ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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177.珊瑚の花房

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 明るい庭園に、色とりどりの花柄のクロスをかけられたテーブルが並んでいた。
椅子やベンチもあちこちに置かれ、会食をしたり、子供達が庭を走り周ったり、テントや噴水のある水場で遊んでいる。
園遊会とはまた違う家庭的で自由な雰囲気。
以前の姿を知る世代はあまりの変わりように驚くばかりだ。
今、庭に出れるテラスのある場所は以前は巣箱と呼ばれ、仕切られたいくつかの部屋では様々な階級、様々な思惑の人々によって権謀術数が繰り広げられていたのだ。
不適切な関係を結ぶ者、それがゴシップとなり陰謀や足の引っ張り合いになる事も多かった。
それをネタに強請ゆすっていたのは当時の総家令である梟。
今や、本人はご婦人に囲まれて気取って微笑みながら、いい天気ですね、日差しの下で拝見しますと今日は特段お美しいですね、等と口から出まかせを言っているのだから呆れる。
天ぷらでも食べたのか、油が入りだいぶ口の回りもがいいようだ。
孔雀くじゃく緋連雀ひれんじゃくふくろうが何事か話していたのに、「いやぁまるで下々の花見の宴会ですな。実に庶民的だ。ご覧なさい、貴婦人方が地面に座り込んで実に遠足のように楽しそうだ。以前はもっと薄暗い場所でしたな、よく前総家令殿が潜んでいらして、なぜかいろいろとよくご存知だった」と誰がが梟に嫌味を言って雰囲気が悪くなったのに、総家令が笑いながら「ほら、お兄様はふくろうですからねえ。暗闇の方がより目が利くのでしょう」と機知に富んだ返しをしその場を収めた。
最終的に面白い話、楽しい話です事ね、として、小さな泥濘ぬかるみ、小さな火花をこうしてすり替えてしまう事は、ところによれば小賢しいとされるが、宮廷では美徳や才能のひとつ。
隣では、飛び抜けて美しいが常に喧嘩腰の緋連雀ひれんじゃくが噛みつき損ねてつまらなそうな顔をしていた。

孔雀くじゃく本人よりも、姉弟子や兄弟子があちこちのテーブルで、人々に情報提供をしていた。
「ええ。本当ですのよ。第二太子殿下と、ウチの末の妹弟子が。天河てんが殿下、ほら、負傷されたでしょう。実は大変ご重篤でらしたの。その時、孔雀くじゃくはじっと耐えて千羽鶴を十個ぐらい折ってたんですの。きっとその思いが通じたのでしょうと思います」
「もちろん陛下は反対ですよ。特に孔雀くじゃくは、陛下のご寵愛も深いですからね。天河てんが様がいかに心配とあっても、なかなかこの行く先は難しいのではないでしょうか」
矛盾に満ちた有る事無い事を女優俳優のように吹聴するからには、またいくらか賭け金が動いているからだろう。

四阿あずまやになっている会食の場では、翡翠ひすいの隣には、三妃が座っていた。
皇帝の妃として宮廷内での公式の催しの際には必ず身に着ける珊瑚さんごの首飾りを誇らしそうにしている。
花房のようにたっぷりと珊瑚さんごがあしらわれていて、三妃の華奢な首筋は、痛々しいほど美しい。
入宮した折に翡翠ひすいから下賜されたもので、良くも悪くもこれは、彼女にとって、三番目の妻であると言う証。

いつもは全く食の進まない皇帝が、自分が勧めた、目の前の小さなフィンガーフードを平らげているのを見て、彼女は嬉しく思っていた。
やはりこういった雰囲気の状況だと、翡翠ひすいはリラックスしているのだと、彼女はとても喜んだ。
総家令がもっとこういう場を設けるべきなのに。
そもそもあまり社交が好きではない翡翠ひすいだが、立場上そういうわけにもいかないのだ。
きちんと自分を正室という身分を上げて、不安定を解消するべきではないだろうか。

春には、いよいよ皇女が隣国に次の王の正妃として嫁ぐ準備に入る。
孔雀くじゃくが用意する持参する予定の物品の目録はきっちりと目を通し、不備があれぱ厳しく詰問するつもりでいた。
侮られてはいけない。
あの特殊な宮廷のシステムを聞いた時に、めまいと怖気おぞけがしたものだ。
まるで大昔のハーレムではないか。
潔癖な彼女は嫌ったが、次の皇太子の正室にいかがかと問われて、考えを変えたのだ。
隣国の宮廷での、正室の牽制の確かさを実際に目にして。
どれだけ力のある出自なのかと思えば、元は戦災孤児なのだと正妃の彼女は少しも怯まずに言った。
「そういう者も後宮には多いのです。母后様と宰相様が、招き入れて育てて下さったんですよ。お優しい方なのですよ」と誇らしそうに笑ったのだ。
勿論、戦争で親を亡くし、飢えて死ぬのに比べたら、かなりましだ。
そもそもそんな出自の怪しい女達が王のいる後宮に存在するという事が不敬なのだ。
そこに真に正しい身分の自分の娘が行く。
彼女も、自分も、もちろん夫たる翡翠も正しい評価を得たからこそ。
しかし、まるで家令のように黒い服ばかり着ている喪服の母后の姿を思い出す。
同じ色の服ばかり着ているから気が合ったのか家令達とも親し気に話していたのがまず気に食わない。
姑どころか大姑がいる宮廷だ。
いかに夫が好青年であろうが苦労するのは目に見えている。
隣の皇女が、年の近い友人の娘達とその結婚の話を嬉しそうにしている様子に、三妃は満足感を感じなつつ気を引き締める思いを噛み締めて、お気に入りの女官にそっと囁いた。


 孔雀くじゃくが三妃に優雅に礼をした。
三妃様がお話があるそうです、と女官に言われ、孔雀くじゃくが人混みから少し離れて、人々の死角になる茶室を指定したのだ。
園遊会や設宴でたまに使用されて、雉鳩きじばとが亭主として客人をもてなすことが多い。
彼が和服姿で茶を点てる姿に、男も女も惚れ惚れするものだ。
つまりここはあの毒蛇の巣。
ここに連れ込まれたら、誰もがあの兄弟子の毒牙から逃れる事は出来ない。
孔雀は、嫌になっちゃう、とたまに来ては掃除片付消毒をしている。

よろしかったらどうぞ、と、抹茶と菓子が用意してあった。
菓子器の上のうぐいすと椿の可愛らしい姿に、女官達が少し色めき立ったが、三妃がたしなめた。
目につく場所に小さな赤い椿がそっと生けられていた。
風を通すために窓を開け放ったので、風が心地よいが、三妃はその窓を全部閉めるようにと言った。
「お一人?総家令」
「はい、三妃様」
いつもはそばに兄弟弟子達がいるのに、姿が見えない。
ひとりの方がいいのだろうと察するあたりは、宮廷生活が長いからそれはさすがと言おうか。
この茶室の設えも見事なものだ。
そして、自分の意図を汲み取ってこの場所を指定し、単身で現れ、短時間に茶と茶菓子まで準備していた。
悔しいが、自分の女官ではこうはいかない。
自分が実家に言って手配させた人員ではあるが、どうも打ったら響かない者が多くなった。
女官長がよく総家令に珊瑚さんご宮の女官の振る舞いの愚痴を言っているが、その気持ちもわからなくはない。
女官長あまりにも嘆くので、「素質は別として、素行は家令よりはマシです、女官長様」と孔雀くじゃくなだめるのに、女官長もその点は同意するが。

確かにこの総家令が優秀なのは認めるところだ。
女官達が言われた通り窓を閉めてしまって、部屋が薄暗くなり、孔雀くじゃくが何度か瞬きをした。
孔雀が茶を勧めると、三妃が首を振った。
「いえ。すぐ済むわ」
さようですかと少し残念そうに孔雀くじゃくは言った。
「先程の騒ぎは本当なのね。第二太子様と通じているというのは」
孔雀くじゃくは少し困ったような顔をしたが、頷いた。
「本当でございますよ。天河てんが様が私をおいといになりますまでは」
「・・・やはりお前は家令ね。なんてだらしないの」
美しく、賢く、強く、淫らな生き物。
家令は嫌いだ。

「同じ事を天河てんが様にも言われました。家令はだからダメなんだ、って。まあ皆さんそう仰いますけど」
孔雀くじゃくはおかしそうに笑うのだ。
この神経。
金糸雀カナリアなら軽くいなすか。
緋連雀ひれんじゃくなら大層な嫌味でも言うところか。
それを、この総家令は、楽しそうに笑うのだ。
家令など、皆、頭がおかしい。
そしてこの娘は一番おかしい。
三妃はため息をついた。
「・・・貴女あなた。元は継室候補群の家の娘じゃないの。それを家令の身に堕とされて。更に身の程を知らず」
女官達が驚いて目配せをし合った。
主人が、この総家令を貴女あなた、なんて呼ぶことはあまり無い。
孔雀くじゃくはそっと息を吸った。
「・・・お前は皇太子殿下のお申し出を受けるべきでした」
孔雀くじゃくは驚いて三妃を見た。
「お前、何様のつもりなの。王族の意向を損ねたのよ。お前に拒否権なんてあるものですか。それを何ですか。不遜というものです」
孔雀くじゃくは困惑して、また微笑んで、首を振った。
「・・・私が望むのは王族の方の幸福です。藍晶らんしょう様がご自身の幸福のために私をお望みでないのはわかっていることです。また、ご正室様もそんなことお望みではございません」

幸福、と来たか。
この総家令は不敬ではないが、やはり不遜。
そう思って三妃は、目の前の女家令を睨みつけた。
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