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田中神代

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04 早朝の研究室

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 がさ、
紙が擦れる音が部屋に響く。
そして再び静寂が訪れる。
「……、おはようございます」
「また帰らなかったのかい?」
 半分、本に埋まるようにして本棚にもたれかかり寝ていた青年が目を開ける。
初老の男性は、お茶を淹れながら困ったように笑う。
 ぴっ、とお茶が途切れる。
「アンダス先生、お話があります」
 すっと立ち上がりながら話し始める。
ポットを机に置きながら、アンダスはゆったりとした様子で
「とりあえず、顔を洗ってきなさい」


「やはり、資料が足りません」
 小さな机を囲む二人。
朝日が差し込む、埃っぽい小さな部屋は、本で埋まりつつあった。
「クァイリ、まずは落ち着きなさい」
 カップを持ち上げるアンダス。
クァイアリは少し息を吐いて、お茶を手に取る。
「クァイリ、私たちの研究内容を言ってみなさい」
 半分ほどお茶を飲んだ後,アンダスがそう促す。
熱いお茶と格闘していたクァイリはカップを置き、向き直る。
「私たち人間とはテイムの関係の歴史を、各地の伝承や遺文書から読み取りまとめる
ことです」
「ここには溢れるほど、本や石版まである  まだ何か足りないのかい?」
 本で埋め尽くされている空間を振り返りながら、問う。
その圧迫感は、逆に燃えにくそうという印象を受けるほどである。
 クァイリはカップに軽く触れ、指を離す。
「歴史を知るには、まず今を知る必要があると思います」
「…,続けて」
 自分のカップにお茶を継ぎ足すアンダス。
クァイリは冷めてきた自分のカップに手を伸ばす。
「今、人とテイムの絆がどのように結ばれ保たれ、繋がっているかが分からないのです」
「ふむ」
 冷めたお茶で喉を潤す。
アンダスは少しの間,返答を考え
「血の契りで絆が結ばれ、薬水で絆が保たれ、日々のコミュニケーションで繋がっていく、
というのが答えではないのかい?」
 テイム生物学の教科書を指し示す。
クァイリは何の迷いもなく、首を振る。
「それは教科書の答えです」
「教科書の答えは真実ではないと?」
「分からない事だからけですので」
 ともすれば危険な思想になり得るその言葉に,アンダスは言葉を選ぶ。
三分の一ほどお茶を残して、カップを置くクァイリ。
「二分間,あげます」
 自分のと,クァイリのカップにお茶を継ぎ足しながら口を開く。
「具体的に,何が分からないのか、言ってみなさい」
 その言葉に、クァイリの目の光が強くなる。
小さく息を整え、軽く咳払いをする。
「ーー、まず血の契りです  なぜ、生まれたての時期に数滴の血液で数十年にわたる
絆が作られるのか  同日に生まれた事に意味はあるのかも、証明も研究もされてません」
 テイム学の先生が聞くと卒倒しそうな事を、最初に口にする。
次々と紡がれていく言葉を、涼しげに聞き流しながらお茶をすするアンダス。
「薬水についても,ほとんど分かりません  調合法が言い伝えられているだけであって
何がどのような働きをするか未だに分かっていません  また与えた場合と与えなかった
場合のデータの比較も主観的な物しかありません」
 国の検閲に引っかかりそうだな,と心の中で呟くアンダス。
何にも縛られず、ただ純粋に疑問を口にするクァイリを、見つめる。
「数滴の血と毎日の薬水  たったこれだけで、テイムは人に完全に懐き全てを許し
対の人間と感情がリンクし影響しあい、同型の他の生物の寿命を遥かに超える八十年
前後も生き続けるのは、何かあるはずです  それなのに、一切分かっていないのは、
さすがに不自然で不安定だと私は思うのです」
 一気に喋る。
チラリと時計を見て、まだ喋り足りなさそうな様子で口を閉じる。
アンダスは静かに目を閉じた状態で、カップを置く。
「まとめると?」
「今分かることが全て曖昧で、過去に何があったか予想すらできません」
 一息にそう言うと、カップに手を伸ばす。
シンと静まり返った部屋の中,二人はお茶を飲む。
遠くの方から、人の話し声や足音が聞こえてくる。
 静かに時を刻む秒針が、一周したとき、
「そうですね  野性のテイムやサンプルを集めましょうか」
「本当ですか?  ありがとうございます」
 ぱっと、明るくなる。
年相応のその仕草に笑みをこぼす。
「今からだと,送られてくるのは次の春くらいになるだろうね」
「…そう、ですか」
 打って変わって、暗くなる。
それでもすぐに元に戻り、「よろしくお願いします」と頭を下げる。
いいよいいよ、とアンダスは笑いながら、カップに新たにお茶を注ぎ足した。
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