仔猫のスープ

ましら佳

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24.仔猫のスープ

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 二月も半ば、地方紙の大きく取られた誌面に、「バレンタイン特集・NNN・猫のキューピット」と書かれた記事が出た。
黒と白の猫が2匹、可愛らしく並んで正面を向いている姿が載せられていた。
「スープとタンタン、カメラ目線!分かってるー」
虹子にじこ青磁せいじに新聞を見せた。
金蘭軒で遅い朝飯をたらふく食っていた青磁せいじが、どれどれと新聞を覗き込んだ。
「うん、写真写りもいいなあー。やっぱプロの腕は違うもんだ。これデータでくれないかな・・・」
取材に来た新聞記者とカメラマンも2匹のネコにメロメロだった。
二人は、取材の仕事が終わり、今度は食べに来ます!と言って帰っていって、その日の夜のうちに来店した程。
「ネコ食堂にネコ病院になって行くなあ・・・」
カメラマンには小学生の女の子の子供がいるそうで、後日、父親から話を聞いたらしいその子から「ネコを見に行ってもいいですか」という可愛い猫の絵が描かれた手紙も貰った。
「こんなに可愛く載ってたら、大反響よねえ」
虹子にじこは、ガスストーブからちょっと離れた温かい場所に置かれた籠の中で、うっとりまどろんでいる2匹の猫を振り向く。
「・・・カフェで人気者の看板猫のスープちゃんと、小児科でチビッコを癒す白衣の天使タンタンちゃん。・・・なかなかいい見出しじゃないかな?・・・で、こっちは・・・、これ、だいぶ修正してない?」
青磁せいじが、トン、と指でリボンで大きなハートをデザインした額の中のカップルの写真を示す。
首藤紗良しゅとうさら高階湊人たかしなみなとのドレスアップした写真が載っていた。
「いいじゃない。結婚式の写真なんだし。花嫁さんなんだから。きれいねえ、紗良さらちゃん」
なんと、年が明けてその一月いちがつのうちにこの二人はあれよあれよと言う間に結婚式を挙げてしまったのだ。
青磁せいじ虹子にじこも招待されて式から参列した。
「・・・仏前結婚式って私初めて参加しちゃった。蝋燭ろうそくがぶっ太くてダイナマイトかと思ったわ。あんなのあるのねえ」
「指輪ならぬ、お数珠の交換だもんなあ」
更に、この二人の出会いをネコの縁を絡めてちょっと盛ったこの記事である。
新郎が瀕死の猫を拾い、食堂と小児科にそれぞれ引き取られ、その仔猫はスープという意味の名前をそれぞれつけられた。
たまたま小児科の受付で働いていた新婦と出会い、スープをコトコト煮込むように愛を育んだ、これぞ運命の出会いと書いてある。
「スープをコトコトって言うより、トンカツ揚げたくらいのスピードのような気がするけどなあ。だって、ちゃんと話したのが正月って言ってたじゃないっけ?」
「・・・文句が多い。いいじゃない。下手したら刺身切ったくらいのスピードだとしても、どっちにも矛盾がないなら問題ないのよ」
お寺の娘が、猛烈突貫工事でスピード婚より、お互いを知り、知り合う事から始めた恋愛、そして結婚の方がやはり受けはいいし、更には、これを読む層に対するバリアフリーでもあって。
新聞社が取材した形になっているが、当然ぶち上げ記事である。
瑞臨寺ずいりんじの紹介と共に、墓石店だの仏具屋、斎場、はたまた結婚式場や貸衣装店、ポピドン薬局に地元のコンビニまで協賛となっている。
紗良さらの母親の影が見え隠れする紙面だ。
「・・・高階たかしな君よ、こんな新聞にまで載っちまったらもう逃げられないな・・・」
新聞どころか、地元のネットニュースにも載っていた。
気の毒に、と言いながら青磁せいじは嬉しそうだった。
「・・・もはや政治力よねえ。・・・結婚の算段から、この記事まで全部、あそこの奥様の手腕だもの。さすが」
虹子にじこは感心しながら、新聞を眺めていた。
高階たかしな君、三月いっぱいで今の会社辞めて、お寺のお仕事するんだって。紗良さらちゃん、保育士さんの資格持ってるから、お寺で経営して、保育園と学童と児童デイサービス運営するのが目標って言ってたもの。えらいわねえ」
「たいしたもんだなあ・・・。しばらくたって、お互いハッとしてアレって思ったってもう遅いわな」
「この時点で幸せならいいじゃない」
逃げた経験のある虹子にじこが言うとなかなか説得力がある。
「しかし、こっちは計画の段階ですでに一度空中分解の上、10年以上かかっても、未だ成らずなもんでね。なのに、なんでこんなトントン進むんだよ。やっぱ寺だから、仏様のなんかか?」
面白く無いが多少、それから不思議でしょうがない。
10年、と言われて、虹子にじこは改めてその時間を思った。
つい三年前。
やっと虹子にじこは戻ってきたのだ。
積み上げた経験と月日が、もう呑み込まれないと言う自信という強さになったのか。
その間に、青磁せいじの母は亡くなり、その後、父は突然実家に戻り、田舎暮らしを始めてしまった。
季節ごとの祭りに参加し、元商社勤務という経験を生かして、道の駅で扱う特産品の開発と広報の仕事を請け負っているようだ。
田舎でハジけるというのはこういう事か、という生活をしている。
虹子にじこ青磁せいじは、最近は、猫を連れて頻発に行き来するようになった。
お互いの存在がやっと生活の一部になって来たという実感がある。
周辺の二人の事情を知る人々もなんとなく受け入れて来ているようだ。
「・・・赤ちゃん虹子に三時間ごとに餌付けしたら、その時間覚えちゃって泣くようになって。母ちゃんに、その時間以外に腹減ったらどうすんだ、何かあったらどうするんだ、この子はその時、泣いて騒いで教える事ができるのかって言われたって言ったじゃない?」
「・・・ああ、うん」
「なんて言ったのか聞かれて、何も言わなかったって答えたけど。・・・本当は、俺がずっと見てるから大丈夫って言ったんだよね」
虹子にじこは驚いた。
この人、そんな時から重いのか。
「・・・紅花べにかさん、なんて?」
「じゃあそうしなって」
彼女なら、出来もしない無責任な事言うんじゃないよと怒りそうなものだけれど。
でも彼は確かにそうしたし、母親である彼女もわかっていたのだろうか。
「・・・ねえ、紅花べにかさんがクリニックしてた頃って、内科、産婦人科、だったでしょ。何で、青磁せいじは小児科のお医者さんになったの?」
「だから。それは、虹子にじこが虚弱病弱児だったから」
「・・・ああ、私みたいな、病弱な子の為に?」
「いやまあ、うん。でも正確には、虹子にじこ診る為にと思って」
「だって。青磁せいじが研修医終わった段階で、私、既に17くらいだったけど・・・?」
「うん、よく考えてみたらそうなんだよね。アレ?って気づくの遅かった」
虹子にじこが胡麻のプリンを食べていた手を止めた。
「・・・ほらね。そんな愛が重いんだもの。私だって逃げ出すってもんでしょ。これは相当な覚悟が必要だって分かってたからよ」
十九歳の自分に、これだもん、しょうがなかったよと虹子にじこはエールを送った。
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