戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

文字の大きさ
28 / 128
第二章 ルートⅠ Bエンディング

第20話 新たな決意 (Bad End)

しおりを挟む
 こんな所で死ぬわけにはいかない。

 レイベルトを取り戻すんだ。


「うわあぁぁぁぁぁっ!」


 私は勢い良く勇者に飛び掛かった。

 けど、私の攻撃は軽々と避けられてしまい、諦めずに続けて攻撃を仕掛けても見えているとばかりに防御されてしまう。

 実際、見えているんだと思う。

 勇者アオイの顔からは余裕の笑みが消えない。


「うーん。君さ、力と速さはあるみたいだけど、ただ闇雲に攻撃したって当たらないって分かるよね?」

「食らえ!」

「食らわないっと。」


 先ず当てない事には話にならない。

 私は大振りだった拳の動きを刻むように小さくし、少しでも勇者アオイを倒せるよう思考の全てを勇者アオイを捉える事に向ける。


「おっ? 君、才能あるんじゃない? この短時間で動きを修正してくるなんて、レイベルトが鍛えたあの人達より余程凄いよ。」


 こんな形で勇者に褒められても嬉しくない。


「まだっ!」


 まだだ……まだ、この人を倒すには遠い。

 でも……いつか。


「いつか倒せる、とでも思ってる?」

「な、なんで……。」


 どうして私の考えが……


「どうして私の考えが分かるの? って顔だね。簡単さ。一度剣を交えれば……この場合は拳か。拳を交えれば大体何考えてるかは分かるよね?」


 当然のように言い放つ勇者アオイは歴戦の戦士。

 でも、いくら歴戦の戦士だからって、たったこれだけの事で相手の考えが分かるなんてあり得ない。


「戦場を経験したから……という事?」


 私は一度拳を止め、勇者に話しかけた。

 息が切れる。

 少しでも会話で引き延ばさないと。

 時間を稼いで、どこまでも食らいついてかなければ。


「ごめんごめん。信じちゃった? 少し剣を交えたからって考えている事まで分かるなんてないと思うよ。レイベルトだって出来ないし。」


 この場面で冗談?

 私なんて歯牙にもかけない様子で舌を出して見せるなんて……


「これは多分勇者の能力なんだと思う。王様に話を聞いたら勇者は魔法が強いとしか記録に残っていないみたいなんだけど、勇者には他の能力も備わってたんじゃないかと私は考えてる。」


 なにそれ……


「戦闘中に相手の思考が読めるという能力。私は戦闘思考傍受コンバットインターセプションって呼んでる。戦闘中でしか使えないし、達人が相手だと思考を読みにくくなるって弱点はあるけどね。」


 じゃあ、もしかして……


「お? 正解。君が時間稼ぎに話しかけてきた事もちゃーんと読めてるよ? これで私は何度も生き残ってきたし、レイベルトを助けてきた。能力に気付いたのは戦争が始まって一年くらいの頃。」


 こちらの思考を読んだ上で、それでも時間稼ぎに付き合ったという事?

 だったら、勇者アオイは私が追い付けないと考えているからこそ……


「それも正解。君は私に追いつけないって事。だって……」


 彼女の纏う気配はより一層死の気配を色濃くし、呼吸すらもためらう程に空気が重くなる。


「少し本気で戦ってあげるからね。追いつく暇なんてないんじゃない?」

「うっ……。」


 凄い圧が全身に圧し掛かり、まるで水中にいるみたいに体が鈍い。

 これじゃまるで……


「年頃の女の子に向かって災害は酷くない?」


 また……考えを読まれた。

 バ、バケモノ……


「バケモノとかやめてよ。傷つくんだから。君の敗因は三つ。力の使い方も覚えず挑んできた事。私を侮った事。そして……レイベルトを裏切った事っ!」


 勇者アオイが初めて行った反撃はただの蹴り。

 私は間一髪逃れる事は出来たけど、後ろからはバキバキと何かが倒れるような音がした。

 恐る恐る振り返ると、無惨にも木々が斬り倒されている。

 蹴りだけで離れた場所の木を斬った……?


「後ろを見るなんて余裕だね。まぁ、私がレイベルトを裏切った奴に負けるはずなんてないから別に良いんだけどさ。」


 これは、風魔法?

 こんな威力の魔法なんて、私……

 絶対に勝てないであろう勇者を目の前に、自身の心がポキリと折れたような気がした。


「さーて。エイミーはどんな風に戦うのかな? こうやって襲い掛かってきたわけだし、当然覚悟は出来てるんだよね?」


 ダメ。

 これは勝てない。

 何で始末出来ると思っちゃったんだろう……

 舐めてかかったつもりはないし、これ以上ないというタイミングで攻撃を仕掛けた。慢心したつもりは全く無かった。

 けど、それでもまだ……私は勇者を舐めていたんだ。


「あらら。心が折れちゃったみたい。じゃ、君を捕まえてレイベルトにお説教してもらおうか。多分、今以上に失望されるだろうね。」

「や、やだ……。」


 恐怖で足がすくんで動けない。


「ダ…メなの。捕まりたく……ない。」


 ここで捕まるのだけはダメ。

 これ以上彼に失望されるなんて……耐えられない。


「や、やめて、下さい。」

「どうして? レイベルトに会いたかったんでしょ?」


 やだよ。

 レイベルトに失望されるくらいなら、死ぬ方が……。


「ご、ごめんなさい……もう、しません。本当にもうしません! レイベルトに失望されるのだけは嫌です!」


 気付けば、涙を流しながら地に頭を付けていた。


「謝れば許されると思ってる?」

「お、思いません。でも、もうレイベルトにあんな目で見られるのは嫌なの!」


 あんな、あんな怒りの目で見られるのだけは……。


「はぁ……。お腹に子供もいるんでしょ? こんな訳の分からない事なんてしてないで、ちゃんと真っ当に生きなよ?」


 今までの張りつめた空気が嘘のように霧散する。


「え?」

「え? じゃないでしょ。もう行って良いよ。可哀想だし、レイベルトには今日の事言わないでおくから。」


 許……された?


「あ、そうだ。」

「な、なに?」


 勇者の姿が消え、直後にパアンと乾いた音が響いて頬に衝撃を受けた。


「手加減したから問題ないでしょ? 馬車を襲った件はこれで済ましてあげる。」

「痛い……。」

「レイベルトの心はもっと痛かったはずだよ。」

「……レイベルトの?」


 レイベルトの心……。

 そうだ。

 レイベルトが勇者アオイと結婚してしまうと両親から聞いた時、私の心は締め付けられるように苦しかった。

 きっと彼だって、同じような思いをしたはずよ。


「あーあ……これ、何て言い訳したら良いんだよ全く。御者なんて馬ごとひっくり返って目を回してるし……。」

「あ、あの……。」

「さ、もう用はないでしょ? 早く行きな。御者が目を覚ましたら言い訳できないよ?」


 これが勇者。

 英雄レイベルトの妻、勇者アオイ。

 私は今の今まで…………会えないのは寂しい、別れるのは辛い、レイベルトが盗られて苦しい、と……自分の事しか考えていなかったじゃない。

 勿論、彼に悪い事をしたという気持ちが無かったわけじゃない。

 でも、私は彼を失ってしまう事にばかり意識がいってしまい、心を……彼の心をないがしろにしていたのね。

 この人のお蔭で完全に目が覚めたわ。


「オリジナル魔法を開発してたら馬車が爆発した事にでもしておく? でもなぁ……それって結局私が呆れられるんじゃん……。」


 ブツブツと文句を言いながら肩を落とす勇者の姿は、見る者が見れば情けなく映るかもしれない。

 けど……私にとっては紛れもなく、噂に違わず、もしかしたら伝説の勇者よりも……

 彼女は勇者らしい勇者だった。


「勇者、アオイ様。」

「なに? もう変な気起こさないでよ?」

「はい。もう致しません。私は決して貴女様の前にも、レイベルトの前にも二度と姿を見せません。」

「え? あ、いやぁ……20年位したら姿ぐらいは見せても良いと思うけど……。」

「いえ、決して見せません。」

「そ、そお? 別に忘れた頃ならレイベルトは気にしないような気もするけどなぁ。」


 姿は見せない。

 でも、甘さがあるこの人を……勇者アオイと英雄レイベルトを陰ながら支えよう。

 きっと、この甘さがどこかで枷になりそうな気がする。

 私は自分の力を磨き、この人達が甘さを見せて処分出来なかった敵を始末していく。

 そうすればきっと……来世にはお互い覚えていなくても、笑顔で会えるよね?

 そうだよね? レイベルト。


「おーい。何か決心してるところ悪いんだけど、意味ないからやめといた方が良いよ。」

「え?」

「私は君が思ってる程甘い女じゃないって事。こう見えても相手を再起不能にするのは得意だからさ。」

「そうは見えませんが……。」

「問答は良いから早よ行かんかい! もう御者が起きるってば!」

「は、はい! 失礼しました! 本当にありがとうございました!」


 そう言って私は勇者アオイ様の前から素早く走り去る。

 後ろから「もう変な事しないでねー。」と明るい声で手を振る姿が印象的な人だった。

 私は、彼女に対してだけ……再起不能にさせられたのかもしれないわ。















 あれから17年。

 今の私には娘がいる。

 勇者アオイ様のような素晴らしい女性になれるよう伝説の勇者と同じサクラという名前を付けてあげ、そこそこの学校に入れてあげる事が出来た。

 私は自身の腕っぷしを活かせる木こりの仕事に就き、サクラを育てる傍ら、英雄夫婦の敵を始末している。

 彼の為になるよう少しでも贖罪を……と活動している事もあり、サクラにはあまり構ってあげられなかった。

 それでもサクラは真っ直ぐに育ってくれ、将来は英雄夫婦に仕えるんだと夢を語っている。

 私は二度とレイベルトには会えないし、会う資格もない。ほんの少しの繋がりでさえも持つ資格なんてない。

 サクラはレイベルトに仕えたいと夢を語っていたけど、私のせいでその夢を叶えてあげる事が出来ない。

 サクラは私の面影がある。自惚れるわけじゃないけど、レイベルトならきっと私の娘だと気付いてしまう。

 サクラの夢を私はやんわりと否定するが、なんで? どうして? と諦める様子がないので、自身の罪を告白した。

 すると娘は……顔をクシャクシャにして泣きながら『お母さんなんて嫌い!』と言って出て行ってしまった。




 その時から、サクラとは会えていない。


「私はもう……レイベルトだけじゃなく、サクラにも会う資格はないのね。」


 これはきっと罰なんだ。

 レイベルトを裏切り、娘の夢を潰してしまった報い……。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
ファンタジー
皆さまの応援のお陰でなんと【書籍化】しました。 応援本当に有難うございました。 イラストはサクミチ様で、アイシャにアリス他美少女キャラクターが絵になりましたのでそれを見るだけでも面白いかも知れません。 書籍化に伴い、旧タイトル「パーティーを追放された挙句、幼馴染も全部取られたけど「ざまぁ」なんてしない!だって俺の方が幸せ確定だからな!」 から新タイトル「勇者に全部取られたけど幸せ確定の俺は「ざまぁ」なんてしない!」にタイトルが変更になりました。 書籍化に伴いまして設定や内容が一部変わっています。 WEB版と異なった世界が楽しめるかも知れません。 この作品を愛して下さった方、長きにわたり、私を応援をし続けて下さった方...本当に感謝です。 本当にありがとうございました。 【以下あらすじ】 パーティーでお荷物扱いされていた魔法戦士のケインは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことを悟った彼は、一人さった... ここから、彼は何をするのか? 何もしないで普通に生活するだけだ「ざまぁ」なんて必要ない、ただ生活するだけで幸せなんだ...俺にとって勇者パーティーも幼馴染も離れるだけで幸せになれるんだから... 第13回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作品。 何と!『現在3巻まで書籍化されています』 そして書籍も堂々完結...ケインとは何者か此処で正体が解ります。 応援、本当にありがとうございました!

俺が死んでから始まる物語

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていたポーター(荷物運び)のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもないことは自分でも解っていた。 だが、それでもセレスはパーティに残りたかったので土下座までしてリヒトに情けなくもしがみついた。 余りにしつこいセレスに頭に来たリヒトはつい剣の柄でセレスを殴った…そして、セレスは亡くなった。 そこからこの話は始まる。 セレスには誰にも言った事が無い『秘密』があり、その秘密のせいで、死ぬことは怖く無かった…死から始まるファンタジー此処に開幕

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

俺の好きな人は勇者の母で俺の姉さん! パーティ追放から始まる新しい生活

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが別に気にも留めていなかった。 ハーレムパーティ状態だったので元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、三人の幼馴染は確かに可愛いが、リヒトにとって恋愛対象にどうしても見られなかったからだ。 だから、ただ見せつけられても困るだけだった。 何故ならリヒトの好きなタイプの女性は…大人の女性だったから。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公にはなれない、背景に居るような主人公やヒロインが、楽しく暮すような話です。 1~2話は何時もの使いまわし。 亀更新になるかも知れません。 他の作品を書く段階で、考えてついたヒロインをメインに純愛で書いていこうと思います。

A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる

国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。 持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。 これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

処理中です...