家令も似たようなもので、そうやって育つとその宮の主人とやはり良くも悪くも親しくなる。
何で託児所なんか今更作るのだ、という反対派の意見に、「だって子供を育てる許可やら、どこかに預けるって。子供を人質に取られているようなものじゃありませんか。そんな状況で意見等できないじゃないですか。家令じゃあるまいし。保障する健全な保育の場が必要なんです。ええ、家令じゃあるまいし」そう強調して孔雀くじゃくは言ったのだ。

しかも、そのキンダーガルデンの責任者は皇帝であると言う。
「園長先生みたいなものです」と孔雀くじゃくに言われ、翡翠ひすいが面白半分、責任感半分で引き受けてしまったらしい。

ギルドは、公立、私立以外に、それぞれの組合で保育施設を持っていたり、企業で持っていたりするというのは知っていたが、宮廷でその考え方はあろうはずもなく。
そもそも宮廷に奉職している高級官僚である女官の結婚相手というのだからそれなりの社会的地位の夫というのが定石なので結婚や出産をきっかけに城を下がる者が多いのが大多数で、子供を肉親に預けるとか、または主人である妃が手元で乳母を付けて育てる事を許すとかの子供の問題がクリアできるならば、請われて復職する場合もあるが、でもそうではない場合も勿論ある。
ならば、どの様な状況でも望めば奉職出来ればいいと孔雀が考えた結果、今では望めば城内に部屋が無料で与えられ、子どもと暮らせる。

何せ普請が大好きなこの総家令だ。使われなくなって久しい建物を一棟改装、兄弟姉妹達と足場を組んだり壁を抜いたりして女官か官吏、そしてそれ以外でも城に関わる人間達の為の独身寮と家族寮を作ってしまったわけだ。
「大家さんは翡翠ひすい様ですので、ご安心下さい。何かあったらどうぞ気兼ねなく私にお申し付けください」と、内見案内で言っていたのには、驚いたものだ。


そして、今は「お買い物の帰りにケーキバイキングいきませんか。この前、大嘴おおわしお兄様が見つけてきたんですけど一緒に行ったら、お兄様食べ過ぎて私まで出入り禁止になっちゃって。お二人とだったら入れるかも」と、嬉しそうに話している。

宮廷の宮宰、番人。国外では悪魔とも言われる家令達の統括をする悪魔の王なんて呼ばれていて、今や軍の半分以上を掌握、さらに神殿オリュンポスの神官長。そして、皇帝の恋人。

だというのに、これだもの。
紋白はおかしくて仕方がない。

それから程なくして、四妃の為の経費からではなく、皇帝からの贈り物として孔雀くじゃくが用意した服や装飾品等、出産準備品や嗜好品の類が山のように四妃の元に届けられた。
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