仔猫のスープ

ましら佳

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23.愛の紅い綱

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 翌日、青磁せいじは、いいところに行こうと言われてジュジュに連れ出された。
これは、いかがわしいところかと罪悪感を感じつつちょっと興味を惹かれたが、連れて行かれたのは、ド派手でやたら躍動的な像のある寺。
「え・・・いいとこって、これ?」
黄大仙祠ウォンタイシンです。有名!」
確かに、観光客や地元の人々が線香を持って熱心に参拝してるが。
選挙にでも当選したかのような賑々にぎにぎしい赤い花のリボンで飾られた干支の像を珍し気に見ていると、ジュジュがこっちこっち、と急かした。
それは、老人の像を真ん中にして、男女の像が左右にあり、真っ赤なぶっとい紐で三人が括り付けられているものだった。
赤というより、目に焼き付く紅だ。
小柄な女性像がちょっと俯いていて、嘆いているようにも見える。
拉致されてきたとか、そう言うことか?
「・・・・何これ?犯罪の再現ドラマか何か?」
「違いますよ!これは、Loveです。恋愛成就です。この紐買って、結ぶんです。早く、拝んで!!!」
ジュジュはタコ糸ほどの赤い紐を買って来て、青磁せいじにも手渡した。
早くしろと言う割に、自分が熱心に祈って、赤い糸を老人の神様が男女を繋いでいる極太の紐に結びつけた。
「これで良し!」
赤い糸で結ばれたなんて表現があるが、糸と言うより紐であり、言ってしまえばつな
足場工事の墜落防止の為に使う親綱おやづなより太いつなに、青磁せいじは度肝を抜かれる思いだった。
という事は、この少し元気がない感じの女性は、照れてるとか、お淑やかとかそう言う表現か?
「・・・・あー、なるほど・・・。縁結びの神様的な、願掛け的な・・・?いやしかし、なんつう真っ赤っ赤でぶっ太いザイルだこりゃ・・・。ジュジュ、ありがとうな、気を使ってくれたのか」
自分と虹子にじこにあった事を聞いて、心配してくれたのだろう。
にしては、自分の方が必死に拝んでいるが。
若いのに、なんだって信心深いやつだな、と感心半分違和感半分。
「次行きますよ!」
「・・・え?まだあんの?」
そして、船に乗り、バスに乗り、山道を歩き。
「・・・と、登山?」
「ハイキングですよー」
すっかりバテた頃、ジュジュが指差した。
突然、岩が現れた。
赤く染まっていたり、赤いリボンがかけられていたり。
婚姻石ラヴァーズロックって言って、これも恋愛成就の神様の石です」
「ヘェー。やっぱこう、巨石を拝む信仰ってのは古今東西あるもんだな」
青磁せいじは岩を見上げた。
もともとは工事中に見つかったもので、それが信仰の対象になったらしい。
「あれ、何で所々ところどころ赤いの?」
「カップルになれますようにと拝んで、カップルになれたら、ペンキで赤く塗るんですよ」
「え・・・ペンキ?!神様に?そんなことしていいの???」
いいんです、とジュジュが大きく頷いた。
「もう一つお話があります。昔々、米兵と中国人の女性が恋に落ちました」
「ほうほう」
「ところが、時代がそれを許さず、家族が大反対」
「・・・まあ、そうだよな・・・」
「で、その二人はそれでも別れず、このあたりで暮らし始めました」
「・・・そうなんだ・・・」
「で、二人とも餓死しました。で、石になった。これがそれ」
「・・・・・ちょ、ちょっと・・・え、これ?!」
「その後、北角ノースポイントっていうそこらへんの街に住む女の人の夢にその二人が現れて、この石を拝めば、必ずやいい縁に恵まれるだろうと言いました。それでその女の人が、石を拝んだら、たちどころに幸せな結婚ができました」
いろいろ疑問点はあるが、やはり桜の言うように、歴史的に発展が近現代からであり、名所旧跡のようなものは少ないから、多少強引で自由に物語が作られて観光地化しているということか。
しかし、ジュジュを含め、参拝客達は信じているのだろう。
自由だろうが強引だろうが、人が暮らしや人生の中で求めるものは大体同じものなのだろうから。
「・・・まずはそこからだよな」
縁を結ぼうと思うなら、つまりそれは自分と相手を信じると言うこと。
ああ、焦って最短で近道しようとしたのは自分だけど、結局、随分遠回りになりそうだ。
虹子にじことの事は、同じとこをぐるぐる回ってしまうような不安も少しある、と言うと、ジュジュが大丈夫、と言った。
青磁せいじさん、登山と一緒。ぐるぐる回りながら登って山頂につくでしょう?」
円じゃなくて、螺旋らせんと言う事か。
「・・・そっか、なるほどな」
なかなか良い事を言うじゃないか。
虹子にじこには、ジュジュは両親の経営するレストランも手伝わずフラフラしていると聞いていたが。
広東語カントニーズは当然、普通話マンダリンも、英語も米語も、日本語も難なく話すこの器用な青年は、優しく気の利くニートのようだ。
神様、出来たら、自分と、こいつの願いも聞き届けてください、と青磁せいじは祈った。
自分と虹子にじこの名前を書いて奉納しろと言われたのだが、果たしてこの中国人女性と米国人男性の神様は、藪から棒に現れた日本人の自分の祈願など聞き届けてくれるものだろうか。
やはり隣で紙に自分の名前を書いていたジュジュが、気にすんなと言った。
「大丈夫!問題無しノープロブレム!名前だって同じ漢字なんだし、心配ならアルファベットも書いて!・・・青磁せいじさん、ユカリさんて、どんな漢字ですか?」
「え?ユカリ?ああ、姉さん?あのー、柚子ゆずの・・・って、え?!」
どうやら、ジュジュはあの姉に恋心を抱いているらしい。
「だ、だめですかね?!ユカリさんて、年下嫌いですか?!」
「いや、それは、あんまり関係ないだろうけど。いやでも、あんまりオススメ出来ないけど・・・」
「なぜ?!あ、僕、お金ありますよ!?」
「は?金・・・?はあ・・・?」
ジュジュが、今の財産、と言ってスマホを見せた。
「何これ・・・?な、何これ?!」
ちょっと信じられない数のゼロが並んでいる。
「今日、オイルの株価少し上がったんで」
「え?しかもこれ、香港ドルじゃなくて、アメリカドル?!ジュジュ君て、何やってる人なの?!」
ジュジュは、株の取引をして儲けてる、と言った。
神様、こいつニートじゃなかった。虚業の富豪だった。やっぱり別にこいつの願いは聞いてくれなくていいや、と青磁せいじは、赤いペンキでまだらに化粧をした岩を見上げた。
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