戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ

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外伝:メイド喫茶でバイトテロしたら異世界召喚されました。しかも死に戻り特典付きで。

第10話 螺旋上のエアツェールング

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「結局、あれから同じ選択肢を20回繰り返してみても能力の進化は起こらなかったから、別の条件なんかも必要だったんだろうね。いくら光明が見えてきたとは言え、もう疲れちゃってさ……。」

「そんな……。」

「桜ちゃん、本当に辛い思いをしたんだね。」

「私達に出来る事があれば協力するよ。ね、レイベルト?」

「あぁ。勿論だ。」


 自分の伴侶を看取る経験など何度も繰り返していたら心が壊れてしまう。

 勇者サクラは確かに精神的に擦り減っている印象を受けるが、良くこの程度で済んでいる。


「……ありがとう。」

「ところでさ。聞きたいんだけど、桜ちゃんは今何度目?」

「アオイ。そんな事を聞くんじゃない。」


 この人は既に一万年以上も繰り返してきたはずだ。

 わざわざそんな辛い事を聞くのは……。


「良いよ。今は……三十数回くらいだったかな。」

「え? 計算が合わなくない?」

「そうよね。」


 サクラとエイミーの言う通りだ。

 全く計算が合わない。


「碧ちゃん。どうしてそんな事を聞くの?」

「怒らないで聞いて欲しいんだけど、私の想像よりも桜ちゃんが……元気に見えたんだ。」

「……どういう意味?」


 アオイの言葉を聞いた伝説の勇者が怒気を孕んだ声で質問する。


「桜ちゃん。私達はね、この時代から400年くらい先の未来から来てる。」

「馬鹿らしい……。」


 未来から来たのだという俺達を馬鹿にでもするかのように、フッと嘲笑して見せる勇者サクラ。


「信じないのも無理はないよ。私達でさえ何でここにいるのか分かってないからね。」

「自分でも分からない? じゃあ、わざわざ私を揶揄う為に現れたって?」

「本当に分からないんだよ。でもね? 桜ちゃんにとっては未来から来ているのは本当。エイミー、貴女いつも勇者の暗号文書持ってるよね。それを出して。」

「え? まぁ……はい。」


 エイミーは懐から勇者の暗号文書を取り出した。

 一体どこに入っていたというのだろうか?


「何でそんな物を持ち歩いているんだ?」

「不慮の事故で私が戻っちゃった時に備えてよ。一応能力は封印して、理論上は繰り返しなんて発動しないはずだけど、死んでみるまでは正直分からないから。」

「成る程。」


 エイミーは能力を封印したが、実際に死んでみるまでは能力が未発動状態になっているかどうかは分からないというのは理解出来る。


「この日記はね。勇者桜の日記なんだ。私達の時代にまで伝わっている、ね。だからこそ桜ちゃんには読む資格があるし、読んで欲しい。」


 勇者サクラは恐る恐る暗号文書を受け取り、パラパラとめくって見る。


「……私の字だ。」

「今の桜ちゃんにとっては未来の出来事まで記載されてる。辛い事も書かれてるけど、私達が何とか出来るから落ち着いて読んで。」

「分かった。」









 俺達は勇者サクラが暗号文書を読み終えるのを待った。

 時折笑みが零れる事もあったが、それは最初だけだ。途中からは涙を流し、後半は顔を青ざめさせていた。


「……読んだ。私、こんなに辛い思いを……しなきゃいけないの?」


 伝説の勇者は今にも倒れてしまいそうな顔だった。

 あんな日記を読んだ後では無理もない。


「大丈夫。実はね、ここにいるエイミーは桜ちゃんの生まれ変わりで、知識も引き継いでいる。」

「あぁ……。良く視れば、私と魂が同一だね。」


 アオイの言葉を受けた勇者サクラはエイミーに視線を合わせ一人で納得している。


「成る程! エイミーの魔法知識を教えてやれば、今の勇者サクラも現状から脱する事が出来るという事か!」

「そういう事。」

「待って! それだと、今のお母さんが消えちゃうんじゃないの!?」

「それも大丈夫。未来に齟齬がないように、この日記とレイベルトの宝剣を置いて行けば良いのさ。」

「どういう事だ?」


 俺には何が何だか分からない。


「私達が知る伝説の勇者桜は何度も繰り返し、体感時間で一万年以上も生きた。でもここにいる桜ちゃんはどう見積もっても二百年かそこいらしか生きてない。」

「そうだな。」

「だからこのまま今の桜ちゃんを救ったら、伝説の勇者の暗号文書も宝剣も存在しない事になってしまう。」


 言われてみれば確かに。

 暗号文書や宝剣が存在しない事になれば、俺達は今の結果に辿り着けない。


「つまりね。桜ちゃんの日記と宝剣を置いて行けば、これから先の未来も私達が知る未来と同じになるという事。私達からすればそう見えるってだけで、実際は違うけど……結果が同じになればそれで良い。」


 なんて頼りになる嫁なんだ。


「成る程ね。流石は碧ママ。」

「桜ちゃんに答えを教えてあげる。」

「……うん。」


 アオイは得意気な顔で言葉を放った。


「未来の……」
「未来の自分を再現しなさい。」

「え? サクラ?」


 俺達の娘、サクラがアオイの言葉に被せて訳の分からない事を言い出した。


「未来を欺きなさい。運命なんて私達が捻じ曲げてあげる。」


 突然突拍子もない事を言い出したサクラにアオイが慌てている。


「ちょっ! それ私の台詞……。」

「碧ママの真似よ。かつて、お母さんを救う為に碧ママが宛てた手紙の言葉を使わせてもらったわ。」

「サクラったら。碧ちゃんの真似が下手ね。」

「お母さんうるさい。」


 エイミー、サクラ、アオイは三人でクスクスと笑っている。

 俺にはもう意味が分からなかった。


「そっか。来世の私——エイミーさんに……日記に書いてあった魂にプロテクトを掛ける魔法を教えて貰い、日記の中の私を再現しろって事か。未来に矛盾が出ないように。」

「そゆこと。」


 勇者サクラはすぐに状況を理解出来たようだ。

 俺はと言うと、勇者サクラが話をまとめてくれたお蔭で今ようやく理解した。

 だが一つ気になる事がある。


「待て。これで解決するんだとして、何と言えばいいか……俺達がここにいるのはやっぱりおかしくないか?」

「レイベルトの疑問も尤もだね。そこは私も当然考えた。仮説でしかないけど聞く?」

「あぁ。」


 碧は自信満々に説明を始めた。

 俺達が生きていた時代というのは、伝説の勇者サクラが体感一万年以上の時を過ごした後の未来に本来であれば続いてるはずだ。

 だから仮説として、俺達がまだ体感一万年以上を過ごしていない勇者サクラと会えているという事はここが並行世界なのではないかという説。

 そして……。


「この日記を書いた桜ちゃんを仮に一万年桜と呼称するなら、私達が今会っている桜ちゃんは二百年桜と言える。二百年桜と今会っている私達が上手い事やって、これから時間が進んで行けば……」

「未来の人間からは二百年桜が一万年桜に見える。」

「そう。」

「やはりおかしい。だとするなら、最初の一万年桜はどこに行く?」

「私にも分からない。卵が先か、鶏が先か…………もしかしたら、桜ちゃんがこうして救われる結末すらも予定調和だった、という可能性があるよね。私達の知る未来がの私達に救われた二百年桜から続く未来だった、なんて事もあり得るんだ。」

「私達がこの状況になっているならあり得るね。」

「確かにそうだわ。」

「私達がここに来る事で私達の知る未来へと繋がるように元々組み立てられていたのかもしれない。まるで綿密に編みこまれたタペストリーのように……ね。」


 要するに繰り返されているという事だろうか?

 俺は話の半分も理解出来ていない。


「一万年桜から最初の私達へと繋がり、最初の私達が二百年桜を救う。そうして二百年桜から次の私達へと続き、次の私達がまた二百年桜を救う。それが繰り返される事を螺旋に例える事が出来る。時の流れは閉じた環ではなく螺旋だった……なんてね。」


 成る程な。


「そういう事か。」

「レイベルト、分かってくれた?」

「あぁ。分からんという事が分かった。」


 アオイは笑顔から一転、天井を見上げて遠い目をしていた。
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