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117.総家令の進路
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大嘴がヘリで東の離宮に到着した。
姉弟子達の使い走りは慣れたものだが、人使いが荒すぎる。
高地にある離宮は、もう雪がうっすら積もっていた。
天河の正式な侍従になって以来アカデミーと軍の往復で、宮城や離宮にまとまって勤務する事は減ったが、この離宮の佇まいは大嘴も気に入っていた。
やはりあの妹弟子の趣味はいいのだ。
造形の美の感性もだが、設備品や、食器やちょっとした日用品に至るまで気が利いている。
子供の時から、寒いだの暑いだのこの毛布はゴワゴワして痛いだの文句が多く、実際寒いと風邪をひいたり暑いと熱出したり、固いタオルや毛布、成分の強い石鹸や洗剤で蕁麻疹や皮膚炎になったりと虚弱なタイプだったせいか、そのこだわりが生きたのかもしれない。
うっすら積もった雪がなぜかヘリや車や人が移動する場所では消えているのに気づいた。
融雪設備や消雪設備は壊れるし維持が大変。夏は必要ないから、素材そのもので保温、保冷のものができたらいいと思うの。と、アカデミーの猩々朱鷺と何か開発しているとは聞いていたが、その試験素材の一部。これがおそらく来年あたりには、軍に採用されているんだろう。
大嘴は猩々朱鷺にこの効果を見てこいと言われたのを思い出して、画像をいくつか撮って送信した。
すぐに、姉弟子から満足気な返事が返ってきた。
「失礼致します。家令の大嘴が参りました」
そう言うと、すぐにドアが開いた。
暖かで湿度のある空気にほっとする。
これもまたあの妹弟子の心遣いなのだろう。
乾燥すると、喉が痛くて肌が痒くなるのよ。暑いのと乾燥も苦手とよく言っていた。
カッパかお前、と揶揄ったものだが。
黄鶲が出迎えた。
「あら、早かった事。天河様は?」
「無事宮城に送り届けました。今頃、孔雀と飯食ってるよ」
「・・・それは羨ましい限りだね」
顔色と機嫌の悪い翡翠が大嘴を見た。
「天河のそばから離れておつかいかい?」
「・・・ 陛下、大嘴がご挨拶を申し上げます。・・・離宮は快適ですね」
翡翠が肩をすくめた。
「そうだね」
とは言ったものの、そうでもないらしい。
「温度湿度照度ともに快適を示しておりますよ、陛下」
黄鶲が温度湿度照度計を見せた。
植物じゃないんだけどね、とつまらなそうな文句が返ってくる。
「大嘴、コレなんだかわかるかい?これはビタミンB、C、プロテイン、ブドウ糖。今ね、私はこれと水分で生きてる。ああ、何かしらは食ってるけど、何食っても味しないしね」
翡翠が藪から棒に栄養剤の瓶を見せる。
まさに植物や野菜のようではないか。
黄鶲が呆れて翡翠を眺めた。
「以前は似たような食生活で、文句も仰らなかったわけですからね。妹弟子の食育が生きたのなら我々一同喜ばしい限りですが、全く・・・」
その先は想像がつく。「面倒くさいな」であろう。
確かに彼は昔よく「残留農薬が、寄生虫が、よくわからない加工したものは食い物ではない」とか言って、やはりビタミン剤だのざらざら飲んでいた。
「・・・食育ねぇ」
翡翠がちょっと面白くなさそうにそう確認した。
黄鶲が呆れた様子で頷いた。
「これは失礼をいたしました。・・・食育ではなく、妹弟子の愛情と申し上げればご満足でらっしゃいましょうか、陛下」
翡翠は、そうそう、と機嫌よく答えた。
愛情、あるかないかと言えば、歴とあるのだ。
だからこそ今回の孔雀が提案した、離宮に四妃を伴っての静養にも彼は諾としたのだから。
ただ、それに孔雀がついて来ない。
自分の存在が若き姫継室のストレスであったろうと噂されている以上、その判断は当然であるし、皇帝が傷ついた継室を離宮で静養させるのはそれもまた当然で、美しく優しい話だ。
しかし。黄鶲が「つまりまたハンストよ」と唇で弟弟子に伝えた。
「・・・全く。翡翠様も四妃様も召し上がらないのでは、私と白鴎が太る一方だわ」
「なんで食わないんですかね」とすっかりしょげ返っている白鴎と、日々のイライラが積み重なる黄鶲《きびたき》は毎日残り物で晩酌をするのが習慣になりつつある。
大嘴が笑った。
この家令は快活でてらいがない。
「・・・では陛下。こちらをどうぞ。・・・総家令から救援物資を投下するよう言われまして」
大型のバスケットを差し出しメモを読み上げた。
「・・・ええと?・・・野菜とチーズのキッシュ、アナゴのフリッター、レバーペースト、シフォンケーキ、それとワインだそうです」
翡翠はまだ温かいバスケットに飛びついた。
「・・・そんなに空腹でらっしゃるなら、普段召し上がればいいのに」
黄鶲が呆れながらもほっとしたように言った。
黄鶲や金糸雀の話を聞き、翡翠が離宮で静養どころか消耗しては大変と、孔雀が持たせたものだ。
バスケットを持つ大嘴を、赤ずきんちゃんみたいね、お兄様、と面白がっていた。
「・・・これは黄鶲《きびたき》にだそうだ」
翡翠《ひすい》がバスケットの底から、メモがついている箱を手渡した。
「・・・あら、おはぎ?」
うきうきした様子で受け取る。
「実家がお菓子屋だからかしら。あの子、あんこ炊きもうまいのよね。よし、ちゃんとこし餡ね。私はこし餡派」
黄鶲が、ため息をついた。
「便利すぎて都合が良すぎるのよ。だから悪い大人に利用されるのよ・・・」
あんたもその一人だろ、と大嘴は肩をすくめた。
もちろん言葉にはしないが。
文句を言えば、猩々朱鷺や鷂は武闘派だから鉄拳制裁派だが、青鷺からは人格否定され、そして黄鶲はどこまでも理詰めの長い長い説教が始まる事をよく知っている。
大嘴はそのありがたいお説教を何より恐れているので、今更地雷は踏まない。
あの妹弟子は、子供の時から、分かっていて意見して、分かっていて地雷を踏むから、いつも泣いていた。だが、それで良かったのかもしれない。
家令というのは、塩梅を知らないから。
押せ押せで引く事を知らないから、姉弟子連中は、ああ、ここまでやったらダメなのかも、と結構な年になってから、あの末の妹弟子が教材になって体感で覚えたのではないだろうか。
まあ、そんな所含めて確かに都合が良い存在だ。
「都合がいい女なんて、最高じゃないですか?」
大嘴が黄鶲にファイルを差し出した。
「・・・ご苦労様。猩々朱鷺、これでいいって?」
「内容はわかんないけど。黄鶲姉上に任せるって言ってました」
黄鶲《きびたき》が頷き、そのまま翡翠にファイルを差し出した。
「陛下。こちら、サイン頂けます?来月から孔雀をアカデミーにやりたいんです。しばらく宮廷を離れたほうがよろしいですから」
翡翠と大嘴が驚いて、黄鶲《きびたき》を見た。
「・・・は・・・?え?」
翡翠があれもうまいこれもうまいと食べていた手を止めて慌てて書類に目を通した。
黄鶲の推薦状、猩々朱鷺の許可証。
後は総家令の人事を許可する翡翠のサインが必要だ。
「ええ?!今更、学校行くの?あいつ・・・」
「そうよ?もともと、白鷹お姉様が鳥達の庭園からアカデミーにやるつもりでいたんだし。ひとより三周くらい遅れてはいるけど、学ぶのに遅いなんてことはないわ。いえ、遅れているからこそ追いつかなきゃ。・・・白鷹お姉様と鸚鵡の指導で修士までは終わってるんだし問題ないわよ」
「いや、普通の学校出てからじゃないと無理だって。最低でもどっかの高校は出てないと。白鷹姉上どころか鸚鵡兄上の教育だってかなり偏ってるんだから」
「そんなの承知よ。でもまあ二人とも教職持ってるんだから」
「家令に教員資格やる方が間違ってるだろうよ」
「じゃ、あの子、小学校四年生からやり直すわけ?」
「・・・いやあ、そりゃ無理あるわ」
姉弟の言い争いを翡翠が止めた。
「・・・いや、ダメ」
翡翠は恐ろしいものを見るように書類を眺めていた。
何てこと考え出したんだ、と黄鶲を見上げた。
アカデミーは、関わる者が全員その間は生活も住民票も移し、学都民となる。
つまり、孔雀は宮城から、翡翠から長期離れると言う現実が発生する。
「陛下。これは陛下の個人的な癒しとか栄養状態の安定とか、そういうのは置いといてお考えくださいませ」
置いとくんかい、と大嘴は呆れて姉弟子を見た。
「今の孔雀の置かれている状況は、だいぶ悪い。・・・四妃様の件でご実家だけではなく元老院からも責められています。最近では孔雀が嫉妬して四妃樣に呪いをかけただの、毒を盛っただとか。果ては自分の成果にならかったとして四妃様を陛下ごと離宮に追い出したなんて言われておりますよ」
黄鶲が苦々しく言ったのに、翡翠が珍しく厳しい顔をした。
「誰が言ってる。処罰しなさい」
黄鶲が、「ですから」と手で制した。
「それでは孔雀がまた叩かれます。・・・おわかりでしょう。あの子の存在は、総家令と公式寵姫両方やっているようなもの。このままじゃ、あなたの弾除けになって死んでしまうわ。私達、妹弟子をそんなつもりで育てていたわけではありません。ま、いざとなったら公式寵姫の一人や二人、誰かご用意すれば良い話ですけど。その前に孔雀を消耗させてしまったら使い減りしてしまいます」
自分達の世代の多くが、二妃の死の責任を問われて城を出された。そのあおりを食って下の世代は繰り上げられた。そもそも孔雀は、さらに下の世代要員で、ゆっくり大人になれば良かった。
ところがこうなったのは、目の前のお前に原因があるのだ。責任を取れ、と迫っているわけだ。
「・・・もしくは。陛下がお気持ちを変えて下さるならば、おのずと、そのような残酷な噂などもなくなるでしょうけど」
四妃がしくじったのだと、お前が一番そう思ってるんだろ、とまで黄鶲は突きつける。
まさかと大嘴は思ったが、翡翠は否定せずに明後日の方向を見た。
「・・・陛下は、総家令にこの際だから四妃様を実家に返せと仰ったとか。あの子はあなたを責めないでしょう。なぜだかわかりますか?」
ふん、と黄鶲が嗤った。
「あのダメ男製造機。・・・信じ難いけれど、貴方を嫌いになりたくないから。・・・もっと言えば貴方を好きだからでしょうね」
翡翠が、ああ、とか、うう、とか何か唸った。
「・・・全く。あなたがこんな風に大切にされる事が、私は不思議でしょうがないわ」
バスケットとテーブルに並んだ料理を眺めて黄鶲が正直な感想を述べた。
地位があるから、価値があるから、得をするから。
お互い結果が伴えば、それ以外に、彼の人間性を愛する必要は無いのではなかろうか。
黄鶲は心からそう思う。
大嘴は、ああ、この姉弟子も農業とかそういった方向には向かないなあと思った。
この辺りは、自分や孔雀とは違う所。
やはり姉弟子は生粋の宮廷育ちと言うことか。
ずい、と黄鶲はまたファイルを突き出した。
翡翠は妙な表情で、ファイルを開いた。
「・・・ああもう・・・。今後もう何も食わないからな。弱って死ねと言うんだな・・・」
本格的にハンスト宣言だ。始まった、と大嘴が苦笑した。
「・・・これ。もう一つ書類必要なんじゃないの。誰が、孔雀が修士まで済んだって認定するんだい?」
「認定証明許可を出せる教職をお持ちの方がいらっしゃいますから。大嘴が宮城に戻ったら、すぐに書いて頂きましょう」
黄鶲は翡翠からファイルを受け取ると、弟弟子にまた手渡した。
姉弟子達の使い走りは慣れたものだが、人使いが荒すぎる。
高地にある離宮は、もう雪がうっすら積もっていた。
天河の正式な侍従になって以来アカデミーと軍の往復で、宮城や離宮にまとまって勤務する事は減ったが、この離宮の佇まいは大嘴も気に入っていた。
やはりあの妹弟子の趣味はいいのだ。
造形の美の感性もだが、設備品や、食器やちょっとした日用品に至るまで気が利いている。
子供の時から、寒いだの暑いだのこの毛布はゴワゴワして痛いだの文句が多く、実際寒いと風邪をひいたり暑いと熱出したり、固いタオルや毛布、成分の強い石鹸や洗剤で蕁麻疹や皮膚炎になったりと虚弱なタイプだったせいか、そのこだわりが生きたのかもしれない。
うっすら積もった雪がなぜかヘリや車や人が移動する場所では消えているのに気づいた。
融雪設備や消雪設備は壊れるし維持が大変。夏は必要ないから、素材そのもので保温、保冷のものができたらいいと思うの。と、アカデミーの猩々朱鷺と何か開発しているとは聞いていたが、その試験素材の一部。これがおそらく来年あたりには、軍に採用されているんだろう。
大嘴は猩々朱鷺にこの効果を見てこいと言われたのを思い出して、画像をいくつか撮って送信した。
すぐに、姉弟子から満足気な返事が返ってきた。
「失礼致します。家令の大嘴が参りました」
そう言うと、すぐにドアが開いた。
暖かで湿度のある空気にほっとする。
これもまたあの妹弟子の心遣いなのだろう。
乾燥すると、喉が痛くて肌が痒くなるのよ。暑いのと乾燥も苦手とよく言っていた。
カッパかお前、と揶揄ったものだが。
黄鶲が出迎えた。
「あら、早かった事。天河様は?」
「無事宮城に送り届けました。今頃、孔雀と飯食ってるよ」
「・・・それは羨ましい限りだね」
顔色と機嫌の悪い翡翠が大嘴を見た。
「天河のそばから離れておつかいかい?」
「・・・ 陛下、大嘴がご挨拶を申し上げます。・・・離宮は快適ですね」
翡翠が肩をすくめた。
「そうだね」
とは言ったものの、そうでもないらしい。
「温度湿度照度ともに快適を示しておりますよ、陛下」
黄鶲が温度湿度照度計を見せた。
植物じゃないんだけどね、とつまらなそうな文句が返ってくる。
「大嘴、コレなんだかわかるかい?これはビタミンB、C、プロテイン、ブドウ糖。今ね、私はこれと水分で生きてる。ああ、何かしらは食ってるけど、何食っても味しないしね」
翡翠が藪から棒に栄養剤の瓶を見せる。
まさに植物や野菜のようではないか。
黄鶲が呆れて翡翠を眺めた。
「以前は似たような食生活で、文句も仰らなかったわけですからね。妹弟子の食育が生きたのなら我々一同喜ばしい限りですが、全く・・・」
その先は想像がつく。「面倒くさいな」であろう。
確かに彼は昔よく「残留農薬が、寄生虫が、よくわからない加工したものは食い物ではない」とか言って、やはりビタミン剤だのざらざら飲んでいた。
「・・・食育ねぇ」
翡翠がちょっと面白くなさそうにそう確認した。
黄鶲が呆れた様子で頷いた。
「これは失礼をいたしました。・・・食育ではなく、妹弟子の愛情と申し上げればご満足でらっしゃいましょうか、陛下」
翡翠は、そうそう、と機嫌よく答えた。
愛情、あるかないかと言えば、歴とあるのだ。
だからこそ今回の孔雀が提案した、離宮に四妃を伴っての静養にも彼は諾としたのだから。
ただ、それに孔雀がついて来ない。
自分の存在が若き姫継室のストレスであったろうと噂されている以上、その判断は当然であるし、皇帝が傷ついた継室を離宮で静養させるのはそれもまた当然で、美しく優しい話だ。
しかし。黄鶲が「つまりまたハンストよ」と唇で弟弟子に伝えた。
「・・・全く。翡翠様も四妃様も召し上がらないのでは、私と白鴎が太る一方だわ」
「なんで食わないんですかね」とすっかりしょげ返っている白鴎と、日々のイライラが積み重なる黄鶲《きびたき》は毎日残り物で晩酌をするのが習慣になりつつある。
大嘴が笑った。
この家令は快活でてらいがない。
「・・・では陛下。こちらをどうぞ。・・・総家令から救援物資を投下するよう言われまして」
大型のバスケットを差し出しメモを読み上げた。
「・・・ええと?・・・野菜とチーズのキッシュ、アナゴのフリッター、レバーペースト、シフォンケーキ、それとワインだそうです」
翡翠はまだ温かいバスケットに飛びついた。
「・・・そんなに空腹でらっしゃるなら、普段召し上がればいいのに」
黄鶲が呆れながらもほっとしたように言った。
黄鶲や金糸雀の話を聞き、翡翠が離宮で静養どころか消耗しては大変と、孔雀が持たせたものだ。
バスケットを持つ大嘴を、赤ずきんちゃんみたいね、お兄様、と面白がっていた。
「・・・これは黄鶲《きびたき》にだそうだ」
翡翠《ひすい》がバスケットの底から、メモがついている箱を手渡した。
「・・・あら、おはぎ?」
うきうきした様子で受け取る。
「実家がお菓子屋だからかしら。あの子、あんこ炊きもうまいのよね。よし、ちゃんとこし餡ね。私はこし餡派」
黄鶲が、ため息をついた。
「便利すぎて都合が良すぎるのよ。だから悪い大人に利用されるのよ・・・」
あんたもその一人だろ、と大嘴は肩をすくめた。
もちろん言葉にはしないが。
文句を言えば、猩々朱鷺や鷂は武闘派だから鉄拳制裁派だが、青鷺からは人格否定され、そして黄鶲はどこまでも理詰めの長い長い説教が始まる事をよく知っている。
大嘴はそのありがたいお説教を何より恐れているので、今更地雷は踏まない。
あの妹弟子は、子供の時から、分かっていて意見して、分かっていて地雷を踏むから、いつも泣いていた。だが、それで良かったのかもしれない。
家令というのは、塩梅を知らないから。
押せ押せで引く事を知らないから、姉弟子連中は、ああ、ここまでやったらダメなのかも、と結構な年になってから、あの末の妹弟子が教材になって体感で覚えたのではないだろうか。
まあ、そんな所含めて確かに都合が良い存在だ。
「都合がいい女なんて、最高じゃないですか?」
大嘴が黄鶲にファイルを差し出した。
「・・・ご苦労様。猩々朱鷺、これでいいって?」
「内容はわかんないけど。黄鶲姉上に任せるって言ってました」
黄鶲《きびたき》が頷き、そのまま翡翠にファイルを差し出した。
「陛下。こちら、サイン頂けます?来月から孔雀をアカデミーにやりたいんです。しばらく宮廷を離れたほうがよろしいですから」
翡翠と大嘴が驚いて、黄鶲《きびたき》を見た。
「・・・は・・・?え?」
翡翠があれもうまいこれもうまいと食べていた手を止めて慌てて書類に目を通した。
黄鶲の推薦状、猩々朱鷺の許可証。
後は総家令の人事を許可する翡翠のサインが必要だ。
「ええ?!今更、学校行くの?あいつ・・・」
「そうよ?もともと、白鷹お姉様が鳥達の庭園からアカデミーにやるつもりでいたんだし。ひとより三周くらい遅れてはいるけど、学ぶのに遅いなんてことはないわ。いえ、遅れているからこそ追いつかなきゃ。・・・白鷹お姉様と鸚鵡の指導で修士までは終わってるんだし問題ないわよ」
「いや、普通の学校出てからじゃないと無理だって。最低でもどっかの高校は出てないと。白鷹姉上どころか鸚鵡兄上の教育だってかなり偏ってるんだから」
「そんなの承知よ。でもまあ二人とも教職持ってるんだから」
「家令に教員資格やる方が間違ってるだろうよ」
「じゃ、あの子、小学校四年生からやり直すわけ?」
「・・・いやあ、そりゃ無理あるわ」
姉弟の言い争いを翡翠が止めた。
「・・・いや、ダメ」
翡翠は恐ろしいものを見るように書類を眺めていた。
何てこと考え出したんだ、と黄鶲を見上げた。
アカデミーは、関わる者が全員その間は生活も住民票も移し、学都民となる。
つまり、孔雀は宮城から、翡翠から長期離れると言う現実が発生する。
「陛下。これは陛下の個人的な癒しとか栄養状態の安定とか、そういうのは置いといてお考えくださいませ」
置いとくんかい、と大嘴は呆れて姉弟子を見た。
「今の孔雀の置かれている状況は、だいぶ悪い。・・・四妃様の件でご実家だけではなく元老院からも責められています。最近では孔雀が嫉妬して四妃樣に呪いをかけただの、毒を盛っただとか。果ては自分の成果にならかったとして四妃様を陛下ごと離宮に追い出したなんて言われておりますよ」
黄鶲が苦々しく言ったのに、翡翠が珍しく厳しい顔をした。
「誰が言ってる。処罰しなさい」
黄鶲が、「ですから」と手で制した。
「それでは孔雀がまた叩かれます。・・・おわかりでしょう。あの子の存在は、総家令と公式寵姫両方やっているようなもの。このままじゃ、あなたの弾除けになって死んでしまうわ。私達、妹弟子をそんなつもりで育てていたわけではありません。ま、いざとなったら公式寵姫の一人や二人、誰かご用意すれば良い話ですけど。その前に孔雀を消耗させてしまったら使い減りしてしまいます」
自分達の世代の多くが、二妃の死の責任を問われて城を出された。そのあおりを食って下の世代は繰り上げられた。そもそも孔雀は、さらに下の世代要員で、ゆっくり大人になれば良かった。
ところがこうなったのは、目の前のお前に原因があるのだ。責任を取れ、と迫っているわけだ。
「・・・もしくは。陛下がお気持ちを変えて下さるならば、おのずと、そのような残酷な噂などもなくなるでしょうけど」
四妃がしくじったのだと、お前が一番そう思ってるんだろ、とまで黄鶲は突きつける。
まさかと大嘴は思ったが、翡翠は否定せずに明後日の方向を見た。
「・・・陛下は、総家令にこの際だから四妃様を実家に返せと仰ったとか。あの子はあなたを責めないでしょう。なぜだかわかりますか?」
ふん、と黄鶲が嗤った。
「あのダメ男製造機。・・・信じ難いけれど、貴方を嫌いになりたくないから。・・・もっと言えば貴方を好きだからでしょうね」
翡翠が、ああ、とか、うう、とか何か唸った。
「・・・全く。あなたがこんな風に大切にされる事が、私は不思議でしょうがないわ」
バスケットとテーブルに並んだ料理を眺めて黄鶲が正直な感想を述べた。
地位があるから、価値があるから、得をするから。
お互い結果が伴えば、それ以外に、彼の人間性を愛する必要は無いのではなかろうか。
黄鶲は心からそう思う。
大嘴は、ああ、この姉弟子も農業とかそういった方向には向かないなあと思った。
この辺りは、自分や孔雀とは違う所。
やはり姉弟子は生粋の宮廷育ちと言うことか。
ずい、と黄鶲はまたファイルを突き出した。
翡翠は妙な表情で、ファイルを開いた。
「・・・ああもう・・・。今後もう何も食わないからな。弱って死ねと言うんだな・・・」
本格的にハンスト宣言だ。始まった、と大嘴が苦笑した。
「・・・これ。もう一つ書類必要なんじゃないの。誰が、孔雀が修士まで済んだって認定するんだい?」
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