金魚の記憶

ましら佳

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2.

43.寒い国から来たオットセイ

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熱中症で倒れて以来、桃は一週間ぶりに帰宅した。
翌朝、診断書を提出する為に社内のクリニックに向かった。

「失礼します・・・」

葉山月子医師が、見ていたタブレットから顔を上げて桃を出迎えた。

「オルソンさん、体調どう?さすがに前より顔色はいいみたいね」

桃は、持っていたレモンティーのペットボトルと菓子折を手渡した。

「おかげさまで、生き返りました」
「良かったわ。もう毎年暑くなって、本当に体が着いていかないけどねえ。診断書預かるから。・・・可愛いお菓子。ありがとう」

この診断書が月子の確認後、人事部に回るらしい。

「・・・またこいつ熱中症でひっくり返ったのかって人事部中にわかっちゃうわけですよね・・・」
「何言ってるの。皆知ってますよ。あなたは寒いところから連れて来られたから、暑さに慣れないんだって皆言ってるわよ」
「・・・ペンギンとかオットセイじゃあるまいし」

格好悪いなあ、と桃はため息をついた。

「私、別に日本人だし日本産だし日本長いんですけどね」

見た目だってかなり日本人寄り。

「最近、外国人も親が外国人ってのも珍しくは無くなって来たけどね。私も高校の時何人かいたなあ。モデルみたいな子と、すごい足速くてオリンピック候補になった子。・・・正直、純日本人じゃなかなか太刀打ち出来ないスペックだったなあ。すごいわよね」

何と派手な同級生。そんな華々しい方々と比較されても。

「・・・私、オットセイだとしてもかなり醤油味だと思う」

と言うと、月子が笑い出した。

「・・・その後、どう?迷走神経反射って、繰り返す時は心臓とか自律神経に何か疾患がある場合があるんだけど。・・・心電図は問題なしだから。やっぱり自律神経よねえ。この暑さとあなたの食生活が原因よ?ちゃんと食べてる?」
「・・・もう毎日、満腹まんぷくりんです・・・」

はるかの家にいる間、なんだかんだと三食しっかり食べていて、はるかが毎日土産を買ってくるので、自分もみりんも太った程。
5日で1.5キロ太っていた。

「小松川さんに聞いたんだけど。・・・お姉さんなんですってね?」
桃はちょっと驚いた。
はるかはそこまで話したのか。
この会社で知っているのは、役員数名と、人事部長と、公太郎のみなのだけれど。

「彼、優秀だし、好青年よね。小松川さんが転勤されて来て以来、女子社員の装いもモチベーションも違うわよ?女子の健康診断の結果も良い気がするもの。なんて美容にも健康にもいい人材!小松川さんて、明日にでも選挙に出れそうに爽やかよね」

はるかの選挙ポスターを想像して、桃が吹き出した。
確かにそれっぽい。

「うーん、CMも、辛口ビールじゃ無いわね。・・・カルピスとかレモンとか持ってたら最高に似合う」
「本当。わかります。カレーじゃなくてシチューのCMで。・・・選挙のキャッチコピーは、“さわやか・すこやか・はるか”とかで」

二人は顔を見合わせて大笑いした。
一旦、落ち着いてから桃が口を開いた。

「あの、・・・ええと、聞きたいことがあって・・・」
「守秘義務がありますから安心して。どうぞ」
「・・・・はい・・・。この話って、・・・本社まで行きますか?」
「・・・あなたが命に関わるような大病だったり、または小松川さんが言えばね。そうじゃなきゃ普通に人事課で社内処理されるはずよ」

桃はほっとして頷いた。

「・・・ならいいんです。あの、私、問題起こさない事を条件でこの会社でお世話になってて。実績出せば、2年で戻れる予定で・・・」
「大学?スウェーデンに戻るの?」

問題起こさない事が条件、ねえ。
月子はちょっと思案した。
複雑な状況にいる人間というのはどうしても複雑な事象が起きるもの。

「・・・なら。余計に体調管理、大切よ。・・・じゃあまずは。とりあえず、私とご飯食べに行かない?近くにね、海鮮丼が美味しいお店があるのよ」

月子がそう言うと、桃が嬉しそうに頷いた。



月子が連れて行ってくれた店は、居酒屋というより小料理屋。
「和食 三日月庵」と言う店名らしい。
風流な行灯に墨字でそう書かれていた。
個室の水槽に魚が泳いでいるのを桃は珍しそうに眺めていた。

「はーい、お疲れ様ーっと」

月子はビールをジョッキで飲み干すと、上着を脱いだ。
その華奢な骨格と、あまりに似合うサーモンピンクのブラウスと、ダイヤモンドと思わしき石のついた繊細なシャンパンゴールドのネックレス姿に、つい桃は見惚れた。
欧米人が美しいとよく言う真っ黒のコシのある長い髪。
バニラアイスのような艶のある肌。
桃には無いものばかりだ。

月子は極太のフライドポテトを摘みながらそのまま3リットル程ビールを飲み続けた。
なかなか豪快な人物らしい。

「・・・全く毎日暑くてやんなっちゃうわよねー。ビールがうまいのがいい事くらい?・・・全く、パタパタパタパタ皆倒れやがって」
「・・・す、すいませ・・・」

これが噂に聞く酒乱?
桃は少し緊張しながら日本酒を飲んでいた。

「・・・ほら!ちゃんと食べながら飲む!何にするの?!」
「え・・あー、じゃあ、とりあえず・・・焼き枝豆ときゅうりの浅漬け・・・?」
「キュウリ!?カッパじゃ無いのよ!!肉と米食べなさい!・・・すいませーん、Tボーンステーキとチャーハン!」
「えっ?!月子先生、ここ海鮮丼屋って言ってましたよね・・・?」
「ここ、何でもあんのよ!!」

確かにその通りで、メニューを見ると、和洋中大体全て揃っていた。
本日のオススメが、ピッツァ・マルゲリータ。
これで何で「三日月庵」なのかが謎だ。
テーブルに、片っ端から目についた料理がずらりと並んだ。

「・・・美味しい・・・」
「でしょ?一人だとあれこれ食べれないから良かった!・・・あ、でも、食べすぎると迷走神経反射で失神したりもするから、あなた腹八分目でね」
「ええ・・・?」

血流が一気に胃腸に流れてしまい、低血圧で失神するらしい。
何と恐ろしい。
人間の体のバグでは無いだろうか。

「・・・月子先生、私、この小倉抹茶かき氷パフェ食べてみたいです」
「もうデザート?好きなの頼んで」

しばらくすると、周囲がざわざわと騒がしくなった。

「・・・うわー、何じゃそれ・・・どこのシロクマが食うんだよ・・・」

と言う他の客の声がして、桃は何だか様子が変だぞ、と思い始めた。

「お待たせしました。小倉抹茶かき氷パフェ・Mt.フジです!」

店員が、山盛りの雪の塊のようなものを持って来た。

「・・・Mt.フジ・・・、富士山???」

桃と月子が唖然としてその様子を見ていると嫌そうな顔で覗き込んでいる客と目があった。
その人物が、驚いて声を上げた。

「・・・あれ、何やってんの、桃。・・・うわ、これお前か。うわうわ。・・・あ、なら、うん。っぽいわー」
「・・・ハム・・・じゃない藤枝本部長・・・?」
「え・・・藤枝さん?!」
「ああ、これは、葉山先生。・・・何だ、桃、良かったなあー。友達になって貰えたのか?お前、変わってんだから、話合わせろよ?」
「・・・え、うん・・・」

公太郎にずっと言われている事だけれど、まだ自分はそんな感じなのだろうかと桃は不安になった。
月子は、乱れた髪と服装を手早く直し、上着を羽織り直した。
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