金魚の記憶

ましら佳

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22.胸の中の魚

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意味が、意図がわからない。
だって、今、何も心配するなと励ましてくれたのに。

「・・・はるかさんが、困るんですか?」
「そうです。桃さん、私は別に桃さんを庇ったつもりも、保真智ほまちさんのご家族をフォローしたつもりもありません。それは事実ですからそのまま言ったんですよ。・・・だから困る。私は桃さんが好きなんです」

面倒な厄介者として嫌われていると思っていたから、好意を示されたのは嬉しいけれど。

「・・・でも。何で困るんですか?」
「困りますよ。あなたは私の姉だし、大好きなのに。保真智ほまちさんと結婚したら幸せになってしまうじゃないですか」

矛盾を感じる。
自分は知らないけど、何かの比喩表現なのだろうか。
自分が幸せになるのは認めないという事だろうか。
やっぱり自分が彼にとって厄介者だから?

「・・・ダメなんですか・・・?」
「ダメです。私はあなたと幸せになりたい」

はるかのその頑固さと熱っぽい視線に、ああ、と突然理解した。

「・・・はるかさん・・・私達、姉弟きょうだいです」
「はい。それは当然、幸せな事実だと思っています」

はるかは誇らしそうに答えた。

「なら、わかりますよね・・・」
「・・・桃さん、私も何となくとか勢いで言っているわけではありません」
「・・・そんなの余計悪いです。私が、困ります」
「困ってください。私のことでなら大いに結構です。桃さんの頭の中が、私の事でいっぱいになるのが嬉しい。現に今、そうでしょう?」

桃は愕然としてはるかを見た。

「・・・私、春になったら保真智ほまちさんと結婚するんです。・・・保真智ほまちさんも、ご家族も、とてもいい方達で・・・」
「知ってます」
「あなたは、お母さんが違うけれど、弟ですよ?」
「それも分かってます」
「・・・なら 、おかしいでしょう・・・?」
「知ってます。分かってます。でもね、私はそれが当たり前に感じるくらいにあなたがずっと好きなんですよ」

だってそれほど親交があったわけでもない。

「・・・知りませんでした、そんなの・・・。・・・いつからですか・・・」
「いつ?ほら、初めて会った日。金魚が欲しいと言われた日からですよ」

誰も言わないけれど、誰にも言えないけれど。
どんな時も、いつも自分の深い胸の底の奥に金魚が1匹いるような、そんな気分だった。
辛い時も、寂しい時も。
嬉しい時だって。

「それがまだ小さな子供にとってどんなに心強いことか、わかりますか?」

それは大切な思い出だったけれど。
大切にしすぎて、それは宝物になってしまった。
それが、ある日、現在となって現れたのだ。

桃は困惑を通り越して、不覚にも泣き出してしまった。
共感した、共鳴した、というのに近い。
どう伝えたらいいのか。

「・・・わかります・・・私も、心の奥に、いつも何かがいたの。だから、私は、どこにいても自分はある程度異質なんだろうけれど、でも、平気だった」

それが何なのか今までわからなかった。
何かとは、むしろ潜在的な不安感なのか、虚無感なのか、欠損した何かなのかと思うほどに。
でもそれでも、欠損したものや虚無感でも、それは間違いなく桃の中に在ったのだ。
だすらどんな混沌とした世界でも、すんなりとその場所で息ができていたのだろと思う。
自分の中の、頭の、骨の奥に感じる、その小さな混沌に比べたら、何でも無い。

「頭の中に、そういう気持ちがあって、これは何?」と祖父に尋ねた事があった。

「・・・わからない。でもそういう人はいるし、それは幸運でも不幸でもあると思う。・・・でもね、それは頭の中じゃない。それは、心の中にあるんです」

祖父はそう答えて、嬉しそうな悲しそうな顔をした。
きっと、あの青い眼をしている祖父にもあったのだろうか。

一部の人が、もしかしたら誰もが、心の中にいつかの幸せな記憶だったり、誰か大切な人との思い出だったり、美しい花とか、神秘的な金魚とかいるものなのかもしれない。
それをどうするかは、きっとそれぞれなのだろうけど。

「・・・でもそれが、あなたなのかは、私はわからないし、違うと思う」

桃の答えに、はるかは少し悲しそうな顔をした。

そっと自分の胸を示す。

「・・・僕はわかりますよ。これはあなただ」

そう断言されて、桃はいよいよ戸惑った。

「・・・私、帰ります・・・」

もう送って貰おうなんては考えられないし、観光地であるし大通りまで出ればタクシーがいるだろう。
電車があればそれでいい。
帰りたい。
自分のテリトリーに戻らないと。

「・・・帰れません。・・・桃さんは帰れない」

桃はゆっくりとはるかを見た。
ああ、そうかもしれない。


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