ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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125.第二太子の縁談

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 海兵隊マリーンから半年の任期を終えて無事帰還した天河てんがにふいに持ち上がった縁談に孔雀は取り組んでいた。

天河てんが様の身上書書くとなると、学歴も資格も書くこといっぱいあって羨ましいです」
孔雀くじゃくは小学校中退だもんな」

大嘴おおわし揶揄からかい、二人で腹を抱えて笑いあっている。

「それは虐待だ」

教員職資格を持つ自分に取ったら笑い事ではない。

「あ、でも、天河てんが様に、高等学校と修士までの資格有するって認定して頂きましたからね。学校は行ってないけど、学歴に書いてもいいのかな?」

孔雀くじゃくは現在アカデミー在籍。半期づつの在籍で、現在二年目。
孔雀くじゃくがアカデミーに滞在するその度に、翡翠《ひすい》がハンストをしているが、もともと偏食だった為か、絶食に対するスタミナがあるのか、なかなかしぶとく継続している。
そして孔雀《くじゃく》は、今、天河てんがの縁談に夢中。

大嘴おおはしお兄様。この梔子くちなし色のファイルと、こっちの蒲公英たんぽぽ色のファイル。どっちがお相手様の受けがいいと思う?」

天河てんがの写真や身上書や健康診断書を一式つづる為のファイルらしい。

「どっちも黄色じゃないのかよ。別に同じだろ・・・?」

四葉のクローバーの彫金と象嵌ぞうがんがしてあるのに、大嘴おおはしは、おお、と感嘆の声を上げた。

「作ったのか。お前よくやるな」
「・・・最初は緋連雀ひれんじゃくお姉様に雅な古典画描いてって言ったら、御所車から般若はんにゃが顔出してるの描いてきたの・・・。仕方ないから自分で作ったのよ」

天河てんがは驚いてファイルを見た。
家令は皆、変に小器用なタイプが多いが、これは人の手で作れるものなのか。工場とかで作るものではないのか、としげしげと眺めた。

「やっぱりほら。一番は、お人柄ですけど。こういうアイテムだって大事。あらゆる印象が大切ですものねぇ」

孔雀くじゃくは大切そうに表面を磨き始めたが、はっとしたように手を止める。

「・・・・どうした」

孔雀くじゃくはダメだわ、と立ち上がった。

「・・・クローバーの花言葉が・・・幸運、約束、ふ、復讐だって・・・」

念のため、今ネットで調べてみたらしい。

「私としたことが・・・。天河てんが様、申し訳ありません」

土下座でもしそうな勢いで孔雀くじゃくは言った。
大嘴おおはしが首を傾げた。

「四葉のクローバーって縁起物ラッキーモチーフじゃないっけ?」
「だから私もいいかなあって思ったんだけど・・・。なんでよ?幸運と約束まではとってもいいのに、なんでいきなり復讐なの!?一体何があったのよ・・・」

なんという失態。
大嘴くじゃくが油性の極太ペンを持ってきた。

孔雀くじゃく、ここいらに違う花の絵でも描けば大丈夫だろ。ほら、よくある桜とかさ」
「桜は散るのよ・・・?椿も首から落ちるから縁起が悪い・・・」

なんてことなの、と孔雀くじゃくはため息をついてから、決心したように天河てんがを見つめた。

天河てんが様。私、この失態を挽回出来ますように頑張ります!必ずや素晴らしいご縁談をまとめてみせます」

とりあえず、これは作り直します、とファイルをしまい込む。

「気にしすぎだろ。縁起が悪いってんなら。秒速で離婚した金糸雀カナリア姉上と白鴎はくおう兄上のフラワーガールと二次会の幹事やった孔雀こそがすでに縁起悪いんじゃないか?」

兄弟子としてはフォローのつもりだろうが、孔雀くじゃく大嘴おおはしを睨みつけた。

「・・・気にしているのに。やめてよ。今、そういう不吉な事言うの」

そのうち兄妹喧嘩になってしまう。

まあ待て待てと天河てんがが二人を止めた。

アカデミー都市にある家令の宿舎である止まり木でもよくこんなことになって、天河てんががまあまあ、と止めていた。
孔雀くじゃく大嘴おおはしもお互い容赦しないから、まさかと思うようなくだらない事で本当に兄妹喧嘩になって、それが軍だろうがアカデミーだろうが、街のパン屋でも騒ぎ出すので、天河てんがはその度、肩身が狭くなるのだ。

「・・・で、何なの?」

天河てんががすっかり冷めた緑茶を飲み干した。
いつもなら、お茶冷めましたよね、とか、おかわりありますよ、次は何召し上がりますか、お菓子もお好きなのどうぞ、などと言って来るのに茶が冷めた事にも気づかない程、縁談話に夢中というわけだ。
面白くない。

「あ、そうでした。・・・天河てんが様、あの、ご意向をお伺いしたくて・・・」

恥ずかしそうに言うのがまた嫌な予感しかしない。

「元老院か議員か、ギルド系か?」

どこから嫁が欲しいのかという事か。

「そんなもの政治の話。どうせお前の匙加減じゃないか」
「まあ、違います。・・・そうではなくて。あの、天河てんが様って、どんな方がお好きなんですか?」

キャ、聞いちゃった、などとまるで女学生のような反応に天河てんがは目の前が暗くなった。

「だってやっぱり。お互いのご希望というか、共通の夢みたいな。ビジョンですか?そういうものがないと」

大嘴おおはしがそう興味もなさそうに、鶯餅うぐいすもちを口に放り込んだ。

「見合いってそういうもんなの?普通、条件と写真見て会って決めるんだろ。それただの婚活じゃねえの」
「いつの時代ですか、大嘴おおはしお兄様。・・・今はもっと柔軟で、軽やかで親密なお見合いが主流なんです。マッチングって言うんですよ」

知ったような顔で言うのは、またハウツー本でも買ったのだろうか。
皇太子と皇太子妃も、孔雀くじゃくのアレンジで結婚まで漕ぎ着けたのだ。
総家令が他の妃殿下候補を押し除けて、皇太子妃を推したように考えられているが、そうではなく。
夜会での出会いは演出やらせではあるかもしれないが、継続し、形になったのは双方の意思。
あの気の多い藍晶らんしょう鈴蘭すずらんの関係があれで破綻していないのは、やはり理由があるというわけで。

だからこそ、と孔雀くじゃくは、デスクの上の冊子をいくつかいそいそと持ってきた。
見合い相手の候補の写真らしい。
まずは、と緋色に鶴の刺繍のアルバムを開いて天河に差し出した。

「では天河様。・・・参考までに。こちら、元老院の駒佐輪こまさわ様の二の姫。音大出てらして、特技がフルート。すてきですねえ。天河てんが様も音楽お好きでらっしゃるでしょう?今は何にご興味があるんですか?ほら、ご一緒に合奏したりしたらぐっと距離も縮まると思うんです」
「嫌いじゃないけど、さほど好きってほどではないなあ。やってみたいのは和太鼓」
「・・・和太鼓・・・。新しいセッションになりそうですね・・・」

孔雀くじゃくつるが描かれたアルバムを閉じた。
次は、白いバラのレースのアルバム。

「こちらは、副議員長の但馬たじま様の姪御様に当たる方。こちらは姪御様との事ですので、一度、但馬たじま様の御養女に成って頂く必要がございますけれど、ご心配には及びません、お任せくださいましね。アカデミーの天河《てんが》様の後輩に当たるんですって。今は高校の先生でいらっしゃるそうです事よ。天河てんが様も教職お持ちでいらっしゃるし、お母様も先生だったし、これはもう運命かも・・・」
「へえ。何の教員?」
「はい。・・・まあすてき!古典です」
「あー、物理と古典て合わないんだわ」
「そうなんですか?・・・でもそんな、わかりませんよ・・・?」
「いや、母親に黒板叩かれて詩の暗唱とかさせられたから。文学的なものにはトラウマもあるしね・・・。震えがくる。あれはPTSDだな」

まあ、そうでしたか、それでは、大変、と孔雀くじゃくは頷いた。

「うん。次は?」

青い革張りのファイルを開く。

「はい。えーと、ギルドの方ですね。あ、桜田さくらだ香織かおりちゃん。私の一つ下の学年でした。私ちょっと知ってます。・・・お友達にはなってもらえなかったけど・・・。天河てんが様、ラグジュアリーフーディー便ってご存知ですか?高級食材を富裕層向けに宅配してる食品流通会社。あそこのご令嬢なんですよ。香織ちゃん、栄養士さんでお料理もとっても上手らしいです。得意料理は和食ですって!・・・天河てんが様、和食お好きでしょう?」
「和食っていうか。今は蕎麦好きだよね。手打ちの十割の藪蕎麦。断蕎麦ね。あとはにぎり寿司。江戸前の。あれが好き。毎日食いたい」
「・・・・十割の手打ちのお蕎麦と、お寿司ですか。握り・・・」

孔雀くじゃくはしばし考えてからアルバムを閉じた。

「・・・天河てんが様。脱サラした方でお蕎麦屋さんをお初めになる方がいらっしゃったりするわけですし、今や女性だって蕎麦打ちが趣味という方も多くいらっしゃると思います。でも、普通の女性はお寿司なんて毎日握りません。それに、確かに和食ですけど家庭料理ではないですよね」

だって、と天河てんがが肩をすくめた。

「たまに行く寿司屋の大将の握る寿司が最高でさ。あれ食っちゃったらもう・・・。な、大嘴おおはし
「ああ、確かに。イカなんか透き通っててなぁ。エビはもうフルーツみたいにみずみずしくて。ありゃあ、ウマイ」
聞いている孔雀くじゃくも、何それおいしそう、とよだれを垂らさんばかり。

「まあ・・・。・・・いいなぁ。魚は死んでるけど、寿司は生きてる、みたいなもんですね!」
「表現が悪い」
「・・・すみません。・・・でもイカやエビなら、素材が良ければ、一般の料理が得意な女性でも握れるかもしれないですよね?」
「何言ってんだよ。大将は十四から修行初めて、今年で六十年だぞ。そんな神様みたいな人が握る寿司を素人がそう簡単に真似る事なんかできるわけないだろう」
「でも・・・、それを一般の女性に求めるのは無理です」
「本気で寿司職人になりたいなら、これからだって遅くはないだろう」
「・・・天河てんが様、別に、このお嬢様方は、お寿司屋さんになりたいわけじゃないですよね?天河《てんが》様の奥方様になる方のお話を、私、しているわけでして・・・。それに、現在二十代半ばの方で、六十年修行しなきゃならないとしたら。天河様の求めるレベルになった時は、皆さん八十代ですよ・・・?」

孔雀くじゃくは悲しそうに肩を落とした。
天河てんがは上機嫌でその様子を見て、おかわり、と茶碗を差し出した。
それから茶を二杯とうぐいす餅を三つ腹に納めて、お土産に栗きんとんを持って行った。



孔雀くじゃくが何かをネットで熱心に調べていたのに、翡翠ひすいは画面を覗き込んだ。

「へえ。今は調理師学校って寿司部門もあるの?厨房に新しい人材でも欲しいのかい?」
確かに和食といっても寿司となると専門職だろう。
設宴で本格的に寿司を出したいのだろうか。

「いえ。あの・・・。女性の学生さんとかいらっしゃるのかなあって。問い合わせたら、個人情報だから教えて貰えなくて。・・・校門で出待ちとか、ダメですよね・・・」

翡翠ひすいが首を傾げた。
女性の寿司職人がいいのか。
「うーん。怪しまれるだろうねえ・・・」
「・・・ですよね」

孔雀くじゃくがうなだれた。
天河てんががそんなに女性に求めるレベルが高いなんて。
予想外にいきなり暗礁に乗り上げてしまった。
ああもういっそ、その大将が天河てんがと結婚してくれないだろうか、と孔雀くじゃくはため息をついた。
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