ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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7.

183.プロメテウスの火

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 孔雀くじゃくが設えたスコレー本部に用意された私室に真鶴まづるは上機嫌。
この輝くばかりに美しい豪華な姉弟子は案外素朴というか、田舎風のリュステックな物も好んだ。
ビスケットのようなテラコッタの床や、プレーンなリネンのファブリック。
頑丈で素朴で剛健な厚い天板の胡桃くるみのテーブル。
ソファも同じ胡桃くるみ材で、インディゴブルーの麻張り。

すっかり気に入った真鶴まづるはソファに寝そべっていた。
大きなネコ科を思わせる様子、優雅で怠惰な様子。
そんな様子もまたとても絵になる。
この姿を、彼女の夫たる淡雪はいくつもも描いていたようだ。
全く理解できる、だって絵画より絵画的だものと孔雀くじゃくはうっとりと見ていた。

テーブルに贈り物が積み上がっていた。
早速、新任のスコレー長への付け届けと言うよりは、皇女へのファンからのプレゼントに近いだろう。
真鶴まづるは面白がっているが、公式に皇女としての身分を公表しスコレーのトップに座した事で、スコレーとアカデミーの対立が激しくなっていた。
孔雀くじゃくとしては仕方ない事と思ってもいたが、複雑に思ったのは、アカデミー長である猩々朱鷺くしょう女うときがスコレーに対して否定的であった事だ。
彼女だけではない。
アカデミーに在籍する学生、教員、関係者の殆どから、顰蹙ひんしゅくどころかはっきりと反感を持って受け止められているだろう。
そもそも総家令が、皇帝どころか第二太子までたらし込んで、さらに皇女の復籍を画策し懐柔、転がり込んだ空白地域に執着し、本来アカデミーが携わるべきものを、自らが開発し独占していると見る向きもいるのだ。

そして第二太子は、そもそも長くアカデミーに在籍している研究職。
茉莉まつりとタシオニに手紙を書いて釈明をしたが、果たしてそれが何程になろうか。
茉莉まつりの立場も守らねばならない。
どうやったら猩々朱鷺しょうじょうときを説得できるだろう。
・・・いや、それとも。
いっそ、すげ替えるか。
今更、アカデミー長の座を家令以外にくれてやるわけにはいかない。
雉鳩きじばとならば、どうだろう。申し分ない経歴だ。
でも、そしたら、猩々朱鷺しょうじょうときは自分を恨むだろうと孔雀くじゃくはため息をついた。
自分の存在を呪った事など無い。
家令である自分に葛藤など、微塵もなかったのだ。

猩々朱鷺しょう女うときは、なぜ、家令である事よりも、アカデミー長である事を優先するのか。
そもそも家令である。姉弟子自身としては、アカデミー長という立場に執着してはおるまい。どちらかといったら、その座で手に入る、利権とか優遇とかの甘い汁の方は好ましく思っているだろうと思っていた。
だから、孔雀くじゃくとしてはそれらが不自由になれば、猩々朱鷺しょうじょうときはすんなり譲るか、もしかしたらスコレーに鞍替えするのだと思っていたのだ。
だが、彼女は、撥ねつけた。

けれど。本当は、孔雀《くじゃく》にも分かる。
アカデミー長である自分自身以上にアカデミーが大事だからだ。
それが今の自分にはわかるのは、思いがけず、天河てんがとの関係を受け入れる事にしたから。
矛盾を受け入れるままに飛ぶという事のなんと困難な事か。
猩々朱鷺しょうじょうときも、きっと、その煩わしさにため息をついている事だろう。
あの姉弟子は、娘である緋連雀ひれんじゃくと同じで律儀で一途だ。

「これおいしいわね」
ミルクガラスのコンポート皿にたくさん沢山積み上げられた褐色の果物。
|真鶴が気に入ったようで、何個も食べていた。
|孔雀はそんな姉弟子に微笑んだ。
「イチジクの甘露煮。貴腐ワインと金木犀で煮たの」
真鶴まづるがフォークに刺した甘露煮を妹弟子に差し出した。
孔雀くじゃくは口を開けて、頬張った。
脳にがつんと来るほどの甘みと芳香を飲み込んだ。

「・・・お姉様はどうしてスカリーに来てくれたの?」
改めて聞かれて、姉弟子は変な顔をした。
「アンタが来いと言ったからよね」
「そうだけど・・・お姉様は、アカデミー特別委員だし。・・・プロメテウスでしょう」
あらとちょっと驚いた顔をして、妹弟子の頬を指でつついた。
「変なこと知ってるのね。へえ、たいしたもんだこと。どうなってるの」
否定しないということは、やっぱりそうなのか。と|孔雀はため息をついた。
思い切って聞いてみたのに、この反応。
孔雀くじゃくは、つつかれた頬を両手で挟む。

「・・・元皇女様で、アカデミー特別委員、さらには天才集団のアナーキストの集まりプロメテウスの一員で、かつ反体制組織のヘルメスを指揮していた、その上、家令。なんてことでしょう・・・」
自分で説明して、ショックを受けて首を振る。
「なんて複雑怪奇な身の上のお姫様なの・・・」
複雑怪奇と言われて、真鶴まづるが吹き出した。
「それを言うなら、継室候補群の娘だったのに、総家令。ところが反体制組織のヘルメスのご本家。そんなのはまあ私にはどうでもいいことだけれど。気にくわないのは、私の総家令でも継室でも寵姫でもない、ということよね」
孔雀くじゃくは困ったように眉を寄せた。
「・・・真鶴まづるお姉様、今現在、プロメテウスの編成人数ってどのくらいなんですか?」
家令の情報網、外部団体の諜報機関でもあったエトピリカでも皆目実態がつかめなかったプロメテウス。
その一人がこの皇女であるとエトピリカで辣腕を振るった亡き川蝉かわせみが知ったら、唖然とするだろう。
灯台下暗しどころではない。

ううん、と真鶴まづるが首を傾げた。
「プロメテウスって、ヘルメスと違って、ロマンチックなものではないので。あいつら締め付けが厳しいのよね。鉄の掟よ」
ヘルメスのどこがロマンチックだと孔雀くじゃくは目を丸くしたが、真鶴まづるにとってみれば、配偶者愛する人とその子にお伽話のように伝えられる教義等、愛に溢れてると思うのだが。
「・・・プロメテウスは、不可侵なのでしょう?その身分に預かれば、その後の生涯において絶対に存在を捕らえられることも、命を脅かされることもないって聞きました」
どの国の法律からも身体不可侵不拘束の身分を保障されているらしいのだ。
国家の中枢の一部にいる総家令である自分になぜその実態がつかめないのかさっぱりわからない。
一体全体、誰がどうやって守るというのだ。
でも、確かに。この皇女は命の危険がある場合で生命を脅かされた事が一度も無い。
ふふん、と真鶴まづるが笑った。

「誰がプロメテウスなのかはその辺りにヒントがあるんでしょうね」
「・・・私の身近にもいるってこと?」
孔雀くじゃくは押し黙った。
「・・・家令にも、いるんですか?」
真鶴まづるは肩をすくめた。
|孔雀はあれこれと思いを巡らし、ついに思い当たって、口を開いた。
「・・・・戴勝やつがしらお姉様・・・?」
死んだとされたはずの女家令が敵国で生存していて、さらに母后という身分を得ている等、そうだ、考えてみれば不可解な摩訶不可思議な話ではないか。いくら家令が一騎当千とは言え。才能だの運だので説明がつかない。

「違う。けれども・・・」
クイズの答えを焦らして楽しそうな真鶴まづるは、まあさすが鋭いけれど、と言った。
「・・・では、目白お兄様?」
確信を持って答えると、真鶴まづるはポンと手を叩いた。
「正解。バラしてもいいわよね。あのジジイ、どうせもう死んじゃったしね」
そもそも家令としての彼の死そのものは、処刑されたと記録が残っていたのだ。

真鶴まづる孔雀くじゃくをじっと見てから足を組み直した。
「プロメテウスというのは、ふんわりしたヘルメスなんかとは違う。そもそも編成するほどいないしね。7人までって決まってるの。生きてる限りはメンバーということもね。終身制なのね」
孔雀くじゃくはため息をついた。この世界に、たった7席。
「これはつまり、死んだらその席が空く、ということ」
ずいぶん立ち入った事を教えてくれる、と|孔雀は訝った。
プロメテウスは締め付けが厳しい、と言ったばかりではないか。
「メンバーの推薦と全員一致を持って迎えられるわけだけれど。厳格な教義を宣誓させられる」
「・・・なんだか恐ろし気な寄り合いですね・・・」
悪魔の儀式サバトのようなものを想像し、孔雀くじゃくが嫌そうな顔をした。
「家令の方が無茶苦茶で恐ろしいわよ。あいつら、たった十歳の子供を無理やり親元から引き離して洗脳教育して戦場に送り込んだりしないもの」
真鶴まづるが笑った。
そう言われると確かに家令はやはり非人道的な団体だな、と|孔雀も笑った。
「そして、今。その目白の席にひとつ空きがある状態」
真鶴まづるが嫣然と微笑んだ。

姉弟子の意図を察して、孔雀くじゃくが首を振った。
「・・・・お姉様・・・」
「なんでよ。欲しくない?不可侵権よ。家令の既得権よりプロメテウスの獲得権の方がどれだけ価値があると思っているの」
「名誉職のようなものではないのはわかります。でも、それは、私にはそぐわないものです」
そぐわない、という表現が真鶴まづるには理解ではなかったのか、不機嫌そうな表情になる。
「目白を考えてみなさいよ。家令の目白としては社会的に死んだかもしれないけれど敵国の宰相になったのよ。あの男が手にしたもののなんて大きかった事か。私はあんな強欲な男知らない」
宰相として権力を手にした事。そもそも家令としての生を彼は捨てて、別の誰かになろうとした。
確かにそれは、強欲と言えるだろう。
本来、家令は死ぬまで一家令なのだから。
戴勝やつがしらは、最後まで家令よね。あのばあさん、皇太后然としているつもりだろうけど私から見れば全くの家令よ。でも目白は、私が最後に会った時、家令なんぞ知るかと言ったのよ。これってすごい裏切りよね。家令アンタらからしたら」

孔雀くじゃくは首を振った。
聞かなくとも良い。死者の秘密を暴くような事はしたくない。墓を掘り起こすような真似も嫌だ。
兄弟子姉弟子の名誉を回復するのが後に続く家令の仕事なのだから。
「お前がこれからしようとしている事は自分も周りも危険に晒すよ。その時、あんたが拝んでる神様も、翡翠ひすいになんかにも救えない。天河てんがなんか足を引っ張るくらいだね。でも、私は救える」
孔雀くじゃくは困惑して姉弟子を見つめ返した。
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