ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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7.

178.未入宮の寡妃《レディ・ウィドー》

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三妃はため息をついた。
「・・・総家令。貴女、いくつにおなり」
「二十六です」
もう、というか。まだ、というか。
「何年家令なんて下げせんなことしているの」
「ええと、今年で十六年目でございますねえ」
早いものですねえとにこにこしているが、その異常さに紅小百合は呆れを通り越して、嫌悪と畏怖を感じる。
「・・・どうせ知っているのだろうけど。私はね、今のお前より若い時に真珠様の二妃として入宮する予定だったの」
女官達が驚いて主人を見た。
知る者は少ないが、事実だ。
「私も継室候補群の家の娘だもの。誰もがそうであるようにいつか継室としてお城に上がるように育てられてきたのよ」
わかります、そうでしょうとも、と|孔雀が頷いたのを三妃がねつけた。
「・・・お前の家は別でしょう。不敬、いえもう罪悪です。一緒にしないでちょうだい。廷臣が、それも継室候補群の者が四半世紀も城に正式にご挨拶にも上がらないなんてどうかしてる」
孔雀くじゃくが、まあ、確かにもっともでございます、と頷いた。
紅小百合がため息をひとつついた。

「・・・その家に産まれたんだもの。私もまだまだ若かったけれど、たくさんいる妻の一人なんて嫌だったけれど、二妃ならば、とね」
元老院でも王室に近い旧家の薔薇そうび姫がすでに真珠の正室として入宮していた。
敵うわけがない。けれど、それでもよかった。
幼い頃から、真珠に憧れを抱いていたから。
「私、嬉しくて。父と母から、当時の総家令が家を訪れたと聞いて、すぐにお返事するように言ったの」
当時の情勢からしても、元老院の力が強く、議会派は新興勢力であった。
皇帝が議会派の継室を望んだと、議会派からは新しい皇帝はリベラルな革新派であると、喜びをもって受け止められたのだ。
「・・・でも、その秋にね。真珠様がお亡くなりなった。皇帝が亡くなったら、継室は喪に服さなければならない。未入宮の寡妃レディ・ウィドー。一生ね。私それがとっても嫌でね・・・。だって私、実際にご継室になってもいないのにって。でも琥珀こはく帝様と白鷹はくたかが許さなかった。入宮していたら継室だって断罪されるのだから、罪に問われなかっただけでもありがたく思えと言わんばかりだったわ。・・・家に閉じこもって何年もずっと喪服しか着れなかった。継室に入ると決まってから毎日来ていた友人も誰も来なくなったわ。・・・それで私、しばらくして降って湧いた翡翠ひすい様の三妃の話に飛びついたのよ。あの方が、真珠様を討ったと知っていて」
女官達は主人の話を聞いていないそぶりでうつむいていたが、少なからず衝撃でもあったのだろう。
いたたまれない様子だ。

「・・・二妃様はご病気で亡くなったと聞いたけれど、あの正室様に殺されたのでしょう。そんなの誰でもわかる。新しいご継室探しは難航。それは誰もが二の足を踏むわよね。けれど、あの梟が私ならとでも足元を見たのでしょう。ふくろうが当家に来たの。・・・真っ黒い格好で、私も喪服だから真っ黒だった。私、喪服って嫌いなのよ。だから家令も大嫌い」
三妃が孔雀くじゃくの黒い衣装をじっと眺めて首を振ったのに、孔雀くじゃくは口を開いた。
「紅小百合様を妃殿下にお迎えになるとお決めになったのは、ふくろうお兄様ではありませんよ。そんなわけありません。翡翠ひすい様ですよ」
本当です、と孔雀くじゃくは念を押した。
翡翠ひすい様が、継室に入る事が決まっていただけで、一生喪に服す生活なんてしなくていいのにと仰ったそうです。それから、例えばこの先皇帝が御隠れになっても、お后妃きさき様方が残りの一生喪に服さなくてもいいようにとお決めになってくださいましたし。何より、紅小百合様はきれいな色のお召し物が似合うといつも仰ってますもの。たとえばあのライラック色のドレスとか、勿忘草わすれなぐさ色のお着物」
「・・・そんなこと。聞いたことありません」
「ではぜひ、お尋ねになってください。お召し物の事も。ご入宮の時の事も。・・・ふくろうお兄様は、まあ、あの調子ですから聞いたところでアテになりませんけれど。翡翠ひすい様はお聞きになれば、何でもお答えになってくださいますよ。おおらかな方ですものね」

紅小百合は訝し気に目の前の女家令を眺めた。
それは、あの、血統書付の猫のように神経質な男の話か。
別の誰かと勘違いしているのではないだろうか。
しかし、「その状況で紅小百合様をお救い出来るのは翡翠ひすい様だけですもの。陛下は妃殿下を愛していらっしゃいますわ。何よりも嬉しい事です」とこの娘はにこやかに言う。

ああ、この、神経。
この娘は本当にそう思っているのだ。
そして、そういう彼を愛しているのだろう。
先程の隕石硝子テクタイトホールの間の、彼女の発言は、真実なのだ。
あの異常者の|白鷹や|梟に育てられたからなのか、それともこれが家令として当たり前なのか。
紅小百合はしばらく黙っていたが、笑った。
どうせ何時間話していたって、家令、特にこの女とは決して思考も感覚も交わることはないのだ。
私がいくら正義ただしさを説いても。

「本当でございますことよ」
「・・・ええ。そうなんでしょう」
この女が言うからにはそうなのだろう。
自分のドレス姿がいいとか着物姿がいいとか、本当にそう思っているのだろう。
翡翠ひすいが自分を愛している、それも、本当にそう思っているのだ。
まるで何かの、ただの現象のように。

「・・・それでも、あの方、お前がいいのでしょう。・・・もういいわ。わかったわ」
どう話しても、この娘にどうせ話など通じない。
だから家令は嫌いなのだ。
「皇女の輿入れの件はお前に任せます。どうせ総家令の事。あちらの母后様とでもすでにあれこれ根回し済みなんでしょう。ただ。私の娘を惨めな目にするのは許さないわ」
「心得ました。私は望むのは、王族の方の幸福でございますもの。・・・あの、やっぱりお召し上がりになりませんか」
孔雀が勧めたが、三妃は頑なに拒否した。

「結構よ。・・・・お前もね。後宮に住む者から出されたものなんて口にするべきではなかったのよ」
この総家令が正室に毒を盛られた事等、知っている。
驚くほど若い総家令が城に上がって数日で倒れ、やはり子供、知恵熱だ、と誰もが嗤ったが、自分はわかった。
正室が、総家令が慣例通りに毒を盛ったのだ。そして、総家令は、それを受けたのだ。
なんと恐ろしいのだろう、ほらやっぱり。
ここは戦場、地獄と、あの時震えが止まらなかった。
宮廷の誰かに新しい総家令はどうしました、姿が見えませんが、と問われる度に、お気遣い痛み入ります。あの末妹は体が弱いんです、などとしれっと答える家令達にも嫌気がさした。
「絶対に、あの子をおまえのような目には合わせたくない」
「もちろんお約束致します。・・・それに紅水晶様は皇女様でらっしゃいますよ。私が知る皇女様方は、とってもお強い」
三妃は答えず一瞥いちべつすると、女官達を引き連れて、茶室を後にした。
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