戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

第二章 ルートⅠ Bエンディング

第19話 襲撃

　レイベルトに手紙を送ってから一週間後の夜、家に強盗が押し入って来た。

　相手は全く知らない男達が複数。

　私を見るなり「な、なぜお前が生きている！？」などと意味の分からない事を言っていたので、潰して川に捨てておいた。

　暫くの間近所で騒ぎになっていたけど、私の知った事じゃない。


「きっと、私の想いは届く……よね？」


　考えに考え抜いた私の手紙には、あらん限り思いの丈を刻み込んでおいた。

　許してくれないかもしれない。でも、もしかしたら許してくれるかもしれない。

　不安と期待を胸に、手紙の返事を待ち望んで過ごす日々。

　そしてとうとう、彼からの手紙が届いた。


「レイベルトからの手紙だわ！」


　私は急いで中を確認する……がしかし、彼の怒りは相当なものだったのか、手紙の返事は想像していた以上に辛辣な内容だった。

　今にして考えてみれば当然の事。戦場で頑張って約束を果たそうと戦っていた彼に対し、私のしていた事は何なのだろう。

　一見おふざけのような内容の返事だったけど、明らかに恨みつらみが書かれている事は理解出来た。

　でも私には分かる。これはきっと怒りに任せて書いてしまった手紙。彼は決してこんな事を言う人じゃなかったのだ。

　けれども、怒りに任せたとはいえ、こんな内容の手紙を送ってきた事を考えれば……。


「字が……レイベルトの字じゃない……？」


　あまりの内容に初めは呆然としていて気が付かなかった。


「でも、レイベルトじゃないとしたら……。」


　レイベルトじゃない人が書いたとしたら、私の手紙に返事すらも出したくなかったという事……？

　返事を別の人に書かせる程、嫌がられている……？


「いえ、まさか……勇者アオイ？」


　きっとそうだ。

　だとしたら納得できる。あの優しいレイベルトがこんな内容の手紙を書くはずなんてない。


「勇者アオイ……。」


　ふざけるな！

　私のレイベルトを横からかっさらっただけの泥棒猫めっ！！


「絶対に、許さない……。」


　レイベルトを私に盗られると思って手紙で牽制しているのね？

　彼への想いを邪魔させはしない。


「いかに勇者でも、レイベルトを奪う事だけは許さないわ。」


　でも、正面から戦っても勝ち目がない事だけは分かる。


「となれば、私の取れる方法は……。」


　奇襲するしかない。

　レイベルトに気付かれないよう勇者アオイが一人のタイミングを狙って始末し、機を見て彼の前に姿を現わす。

　そうすれば、きっと……やり直せる。








　私は万全の準備を整え、レイベルトが王より与えられた屋敷を数日に渡り監視している。

　そしてとうとう、勇者アオイが碌な護衛も連れずに馬車に乗り込む瞬間を目撃した。


「絶好の機会だわ。」


　私は馬車を追いかけ、人気のない街道に差し掛かったところでそこらに生えている木を引っこ抜き、馬車に思いっきり投げつける。


　聞いた事もないような轟音が辺りに響き、馬車は一瞬のうちに潰れてしまった。

　誰がどう見たって中にいる奴は生きていないと思う。


「やった。勇者を……始末したわ。」


　頑張った。私、頑張ったよレイベルト。


「フフッ。フフフッ……アーハッハッハッハー！」


　あの日、クズ共を始末した時から私の体は凄まじい力を発揮するようになった。

　それ程力を入れていないはずなのに、軽く握るだけで手に持った物が潰れたり、重い物を持ってもまるで重さを感じなかったり。

　そんな事が続けばどんな馬鹿でも理解する。

　きっと天が私に味方しているのだ、と。


「これで、これできっと……何もかもが上手く……」
「人んちの馬車を破壊しておいて馬鹿笑いするって何考えてんの？」

「え？」


　声のする方に視線を向けると、そこには潰したはずの勇者アオイが立っていた。


「おーい。呆けてないでちゃんと答えてよ。」

「う、うそ……どうやって抜け出して……」
「いやいやいや。そんな膨大な魔力を垂れ流しにしておいて、勇者の私が気付かないはずないでしょ。」

「……魔力？」

「あれ？　もしかして自覚がない？　魔法に長けている人間だったら普通に気付くよ。」


　そ、そんな……。


「で、聞きたいんだけど。あなた誰？　知り合いでもないし……何か恨まれる事したっけ？」


　正面からじゃ絶対勝てない。

　遠くからの監視では気付かなかったけど、近くで感じる勇者アオイの気配は私を優に凌いでいる。


「勇者アオイっ！　あんな手紙を送っておいて、私を知らないだなんて言わせない！　レイベルトを返してよ！！」


　勝てないなら、せめて言葉で……


「え？　あ、もしかしてあなたエイミー？　君がこんなに強いだなんて話は聞いてないんだけど。というか、返してと言われてもなぁ。」

「返してくれなきゃ困るの！　私、ずっとレイベルトを待って……」
「待てなかったじゃん。」

「違う！　確かに間違えちゃったけど、待ってた！」

「待ててないって。別の人と結婚する手前までいってたんでしょ？　それを待ってたとは普通言わないよ。」

「ずっと昔から好きで……」
「好きなら待てば？」

「もう待てないのっ！」

「違う違う。そういう事じゃなくってさ。」


　どういう事なの？


「来世まで待てば？」


「え？」


「私は君のやった事に対して凄く腹が立ってる。でも、来世のあなたに罪はないでしょ？　だから、来世まで待てば？」

「来、世……？」

「うん。」

「来世って……。」


　それはもう私じゃない。当然、レイベルトだってレイベルトじゃなくなってる。


「そんなの、意味ないじゃないっ！」

「意味があるかどうかは私には分からないけど、エイミーがやった事はそう言われても仕方のない事だよ。」

「……違う。」

「レイベルトは多分君を許さない。本当は君だって分かってるよね？　だから直接彼に会いに行かず、私を殺しに来たんでしょ？」

「……違うの。」

「邪魔者が居なくなれば彼が戻ってくるはずだって、有りもしない幻想を思い描いてたんでしょ？」

「違うの！」

「何が違うのさ。ま、襲撃までしてくれたのはご苦労様なんだけど……。」


　勇者アオイの気配が突如として、圧倒的なまでに暴力的で死を連想させるものへと変化した。


　これが……

　これが国を救った英勇コンビの片割れ……

　途端に膨れ上がった勇者の気配は、絶対的な存在であるかのように場を支配し、彼女を包む空気がまるで蜃気楼のように揺れ動いている。


「私を殺そうとしたのは失敗だったね。レイベルトと私はほぼ同等。私を倒すという事はレイベルトだって倒せるかもしれないって事。」

「あ、あぁ……。」

「救国の大英雄と共に、数多の戦場を駆け抜けた勇者の力……見てみるかい？」


　無理よ。

　私には天が多少味方をしてくれたのかもしれない。

　でも、勇者アオイは……間違いなく天に愛されている。


「さて、と。」


　ゆっくりと、それこそ機嫌良く散歩でもするかのような余裕をもって私に近づいてくる勇者アオイが……死神に見えた。

　私は……ここで死ぬ？