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田中神代

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37 贈られた言葉

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「さて、と」
 仕切り直しのため、お茶を淹れるロニクル。
その仕草は人間そのもので、未だに信じられないクァイリは目が離せない。
「サディシャとサラァテュの話だったな」
 一瞬、首を傾げ、そして思い出す。
何が知りたいと問われ、サディシャとサラァテュの関係と答えたこと。
枕話での衝撃が大きすぎて、本来の目的を忘れていたクァイリは苦笑いをする。
「とは言うものの、サラァテュについては私も知らん」
 会ったこともないからな、と。
至極当たり前のことを言う。
何でも知っていそうな雰囲気に、意外と感じてしまうクァイリ。
「ただ、サディシャは知っている」
「………、え」
 少し遅れて、気がついた。
ようするに、ロニクルはサディシャと会ったことがあると。
アンダスと同じように、こうして話をしている、と。
「そうだな  ちょうど,君のように尋ねてきたな」
「じゃあ、先生は…」
 まさか、と。
そう感じて確認をとろうとする。
その表情があまりにも切羽詰まったようなものだったのか,ロニクルは少し慌てたように
首を降る。
「いや  別の人間からの紹介だよ」
「そうでしたか」
 ほっと、安心する。
どこかでアンダスを信じきれていなかったクァイリ。
サディシャに対する評価も曖昧になってしまっている現在、クァイリは混乱していた。
(…一体,何を信じれば、)
 心の中で呟くものの、目の前のロニクルの話には疑念を挟まずにいた。
「サディシャは、そうだな…」
 遠い記憶を呼び覚ます。
あまり変わらない日常の中。
永く蓄積されている記憶の中、
今のように、変化のある出来事。
「──優しく傲慢な人間、そのものだな」
 あの時抱いた感想を、そのまま口にする。
自分が受けた印象とは違い、少し違和感を覚えるクァイリ。
目的の記憶を見つけ出せたロニクルは、目を閉じて、語り始める。
「今のテイムと人の関係を解消し、苦しみや軋轢を全て取り除きたがっていた」

「その為の知識はなく、蓄えてから実行に移せるほど人は長く生きられないことを
あの青年は分かっていた」

 止めどなく、ロニクルの口から語られる過去。
大きな情報源からロニクルという媒介を通し語られているような、人間味のない動作。 
お茶に手を伸ばしながら、クァイリは落ち着いて耳を傾けていた。
「その時に、私はとある助言をした」

「今思えば、軽率な言葉だったのかもしれないが、今でも同じ事をするだろう」

「あらかじめ蓄えている者もいるわけなのだから、それを利用すれば良いのでは,と」

 助言。
それは単に、人を頼れ,というものだったのかもしれない。
何も一人で為そうとするな、という至極真っ当なものだろう。
「…まさか、それで禁種を?」
 クァイリの言葉に,目を閉じたまま頷く。
「ああ  古文書を読ましてくれと頼まれた所で分かってはいたけど…」
 それに、と。
ため息を吐くように、付け加える。
「ノップスも優しく,欲張りな奴だったからな」
 止めなかったんだ。
古き友人の事を話すように、寂しげに笑う。
クァイリには何故か、ノッスプと言うのがあの肉塊のテイムの事だとすぐに分かった。
ロニクルは目を閉じたまま、寂しげな笑いを浮かべる。
「ノップスは人の作りし物や人を取り込んで、、何故こんな事になってしまったかを
知ろうとし、人の感情を制御し切れないまで蓄えてしまった」
 取り込みすぎたんだ。
バカな奴だろう,と呟く。
自分を責めているようなその表情に、クァイリは何も言えずにいた。
 その沈黙を誤魔化すために、話を元に戻す。
「サディシャは、その制御をしようと?」
「ま、制御するためか,自我を取り戻させて対話するためかは知らんがね」
 これから先、どうしようとしてるかは、あまり興味はないようだった。
サディシャの研究の結果について、まったく関心がない様子のロニクル。
その上でノップスの行く末については、なるようになると割り切っていた。
「…サラァテュは、その巻き添えですか」
「大方,データを取る為に仮の血の契りでも結ばされたのだろう  その人間は」
 人間は,と。
ある程度、サディシャの研究について知っているロニクルが言う。
その何気ない言葉が、クァイリの疑問を一つ解決した。
(……あれは擬態ではなく、実際の人間)
 その事実に、有益な情報はない。
単に気になっていただけ,というものだった。
それでも、少し気が軽くなった気がした。
「しかし、禁種は薬水は効かないのでは?」
 気になっていた事ではある。
禁種というのは、人とは相容れない存在だからこそ、関わること自体が禁止されている。
その最大の理由として、薬水の効果がないことがあった。
 問いにロニクルは事なさげに答える。
「効くよ」
 何を当たり前のことを、と。
少し拍子抜けしていたように答えた。
「薬物耐性が少しあるだけだ  薬水は禁種にも効く」
「…それだけ多く投与したということですか」
 薬漬け、という単語が脳裏によぎる。
そんな力技に、笑いを漏らすロニクル。
静かに目を開けて、訂正する。
「あいつも研究者だ  血などではなく、肉親や本人の血肉を使って結びつきを強く
したんだろう」
 その言葉に思い出す光景があった。
不自然につながっていた、肉塊と少女。
背中に常につながっている、あの光景。
現在進行形で蝕まれているようにも見える。
 少しの間、考え込む。
そして、逸れた話を元に戻す。
「そのサディシャが対処に乗り出したという事は,制御できるようになったのでしょう」
 自分の考察を口にする、
ロニクルはその断定的な言葉に、意外そうな表情になる。
「事が大きくなりすぎて、隠蔽しようとしているとも考えられないか?」
 冗談めいた口調。
本気でそう思っている訳ではないのだろう。
単に別の可能性を提示するために挙げた一例を、クァイリは首を横に振って否定する。
「いえ、別れる前に,勝算があるような言い方していました」
「ほう」
 興味深そうに軽く身を乗り出す。
話を膨らませたいクァイリは、その勝算を聞いておけばよかったと軽く後悔する。
「取り込んだ人間の記憶と共に、感情も濃く反映されるみたいです」
 先程のロニクルの話が脳裏によぎる。
期待していた分だけ、失望の度合いが目に見えていた。
「…まぁ、あのサディシャからすると、感情というものの大きさを理解しただけ
大きな進歩なのだろうな」
 フォローのように呟く。
しかし、口に出したあと、何かを思いついたのか、考え始める。
クァイリはロニクルの言葉を待つ。
 少しすると、ああ、と思いついた様子で顔を上げた。
「おそらく、感情が色濃く出ている状態で意識を拡散してやれば、制御できるだろうと
ふんでいるだろうな」
 あまり腑に落ちてはいないようだった。
出来なくはないだろうな,と不安な表情を見せていたが、咳払いを一つして仕切り直す。
 佇まいを軽くなおし、クァイリを正面から見据える。
「で,どうする  少年」
 最後まで、名前を読んでもらえなかったクァイリ。
ただ、それはそれで良かったのだろう,と考える。
何が良かったのかは、本人もよく分かっていないが。
「このまま放っておいても人とテイムはあるべき姿に戻れるだろう
むしろ,何もしない方が上手くいくだろうな」
 何年もの間、下調べをし、準備をしてきたサディシャ。
邪魔をしない方が良いと,暗に忠告をしていた。
 ただ、その上で問いを投げかける。
「──分かっています」
 何となく,ではあったが。
ディエントが死んだ後、サディシャに誘われた時には、すでに感じてはいた。
この人が、成し遂げてしまうのだろう,と。
自分の遥か先を行き、今まさに目的を達せようとしていると、気がついていた。
 それでも、クァイリは半年間もかけて,ロニクルの元へ向かった。
「それでもこれは,自分で試してみたいのです」
 答えは、もう決まっていた。
テイムと人の関係のことを考えれば、何もしないのが最善である。
その上で動くのは、単なる自己満足でしかない。
 それを自覚した上で、クァイリは立ち上がる。
「…そうだな  やはり人間は、そう言う表情が良く似合う」
 クァイリの顔を見て、ロニクルが呟く。
迷いはなく、まっすぐな顔で、先を見据えている表情。
「ロニクルさん」
 手荷物を背負う。
旅支度を整えながら,クァイリは最後に話す。
「ノップスさんの事は、少し任せてください」
「任せるも何も、別に保護者じゃない」
 お好きにどうぞ,と。
ロニクルはソファに座ったまま、応える。
「あと、」
 扉へ向かいながら、付け加える。
ロニクルは後ろ姿を見ることはせず,カップへ手を伸ばす。
「変なルールはもう止めて、自分から中心になってみませんか?」
 ピクッ,とカップを掴む手が止まる。
訝しげに視線を向けると,ちょうど振り向いたクァイリと目が合う。
「終わった後、アンダス先生に会ってみてください」
 にこりと、笑う。
何も返さず、ロニクルは見ていた。
一礼をして、クァイリは出て行く。
 バタンと,扉がしまる音が響く。
(…………)
 黙って,考える。
中途半端に伸ばしていた手を引っ込めて、膝の上へ置く。
冷めきっているお茶へ視線を注ぎ、クァイリの言葉を反芻する。
「……はっ」
 軽く,笑い飛ばした。
何を笑い飛ばしたのか。
苦虫を潰したような顔で、扉へ目を向ける。
「まったく、…」
 困ったように呟く。
「死にゆく者は、恐ろしいものだな」
 永く生きているロニクルが、しみじみと呟いた。
様々な経験をしてきた彼女が、経験したことのない数少ない状況の一つ。
その未知なる状況下のクァイリは、ロニクルの心を見透かし、助言を与えた。
(これだから…、面白い)
 興奮している笑み。
冷めたカップを前に、出て行ったクァイリを思い浮かべながら。
高く広がる暗い天井を見上げながら、満足そうにその余韻に浸っていた。
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