ステュムパーリデスの鳥 〜あるいは宮廷の悪い鳥の物語〜

ましら佳

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8.

195.稀代の悪女

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ここしばらく総家令が皇太子妃を訪れる事が増えていた。
鈴蘭すずらんは籠に盛られた南国の果物や花の鉢を驚いたように眺めた。
「まさか極北のマンゴーを頂く日が来るとは思わなかったわ」
アカデミーとスコレーが主導で、野菜や果物や花卉かき類を地熱利用で実験栽培していたのだが、それが形になって来た。
孔雀くじゃくも関わり、手探りで進めた事業だが、壁にぶち当たる度に、真鶴が私この特許持ってるとか言い出し、上手いこと軌道に乗る。
極北で一番いきいきしているのは真鶴まづるかもしれない。
天河てんがをクッション、あるいはサンドバッグにし、案外スコレーとアカデミーは良好な関係を築いていた。
「こちらも離宮の温室オランジュリーで作ったものなんです」
孔雀くじゃくが輝くように鮮やかで濃い色のマンゴーの実を凝った飾り切りにして更に乗せた。
不思議な事に皮に何か文字が書いてある。
「出来た先から天河てんが様と大嘴おおはし兄上が召し上がってしまうから、孔雀くじゃく姉上がペンで名前を書いて確保されたんですよ」
つばめがそう言うと、その攻防戦を想像して、鈴蘭すずらんが笑った。
その後、割りを食った第二太子の身の上を思ったのか、彼女はそっとため息をついた。
「・・・宮廷では第二太子様は極北に封ぜられただなんて言う方もいるでしょう・・・お気の毒だわ」
父王と兄に疎まれて等と言う者も確かに存在する。
「・・・妃殿下。どうぞそんな悲しい顔されないでくださいませ。あと数年すれば、きっとそれが誤解だと皆さんお分かりになりますよ。極北は素晴らしい街になります」
孔雀くじゃくはそう確信を持って言える。

「・・・そもそもの原因は姉上だとも言われてるんですよ」
つばめは、当事者意識が低いと腕を組んだ。
「総家令が第二太子をたらし込んだから、皇帝が嫉妬して不毛の地に飛ばしたって事ですよ」
「・・・まあ、つばめ、なんて事言うの・・・。ピュアな子だと思ってたのに・・・」
孔雀くじゃくはショックを受けて弟弟子を見る。
しかし、女官達もそうなのではないのかと意外そうな顔をしていた。
鈴蘭すずらんもその点は頷かざるを得ない。
つばめの言い草は身も蓋もないが、宮廷ではそう言う事になっているのだ。
おかげでこの総家令は、今やとんでもない悪女だととも言われていた。
ゴシップ誌でもネットでも、稀代の悪女などという派手な見出しの文字が踊ったり光ったりしている。
そんな不穏なあだ名つくなんて、きっとそれって私じゃなく緋連雀ひれんじゃくお姉様の間違いじゃないのと孔雀くじゃくはさっぱりピンと来ていないようだ。
実際は、本人がこの調子なので誰もが戸惑ってしまうのだ。

皇太子妃が遠慮がちに口を開いた。
「・・・四妃様のご両親と弟様が事故に遭われたとの事でしょう?・・・孔雀くじゃく、お見舞いをお送りしたいの」
鈴蘭すずらん様。なんてお優しい事でしょう。ですけれど、一宮閣下がご辞退させて頂きたいそうです。・・・ご不運な事でございますね。今の所、お命にはご心配及ばないとの事ですので」
にこやかに言う孔雀くじゃく鈴蘭すずらんは少しほっとしたように微笑んだ。
宮廷には一宮家の伯爵夫妻とその長男が滞在先で台風後の緩んだ地盤からの土砂崩れに巻き込まれて重体となり入院中というニュースが入って来た。
皇帝の四妃の実家の両親と弟である。
総家令が、すぐにでも現地に向かいそのまま滞在できるように準備をするかと打診したが、四妃はそれを固辞した。
「宮廷のご迷惑になるような事をお望みではないそうです。さすが元老院でも指折りのお家の方でございます事。元は王家に連なる方」と総家令は感じ入ったそうだと宮廷の人々は噂した。
その話を聞き、皇帝は手厚い治療と看護の手配を約束した。

「それでも、四妃様はご心配でしょうね」
未だそれほど親しく打ち解けないが、いかにも元老院派の姫君と言う様子の四妃は心細く思っているだろう。
入宮してからも実家の力と言うのが物を言うのだから。
自分の身に置き換えてみれば、皇太子の正室として立場こそ上であるが、やはり出身を考慮すれば、皇帝の四妃が格上。
戸惑いもあるが、そこは自分が皇太子后である自負も当然ある。

女官が皇太子の帰還を伝えた。
孔雀くじゃくつばめは立ち上がると、礼をして藍晶らんしょうを出迎えた。
「おかえりなさいませ」
孔雀くじゃくつばめを認めると、藍晶らんしょうは微笑んだ。
「妃殿下とおしゃべりをしていてくれたのかい、小さな孔雀くじゃく
「殿下、総家令が珍しいものを持って来てくれましたよ」
鈴蘭すずらんは嬉しそうに夫にそう報告した。
ひと通り花や果物を鑑賞すると藍晶らんしょう孔雀くじゃくに茶を入れる様に言った。
藍晶らんしょうは嗜好品の類にはうるさいので、孔雀くじゃくと話が合うのだ。
隕石硝子の間テクタイトホールでの求愛劇騒ぎの一件も、その後は特に禍根にもならないのだからやはり藍晶らんしょう孔雀くじゃくも宮廷人という事だろうが、鈴蘭すずらんはやはり戸惑う部分もあるのだけれど。

藍晶らんしょうは、茶や酒の類を気に入らないとそう言うので女官達もあまり進んでやりたがらない。
「私、茶坊主歴は長いですからね。どうぞ、皆様、あちらでお菓子を召し上がってくださいませ」
孔雀くじゃくがそういうと、女官達はほっとした様にして隣室に下がった。
「今年の一番摘みファーストフラッシュですね。・・・ああ、蘭の香りが致しますね」
何か香料を添加しているのではないかと思うほどの驚く程良い香り。
藍晶らんしょうも、満足した様に頷いた。
良いものを知り好む審美眼というものはこの皇太子の右に出るものはいない。
孔雀くじゃくの改装好きや収集癖も理解してくれるのもまた彼だ。

しばらくして孔雀くじゃく藍晶らんしょう様にご覧頂きたくてと書類を取り出した。
藍晶らんしょうは、手に取ると、これか、と別段驚いた様子も無い。
「・・・陛下は、四妃様を廃妃にされるおつもりです」
|鈴蘭が絶句して孔雀くじゃくを見つめた。
「一宮家は官位と資産を剥奪となります」
「それは・・・・お取り潰しということではないの・・・・?」
爵位がなければ元老院ではない。
官位がなければ宮城に参内は出来ない。
実家の消滅と廃妃は、入宮した正室や継室が最も恐れる事だ。
「自身の継室の廃妃だけで済むのかい?廃太子ではなく?緋文字の大罪スカーレット・レターは?」
「・・・詳細は雉鳩きじばとお兄様と相談されている所です」
「・・・雉鳩きじばとねえ」
あの家令は翡翠ひすいの言う事ならなんでも聞くだろう。
孔雀くじゃくもそれはよく分かっていた。
家令の情報は共有される。
この書類の存在と出所が知られてしまったのだから、もはや否定しても仕方がない。
翡翠ひすいを害するとしたら、きっとあの兄弟子は相当にはらわたが煮えくり帰っている事だろう。
廃太子まで視野に入っているかもしれないという事だ。
「それで?死刑宣告の前に総家令が説明に来たというわけかい。それとも命乞いを願えと」
藍晶らんしょうが普段の優しい口調とは変わって、冷たく言い放った。
鈴蘭すずらんもこればかりはと孔雀を睨みつけた。
その時、女官が皇帝の訪れを知らせた。
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