戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

文字の大きさ
22 / 128
第二章 ルートⅠ

第22話 英雄への手紙

しおりを挟む
「今ここで読んでも?」

「勿論です。」


 手紙を開き、中に目を通す。



レイベルトへ

 今、この手紙を読んでくれているという事は、既に私はこの世を去った後なのでしょう。

 以前あなたに手紙を書いて以来、二度と手紙を送る事はしないと思っていたんだけど、これが最後なのでどうか許して下さい。

 私はかつてあなたを裏切った。

 本当に申し訳なく思っています。レイベルトと結婚する事を夢見ていたはずなのに、どうして私はこんな風に生活しているんだろうと、以前は何度も悔やんで悔やんで……

 ですが、今では自身の弱さが招いた結果だと納得しています。

 ごめんなさい。裏切ってごめんなさい。あなたの心を傷つけてごめんなさい。

 英雄レイベルトの活躍が聞こえてくる度、勇者アオイ様との結婚生活の話が聞こえてくる度、あなたは今幸せなんだと勝手ながら嬉しく思っていました。

 信じて貰えないかもしれませんが、私は今でもあなたを愛しています。裏切ったのは紛れもない事実ではあるけれど、愛しているのも嘘偽りのない事実です。

 こんな私を幼馴染にしてくれてありがとう。ダメになっちゃったけど、婚約者にしてくれてありがとう。人を愛する気持ちを教えてくれてありがとう。

 そしてなにより、戦争から生きて帰って来てくれて本当にありがとう。


 娘のサクラには誠実さを一番に教えてきました。

 私に多少似ているところはあるけれど、決して不義理な事だけはしない子に育ってくれた自慢の娘です。

 サクラには、この手紙を書いている時点であなたとの関係はまだ伝えていませんが、死に際には全て教えるつもりです。

 娘は小さい頃から英雄レイベルトに憧れていて、いつかあなたに仕えるんだと頑張って生きてきました。

 私の娘ではありますが、娘と私は別の人間です。あなたがもし嫌でなければ……娘は優秀なので、どうか仕えさせてあげて下さい。

 私は先に逝きますが、今度会う時はただの幼馴染として笑顔であなたに会いたいです。

                      エイミーより



「……。」


 エイミー……。

 確かに、お前の気持ちは受け取ったよ。いつになるかは分からないが、俺もいずれはそちらへ逝く事になるだろう。

 待っててくれよ? 今度は一人の幼馴染として……色々と話そう。


「サクラ……で良かったか? こうして手紙を届けてくれて礼を言う。」


「いえ、こちらこそ手紙を読んで下さりありがとうございました。」

「礼は必要ない。確かに決着は着いていたが……手紙を読んで、以前の俺が救われたような気がする。」


 そう……エイミーは俺を愛していないが故に裏切ったんだと、俺はずっと思い込んでいた。

 裏切り自体は許せない事だが、少なくとも彼女に愛されてはいたのだ。この手紙を読んで、彼女の謝罪を素直に受け入れる気持ちを持つ事が出来た。

 当時からずっと残っていた僅かなモヤモヤが晴れた気がする。


「すまんな。どうも年を重ねると涙もろくなってしまう。」


 少しばかり涙が出てきてしまったようだ。人前で涙を見せるのは、エイミーの話をアオイに打ち明けて以来だな。


「私からもお礼を言うよ。サクラさん、ありがとう。」


 アオイにしてみれば複雑な気持ちになるはずのこの手紙。それでも俺を思ってか、礼までしてくれるとは……出来た嫁だよまったく。


「恐れ多い事です。」

「さて、本題に移ろう。ナガツキ伯爵家に仕えたいという事で良かったのか?」

「はい! 是非お願い致します。」


 エイミー……本当にお前は娘に何を吹き込んだんだ?

 俺を見る目が、こう……熱狂的と言うか……ってちょっと待て。

 アオイを見る目にも熱が入り過ぎてやしないか?


「英雄と勇者に憧れがあるのか?」


 自分で聞くのもどうかとは思ったが、これは確認しておかないとマズい気がする。明らかに普通の人間に向ける目じゃない。


「英勇夫婦の活躍は全て網羅しております! いつ、どこで、どんな活躍をしたのか事細かに言えますし、お仕えするのですからお二方の好き嫌いなんかを事前に把握しておくのは当然のマナーです!」


 サクラの目は爛々と輝いている。

 どうするかな……正直、ちょっと雇いたくない。

 何だか若干の怖気を感じる。


「私の世界で言うところのオタクって感じなのかな?」

「何だそれは?」


 アオイには何やら心当たりがあるようで、サクラの態度に関しては違和感を抱いていないようだ。


「こっちの世界で言えば……信者? みたいな。」


 信者だと?

 神と俺を同列に語るのは大問題だろう……。


「素晴らしいですな! サクラさんは採用です!!」

「おい、ちょっと待っ……」
「英勇夫婦に対してこれ程敬意を持っているのですから、もう採用するしかありません!!」

「ありがとうございます! 誠心誠意お仕え致します!」


 勝手に決めるんじゃない。

 ウルサクとサクラの間でトントン拍子に話が進んでいき、既に雇用契約書まで書き始めている。


「いや、だから……」
「レイベルトはさ、何だかんだ言っても雇うつもりだったんでしょ?」


 手紙を読みながら涙を流しているアオイにそう言われ、思わず言葉を止めてしまう。


「そんな事はない。」

「気を遣ってくれてるんでしょ? ありがたいけど気にしないで。この手紙を読んで、それでも雇わないなんて私が言うはずないじゃん。」


 アオイは分かっているわと言わんばかりの顔で、うんうんと涙を拭って頷いている。


「確かに過ちを犯したかもしれないけど、この手紙からは真心が伝わってくる。私、こういう話に弱いのよ。」


 そう言って鼻をすする嫁。

 何で俺より泣いてんだよ。

 そしていつの間に手紙を読んだのか、泣き始めるウルサクとサクラ。


「お母ざん……私、頑張っでお仕えずるわ!」

「うぉぉぉぉん!! レイベルト様!! これは絶対雇わねばなりませんぞ!!」


 お前ら……人の手紙を勝手に回し読みするな。


 英雄と言われている俺だが、元々は一騎士家の出でしかない小市民だ。普通に周囲の人間からの評判や見え方を気にするし、場の空気に合わせようとしてしまう。

 何が言いたいかというと……もうサクラを雇うしかない。

 既に、雇いたくないとは言えない雰囲気が出来てしまっている。


 今となっては過ぎ去ってしまった一つの思い出、あの頃のエイミーの姿を思い描き、俺は呟いた。


「エイミー……まさか、こうなる事を計算してたんじゃないだろうな?」


 待っててくれよ……お前とは一人の幼馴染として、一度改めて話をしないといけないな?

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

俺の好きな人は勇者の母で俺の姉さん! パーティ追放から始まる新しい生活

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。 ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。 だから、ただ見せつけられても困るだけだった。 何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。 1~2話は何時もの使いまわし。 亀更新になるかも知れません。 他の作品を書く段階で、考えてついたヒロインをメインに純愛で書いていこうと思います。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

処理中です...