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田中神代

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33 洞の書庫

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 案内されたのは、村の外れにある小さな洞。
切り立った崖を削って作られた空間には、扉がつけられており、家のようだった。
「着きましたよ  さすがに草臥れましたか」
 そう言いながら振り返る女性は、息一つ切らさず、汗一筋流していなかった。
 時刻は夕暮れ。
半日歩き、子一時間立ち続け、また半日歩いた私は、もうヘトヘトだった。
女性は扉を開け、私を中に招き入れた。
「……、っ」
 その家の中は、とても涼しかった。
崖の中を全てくりぬいているかのような,とても広い空間。
びっしりと並ぶ本棚と入りきらず積まれている本の大佐に,圧倒される。
玄関とも言える扉を閉め、少し入った所にある机へ向かう女性。
 私もその後ろについていく。
「…これを」
 机に座った女性に、紹介状を渡す。
少しの間、手紙を受けとず、ジッと私の顔を見つめる。
目を逸らしそうになる直前に、すっと封筒に手が伸びる。
 ほっと、息を吐く。
「……ふぅん」
 その声に、ドキッとして顔をあげる。
女性の視線は、封筒の裏側、差出人の名前に注がれていた。
(アンダス先生…‥)
 女性の表情は、冷えきっていた。
どこか失望しているようにも見える顔は、落ち着いてみれば単なる無表情だった。
「──まったく、あの時、逃げた小僧が…」
 飽きれたようにため息を吐きながら、机の上へ手を伸ばす。
 ペーパーナイフを手に、封を切る。
ビリリという音に、止まっていた時間が流れ始めるのを感じる。
「………分かったわ」
 綴られている文を斜め読みし、早々にたたむ。
綺麗に折りたたまれ封筒に戻された紹介状は、机の上の小さな棚へ差し込まれる。
その後、何かを考え込むように目に手をやり、うつむく。
 しばらく、静寂の時間が流れる。
「───では、少年」
 唐突に、声をかけられる。
俯いている状態で、突然口を開かれたため、反応が一瞬遅れる。
慌てる私を、ぶれない瞳で見据えながら、ゆっくりと顔をあげる女性。
 今までフワフワと揺れていたその視線が、集中的に注がれる。
射抜かれるような迫力に、息が詰まりそうになる。
「何が知りたい?」
 それはあまりにも、率直な言葉だった。
私はカラカラに乾いた口を開き、用意していた答えを伝える。
「サラァテュと、サディシャの関係について」
 予想外であったであろう私の答えに、女性の反応はなかった。
私の心の奥底まで見透かすように、じっと顔を見つめ続ける。
 十分に間を置いた後、
「アンダスと一緒で,テイムについてではないのか?」
 試すような響きがあった。
アンダス先生が過去に会っていた事は、知っていた。
この数十年間の間、何かに取り付かれたようにテイムについての研究に没頭している事も
人づてに聞いていた。
(…一体,何を聞いたんですか?)
 逃げた小僧,とこの女性は言った。
 ただ、その諸々の驚きや疑問も薄れるくらい、目の前の問いには緊張があった。
女性は声を強めても、口調をきつくしたわけでもない。
先程までと同じように、ゆったりとした静かな口調のまま。
 それでも、一言一言に重みがあった。
「その事は、この2人の過去について知れば、分かると」
 口にしてから、失敗したと感じた。
サディシャ氏と関わってしまったときと,同じようなあの感覚。
嘘ではないけど、本当の事でもない、そんな暈した返答。
 女性は薄っぺらい返答や私の動揺を見透かしているように、ゆったりと観察していた。
(いや、サディシャ氏はテイムの研究者  サラァテュはその研究対象となっている
禁種のテイム  2人の関係や意味が分かれば、テイムについて知る手がかりにはなる)
 その手がかりを元に、研究をすれば良いだけの話。
 後付けではあるものの、あの質問は失敗ではない。
そう思うことで、落ち着きを取り戻し、自信を持って女性の視線に応えた。
 見返したと同時に、待っていたかの様に女性は口を開いた。
 その口元に、いつの間にか笑みが浮かんでいた。
「…サディシャについてはともかく、サラァテュについて知りたいなら、少し昔話を
しないといけないな」
 聞くだろう,と。
その挑戦的な視線に、私は迷わず頷いた。
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