ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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5.

147.果実を食《は》む

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孔雀くじゃくは翌日から、熱を出して三日程寝込んだ。
皇帝が総家令に与えた裁可とは何なのか、と言えばつまりこう言う事、と家令達は呆れながらもほっとしたところ。
ほぼ一日中寝室で孔雀くじゃくを離さなかった翡翠ひすいのおかげで、孔雀くじゃくは体力を擦れ減らして発熱という有様。

金糸雀カナリア孔雀くじゃくの額に冷却シートを貼りつけた。

「・・・これさえなきゃ、寵姫と言えるところだけど。陛下のお召しがあった翌日は、生き生きピンピンして他の女どもを牽制してこそじゃ無いのよ。・・・情けない。ジョギングしてプロテインでも飲んで体力つけなさいよ」
「才能と適正ってまた別の問題だもの。・・・どれどれ」

黄鶲きびたき孔雀くじゃくから体温計を取り出した。


三九・九度と表示されたその体温計を見て翡翠ひすいは大いに慌てたが、「その体温計三九・九度までしか計れないから多分また四十度突破してます」と黄鶲きびたきがいつもの説明をした。

「・・・陛下、そろそろお時間でございますので。・・・雉鳩きじばと!さっさとしなさい!」

黄鶲きびたきにどやしつけられて、隣室の翡翠の部屋で控えていた雉鳩きじばとが、翡翠《ひすい》を迎えて、連れ出して行った。

孔雀くじゃくの見舞いに忙しくて早速半ば職場放棄していた翡翠ひすいが、五日ぶりに継室の元へと向かかったのだった。

最後まで、やっぱり後でにするだの、すぐに戻るだの言っていた翡翠ひすいだったが、そうなれば、また宮廷の人間に孔雀《くじゃく》が責められるのはわかり切っている。

「・・・この妹弟子の体調と評判の為にも、なるべくゆっくり、しばらくお戻りにならないでくださいませんと」と黄鶲きびたきが釘を刺しながら、途中で戻ってくると困るから、私も行って送り届けて来ると部屋を出て行った。




天河てんがは一晩で意識を取り戻して後遺症は今の所ないらしいと金糸雀カナリアから聞いて、孔雀くじゃくはほっとしてため息をついた。

「・・・黄鶲きびたきお姉様が天河《てんが》様のこと去勢してやるって脅しつけてたわよ」

黄鶲きびたき趣味ライフワークは地域猫の去勢なのでお手の物だろう。
区役所から表彰されたほどだ。

「お姉様、天河様、ご体調はどうなの?」

金糸雀カナリアは苦労して開けた缶詰の桃の入った器をベッドの上の孔雀くじゃくに手渡した。

天河てんが様、まだだるいみたいだけれど。一回心臓止まったんだから当たり前よね。検査もして今のところ問題無いみたいよ。リハビリも必要かもと思ったけれどいらないって。命拾いしたわね」
「・・・良かったあ・・・」

孔雀くじゃくが桃のシロップをうまそうに飲んだ。
「でも、やっぱり黄鶲きびたきお姉様に経過観察とリハビリはお願いして」
「本人が違和感ないなら大丈夫よ。・・・はい、あむ」

金糸雀カナリアがフォークをつまんで孔雀くじゃくの口に桃をつっこんだ。

「どうするつもりなの、アンタ。・・・天河てんが様とは不合意ではないんでしょ」

翡翠ひすいに確認されて、孔雀くじゃくは合意であると答えたのだ。
本人がそう主張する以上、独立した機関である総家令の意志を歪める事は皇帝であっても出来ない。
孔雀くじゃくが桃を噛みながら眉を寄せた。

「・・・宮廷においては。こういうことは、ない話では、ない・・・。交通事故のようなもの」

宮廷では色恋沙汰はよくあるし、騒ぎ立てれば逆に野暮だと後ろ指差されるくらいのもの。
だが、これは違うのではないかと金糸雀は言いたい。

「そうね。こういった痴情のもつれは、官吏や女官とだって、王族同士だって。継室とだって。家令なんてザラとも言える、かもしれない」

それをうまく収めるのが家令の仕事。

「収まるわけ?あのねえ、あのひと、けっこう本気よ。故意で自爆事故よ」
孔雀は甘い桃をみながら、しばし考え込んでいた。
翡翠によって天河は孔雀と接触を無期限で禁じられた。
天河が孔雀を紐でくくっておいたのも、第三者から見れば孔雀が被害者であり無体を働かれたと思われるようにだろう。
例え、その時に天河てんがが死んでいても。
金糸雀が嫌だ嫌だ、と頭を振った。

「全く。はたから見れば、死因がはばかられすぎるじゃないの。縛られたアンタと、死んでる第二太子がベッドにいてごらんよ・・・。外目にはまるで腹上死じゃないのよ。・・・シャレにならない。重すぎるよ、あの男」

もう一切れ、と桃を差し出す。

「・・・金糸雀カナリアお姉様」

孔雀が顔を上げた。

「・・・何よ」

孔雀くじゃくが手招きして耳打ちした。
金糸雀カナリアは、嫌な予感が当たったと、嫌そうな顔をした。

「・・・本当。去勢しちゃえばいいのに」
言いながらも、ほら、と毛布を剥がして着替えを手伝う様子なのに、孔雀くじゃくは頼もしそうに姉弟子を見上げた。




天河てんがは、呆然として孔雀を眺めていた。
中庭側のサンルーム側の植木の陰から、お加減いかがですかと、ひょっこり現れた孔雀くじゃくが、それではちょっとお待ち下さいと言って、いきなり缶詰を開けだしたのだ。
ギコギコと思った以上に苦労している。

いくつか想定していた展開とのあまりの違いに天河てんがはどう対処したものか考えあぐねていた。
何が始まったのだといっそ不安になる。
死ね、最低、大っ嫌いと罵られるか、翡翠ひすい様に言いつけましたのでどうぞド田舎の離宮にでも封ぜられてくださいまし、とでも言われるかと思っていた。

「・・・最近の安い缶切りって何で押すんでしょう
ね・・・」などと言って、指にちょっと付いた甘いシロップをうまそうに舐めている。

「何してんの・・・?」
「いえ、ですから、具合悪い時は桃の缶詰とかアイスとかいっぱい食べていいので・・・」

聞いたことあるような違うような。
天河てんがは首を傾げた。

「ですけど、まあ、この缶詰って・・・今時、缶切が必要だなんて・・・」
「パックの買えば?」

え、と孔雀くじゃくが顔を上げた。
初めて気づいたらしい。

「そっか・・・でも、桃の缶詰って言うんだから、パック詰めは・・・」

そもそも、昔から誰かが体調が悪いと兄弟子も姉弟子も皆、桃の缶詰を買って来る。

「・・・病気の時は桃の缶詰を必ず食べて、アイスとプリンはいくらでも食べていい。お見舞いにはカトレアとメロンとモンブランって私、習ったんです・・・」

それが世間の常識なんだと思っていたと不安気な孔雀くじゃくに、天河てんがは呆れ顔で頷いた。
あいかわらず家令の教育というのは偏っているらしい。
まあいいや、と孔雀くじゃくは気を取り直すと、ガラスの器に桃を乗せた。

「ああ、全く・・・摩擦で火が出るかと思ったわ・・・」

孔雀くじゃく天河てんがのベッドに近寄ると、桃を乗せたフォークを差し出した。

「はい、天河《てんが》様。あむ」
「え・・・」
「はい?」

不審そうに見つめ返されて、天河てんがは口を開けた。
甘さとまろやかな芳香が体を充した。

「おいしいですか?桃は疲れた時とか、喉にもいいそうですよ」
「これだけ甘きゃね・・・」
「このシロップもおいしいですよね。私、いつも全部飲むんですけど。あとはケーキ焼いた時にこのシロップ打つとおいしいんですよ」

あ、そう、と天河てんがは、豆情報に困惑しながら返事をした。

天河てんが様。この度はまずはご無事でよかった・・・」

孔雀くじゃくはほっと息を吐きながらそう言った。
「もし天河てんが様に何かあったら、悔やみきれないところでした。・・・それと、天河てんが様のご縁談のお話はしばらく延期にさせて頂きたく存じます」

天河《てんが》は浮き足立った。

「なんで」
「反省したからです」
「・・・反省」

はい、と孔雀くじゃくが頷いた。

「・・・天河てんが様、私にお気持ちを寄せてくださっていると仰いましたよね」
「・・・・え・・・、はい・・・・」
「でしたら、私、天河てんが様に、本当に乗り気でないご縁談を次から次に押し付けていた、とっても無神経な人ってことになりますよね?」

そう尋ねられて、天河てんがは、逆に気づかなかったのかと改めてがっかりする。

「いつからご不快でしたでしょうか?あの、お見合いのお土産の苺大福の辺りからでしょうか?ヤ、ヤラセっぽくてお嫌でしたか・・・?」

孔雀くじゃくは、お見合い会食後に天河が手土産を贈るという流れあたりからではと見当をつけたのだが。

「最初から」
「最初・・・?」
「かれこれ、十年以上は不愉快だね」
「・・・私、何ということを・・・。申し訳ありません・・・」

普段、あれだけ兄弟子姉弟子にデリカシーがないだのと言ってる身としては恥じ入るばかりです、と告解までした孔雀くじゃくに、天河てんがは、いや、そんな。気持ちを持ち直せ、と言いかけて、止めた。

「何されたか分かってんの?」
「分かってます。天河てんが様、今回は、本当に私で済んでよろしかったですけれど、女官方や、他の方相手では許される事ではありません」

王族は裁判には出来ない。
でも、だから必要に応じて必要なように処理されてしまう事もある。
総家令は宮宰。
万が一、天河がそのような処分となり、その決定を自分が受け入れて発動させなければならない事を一番恐れていると孔雀《くじゃく》は訴えた。

「それでもいいからそうしたのに?」
「いいわけがありません!100人に聞いたら100人ダメと言いますよ?!」

天河てんがは、じゃ、100人に聞いてこいよ、と言おうとして辞めた。
不毛な言い合いをしている場合ではない。

「ハイ、分かった。申し訳ありませんでした」

分かって貰えて良かった!と孔雀くじゃくが頷いた。

「・・・で、孔雀くじゃくは?」
「ですから、私で済んで良かったと申し上げましたよね」

くどいな、と言う顔をして天河《てんが》を見返す。

「私も宮廷に奉職する家令です。正式なお求めならばいかようにもお仕え致しますけれど、そうでないならあのようではお互いいけませんよね?だから私も不心得でしたので」

今回は不問で、とという事か。

「ダメで、イヤだったってこと?」

え?と孔雀くじゃくが何言ってんだ、と変な顔をした。
天河てんが孔雀くじゃくの脇に手を入れてずるずると引っ張ってベッドの傍に座らせた。
年老いた猫のようにぐんにゃりとしたままの孔雀くじゃくがなんですかと天河を見上げた。

「・・・・よし。わかった。今ここか。・・・なら、考えて」
「はい?」
孔雀くじゃくは考えた結果を伝えに来たのだと言ったが、そうではないと天河てんがが首を振った。
ああ、これが、皇帝の愛人だというのだから。

「・・・・立ち入った事を聞くけど。・・・お前、本当に、いろいろ、できてんの?」
「・・色々って・・・?・・・あ・・・まあ・・あの、自分で申し上げるのもはばかられますけれど、私、案外、ちゃんとしてますよ」

ちょっと自慢気に言うのに、うん、それはそうみたいだよね、と天河てんがが嫌そうな顔で言った。
あの底意地の悪くデリカシーが欠落した緋連雀ひれんじゃくが、いかに孔雀くじゃく翡翠ひすいにベッドで見事にお仕えしたか等とアカデミーまでわざわざ言いにくるので知っている。

母親である猩々朱鷺しょうじょうときとも、普段は聞くに耐えない罵詈雑言の応酬の喧嘩ばかりしているくせに、そんな時だけは二人で、「まあ、あの子、なかなか手練れなのねえ」「そうなのよ、真鶴まづるお姉様のお仕込みが違うわね。翡翠ひすい様も大変にお喜びよ」「真鶴まづるに聞かれたら、翡翠ひすい様は殺されるわね!」なんてわざとこちらに聞こえるように話しているのだ。

どうせ天河てんががどう出るか、また賭けていたからだろう。
今回の事でも家令たちの間でいくら動いたものか。

「足は?」
「痛いけど、だいぶ治りました。破傷風の注射も受けましたから大丈夫です」

見せろ、嫌だと何回か押し問答したが、孔雀くじゃくは諦めて、右足首の傷を見せた。
傷は塞がったが、まだ痛々しい。

「うわぁ、バカだなあ。暴れたからだろ。あれ、新開発のなかなか切れない紐だって自慢してたくせに」
「誰のせいですか!」

孔雀くじゃくが足を引っ込めたのを天河てんがが引っ張った。

「天河様、私、足もげたら、ご飯粒やセロテープじゃくっつかないんですよ?あんまり雑になさらないでくださいまし」

抗議すると、天河てんがが頷いて、孔雀の足首の傷に唇を寄せた。

「・・・雑になんかしたつもりない。されたと感じたか?」

自分がどれだけ大切に愛したかと言われて、孔雀くじゃくは絶句した。

それは、自覚がある。驚いた程、孔雀くじゃくが根を上げる度に天河てんがは優しかったけど。
時間が経過し、天河てんががどうなるのか、そればかりを考えて怖くて仕方なかった。
孔雀てんがはしかめっ面をした。

「よしよし、考えろ。どうせこっちは退かない」

天河てんがはそう言うと孔雀を抱きしめた。
これは果実。
長い間、見ていた。

桃の香りの他に、サンダルウッドと・・・ああそうか、あのクリスマスケーキに似た匂いだ、と天河《てんが》は思い当たった。
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