ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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162.雪原の亡霊

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孔雀くじゃくはあの離宮でいろんな物事を覚えてきたのだと思う。

宮廷育ちの人間は、幼い頃から宮城で様々な物事を目にし、覚えていく。
宮城ではその代の皇帝や総家令の好みや人格が投影されるものだ。
彼等に準じた品物、文化、同時にその後ろ暗いもの。

しかし、孔雀くじゃくが離宮で目にし、触れたものは、当時の瑪瑙めのう帝とふくろうを透過したものではない。

あの離宮は琥珀こはくとひいては真鶴まづるの好みに近いのだ。無責任に贅沢で、華やかで。
退位した琥珀こはく帝に従って白鷹はくたかは離宮で暮らし、鳥達の庭園ガーデン神殿オリュンポスとを行き来していた。

琥珀こはく帝のそばを離れる事を最も嫌った彼女は、一番末の妹弟子に教え込むのにガーデンに通うのが億劫おっくうだと言って孔雀くじゃくを小間使いの代わりに連れて行く事も多かった。

うまいもの、きれいなもの、女はそういうの好きじゃなきゃね。白鷹はくたかはそう言っていたけれど、あれはなぜだろうと思った時。
やはり白鷹はくたかは、この妹弟子を真鶴まづるにくれてやる気でいたのではないのだろうかと思うのだ。
いろいろ贅沢なものに触れさせたのも。
身に付けた贅沢というのはなかなか手放せない。
それは真鶴の存在も同じ事。
ああ言ったタイプの人間の近くにいるのが日常になっていたら、引き離されるのが苦痛になるものだ。それを手放さない為ならなんだってやるだろう。
あんな、女神のような悪魔のような真鶴まづると年端も行かない頃から一緒に居たら、世界が彼女全てになってしまう。

真鶴まづるから離れられないように、白鷹はくたかはそう思って孔雀くじゃくを育てた。
しかし、孔雀くじゃく真鶴まづるではなく翡翠ひすいのものとなった今、どうすべきなのか。

家令ならば、と考えて白鴎はくおうはため息をついた。

「・・・好きにしな」

家令なんて乱暴で無責任で我儘で淫らなもの。
好きか嫌い、快か不快、またはその場の勢いで自分や他人の命のあり方まで決めてしまう。
それは未だに慣れないし、慣れるつもりもない家令の文化だ。
家令には成りきれない自覚のある自分と、骨の髄まで家令にと育てられた妹弟子。

白鴎はくおうには、もはや何が正しいのかは判断がつかない。
そもそも家令は正誤や善悪なんかで生きていない。
どこまでも続く雪原を眺めながら孔雀くじゃくは小さく頷いた。



だいぶ奥まで来たと思う。
なぜ、ここに、失踪した姉弟子がいるのか。
失意の果てに?あの真鶴まづるが?

「・・・そんなわけないだろ、ひぐま殺しだぞ」

白鴎はくおうが嫌そうな顔をした。
陸軍アーミー海軍ネイビーで競わせた人食いひぐま狩りで、仕留めた真鶴まづるが目の前でひぐまをミンチにし、それをシチューにしろと言った猟奇っぷりを思い出す。
大腿骨でスープストックを取ってみたいからと真鶴が投げてよこした血まみれ、肉片まみれのどでかい骨の衝撃は忘れようとも忘れられない。

海軍で参加していた雉鳩きじばとは、「おー、気味悪りい、こっち来んな」と言いながら撮影していた。
そもそも海軍の連中というのはいけすかない。

「服汚したくねえんだよ、お前らと違ってきちんとしてないといけないからさ」とか言うのだ。

真鶴まづるは、陸軍アーミーの自分達を囮にして風下の脚立の上からライフルでズドンと小山のようなひぐまを撃ち殺して見せたのだ。
そんな真鶴まづるにとったら、天河てんがなど、タイヤの上でぼんやりしているパンダを撃つより簡単だったろう。

孔雀くじゃく白鴎はくおうに目配せした。
気付いていた白鴎はくおうも頷いた。
前方に、小さく影が見えた。

「・・・一台か」

何人乗っているか。
一個小隊くらいなら、自分と孔雀くじゃくで何とかなるか。
車には、孔雀くじゃくが武器フェスティバルで衝動買いして、各軍に配備したのと同じ最新式の銃火器が積んである。
孔雀くじゃくが首を振った。

「きっと囲まれてる。二キロ離れて五台はいる」

指で、時計の一二時、二時、四時、八時、十時の位置を示す。
私ならそうする。迎え撃つ時、そうしろと教えたのは真鶴まづるだもの。

「二キロあったら、真鶴まづる姉上は余裕で打ち込めるな。そうしないのは、お前を生け捕りにする為か。今更何に使う気だ」

孔雀くじゃくが笑った。

「・・・あてつけになぶり殺しかな」

白鴎はくおうが舌打ちした。
あの姉弟子の事だ。冗談にも聞こえない。

「・・・なあ、もうやめよう。とりあえず突破だけしてさ。・・・もう、関わるな。君子危うきに近づかずって知らないのか」
白鴎はくおうお兄様だって。そんな真鶴お姉様にそそのかされて金糸雀カナリアお姉様と結婚したんでしょ」

言い返せず、白鴎はくおうはまたも嫌そうな顔をする。
当時、自分達は真鶴まづるに夢中だったのだ。
だから、言われるままに何でもした。
まあ、真鶴まづるまとめた縁談は、その後、真鶴まづるが居なくなり、結婚している必要性もなくなり、すぐに離婚したのだが。

距離が縮まり、徐々に五台の車の真ん中に位置した時、孔雀くじゃくが止めて、と言った。
白鴎はくおうは驚いて車体を見た。
いづれもが、最新時の装甲車で、そうは見えないスタイリッシュなもの。

「・・・展示会で私が買えなかったやつだわ。メーカーから世界に五台しかないと言われたの。・・・ここにあったのね・・・」

孔雀くじゃくはなんてことだろう、と目を見張った。

「ただのアナーキストやテロリストじゃないというわけか」

孔雀くじゃくが車を降り、白鴎はくおうが続いた。
予想していたよりもかなり冷たい空気が体を包んだ。
粘膜や頬や鼻のてっぺんなど凍りつきそうだ。
孔雀くじゃくはいつものように優雅に女家令の礼をして、白鴎はくおうも男家令の礼をした。

しばらくすると、前方の車から、小柄な人間が一人降りてきた。
見覚えのある装備品を身につけていた。
ああ、この装備品も予算オーバーで私が買えなかったやつ、と孔雀くじゃくは驚いた。
なんと金のかかった連中なのだろう。

「家令の孔雀くじゃく白鴎はくおうと申します。真鶴まづるお姉様にお取り次ぎ頂きたく存じます」

言ってから孔雀くじゃくは微笑んで、あらと声を上げた。

「・・・まあ、あなた。あの時の、おチビちゃん」

ちょっと戸惑ったように少女が孔雀くじゃくを見た。
以前、孔雀くじゃくの腹を撃った子供だ。
当時の子供っぽさは消えていたが、それでも面差しはある。

「生きていたの。良かったこと。どうしたものかと思っていたの。ねえ、白鴎はくおうお兄様、言ったでしょ、可愛い子だったって。ほら、あの時の水色のスカーフの子」

当の少女は変な表情をした。
殺されかけた本人が加害者の前で喜んでいるのだから、それは戸惑うはずだ。
白鴎はくおうから見たら、この妹弟子のこの感覚のズレは気味が悪い。
こんな薄ら気味悪い場所で自分を殺そうとした人間に再会するなんて亡霊にでも会ったようなもの。

「・・・お連れするように言付かりました。どうぞ」

あらそう、と孔雀くじゃくは頷いた。

白鴎はくおうお兄様は朝食の支度があるから何がなんでも無事に戻らなくてはいけないの。お約束頂ける?もしその時間まで戻らなかったら、きっと明日にでも火喰蜥蜴サラマンダーがやってきて、何もかもめちゃくちゃになっちゃうのよ・・・。と言っても。このへん壊れるもの何もないわね」

怒り狂った緋連雀ひれんじゃくが報復に出るのは必至だが。
火喰蜥蜴サラマンダーの恐怖は聞き及んでいるのか、彼女は頷いた。
壊れる建物はなくとも、間違いなく皆殺しになる。

「距離をとりまして、途中まで二台が従いまして送り致します」

インカムでその旨伝えて、二台の車から了解という声が返ってきた。

白鴎はくおうお兄様、帰り道、居眠り運転で事故とか気をつけてよ」
「ぶつかるもんねえわ」

白鴎はくおうは笑って妹弟子の頬に軽く口付けをした。
これが別れとなるかもしれない。
何とも複雑な表情の兄弟子の頬への接吻を孔雀くじゃくは祝福のように受けた。

車を三台見送ると、孔雀くじゃくは、さて、と少年を振り返った。
少女は頷くと、孔雀くじゃくに上着を差し出した。

「・・・まあ、優しいのね。ありがとう・・・セーブルってまた派手ねぇ」

艶々とした手入れの行き届いた毛皮のショールだった。
確かに、これは真鶴まづる好みだ。

車に乗り込むと、思ったよりずっと乗りごこちがいい。
イベントの試乗よりもさらにカスタムされてちょっとしたラウンジカーのようだ。
しっかりしたクッションに座らせられてセーブルでも着ていると、これから夜会にでも出かけるかのような気分で。
水と、小さな錠剤を渡された。

「念のためお飲み頂きます」
「まあ、私、外も見えないし、わからないわよ」
「家令というのは普通ではないと聞いています。何回どちらに曲がったか、体感で時間と距離が大体わかるはずです」

孔雀くじゃくが微笑んだ。

「そうね。頂くわ」
孔雀くじゃく躊躇ちゅうちょなく、錠剤を水で飲み干した。
寝不足もあるが、すぐに眠気が襲った。
暖かな車内と気持ちのいいセーブルに包まれて、不思議と真鶴まづるといるような気になる。
うとうととし始めた時、少女は孔雀くじゃくを抱きとめた。
「・・・大丈夫です、二時間程で目が覚めます。孔雀くじゃくお姉様」

そう囁かれて、孔雀くじゃくは微笑んだ。

 
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