ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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115.後宮の守り手

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緋連雀ひれんじゃく海軍ネイビーでの出向から戻ってきて数日。
皇太子宮での勤務を終えて、すぐにどこかに行ったと思ったら、慌ただしく総家令室に戻ってきた。
孔雀くじゃくはこれからまた一仕事、二仕事である。

孔雀くじゃく、冷蔵庫空っぽじゃない!お菓子ばっかり入れてないでよ。イカ買ってきたから、塩辛漬けといて」
緋連雀ひれんじゃくお姉様、アオリイカ買ってきたの?勿体無い。お刺身にしない?」
「イカ刺いいね!半分は塩辛にしといてよ」

味覚も性格も中高年男性である美貌のエトワールは、一ヶ月後の海外招待公演の為に、目下ダイエット中。
毎日晩酌として摂取していた大好物のビール6リットルとゲソ揚げを、焼酎と塩辛にするという食事療法のみが対策。
他のバレリーナは絶対に嫌がるだろう方法だが緋連雀ひれんじゃく孔雀くじゃくのこのアイディアを採用して十年近くになる。
バレエ雑誌やハイファッション雑誌でも度々取り上げられるが、彼女の美貌とスタイル維持の秘訣は、妹弟子が作る手料理として紹介されている。
どこでどう間違ったのか、それは「フレッシュな食材を用いたロハスなメニュー」らしいのだが。
塩辛と梅焼酎を出し続けている孔雀くじゃくとしては何のことやら、だ。

金糸雀カナリアがコロッケ食べたいって言うから、芋も買ってきた。芋ふかして、塩辛乗っけるとうまいじゃない?」
「このダンボール全部じゃがいもなの?」

足元の五キロ二箱のダンボールを開けた。
「まあ、いいお芋」
その他にも、姉弟子が目に付いたものを片っ端から買ってきたらしい食材がテーブルに乗っていた。
冷蔵庫がすぐにいっぱいになった。
孔雀くじゃくは嬉しそうに笑った。

「・・・冷蔵庫がぱんぱんだわ。私って幸せ者」
「イカと芋で?」

変なの、と緋連雀ひれんじゃくが首をかしげた。

「この前ね、揚羽あげは様と紋白もんしろ様とお買い物に行ったの」
「ああ。四妃様の服とかお身の周りのものね。聞いたわよ。私も行きたいって鈴蘭すずらん様が仰っていたわね」

浮気性で不在がちの皇太子の正室である鈴蘭すずらんだが、彼女は宮廷での生活にも慣れて今は象牙ぞうげ宮の女主人として女官たちにも慕われている。
自分ではなく、後から入宮した義父の継室が懐妊した事には、当然しばらく複雑な思いを抱いていたようではあるが。
つい最近、皇太子妃に緋連雀ひれんじゃく雉鳩きじばとに救われていると言われて、孔雀くじゃくは不思議で仕方がない。
この素行不良の兄弟子姉弟子が、どうやってあの育ちも心がけもいい女性の心を救うというのだ。
その上、緋連雀ひれんじゃくは過去に、多分、雉鳩きじばとは現在も、藍晶らんしょうと関係がある。

「これ、緋連雀ひれんじゃくお姉様好きそうだと思って・・・」
そう言って紙袋を手渡すと、緋連雀ひれんじゃくが嬉しそうに飛びついて包みを開けた。
「・・・なにこれかわいい!さすが、わかってるー。こういうのってなかなか無いのよね!」

と、七面鳥が半分裸で逃げ出しているイラストのパーカーに袖を通した。
この美貌の姉弟子の私服のファッションセンスがだいぶアレであるのがとても残念だが、嬉しそうなので良しとする。

「で。どうだったって?」
「そう。そしたらねえ。・・・案外、四妃様、華やかなものが好きなのよ」

動画中継で、まずはお洋服、これがお化粧品、とあれこれ見せながら選んでもらうと、どれがいいかわからないと言って困った様子でどのような階層の女性がどのような場で身につけるのに好む服なのかとばかり尋ねていたが、最終的に彼女が選んだのは鮮やかな色彩の服や小物だった。
慣れていないのだ。自分の好みの品物を求めることに。

「あー、なるほどねえ。・・・ああいう女がねえ、実はオトコの趣味がとんがってんのよねえ。放っとくととんでもない物件捕まえたりすんのよ。でも案外得するタイプ。・・・よかったじゃない?おかしなハズレくじ引く前にさっさと後宮に入ってさ。ま、翡翠ひすい様だってだいぶ問題あるけど、あのセコイ実家、出て正解だよ。あの女、特に特技も面白味も無いけどさ、今後路頭に迷う事はないでしょ。あんたがいれば」

緋連雀ひれんじゃくの口の悪さと言ったら、これで褒めてるつもりなのだからどうしようもない。
傍若無人さにかけては右に出る者がいない。貴族どころか王族さえ平気で罵倒し、嫌味をいい、たぶらかして、金目の物を巻き上げてきたのを知っている。
戦利品を整理していたのが孔雀だったからだ。
段ボール二つ分の有価証券や小切手、土地の権利書。
子供心に唖然としたものだ。
ある意味、まさに家令のかがみのような女。

緋連雀ひれんじゃくはとんちきなパーカー姿で、くるりと華麗に回って見せた。
「どう?」
「とってもすてきよ」

緋連雀ひれんじゃくの女性に対する私的な思想は偏っているけれど、当たっているかもしれない。

「あんたの得意な考察は?」
「・・・世の中、ゾウとかキリンとか大型動物の方が草食、小型動物の方が肉食の方が圧倒的に多いもんねぇ。安心した。撫子なでしこ様も鈴蘭すずらん様も、案外、肉食系かも」
「・・・あんたもヒドいわねえ・・・」

不敬とも言えるお互いの発言を、女家令の姉妹は笑い合った。
「・・・ねぇ。四妃様にお姫様か皇子様が生まれたら、緋連雀ひれんじゃくお姉様が硅化木けいかぼく宮に入ってね」
「いいわよ!そのつもり」

きっとこの姉弟子なら若い母親の妃とその子を守ってくれる。
辛くて悲しい思い出を、再現しない為に。
皇帝と四妃の文句を常々言いながら、それでも四妃の体調を気にして、典医の黄鶲きびたきにあれこれ尋ねて面倒くさがられていた。

愛情深い火喰蜥蜴サラマンダーに守られて、きっと母子は健やかに生きていくだろう。
だからこそ家令は後宮の守り手とも呼ばれて来たのだから。

緋連雀ひれんじゃくお姉様、これ見て」

黄鶲きびたきからの定期検診のカルテに超音波から3D処理した胎児の画像が添付されていた。
緋連雀ひれんじゃくはじっと見て、「よくわかんないけど・・・」と呟いた。
その先を、孔雀が次いだ。

「・・・そうね。まだよくわかんないけど。・・・かわいい」

緋連雀ひれんじゃくが頷いた。
楽しみね、と二人は手を取ってまた微笑んだ。

 

    天河てんがは久々に城に戻ると、総家令室に向かった。

「これは天河てんが様、おかえりなさいませ」
雉鳩きじばとが第二太子を出迎えた。

「・・・大嘴おおはしは、どうしました?」
「ヘリポートで降ろされて。あとどっか寄ってから来るってさ」

代わりに預かったと、天河てんがが無事城に帰還したという文書の書類が入っているファイルを雉鳩きじばとに渡した。

「恐れ入ります。・・・全く、侍従じじゅうが主人を置いてどこうろついているもんだか・・・」

とか何とか言っているが、いつも腹を減らしている弟弟子の為に、今日も白鴎はくおうに食事の準備をさせているのだ。彼が軍や外部への勤務で不在の時は孔雀くじゃくに言って用意させている。
なんだかんだとこの家令が一番面倒見がいい。

「・・・孔雀くじゃくは?」

この時間ならばいつもは、仕事がひと段落して、足りない睡眠時間を補う為の仮眠か、もしくは兄弟子姉弟子と茶でも飲みながら打ち合わせしている頃なのに。
現在、翡翠ひすいは冬の休暇で四妃と離宮に滞在している。
来年度採用の登用試験の準備の為に、孔雀くじゃくは城で勤務中と聞いていた。
雉鳩きじばとは少し眉を寄せた。

硅化木けいかぼく宮です。一宮卿がいらしてまして」

ああ、と天河てんがも頷いた。
半月程前、四妃が流産したという知らせが大嘴おおはしにも入り、天河てんがも耳にしていた。
継室が死産の場合は一年喪に服し褒賞は与えられるが、流産の場合は継室が妊娠したという記録も消される。
男継室の場合も褒賞に関しては同じであるが、女皇帝が無事出産に至らなかった場合は、妊娠したという事実も残されない。
非情な事であるが、後宮に入り継室になるとはそういう事なのだ。

以前は特段の赦しがなければ、全ての場合において出産に至らなかった場合は妃もその実家も懲罰対象であったらしい。
女皇帝の場合、皇帝を処罰するわけにはいかないから、男継室を冷宮送りか廃妃にしたらしい。
ひるがえって正室は、出産の成功の義務はなく、その身の一生を保証されるわけだ。
正室と継室でこれだけの差がついてしまう。

天河の母は、元老院でもないギルド出の継室だった。正室と同じ年に同じ皇子を出産しても、やはり待遇は歴然であったと、今ならわかる。

「それで孔雀くじゃくは一宮家に説明をしているわけか」
四妃は当然とし孔雀くじゃくもきっと落ち込んでいる事だろう。
まるで自分の事のように、あれこれ準備に走り回っていたのだから。
「説明といいますかね。・・・補償問題といいますか」
「保証?」
「いえ、補償です。一宮家はどうもがめつい。これまでも度重なる無心に付き合ってきましたが。これ程とは・・・」

自分も相当がめついだろうが、雉鳩きじばとは心底嫌そうに言った。

「ここのところ二日と明けず登城としては孔雀を責める訳です」
「でも、孔雀くじゃく関係ないだろ」

アカデミーの医局で典医の黄鶲きびたきに会った時、四妃様のご流産は残念だけれど、流産というのは思わぬ事故とか事件以外は、ほぼ、母体よりも胎児側が原因なのだと言っていた

「・・・そうですね。あとは、劣悪な環境下であるとか、強いストレスとか。でも例えば大変なストレス下である戦下であっても大抵は無事産むまでは漕ぎ着けますからね」

孔雀くじゃく等、四妃の部屋のベッドのマットレスまで吟味、遮光カーテン等は、実際に自分で何種類か取り寄せて実験したらしい。

「・・・まあ、特殊な環境、と申されるわけです」

雉鳩きじばとは少し考えてから口を開いた。
「・・・陛下のご寵愛が深い総家令の存在が、四妃様にとって多大なるストレスであったというわけです」

天河てんがはなんとも微妙な顔で雉鳩きじばとを見た。
難癖であるとも言える。

「・・・なるほど、ストレス・・・。ストレスね・・・」

しかし、どうも身につまされる気もする身の上なので、複雑な気分だ。
その心情を察してか、雉鳩きじばとはまたため息をついた。
孔雀くじゃく巫女家令みこかれいなのを引き合いに呪いをかけたのではないかだのなんだの・・・。今時あんまりな話でしょう。大体どうやって立証するんだか」
「・・・大丈夫なのか?」

貴族というのは、実に陰険なところがある。
事が事だけに孔雀くじゃくの性格上、追い返すような事もするまい。
「ああ。いい加減頭にきましたからね。緋連雀ひれんじゃくを同行させました」
え、と天河てんがは絶句した。
緋連雀ひれんじゃくの根性が曲がっていて底意地が悪いのは、宮廷で育った者は全員知っているが。
同時にとんでもなく美しく、少女の頃から城に出入りする男を相手に、金品を巻き上げて一財産築いていた事も。

「一宮家が困窮している原因の何割かは緋連雀ひれんじゃくのせいかもしれませんからね。責任とればいいんです。あの性悪女」

お前も似たようなもんだろう、と思ったが、天河てんがは口をつぐんだ。
雉鳩きじばと、やはりこの美貌の家令のおかげで、貴族や議員やギルドや、女官か官吏、身分を問わず、いずこの夫妻が離縁しただの、出奔しただのそんな噂には事欠かない。
緋連雀ひれんじゃくよりこいつの方が洒落にならないのではないだろうか。

緋連雀ひれんじゃくの悪行たるや。愉快愉快・・・」

事の成り行きを想像して、ほくそ笑んでいるのだ。
天河てんがは、家令め、と舌打ちした。
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