共に

田中神代

文字の大きさ
29 / 49

29 再び歩き出すために

しおりを挟む
「では、また縁があれば」
 別れの言葉も、それだけだった。
見切りをつけたように、あっという間にいなくなったサディシャ氏。
夕焼けで赤く染まった雑木林を歩きながら、ため息を吐く。
(いや、まぁ……、用済みなのはそうなのだろうけど)
 あそこまで露骨だとは思わなかった。
もしかすると最初からあまり期待はされていなかったのかもしれない。
(警戒、されていたのかもしれませんね)
 最初,会ったときから対応が変だったようですし。
ディエントさんも少し違和感を感じていた風に言っていました。
(……ディエントさん、か)
 死んだなんて、未だに実感が沸いてこない。
目の前で殺され、喰われたのに、死んだという感覚がない。
今朝方、歩きながら話していた。
塔を登りながら,その後ろ姿を見ていた。
楽しげに笑っている姿も、意を決したような眼差しも、鮮明に。
 今にも、後ろから追いかけてきそうな、そんな感覚がある。
 そう考えて、振り返る。
(………、さすがに、)
 遠くに見える墓標群が、寂しく夕焼けに沈んでいた。
あまり長く見ていると、そのまま引き止められそうな気がして,すぐに前に向き直る。
サラァテュの前にいた時間はとても短く、悪い夢を見ていたような気にもなる。
 アレは全て,夢だったと、思いたくなる。
(でも、夢じゃないんですよね……これが)
 サディシャ氏の言葉。
 サラァテュの振舞い。
 ディエントさんの記憶。
今日一日、いろいろな事がありすぎて、頭が追いついてこない。
一度寝て、頭の中をリセットしてから、ゆっくり考え直したい。
 でも、
(もうちょっと、もうちょっとだけ、もう少しで答えがあるのに…)
 整理してしまうと、失くしてしまいそうな感覚。
この、何かに引っかかっている感覚があるうちに、考えをまとめておきたい。
自分は、一体何に引っかかっているのか。無意識のうちに何に気がついているのか。
(テイム…‥,薬水…、サラァテュ、サディシャ)
 気になることを、順番に並べていく。
真相に近づいているのに、真相が一向に見えてこない。
核心に近いことが揃っているのに、肝心なものだけがポッカリ穴が開いている。
(…もどかしい)
 模範解答があるならば,今すぐ見てしまいたいような衝動。
何が足りないのか、何が答えなのか、考えても考えても分かる気配はない。
ここまでピースが揃っているのに,何故分からないのか。
(一生に一度、答えを知れる権利があるなら、今すぐ使うでしょう……)
 そんな都合の良いものはなく。
手元にあるのは、思考と、想像力と、勘と
(ーーーあれ?)
 記憶。
考え込んで、顰めっ面になっていたクァイリは、真顔に戻る。
(前に、聞いたことありますね…)
 一生に一度。
聞いたことがあるのか,言ったことがあるのか。
とりあえず、記憶のどこかに似たような”言葉”がある。
 それが一体何なのかは、同じように分からないけど。
(ただ…、最近ですよね)
 違いは、重い出せそうという希望があるくらい。
現実逃避ぎみに、そのことを思い出そうとし始めるクァイリ。
いつの間にか丘を下りきり、雑木林を抜けていた。
 夕日が落ち、光が消えたとき、じんわりと記憶が形をなした。
 
 ───人に一度しか会わないと言うことですか?
 
 それは、いつか、クァイリ自身が言った言葉。
一体,いつ誰に言ったのかは、すぐに思い出せた。
旅立ちの前、アンダス先生と、とある話をしていた時。

 ───何かを知り、そして何もできないと思ったとき、この人を訪ねなさい

 そう言われ、封筒を受け取った。
別れ際、アンダス先生が忘れるなと念を押した、あの封筒。
宛先のない、名前も知らない相手に対する、紹介状。
 手がかりは一つも……
(いえ……、確か聞いていました)
 再会する事を極端に嫌う女史、と。
たった、それだけしかない手がかりとも言えない情報。
聞いた時は反応ができるほど理解も想像もできなかった。
 ただ、今は、どこか心当たりがあった。
 理由も確信もないけれど、もしかすると、という予感めいた何かが。
(王定典範に背く薬水の処方を指示した…女史)
 薬水の扱いやテイムへの知識から、研究者かもしれないとは思っていた。
アンダス先生の口ぶりから、相当博識な研究者と思われる。
村の人々の尊敬の度合いから、何かしら大きな成果を各地に遺している。
一ヶ所の村に留まることはなく,再び同じ村を訪れることもなく、放浪している様子。
 特徴は、一致している。
(‥…あては他にはない)
 暗く、藍色に染まる空。
手持ちの路銀は、まだもう少しは持ちそうだった。
次の村で、アンダス先生へ手紙を出すことを決め、歩を早めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...