ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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5.

153.林檎の実の行き先

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 翡翠ひすい雉鳩きじばとが執務室に戻ると、珍しい人物がソファに座っていて翡翠《ひすい》は少し意外に思った。

必要以上に鼈甲べっこう宮には近づかない第二太子だ。
極北に出向させられる事を不服と思ったのか、それとも孔雀くじゃくへの接近禁止を不満に思ったか、まあ、どっちもだろう。
甘い匂いはきっと自分が戻るまでにと孔雀くじゃくが夜食を用意していたのだろう。

あれを食わなきゃならない、こいつの相手してる場合じゃないな、という顔をしている翡翠ひすいの横で雉鳩きじばとが眉を寄せた。
扉の前で、つばめが妙な顔をしていたのはこれか。
第二太子を孔雀《くじゃく》に近付けるなと言い含めておいたのに。
問い糾《ただ》して、何かおかしな事を言ったもんなら引っ叩かなきゃならない、と雉鳩《きじばと》が燕《つばめ》を呼びつけようとしたのを天河《てんが》が制した。

つばめ少年は非常に優秀だよ。褒めとけよ」
「それは、大変光栄ですが。殿下は、総家令に近付くのを許されておりませんが」
「ああ、これが総家令のとこで止まってると聞いたものだからな」

天河てんがはファイルを差し出した。
翡翠ひすい孔雀くじゃくの押印があるのに頷いた。
「・・・これでいいな。いつ出発できる?」
雉鳩きじばとは、天河てんが孔雀くじゃくをどうやって説き伏せたのかと訝《いぶか》った。
天河てんがを北に送り出す事にあれだけ反対していたのだ。
「・・・早ければ明後日には用意ができます」
そう言った雉鳩きじばと天河てんがが首を振った。
「もう大嘴おおはしが軍から着く頃だ。そのまま乗っていく」
「・・・天河てんが様、北の離宮は現在最低限の用意しかできていません」
「じゃあそれまで基地にいるよ。ほっといたら緋連雀ひれんじゃくが戦争始めるぞ」

確かにそうだ。
連日連夜、緋連雀ひれんじゃくから報告という名の烈火の怒り通信が入ってくる。
内容は聞くに堪えないものだ。
雉鳩きじばとがため息をついた。

孔雀くじゃくはどうしましたか?天河てんが様の為に、コンテナでも買って必要そうなもんを片っ端からつっこんで、ユニックで持ち上げてでもいますか?」

天河てんがが笑った。
アカデミーにすら救援物資やら何やら大量に送ってくるのを揶揄からかったのだ。
いつもなら翡翠ひすいを迎えるはずの孔雀の姿がない。
本当に天河てんがに持たせる物資をかき集めに宮城中走り回っているのだろうか。

孔雀くじゃくは寝てる」

翡翠《ひすい》が眉を寄せた。
貧血でも起こしたか。また熱を出したか。
「体調が悪いのか。雉鳩きじばと黄鶲きびたきを呼びなさい。ああ、いや、いい、私が行く」
「・・・多分、明日熱を出すな」

何が起きたか察した翡翠ひすいが天河を見た。
雉鳩きじばとがはっとして廊下に控えていたつばめの元へ向かった。

ドアの向こうで何か言い争っているのが聞こえる。
なかなか燕も負けていないようだ。さすが宮廷育ち。
弁が達つ。

「あーあ。褒めて伸ばせよ!」

気の毒そうに天河てんがが廊下に向かって言った。
まあ、放っておいてもつばめなら雉鳩きじばとに陰湿な仕返しをするだろうから大丈夫か。
翡翠ひすいは改めて書類に目を落とした。
孔雀くじゃくが前後不覚という事は、よく見ればこの少しずれて擦れた総家令の押印も、天河てんがが無断で押したということか。

「・・・一昨日、緋連雀ひれんじゃくが空白地の半分を制圧したと連絡が入った。思ったより早かったな。・・・全く。家令というのは、一騎当千とは言ったものだ」

翡翠ひすいがソファに座った。
一昨日の夜、久方ぶりに孔雀くじゃくと過ごした明け方に。
ベッドの向こうで金糸雀カナリアが、ご報告ですと伝えてきた。
翡翠《ひすい》が許可すると、金糸雀カナリアがそっと天蓋を開けて、孔雀の額を突っついた。

「・・・孔雀《くじゃく》。緋連雀《ひれんじゃく》がやったよ」

そういうと、気怠く甘い声を飲んでいた孔雀くじゃくが、ゆっくり目を開いて、なんともいえない満足そうな顔で笑った。

「思ったより、早かったね」
「あいつ、せっかちだからね。さあ、事態は動くよ」
「それを待ってたわ」

女家令の姉妹はそう笑いあった。
金糸雀カナリアが下がると、孔雀くじゃくは起き上がり、翡翠ひすいを抱擁した。

翡翠ひすい様、私の北極星。私の姉弟子が、先駆けとなりました。きっとこの先、一歩も引かず陣を守り切る事でしょう」

翡翠ひすいは、長く停滞していたものが流れ出すような、閉塞感を感じていた霧が晴れていくと感じた。

その話をそう面白くなくも聞いて、天河てんがは眉を寄せた。
長年にらみ合っていた二国を出し抜いた。
何の為にそんなことを、と言いかけて止めた。
何が何でも主導権イニシアティブを取る為。
もしや孔雀くじゃくは、総取りするつもりか。

「これから大混乱が始まるな」

侵攻と調整が同時進行になる。
その両輪を手繰るのは、孔雀くじゃくではなく、天河てんがに任されたのだ。

「知らせが入った時、孔雀くじゃくは寝室で自分ならば極北を軌道に乗せるのは私の為に五年でやると言った。家令達だけでそこまでできるそうだ。お前はどうする?」

孔雀くじゃくが描く青写真は、当座の安定だけではないだろう。
豊かな都市のイメージを確実に構築しているはずだ。
家令は戦争をしながらインフラを整備し、都市を築く。
それを五年だと?
天河てんがは呆れた。
翡翠ひすいがいちいち牽制してくるのにも頭にきた。
わざわざ寝室だと?

「じゃあ。・・・三年」
大風呂敷を広げたものだ。
「間違いない事を一つ申し上げてるなら、陛下の総家令が寝室で陛下の為にそう寝言を言おうが、ここしばらく、ずっと俺のことを考えていたわけです。昨晩も今朝も。その寝室でも」

翡翠ひすいはむっとした様子で足を組んだ。

「お前、悪趣味なやつだな。・・・いいか、お前は俺の庭のりんごがうまそうだなとただ見てたら、りんごが熟れて風が吹いて自分のとこにたまたま落ちてきたようなもんなんだからな。所有権は庭の持ち主にある」
「はあ?そんなら、俺のりんごの苗を勝手に持って行って自分の庭に植えたようなもんだろうが!」

なんという子供っぽい言い争いか。
家令達は呆れ返った。

「・・・ああ、そうだ。お前が犯罪行為を犯しておいて、なぜ処罰されないのかだけどな」
どうせ孔雀くじゃくが頼み込んだのだろう。

「気にしてないそうだ。被害者だなんて思ってないと。被害者が居ないのなら告発なんて出来ない、だから不問だとさ」

よりにもよって、気にしてない、だと。
大いに気にしろ、と天河てんがは舌打ちした。

「・・・陛下、殿下」

突然、横から声が割り込んできた。

「いい加減にして下さい。大嘴おおはしが到着したそうです。低気圧が来ています。ヘリが飛べるうちに早くご出発ください」

ふくろうが部屋に入って来ていた。

大嘴おおはしから聞きました。補佐として同行することに致しました。孔雀くじゃくは反対しておりましたが、これは私のけじめです」

自分の中であの戦を終わらせる為に。

「さあ、お早く、迅速に。でないと白鷹はくたか姉上に先を越されますよ。姉上が出て行ったら、昔の話を持ち出されて、皆殺しです」

冗談にも聞こえない。
ふくろう天河てんがを眺めた。

「・・・天河てんが様。この度は私共の末の妹弟子と何だか面倒な事になっているようですが。何と申し上げましょうか、殿下は物好きにもほどがありますなあ」
「・・・もとはと言えば、お前が、孔雀くじゃくを継室ではなく家令にしちまったからだろうが」
「はあ。私でございますか。ですがね、あの妹弟子がいいって言ったわけですし。おモテにならないのを私のせいにされてもねえ・・・」

なんという不敬な。
嫌味で言っているならまだマシだ。
しかしこの家令は本気で言っているのだ。

「あらかじめ申し上げて置きますが。あの妹弟子は家令のまま生きれないなら家令のまま死にたいタイプの女ですよ。・・・事故物件というよりありゃ欠陥住宅ですな。しかも、建て付けが悪いとか、日当たりが悪いとかじゃない。住宅なのに台所がないとか風呂がないとかそういう致命的な欠陥です」

あまりの良いように天河てんがは唖然としたが、翡翠ひすいは心得ているのか苦笑しただけだった。

「・・・昔。陛下にもお勧めはしませんと申し上げましたな」
「散々聞いたよ。それでも愛ゆえに」

陛下は、物好き越えて病気ですな、とふくろうが呆れた。
天河てんがは当座の思考も感覚も切り離して父王に向き直った。

「陛下。では、三年後はどうぞ足元お気をつけてください」
「・・・脅す気か?ああもう、早く行け!孔雀くじゃくがまた泣くから早く行け」

孔雀くじゃく天河てんがに行かないでと泣いてすがる愁嘆場など見たくはない。

翡翠ひすいは手を振って追い払う仕草をした。
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