ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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122.蜜教

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  孔雀くじゃくが総家令室で天河てんがを迎えた。

天河てんが様、お帰りなさいませ」

軍に向かう前に一度宮城に帰還する事にしていたのだ。
孔雀くじゃくが半年アカデミーに滞在しているうちに、宮廷の様子も四妃の体調も落ち着きを取り戻していた。

翡翠ひすい様は今宵も四妃様の宮にいらしているんです。あともう少ししたら、お戻りになられると思います」

孔雀は嬉しそうに言った。
部屋中に漂う甘い香り。
翡翠ひすいと食べる夜食を作っているのだろう。
オーブンを気にする様子で言いながら、天河てんがをソファに座らせて、うきうきした様子で香り高いほうじ茶を出した。

「今日の夕方、自分で焙じたんですよ。あ、隠し味わかります?」

天河てんがには理解できない喜びだが、あいかわらず年寄りのような事をしている。
まあ確かに驚くほどうまいが。

「隠し味?・・・味噌とか?」
「・・・柚子の皮です」
味噌みそなわけない、と孔雀くじゃくが自分も茶を飲んだ。

「・・・天河てんが様、以前アカデミーの街で一緒にお土産に買った金平糖覚えていらっしゃいますか?」

そういえばそんなもの買った気がする、と天河てんがはぼんやり思い出した。

「四妃様にお土産に差し上げたらとっても喜んでおいででしたよ。お礼を申し上げたいと仰ってましたので。明日にでも伺って頂けませんか?」

思わぬ話だったが、天河てんがは頷いた。
止まり木に滞在中、大喰らいの大嘴おおはしの腹の虫を養う為、三日に一回とんでもない量の食材の買い出しに行く孔雀くじゃくを見かねて手伝ったのだ。
いつものリュックを背負って、荷台のようなラジオフライヤーをガラガラ引っ張って買い出しに行っていた孔雀くじゃくは、天河てんがが手伝ってくれるとなるととても喜んだ。

「・・・なんてご親切な・・・。もうこうなったら軽トラでも買おうと思っていたんです。でも私、普通自動車免許持ってないんです・・・」

軍隊は重機も飛行機も戦車の免許もくれるのに、なぜ普通自動車の免許はくれないのだ。と孔雀は嘆いた。

「普通、皆、高校三年生の春休みとか、大学生の夏休みに取るものなんでしょう?」
と、憧れる口調で言っていた。

途中、何箇所か菓子屋をめぐり、その中のひとつでその金平糖を買った。
孔雀くじゃくはお星様みたいですねなんて店員と話して、片っ端から試食して、天河てんがに選ばせた金平糖の詰め合わせを大事そうにリュックにしまっていた。

四妃への土産だったのか。
噂では食が細い姫君らしい。
なるほど砂糖ならすぐにカロリーになるか、と納得した。
天河てんがからしたら、つまりは何となく味が違う薄ら甘いだけの砂糖の塊をどうやって食べていいのか持て余してしまうが。
カステラや大福の方がわかりやすくて腹にたまっていい。

何にしても食が極端に細いというあの四妃の栄養になるならいいことだろう。
悲しい経験をした姫君の慰めになるなら良いことだ。
オーブンが鳴って、孔雀くじゃくはいそいそと持ってきた。

「お待たせしました」

ココット皿に、ぐんと張り出したスフレだった。

「スフレはオーブンから出したら三十秒で食べないとだめなんですよ」

ラズベリーのジャムも差し出す。
天河てんがは真剣な顔でスプーンを握りしめた。

天河てんが様、明日からまた海兵隊《マリーン》ですよね」
心配そうに孔雀くじゃくは言うと、デスクへ向かい、引き出しに手を伸ばした。
勘付いた天河てんがは嫌そうに顔を向けた。

「・・・葉書はもういらない」

見せる前に断られた孔雀くじゃくが悲しそうに引き出しから出した半年分の葉書の束を見つめた。

「今回は往復葉書にしたんです。こちらから出して、天河てんが様が送り返してくださればいいんだと思って・・・。お元気ですかという質問に、マルかバツかでもよろしいんですよ・・・」
「・・・青鷺あおさぎ経由で定期的に報告書を出す。それでいいだろう」
「まあ、なら、はい・・・。あの、何かありましたら仏法僧にお申し付けくださいまし」

今回は先に仏法僧ぶっぽうそうも軍属に入っているのだ。
きっと天河てんがの助けになることだろう。
天河てんが孔雀くじゃくのデスクの上のクリスタル製のペーパーウェイトを眺めた。

ガラス工芸が得意な黄鶲きびたきが制作したもので、家令達の率いる小隊、あるいは中隊のシンボルが篆刻てんこくされたものだ。
ノベルティ好きの孔雀くじゃくが姉弟子に依頼して作ったものらしい。

「お気に召しましたか?・・・天河てんが様、よろしければ、エコバッグと消しゴムハンコも作ったんです。他にもマグカップとか、ちょっとおしゃれな軍手も・・・」

嬉しそうに机の下から大型の収納ケースを出して来たのに天河てんがはゾッとして手で制した。

「・・・・いらない。本当にいらないから」
「・・・・そうですか・・・?」

孔雀《くじゃく》は残念そうにケースを戻した。

五色鶸ゴールドフィンチと剣弁のバラが、十二羽の五色鶸トゥエルブ・ゴールドフィンチ隊で知られる金糸雀カナリアお姉様の小隊。市松模様の蛇の山楝蛇ヤマカガシと鳩《はと》が、雉鳩きじばとお兄様の隊。木ノ葉梟このはずくお姉様が翼竜よくりゅうに月桂樹。はいたかお姉様がミツクリ鮫《ゴブリンシャーク》にアザミです」

孔雀くじゃくがそれぞれ家令の属する部隊の意匠を凝らした紋章を眺めながら説明した。
天河《てんが》にとったら、鳥、蛇、花、葉っぱ、魚、くらいにしか認識していなかったのでちょっとした驚きだ。
軍隊の連中はそう言ったものが好きだが、天河てんがはそのセンスはピンとこないのだ。

「よく見ると一個一個が可愛いんですよ。淡雪あわゆき先生にデザインを発注したんですって。さすがですよね」

彼は緋連雀ひれんじゃくの師匠でもあり画聖と呼ばれた宮廷画家、人間国宝だ。
寡作のタイプの画家ではなく、宮廷画家なのに大して城にも上がらずというのは有名だ。
こんな小つまらない仕事ばかり面白半分にしているからではないかと天河てんがは思い当たった。

「・・・孔雀くじゃく。聞きたい事がある」
「はい、何なりと。・・・あのう、もしや家令の素行の事ですか・・・?」

孔雀くじゃくが不安そうに顔を上げた。
誰かまた何かやらかしたのか、と天河てんがが呆れた。
城に上がって以来、この総家令はこの問題で頭を悩ませてきた。
後宮や元老院、議会、軍、こじれ果てる外交問題と、もしかしたら同じくらい。

「まあ、家令っちゃ家令だけど」
天河てんが様は王族でいらっしゃるから、家令に関することは、文書請求して頂ければ一週間以内にご用意できますよ。・・・あまりプライベートなことは、ご存知にならないほうがいいでしょうけれど。ガッカリするから」

メモ魔の孔雀くじゃくがペンとメモ帳を持ってきた。
「ええと。誰のでしょうか」

天河てんががじゃあ、と口を開いた。
「・・・蜜教みつおしえ

孔雀くじゃくが顔を上げた。不思議そうな顔をしている。

「まあ。天河てんが様。そのような家令、おりませんよ。天河てんが様には家令名簿もお目通し頂いた事ありますけれど・・・」

「正しくは、家令が何か機密に関する業務を行う事に使ういくつかある名前だそうだな。内容によって名前が違うので、まわりの家令たちは相応の対応をするとか」

孔雀くじゃくはそう言われてましても、と花のように微笑んだ。

「・・・ヘキサゴンコムハニーにクイーンビーとハニーガイド。これはお前が考えたんだって?」

六角形の蜂の巣に女王蜂、そして蜜教、と無感情に言われて孔雀くじゃくは顔色を変えた。

「悪名高い蜜教みつおしえ部隊ディヴィジョンのシンボルらしいな。召集されるメンバーは流動的だけど、常に蜜教みつおしえを筆頭に家令のみ。
内容は極秘。家令のみで済ませる案件。剣呑なこった」

天河てんががそう言い捨てた。
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