ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

文字の大きさ
124 / 211
5.

124.運命の女神

しおりを挟む
 のすりがこの船に来て、一月ひとつきになろうとしていた。
船は、南シナ海を南下し、そのまま赤道近くまで行くらしい。
空の色が、海の色が、風の匂いが、南の甘やかなものに変わって行くのは感動的だった。

のすりの前に白鷹はくたかが上機嫌で現れた。

「お前。そろそろ鳥達の庭園ガーデンに行く事になるからね。用意しときなさい」

とだけ言われた。
それから周囲はにわかに慌ただしくなり、孔雀くじゃくのすりがガーデンに入る為の必要な物を手配し始めたり、金糸雀カナリアが書類や新しい衣料品を持ってきたり。
孔雀くじゃくの部屋にあれこれと並べて、準備品のチェックをしていた。

「なんだか修学旅行の準備みたいね。私は行った事ないけど」
小学校中退だから、遠足はあるけど修学旅行は未経験らしい。
のすりは、小・中と修学旅行には行った事はあるが、こんなにいろいろな物を取り揃えて貰った事はなかったので、妙に照れ臭かった。

季節毎の家令服、普段着やパジャマまで用意してある。
仕立てたばかりの軍の制服があるのを見つけ、それが金糸雀カナリアと同じ陸軍アーミーのデザインだと分かると、ほっとした。

突然、部屋のドアが荒々しく開けられて、引き付けられる程に抜群に美しく、すこぶる不機嫌そうな女が入ってきた。

孔雀くじゃく金糸雀カナリアが今までにない程、ぱっと顔を輝かせた。

真鶴まづるお姉様!」
二人は同時に叫ぶと嬉しそうに女に駆け寄った。
それからあれやこれやと話しかける。
まるで本当に姉妹が母親にあれこれ一日あったことを聞かせているように。
それに真鶴まづるは満足そうに頷き、「まあ、馬鹿馬鹿しいわね」と楽しそうに笑う。

一段落して孔雀くじゃくがお茶にしましょうね、と言うと、真鶴まづるはワインにして、と答えた。

「じゃあ、とっておき出しましょうね」

いつもならば翡翠ひすいが好物のシャンパンやスパークリングワインや孔雀くじゃくの漬けた果実酒でも、と言うと、まだお昼間ですよ、なんてたしなめるのと大違い。

「聞いて頂戴。全くひどい目にあったんだから・・・慰めてくれなくちゃダメよ」

もちろんよ、と妹弟子二人が微笑んだ。
それを聞いて大変満足した様子でワインをボトル半分ほど飲んでやっと彼女はのすりに気づいたようだった。
はっとしてのすりは礼をした。

「・・・のすりと申します。真鶴まづるお姉様、どうぞよろしくお願い致します」

ふうん、と無遠慮に眺められた。
値踏みと観察を足して割ったような視線。

「・・・父親が蝙蝠こうもり筋のろくでなしで、母親と継父ままちちに売られたって?昔話みたいね」

あまりな物言いに、のすりはむっとした。
真鶴まづるは尚も楽しそうに畳み掛けた。

「・・・あんた、今更家令になんかなってどうすんのよ。王様はもういないのよ?家令なんか正式には国家公務員として認められもしなかった。無用の長物とは言ったもんだわ。激務とスペックの割にはるか昔から未来永劫評判も悪いし・・・」

と言った所で、真鶴まづるがしまった、というように口をつぐんだ。
背後で孔雀くじゃくが目を潤ませていたのだ。

「・・・ちょっと!泣かないで、私のピーチパイ!」
「ひどいわ・・・真鶴まづるお姉様・・・。全部本当だけど・・・本当のことって、痛いのよ・・・」
「言いすぎたわ・・・・ほら、国家公務員じゃないけど、特別企業団体職員なんでしょ?」

孔雀くじゃくが頷いた。

「・・・そうです。最初は個人事業主で一人親方保険しか入れなかったけれど。特別企業団体職員になってからは今はちゃんとギルド組合にも商工会にも入ってます。健康保険も厚生年金もあるんです。民間保険にも入れるようになったんですよ・・・」
「わかったから・・・。あーもう・・・」

真鶴まづるは気を取り直せと妹弟子にワインを飲ませた。
金糸雀カナリアは呆れて肩を竦めた。

「まあ、とにかく。・・・のすり、明日の昼過ぎにはガーデンに行くわよ」
孔雀くじゃく金糸雀カナリアが驚いて顔を見合わせた。
のすりも驚いて姉弟子達の様子を伺っていた。
彼女はこの船の一番いい客室を年間契約し、遊んで寝てばかりいる、という話を聞いていたのに。

真鶴まづるお姉様が、のすりをお預かりになると言うこと?」

真鶴まづるはそうよ、と吐き捨てた。

白鷹はくたかとそう言う約束したの。・・・賭けに負けたのよ。あのババアの博才ばくさいは何なのよ?インチキじゃないのあれ!?」

孔雀くじゃくはタブレットを持ってきて、カジノの売り上げを確認した。

「・・・真鶴まづるお姉様、この8番のフォルトゥーナテーブルだったのよね・・・」

カジノのテーブルには幸運の女神の名前がそれぞれ付けられている。

言ったきり、データを見て絶句してしまう。
金糸雀カナリアも覗き込んで、とんでもない金額に悲鳴を上げた。

「私、借金のカタにタダ働きさせられんのよ?・・・覚悟決めて一緒に行くわよ!」

莫大な財産を持つ彼女だ。
払う気になったらすぐ払えるだろうが。
運命の女神フォルトゥーナと白鷹はくたかが結託したかのような采配に、仕方なしと仕事をする気になったのだろう。

「だから、海軍ネイビーの制服用意しといて」

真鶴まづるのすりの世話をするのか、と孔雀くじゃくは色めき立った。

のすり金糸雀カナリアお姉様と陸軍アーミーに入れないのは残念だけれど。海軍ネイビーは、翡翠ひすい様も真鶴まづるお姉様も緋連雀ひれんじゃくお姉様も私も所属したの。だから大丈夫よ」

のすりは頷いた。

「ああもう。半年は戻ってこれないわ!あの因業ババア!私は年内はここで孔雀くじゃくと遊んで、あとは寝て暮らすつもりだったのに!」
「私、鳥達の庭園ガーデンにも海軍ネイビーにも会いに行きます。・・・そうだ、じゃあ、真鶴お姉様のお誕生日は、真鶴お姉様のオーベルジュで過ごしましょうね」
「本当?本当よ!あと、海軍ネイビーにも会いに来て頂戴」

真鶴まづるは、すっかり機嫌を持ち直しついでに輝くばかりの美貌を撒き散らす。
なんともまぶしい。
家令というのは誰もが魅力的な存在だと知り得たが、こういう人間に会ったのは初めてでのすりはひたすらにおののいていた。

孔雀くじゃく、私も真鶴まづるお姉様が軍にお入りになるなら海軍ネイビーに行く。研修とか出向とか適当に書類書いて!」

金糸雀カナリアも浮き足立っている。
久々の真鶴まづるの登場に、きっと海軍ネイビー軍中央セントラルも大変な騒ぎになるだろうと金糸雀カナリアは興奮した。
その隣に私が居たら何という喜びと、想像だけで自己顕示欲と愛情が爆発しそうだ。

「アンタってなんて運がいいの!真鶴まづるお姉様と一緒だなんて」

金糸雀カナリアのすりにそう言った。
白鷹はくたかがこの新入りの教育の一切を真鶴まづるに委ねたと言う事だ。
経緯はどうあれ、それを真鶴まづるが請け負った。

そうと決まれば、私だって服用意しなくっちゃと金糸雀カナリアはいくつもある制服と軍服の一番仕立てのいいものを探しに部屋を飛び出した。

孔雀くじゃく真鶴まづると小さな焼菓子を食べさせあって楽し気だ。

その様子が、まるで真鶴まづる孔雀くじゃくの方が恋人同士のようで、のすりは自分の身の振り方の心配よりもいっそそちらを不審に思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完】経理部の女王様が落ちた先には

Bu-cha
恋愛
エブリスタにて恋愛トレンドランキング4位 高級なスーツ、高級な腕時計を身に付け ピンヒールの音を響かせ歩く “経理部の女王様” そんな女王様が落ちた先にいたのは 虫1匹も殺せないような男だった・・・。 ベリーズカフェ総合ランキング4位 2022年上半期ベリーズカフェ総合ランキング53位 2022年下半期ベリーズカフェ総合ランキング44位 関連物語 『ソレは、脱がさないで』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高4位 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高2位 『大きなアナタと小さなわたしのちっぽけなプライド』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高13位 『初めてのベッドの上で珈琲を』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高9位 『“こだま”の森~FUJIメゾン・ビビ』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高 17位 私の物語は全てがシリーズになっておりますが、どれを先に読んでも楽しめるかと思います。 伏線のようなものを回収していく物語ばかりなので、途中まではよく分からない内容となっております。 物語が進むにつれてその意味が分かっていくかと思います。

処理中です...