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38 いつか登った階段を
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「……間が悪い」
呟いてみて,何か違う気がする。
石造りの階段、石造りの壁、何もない塔のだだっぴろい空間。
雪が降っていないことが不思議なくらい、寒いこの日。
曇り空で日が射さないことで、さらに寒く感じる。
風がないだけマシではあるものの、寒いことには変わりない。
ようは、この時期にこの場所は辛い,と言うことだけど
「タイミングが,悪かった、かな」
時期が悪いと言えば、素直か。
体を動かせば多少,暖かくなるかと思えば、そうでもなく。
背中の大量の荷物に、体力を永遠と奪われていくイメージしかない。
がちゃ、と軽く揺らしてみれば、瓶の中の液体が揺れる感覚が伝わってくる。
「あ、これ、…倒れますね」
下手な事はせず、上ることに専念しましょう。
(それにしても、変な人間ですよね)
しみじみに思ってしまう。
生まれて二十年も経っていないけど、変な人間というのは嫌というほど自覚した。
(その際足るものが、この独り言ですか)
つい、この春。
ディエントさんと上った時は、会話なんてなかった。
じっと考え込んでいて、一言もかわさず上りきった。
今度は,冬。
一人で大荷物を抱えて上っているのに、独り言を呟いている。
一体,誰に対して喋っているのか。
「別に人見知りじゃないはずなんだけどなぁ」
人と話すことが少し苦手なだけで。
もしも私にテイムがいれば、まだ”話す相手”はいる独り言になったのだろうけど。
まぁ、そもそもテイムがいる私なんて、まったくの別人なのでしょうけど。
「……あー、きつい」
ついに呟くことがなくなって、単なる愚痴になる。
呟く内容がなければ黙っていれば良いとは、客観的には思う。
ただ、何か喋っていないと,やってられない辛さがあった。
「確かに、非力だなぁ」
初めて会ったとき、確か言われたような気がする。
薬水を運ぶには、非力では,とアンダス先生に聞いていた、あの人。
「ええ、そーですね」
別にあの時,否定したわけでもないのですが。
大荷物とはいうものの、一ヶ月分くらいの薬水を二種類。
「……普通に,二ヶ月分ですよねぇ」
一ヶ月分くらいを二種類,って。
疲れが過ぎて、思考がままならなくなってきてますね。
(この後のことを考えると……、もう一人くらい、ほしいですね)
誰,とまでは考えてはいないのですが。
「サディシャ氏は嫌ですね…」
真っ先に思いつくのが、否定という。
いや、まぁ、嫌だから、一人でやることにしたのですが。
「アンダス先生は……、」
申し訳ない。
先生に荷物持ちや雑用やら、任せる訳にはいきませんし。
体を張ることだけは、私自身でやるべきですし。
「他には……」
候補は、二人だけ…?
さすがにこれは、ボッチにもほどがある。
もう少し、友達やら何やらが……、
「ああ、そういえば、」
リーブとセレンスがいた。
ただ、あの二人にこの手の話は合わないだろうな。
「そもそも、巻き込みたくないですし……」
正確には,面倒くさい。
セレンスは理屈ではなく感情で動く人間ですし。
リーブは人の都合よりも自分の正義を貫く頑固者ですし。
「一番、良かったのは……やっぱりディエントさんですか」
一度,一緒に上ったからか。
それが最善の選択だったように思えてしまう。
「家族や街の仇とは言え、事情を説明すれば,あるいは…」
そう考えるのは,希望的観測が過ぎますか。
少しは仲良く話せる程度にはなったとはいえ,あの人の根底にはサディシャ氏への
狂信がありましたし。
「…ただ,少しは妥協してもらえたのかもしれない」
往生際の悪いことで。
もう終わってしまって,どうにもならないことをいつまでも考えて。
同じ”もし”ならば、もう少し可能性のあることを。
「サディシャ氏を説得、か…」
ロニクルさんの話によれば、目的は私と同じみたいですし。
少し方法を変えてもらうくらいの説得は,出来ないものだろうか。
「もう少し早ければ……、良かったのでしょうけど」
勝算が見える前。
ディエントさんが死ぬ前。
あの時,あの村で出会ったとき。
それ以前にロニクルさんと会って話していれば。
今のこの仮定に至っていれば、説得できていたかもしれない。
…あれ、これにしても、終わってしまっていることになる。
「結局、現状が考えられる最善の状況ですか…」
だからこそ、一人で上っている訳なのですが。
分かってはいたものの、もう少し色々な人と会って話しておくべきでしたか。
余計なしがらみがなくて、決断がしやすいという点では、身軽で良いのですが。
「そーなると、…先の事を考えることぐらいしか」
過ぎた事は、しょうがありません。
現状も,考えられる最善の手を打っているつもりです。
ならば、何も決まっていない次の事を考えるべきです。
「リーブとセレンスは、……大丈夫でしょうか」
今,心配しても何も変わらないのですが。
終わったことを考えるより、まだ心残りが減るというものですかね。
とはいえ、心配するまでもないのですが。
「上手くいけば、の話にはなるのですが,ね」
その前提があってこその心配。
まぁ、そのくらいの希望的予測は、許されるでしょう。
考えるだけなら,タダですし。
「2人とも、テイムを大事にしてますし、険悪には、ならないでしょう」
険悪にさえならなければ、いくらでも関係は築きなおせる。
最初は、どうなっているか分からず混乱するかもしれない。
リーブはノリと勢いで、我が道を突っ走っていきそうですし。
セレンスは冷静に石橋を叩きながら落ち着いていそうですし。
何の問題はないでしょう。
「あ……、しまった」
このタイミングで思い出してしまうとは。
階段もそろそろ上り終えそうなほど上りましたし。
せっかく用意したものも、そんなに長く持ちませんし。
今から引き返す事は出来ないのは、分かってはいるのですが。
「アンダス先生への手紙、出し忘れました……」
懐に意識を向けると、かさかさと紙の感触。
せっかく準備している合間を縫って書いたのに,少しもったいないような気がする。
正直、書く時間を確保できないくらいなのに,出す時間があると思っていた事に驚いてしまう。
「……いや、単に忘れていただけですけどね」
用事が無事終われば、出しましょうか。
正直、無事で住まなかった時のための手紙ですので,、意味はない気もしますが。
「まぁ、無事ですむように頑張れば良いのですが」
とぷん、と。
背中のリュックの中の液体が揺れるのを感じる。
足を止め、目の前の扉を見上げる。
「さぁ、始めますか」
後ろは振り返らない。
振り返れば、落ちてしまうから。
用意したものの重みは、いつの間にか消えていた。
息はもう整っていて、立ち止まる必要はなかった。
扉に手をかけ、ゆっくりと体重をかける。
呟いてみて,何か違う気がする。
石造りの階段、石造りの壁、何もない塔のだだっぴろい空間。
雪が降っていないことが不思議なくらい、寒いこの日。
曇り空で日が射さないことで、さらに寒く感じる。
風がないだけマシではあるものの、寒いことには変わりない。
ようは、この時期にこの場所は辛い,と言うことだけど
「タイミングが,悪かった、かな」
時期が悪いと言えば、素直か。
体を動かせば多少,暖かくなるかと思えば、そうでもなく。
背中の大量の荷物に、体力を永遠と奪われていくイメージしかない。
がちゃ、と軽く揺らしてみれば、瓶の中の液体が揺れる感覚が伝わってくる。
「あ、これ、…倒れますね」
下手な事はせず、上ることに専念しましょう。
(それにしても、変な人間ですよね)
しみじみに思ってしまう。
生まれて二十年も経っていないけど、変な人間というのは嫌というほど自覚した。
(その際足るものが、この独り言ですか)
つい、この春。
ディエントさんと上った時は、会話なんてなかった。
じっと考え込んでいて、一言もかわさず上りきった。
今度は,冬。
一人で大荷物を抱えて上っているのに、独り言を呟いている。
一体,誰に対して喋っているのか。
「別に人見知りじゃないはずなんだけどなぁ」
人と話すことが少し苦手なだけで。
もしも私にテイムがいれば、まだ”話す相手”はいる独り言になったのだろうけど。
まぁ、そもそもテイムがいる私なんて、まったくの別人なのでしょうけど。
「……あー、きつい」
ついに呟くことがなくなって、単なる愚痴になる。
呟く内容がなければ黙っていれば良いとは、客観的には思う。
ただ、何か喋っていないと,やってられない辛さがあった。
「確かに、非力だなぁ」
初めて会ったとき、確か言われたような気がする。
薬水を運ぶには、非力では,とアンダス先生に聞いていた、あの人。
「ええ、そーですね」
別にあの時,否定したわけでもないのですが。
大荷物とはいうものの、一ヶ月分くらいの薬水を二種類。
「……普通に,二ヶ月分ですよねぇ」
一ヶ月分くらいを二種類,って。
疲れが過ぎて、思考がままならなくなってきてますね。
(この後のことを考えると……、もう一人くらい、ほしいですね)
誰,とまでは考えてはいないのですが。
「サディシャ氏は嫌ですね…」
真っ先に思いつくのが、否定という。
いや、まぁ、嫌だから、一人でやることにしたのですが。
「アンダス先生は……、」
申し訳ない。
先生に荷物持ちや雑用やら、任せる訳にはいきませんし。
体を張ることだけは、私自身でやるべきですし。
「他には……」
候補は、二人だけ…?
さすがにこれは、ボッチにもほどがある。
もう少し、友達やら何やらが……、
「ああ、そういえば、」
リーブとセレンスがいた。
ただ、あの二人にこの手の話は合わないだろうな。
「そもそも、巻き込みたくないですし……」
正確には,面倒くさい。
セレンスは理屈ではなく感情で動く人間ですし。
リーブは人の都合よりも自分の正義を貫く頑固者ですし。
「一番、良かったのは……やっぱりディエントさんですか」
一度,一緒に上ったからか。
それが最善の選択だったように思えてしまう。
「家族や街の仇とは言え、事情を説明すれば,あるいは…」
そう考えるのは,希望的観測が過ぎますか。
少しは仲良く話せる程度にはなったとはいえ,あの人の根底にはサディシャ氏への
狂信がありましたし。
「…ただ,少しは妥協してもらえたのかもしれない」
往生際の悪いことで。
もう終わってしまって,どうにもならないことをいつまでも考えて。
同じ”もし”ならば、もう少し可能性のあることを。
「サディシャ氏を説得、か…」
ロニクルさんの話によれば、目的は私と同じみたいですし。
少し方法を変えてもらうくらいの説得は,出来ないものだろうか。
「もう少し早ければ……、良かったのでしょうけど」
勝算が見える前。
ディエントさんが死ぬ前。
あの時,あの村で出会ったとき。
それ以前にロニクルさんと会って話していれば。
今のこの仮定に至っていれば、説得できていたかもしれない。
…あれ、これにしても、終わってしまっていることになる。
「結局、現状が考えられる最善の状況ですか…」
だからこそ、一人で上っている訳なのですが。
分かってはいたものの、もう少し色々な人と会って話しておくべきでしたか。
余計なしがらみがなくて、決断がしやすいという点では、身軽で良いのですが。
「そーなると、…先の事を考えることぐらいしか」
過ぎた事は、しょうがありません。
現状も,考えられる最善の手を打っているつもりです。
ならば、何も決まっていない次の事を考えるべきです。
「リーブとセレンスは、……大丈夫でしょうか」
今,心配しても何も変わらないのですが。
終わったことを考えるより、まだ心残りが減るというものですかね。
とはいえ、心配するまでもないのですが。
「上手くいけば、の話にはなるのですが,ね」
その前提があってこその心配。
まぁ、そのくらいの希望的予測は、許されるでしょう。
考えるだけなら,タダですし。
「2人とも、テイムを大事にしてますし、険悪には、ならないでしょう」
険悪にさえならなければ、いくらでも関係は築きなおせる。
最初は、どうなっているか分からず混乱するかもしれない。
リーブはノリと勢いで、我が道を突っ走っていきそうですし。
セレンスは冷静に石橋を叩きながら落ち着いていそうですし。
何の問題はないでしょう。
「あ……、しまった」
このタイミングで思い出してしまうとは。
階段もそろそろ上り終えそうなほど上りましたし。
せっかく用意したものも、そんなに長く持ちませんし。
今から引き返す事は出来ないのは、分かってはいるのですが。
「アンダス先生への手紙、出し忘れました……」
懐に意識を向けると、かさかさと紙の感触。
せっかく準備している合間を縫って書いたのに,少しもったいないような気がする。
正直、書く時間を確保できないくらいなのに,出す時間があると思っていた事に驚いてしまう。
「……いや、単に忘れていただけですけどね」
用事が無事終われば、出しましょうか。
正直、無事で住まなかった時のための手紙ですので,、意味はない気もしますが。
「まぁ、無事ですむように頑張れば良いのですが」
とぷん、と。
背中のリュックの中の液体が揺れるのを感じる。
足を止め、目の前の扉を見上げる。
「さぁ、始めますか」
後ろは振り返らない。
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