ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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119.新しい生活

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 アカデミーと、家令達の生活施設である通称止まり木での生活にも慣れて、孔雀くじゃくは毎日忙しく過ごしていた。
日差しが明るく海風がよく入る学園都市は、開放感があり落ち着いていて、心地いい。
天河てんががこの街から離れたがらないのも頷ける。
アカデミー長の猩々朱鷺しょうじょうときの計画で、孔雀くじゃくは半期づつ無期限で修学すればよいという事になった。
敵の多い宮廷からの避難場所として用意してくれた姉弟子達の心遣いだ。
アカデミーは卒業がなく、入学してしまえばいつでも出入り出来る。
国籍、身分、何者か等関係なく学問を志す者に最高で自由な環境を、というのが信条。

孔雀くじゃくが専攻したのは、公衆衛生、疫学、毒性学、環境学。
その中でも、動物学者のタシオニという女教授の研究室に惹かれて出入りしていた。
自分の気に入った教授が、いわゆる担任になるらしい。自分が専攻するしない関係なく。
鸚鵡おうむ茉莉まつり黄鶲きびたき瑠璃鶲るりびたきのような師弟関係だ。
タシオニにはエマという十歳の娘がいて、彼女はすでにアカデミーに在籍を許されたという天才少女。
何より嬉しいのは孔雀の友達にもなってくれた。

孔雀くじゃくは資料から目を離し、立ち上がって伸びをした。
デスクの上の山のような資料が雪崩を起こして慌てて片付けた。
やらねばならない課題がかなりあるのだ。

階下でガタガタという物音がして、孔雀くじゃくは立ち上がった。
兄弟子が戻ってきたらしい。

「・・・おかえり、大嘴《おおはし》お兄様・・・」

帰りコンビニでアイス買ってきて、と頼んでいたのだ。
しかし、リビングには、天河てんがとソファに転がされた兄弟子の姿があった。
兄弟子が酔いつぶれたらしいのにー孔雀《くじゃく》は唖然とした。
天河てんがは疲れた様子でバケツのように大きなアイスクリームを孔雀くじゃくに渡した。

「まあ、天河てんが様、申し訳ありません。・・・ちょっと、大嘴おおはしお兄様!」
お気に入りのタコやシュモクザメの柄が織り込まれたラグに吐かれたら大変と慌てて孔雀くじゃく大嘴おおわしの手を引っ張った。
しかし、兄弟子は起きる様子もない。

「・・・なんなの、このひと!」
「いつもの左岸の店で潰れた。あまり怒ってやるな」

と、天河てんがが慣れた様子で言った。
今やオーナーが雉鳩きじばとくだんの店ではあるが、マネージャーは以前と変わらずだし、この兄弟子の素行も改善はしていないだろう。
孔雀くじゃくは深々とお辞儀をした。

「明日、お店にお詫びに伺います」

伸びきっている大嘴おおはしを一瞥する。
本当にこの人、侍従の自覚あるんだろうか。

「・・・あーもーーっ!」

孔雀くじゃくは、気合を入れて大嘴おおはしを担ぎ上げた。
他の家令もそうであるように孔雀くじゃくもまた小柄な方ではないが、どちらかと言ったら屈強な部類に入る大嘴《おおはし》を持ち上げるのだから、やはり軍で鍛えられたのだろう。
緋連雀ひれんじゃく程ではないが、孔雀くじゃくも馬鹿力だ。

「・・・火連雀あっちがゴリラなら、孔雀こっちはヒグマ・・・」

天河てんがはなるほど、と一人納得した。
家令の内では、この姉妹は、赤いキツネと緑のタヌキとも言われているのを思い出して天河てんがは笑った。
孔雀くじゃく大嘴おおはしを部屋のベッドに落として、ペンで顔をパンダにするいたずら書きをすると、リビングに戻った。

「・・・天河てんが様、本当にご面倒おかけしました」

いつもこの調子だったのでは、天河《てんが》を監視する事なんて不可能だったわけだ。

「・・・大嘴おおはしお兄様、昔っから天河てんが様といると楽しくて、仕事忘れちゃうんだもの。付き合いいいタイプってあれだから」

しょうがないんだから。と孔雀くじゃくはため息をついた。

「・・・大嘴おおはしを待ってたのか?」
「・・・アイスが届くの待ってたんです。全然、宿題が終わらなくて・・・」

やってもやっても課題が終わらない。
しかし、課題を提出して初めて試験を受ける許可が出るのだからして、とりあえずそこに漕ぎ着けなければならないのだが。

「・・・天河様、お腹空きませんか?」

キッチンから、カレーパンを持ってくる。

「・・・さっき揚げたんです。・・・現実逃避で手間かかるもの作りたくなって」
顔色悪くそう言うのは、大分追い詰められているのか。
天河はそのやたらうまいカレーパンを齧って、スパイスの香りのするミルクティーを飲んだ。

長年、翡翠《ひすい》と夜食を食べていたので夜中に腹が減るのもあるのだろう。
常にベタベタしているあの翡翠ひすいがよく孔雀くじゃくのアカデミーへの入学を許したものだ。
それだけ、現在の宮城での彼女の立場の風向きが悪いと言う事だろう。

小学校中退という学歴に愕然としていたが、女官試験はパスしているし、殿試もそこそこであったらしいし、アカデミーの入学試験もパスしたのだから、白鷹はくたか鸚鵡おうむが、偏りはあれど、しっかりと教育したと言う事なのだろう。
他の年嵩の家令達も、下の世代にあらゆる知識を詰め込んだらしい。

あの白鷹はくたかが教職を持っていたというのがもう信じがたいが「白鷹はくたかお姉様、私が出来ないと物差しで叩くんです。ご飯抜きで物置に閉じ込められるからこっちも必死です」と孔雀が言ったのにやっぱりなあと思わざるを得ない。

「でも、お腹空いて物置で泣いてると、誰かしら食べ物持って来てくれるから、大丈夫だったんですよ」

白鷹はくたかもそれは知っていたが、放っておいてくれた。
孔雀くじゃくが懐かしそうに言った。
天河てんががもう一個、とカレーパンに手を伸ばした。

「48個出来たからまだまだあります、どうぞ」

工場か、と引いたが、まあ、大嘴おおはしが起きたら一瞬で無くなるだろう。
あの大喰らいの食費を抑える為に、せめて一日一食は外食させるな、と雉鳩きじばとに言われているらしい。
なので、天河てんがの侍従でもある大嘴《おおはし》は、天河《てんが》の所有する部屋フラットの隣の部屋を宮城が買い上げて生活していたのだが、最近はこの"止まり木"にほぼ生活を移していた。
相変わらず落ちつかない人だけど、腹が減ったら食べには帰って来るでしょう。くちばしが長いから、と食い意地が張っていると兄弟子を揶揄からかうが、孔雀《くじゃく》だって相当なものだ。
天河てんがもここで食事を取る事が増えていた。

天河てんが様もお夕飯いかがですか?お米一升炊いたんですよ」とか「3.5斤のパンを10本焼いたんですよ」等のパンチのある誘いを天河てんがは首を傾げながらも断れなかった。
間違いなく大嘴《てんが》の食費は抑制出来ているだろうが、遊興費は怪しい。
件《くだん》の左岸の店でも、おかげで大嘴おおはしがデリバリーを取る事は減ったけれど。

「お願い!出前なんて頼まないで、そんなに腹が減るならお弁当持ってって!いい格好したいなら、私がオードブルセット届けるから!」と孔雀くじゃくが泣きつく程ボラれていた。
信じがたいが、あの店は今やオーナーが雉鳩きじばとらしい。
結局、雉鳩きじばとの私腹が肥えるからいいのでは無いかと思うが、そこは納得出来ないらしい。

大嘴おおはしにポイントカードを渡された時は愕然としたが。
来店ごとに苺や林檎のスタンプが押される仕組みで、孔雀くじゃくに消しゴムで作らせたからと言われてまたも天河てんがはがっかり。

孔雀くじゃくは「おまけとか記念品のグッズを作るのが大好きなので楽しく作りました。天河てんが様、あと、あのう、今後しっかりと保健衛生局も入りますし、福利厚生も力を入れましたので。サービスを提供する側もされる側もご安心くださいまし。あ、プライバシーは守りますので、はい」と笑顔で言ってきたのには、久しぶりにショックを受けた。
つまり、管理は孔雀くじゃくと言う事だ。
つまり、つつ抜けではないか。

「・・・家令業に、軍に、神殿に、アカデミー。兄弟子の副業の管理マネジメント。さらに城では陛下のご寵愛も厚い総家令。・・・過労死するぞ」
嫌味を通り越して心配そうな天河てんが孔雀くじゃくが吹き出した。

「また、そんな」

いや、冗談ではない。

「・・・天河てんが様こそ。海兵隊マリーンから海軍ネイビーに移られませんか?」

心配そうに孔雀くじゃくが言った。

「今更もういいよ。せっかく慣れたのに」

再来月からまた軍に出向だ。
孔雀くじゃくが負傷した一件で自分の立場を半公表せざるを得なかったが、それでもなお、海兵隊の面々と少しづつ打ち解けつつある今、今からまた別の場所でゼロから積み上げるのは面倒だし、勿体無い気がする。
青鷺あおさぎからも「ご身分を明らかにしてしまった以上、他に移籍という選択もありますし、実務から離れるというのも一案です」と提案されたが、孔雀《くじゃく》に言った事を同じように意向を返すと、青鷺あおさぎは、複雑な表情をした。

「・・・天河てんが様が貧乏性で良かったような、なんというか」と言い、他に言いようはないのかと、返す言葉もなかった。
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