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39 会話を始めるために
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「何しに,来た」
不機嫌そうな、表情。
あの時と変わらず、石造りの椅子に座っているサラァテュ。
体勢まであの時のままで、ずっと座っているように見えてくる。
「少し、試したいことがありまして」
愛想笑いを浮かべながら,リュックを下ろす。
サラァテュは明らさまに警戒する。
天井に見える肉塊も、ぴくりと震える。
即座に不穏な空気に切り替わった事に、苦笑いが浮かぶ。
「害意がないことは分かるでしょう?」
リュックから、マッチを取り出す。
火を付け、香炉に灯す。
甘ったるい香りとともに、薄紫色の煙が漂い始める。
「……それは?」
警戒している様子で、窺ってくる。
ただ、どこかその声色には、好奇心のようなものも混じっているような気がした。
(…さすがに、それは願望が混じっていますか)
その苦笑いが、どう受け取られたのか。
サラァテュの表情が、困惑したようなものになる。
十代後半相応の表情に、思わず驚きが顔に出そうになる。
「単に,気持ちを落ち着ける,鎮静剤みたいなものですよ」
大きく,吸い込んで見せる。
甘ったるい香りに、少しクラクラとめまいを起こす。
それでも、少し高まりつつあった感情は、すっと落ち着いていくのを感じた。
「ーー人体に害がないのは、見ての通りです」
腕を横に伸ばし、体全体を見せる。
別に見せる必要もないのだけど、無抵抗についても見せておきたいし。
「………」
表情は、納得していない様子。
ただ何も言わないので、問題はないのだろう。
ゆっくりと腕を下げて、作業に戻る。
煙は、サラァテュの辺りまで漂っていた。
「よっ…と」
リュックから慎重に取り出す。
厚いガラスの瓶とはいえ,割ると大変ですし。
透明な青い液体が、中で揺れる。
「それは?」
質問に、躊躇いは感じられなかった。
ちらりと表情を盗み見る。
石造りの椅子に座ったその顔は、最初と変わらず,どこか不機嫌そうな無表情。
ただ強張っていた手からは、いつの間にか力が抜けていた。
「解毒剤,ですかね」
「嘘だな」
間髪入れず。
驚いて顔を上げると、険しい表情とぶつかる。
結ばれた手は、固く結ばれていた。
天井の肉塊が、不穏に震える。
(……まだ、大丈夫)
まだ、焦らなくても大丈夫。
出来る事なら、余裕ぶったまま、このまま最後までいきたい。
恐怖で震えそうになっている手を、リュックの中にいれ,誤魔化す。
「あの薬の匂いがするぞ」
誤魔化そうとしたのが見透かされたのか、サラァテュが続ける。
脅すような声色ではあるものの、忠告めいた響きも感じられた。
「…鼻、良いんですね」
突き刺さる視線に耐えつつ、リュックから物を取り出す。
出来るだけ相手を刺激しないように、慎重に作業を続ける。
「多分、これの臭いじゃないでしょうか?」
小さな小びんを取り出す。
赤黒い液体が、どろりと揺れる。
緋色の薬水を、煮詰めたような色。
(まぁ、実際、そうなんですけど)
解毒剤の隣に置く。
かつ、と石の乾いた音が響いた。
「まるで薬が効かない者を、無理やり服従させるような色だな」
皮肉めいた言葉に、顔を上げる。
冷めた表情でこちらを見下ろすサラァテュと目がある。
(考えてみれば、そういう使い方も出来ますね…)
ロニクルさん曰く、効きにくいだけらしいですし。
確かにここまでの高濃度であれば、効くかもしれません。
ただ、
「普通に効く者には,即効性があるでしょうね」
狙いは、こちら。
悠長に待っている時間は,多分もうない。
表情を盗み見ると、困惑したような表情。
先ほどまでの殺意がこもった視線は、消えていた。
内心ホッとしながら、コップを取り出す。
瓶から青色の液体を注いで,自分の前に置く。
「貴方は,敵意や害意を感じ取れるのでしょう?」
挑戦的に言う。
下手な事を言うと、何もできずに死んでしまうかもしれない。
それでもこれからすることを考えると、少しくらいは言っても良いだろう。
「ならば、嘘や演技も見抜けるはずですよね?」
視線は上へ。
サラァテュではなく、天井へ。
ずっと会話を聞いていたであろう、肉塊へ。
「………」
返事は,当然ない。
サラァテュも、何も言わない。
何も言われなくても、分かるはずだ。
「……っ」
小瓶のふたを開ける。
手が震えて、ふたを取り落とす。
(……しょうが、ないですよね)
格好悪いのは、この際,どうでも良い。
粘っこい香りに躊躇うが、一気にあおる。
吐き気と共に、激しい頭痛が現れる。
「っぅ……ふっ」
息も,出来ない。
吸えず、吐けず、目が眩む。
いつの間にか,冷たい石床の感触が胸に感じる。
込み上げてくる熱さを冷まそうと石床の上を転がるが、硬い痛みが走るだけだった。
(……なる、ほどね)
ふと、思い出すことがあった。
実際に見たことは数回しかないけど、血の契りを結んでいる光景。
指を切り泣く子供はともかく、薬水を飲まされたテイムの赤ん坊。
呼吸は不規則になり、何日も高熱と衰弱で死と隣り合わせの状況。
(これは、"殺す草”ですよね…)
一瞬、村長の言葉が蘇る。
生きた心地がしない気分の中、顔を上げる。
点滅する視界の中,サラァテュの様子は見えない。
近くにあるはずのコップに手を伸ばす。
零さないように、気をつけながら、コップに触れた感触を信じる。
震える手を引っ込めていくと、手にちゃんと握られていた。
思いのほか、ホッとしつつ、口へ運ぶ。
「………っ、はぁっ…、はぁっ」
冷たい液体に、体が強張る。
焼け付いた喉に、痛いくらい冷たい液体が流れ込む。
咽せないように気をつけながら、ゆっくりと嚥下する。
指先まで冷たさが広がるのを感じながら、すべて飲み干す。
「げぁ、…はぁ」
反動で寒気が体を襲う。
関節に痛みが走るが、先ほどの苦しみに比べれば問題はない。
(どちらかというと、…さっきの余韻の方が辛いんですよねぇ)
吐き気はまだ治まらない。
眩暈は良くなっているようには思えない。
呼吸は多少できるようになってきている。
飲み干したコップを横に転がし、体を起こす。
フラつきながらも、腰を下ろし、再びサラァテュの前に座った。
「お話を,聞いていただけますよね?」
さぁ、
ここからが正念場だ。
不機嫌そうな、表情。
あの時と変わらず、石造りの椅子に座っているサラァテュ。
体勢まであの時のままで、ずっと座っているように見えてくる。
「少し、試したいことがありまして」
愛想笑いを浮かべながら,リュックを下ろす。
サラァテュは明らさまに警戒する。
天井に見える肉塊も、ぴくりと震える。
即座に不穏な空気に切り替わった事に、苦笑いが浮かぶ。
「害意がないことは分かるでしょう?」
リュックから、マッチを取り出す。
火を付け、香炉に灯す。
甘ったるい香りとともに、薄紫色の煙が漂い始める。
「……それは?」
警戒している様子で、窺ってくる。
ただ、どこかその声色には、好奇心のようなものも混じっているような気がした。
(…さすがに、それは願望が混じっていますか)
その苦笑いが、どう受け取られたのか。
サラァテュの表情が、困惑したようなものになる。
十代後半相応の表情に、思わず驚きが顔に出そうになる。
「単に,気持ちを落ち着ける,鎮静剤みたいなものですよ」
大きく,吸い込んで見せる。
甘ったるい香りに、少しクラクラとめまいを起こす。
それでも、少し高まりつつあった感情は、すっと落ち着いていくのを感じた。
「ーー人体に害がないのは、見ての通りです」
腕を横に伸ばし、体全体を見せる。
別に見せる必要もないのだけど、無抵抗についても見せておきたいし。
「………」
表情は、納得していない様子。
ただ何も言わないので、問題はないのだろう。
ゆっくりと腕を下げて、作業に戻る。
煙は、サラァテュの辺りまで漂っていた。
「よっ…と」
リュックから慎重に取り出す。
厚いガラスの瓶とはいえ,割ると大変ですし。
透明な青い液体が、中で揺れる。
「それは?」
質問に、躊躇いは感じられなかった。
ちらりと表情を盗み見る。
石造りの椅子に座ったその顔は、最初と変わらず,どこか不機嫌そうな無表情。
ただ強張っていた手からは、いつの間にか力が抜けていた。
「解毒剤,ですかね」
「嘘だな」
間髪入れず。
驚いて顔を上げると、険しい表情とぶつかる。
結ばれた手は、固く結ばれていた。
天井の肉塊が、不穏に震える。
(……まだ、大丈夫)
まだ、焦らなくても大丈夫。
出来る事なら、余裕ぶったまま、このまま最後までいきたい。
恐怖で震えそうになっている手を、リュックの中にいれ,誤魔化す。
「あの薬の匂いがするぞ」
誤魔化そうとしたのが見透かされたのか、サラァテュが続ける。
脅すような声色ではあるものの、忠告めいた響きも感じられた。
「…鼻、良いんですね」
突き刺さる視線に耐えつつ、リュックから物を取り出す。
出来るだけ相手を刺激しないように、慎重に作業を続ける。
「多分、これの臭いじゃないでしょうか?」
小さな小びんを取り出す。
赤黒い液体が、どろりと揺れる。
緋色の薬水を、煮詰めたような色。
(まぁ、実際、そうなんですけど)
解毒剤の隣に置く。
かつ、と石の乾いた音が響いた。
「まるで薬が効かない者を、無理やり服従させるような色だな」
皮肉めいた言葉に、顔を上げる。
冷めた表情でこちらを見下ろすサラァテュと目がある。
(考えてみれば、そういう使い方も出来ますね…)
ロニクルさん曰く、効きにくいだけらしいですし。
確かにここまでの高濃度であれば、効くかもしれません。
ただ、
「普通に効く者には,即効性があるでしょうね」
狙いは、こちら。
悠長に待っている時間は,多分もうない。
表情を盗み見ると、困惑したような表情。
先ほどまでの殺意がこもった視線は、消えていた。
内心ホッとしながら、コップを取り出す。
瓶から青色の液体を注いで,自分の前に置く。
「貴方は,敵意や害意を感じ取れるのでしょう?」
挑戦的に言う。
下手な事を言うと、何もできずに死んでしまうかもしれない。
それでもこれからすることを考えると、少しくらいは言っても良いだろう。
「ならば、嘘や演技も見抜けるはずですよね?」
視線は上へ。
サラァテュではなく、天井へ。
ずっと会話を聞いていたであろう、肉塊へ。
「………」
返事は,当然ない。
サラァテュも、何も言わない。
何も言われなくても、分かるはずだ。
「……っ」
小瓶のふたを開ける。
手が震えて、ふたを取り落とす。
(……しょうが、ないですよね)
格好悪いのは、この際,どうでも良い。
粘っこい香りに躊躇うが、一気にあおる。
吐き気と共に、激しい頭痛が現れる。
「っぅ……ふっ」
息も,出来ない。
吸えず、吐けず、目が眩む。
いつの間にか,冷たい石床の感触が胸に感じる。
込み上げてくる熱さを冷まそうと石床の上を転がるが、硬い痛みが走るだけだった。
(……なる、ほどね)
ふと、思い出すことがあった。
実際に見たことは数回しかないけど、血の契りを結んでいる光景。
指を切り泣く子供はともかく、薬水を飲まされたテイムの赤ん坊。
呼吸は不規則になり、何日も高熱と衰弱で死と隣り合わせの状況。
(これは、"殺す草”ですよね…)
一瞬、村長の言葉が蘇る。
生きた心地がしない気分の中、顔を上げる。
点滅する視界の中,サラァテュの様子は見えない。
近くにあるはずのコップに手を伸ばす。
零さないように、気をつけながら、コップに触れた感触を信じる。
震える手を引っ込めていくと、手にちゃんと握られていた。
思いのほか、ホッとしつつ、口へ運ぶ。
「………っ、はぁっ…、はぁっ」
冷たい液体に、体が強張る。
焼け付いた喉に、痛いくらい冷たい液体が流れ込む。
咽せないように気をつけながら、ゆっくりと嚥下する。
指先まで冷たさが広がるのを感じながら、すべて飲み干す。
「げぁ、…はぁ」
反動で寒気が体を襲う。
関節に痛みが走るが、先ほどの苦しみに比べれば問題はない。
(どちらかというと、…さっきの余韻の方が辛いんですよねぇ)
吐き気はまだ治まらない。
眩暈は良くなっているようには思えない。
呼吸は多少できるようになってきている。
飲み干したコップを横に転がし、体を起こす。
フラつきながらも、腰を下ろし、再びサラァテュの前に座った。
「お話を,聞いていただけますよね?」
さぁ、
ここからが正念場だ。
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