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田中神代

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40 タイムリミット

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 ヒュー,ヒューと風が鳴るような音。
息も絶え絶えな様子のクァイリに、呆然としていた。
「……これで、解毒剤と分かって、くれたでしょう」
 朦朧としながらも、自身に満ちた笑みを浮かべていた。
じっとその笑みに見入られるサラァテュ。
 しばらく、沈黙が続いた。
「…それは、」
 静かに、サラァテュが口を開いた。
抑揚のない声で、クァイリを見つめながら語りかける。
「人間には解毒効果があるのは分かった  ただテイムに、それも私に効くとは、」
 そこまでで、限界だった。
体が倒れないように必死にバランスを取っていたクァイリ。
激情に駆られるようにして、叫んだ。
「君はどう思っているのですかっ  サラァテュ」
 びくっ、と体が震える。
一瞬、感情が戻った瞳には、床に崩れ落ちるクァイリの姿が映る。
冷たい石造りの床に叩きつけられ,息が詰まりそうになる。
 それでも尚、思いを叫びつづける。
「それにノップスさんっ  あなたも強情張るのを,止めてくださいっ  時間がないんです」
 キィン、と反響する。
荒い息を整えようとするクァイリ。
相手がどういう反応をしているかは、見えない。
耳鳴りが収まらず,激しい動悸で頭痛も引かず、感じることも出来ない。
 伝わっているか不安になりつつも、落ち着くことに専念する。
「……時間,?」
 ややあって、戸惑いに満ちた言葉が返っaaてくる。
思いのほか良い反応に、思わず口元に笑みが浮かぶ。
まだ軋む体を無理やり起こし、よく見えない視界の中、体を引きづる。
歩くこともままならない中,青い液体がたくさん残っている瓶を、片手にもつ。
 ごりごり、と瓶を引きづる音が、クァイリと共に動く。
「私はサディシャと、関係はない」
 脈絡もなく、言う。
論理立てて話すほど、クァイリの頭は冷めていなかった。
ただ、伝えなければ,という感情のもと、言葉を口にしていく。
「本当に効果があるのかは,分からない」
 実際,解毒できているのか。
一時的に症状を抑えているだけなのか。
同じように薬物依存を起こすだけなのかもしれない。
「それでも、」
 一歩,前へ進む。
いつの間にか、ディエントが立ち止まっていた辺りを通り過ぎていた。
見えなくても、真上には肉塊がびっしり待ち構えているのだろう。
 ふとその事に気がついても、クァイリにとっては粗末なことだった。
「それでも、あるかもしれないと信じてはくれませんか?」
 折角ならば,状況を変えてみませんか。
 停滞ではなく変化が、未来を作ります。
 騙されたと思って、一度、飲んではくれませんか。
サラァテュと話す前に、いくつも説得する文句を考えていた。
感情的ではなく、現実的に思えるような理屈を並べ立ててはいた。
濃縮薬水を飲んで苦しんでいるときも、その事は頭に残っていた。
解毒液で息がしやすくなったときも、今,正面に立っているときも。

 それでも、クァイリは、言う気になれなかった。
 言う流れがなかったのではなく、自分の中の何かが、首をひねっていた。
本当にそれで、相手に伝わるのだろうか、と。
用意していたのに、結局は行き当たりばったりの勢いだけで、ここまで来たクァイリ。
 段取りも予定も全て無意味になったのにも関わらず、どこかすっきりしていた。
 これで良かったのだと。
「………」
 じゅるり、と。
水っぽい音が聞こえた。
上を向きたいけど、立っているのがやっとで、首が上がらない。
 しばらくすると、目の前に肉塊が下りてきた。
 ぐじゅり、と床に着く。
静かに目の前に出来上がった、肉の柱。
何かを待つかのように、静かに聳えていた。
「‥…これを」
 腰を落とし、瓶を開ける。
まだたくさん残っている青い液体が、揺れる。
ごと、と重い音と共に,床に置く。
じゅるり、と瑞々しい肉塊が、床を這うように瓶へ寄る。

 ガタンッ
 
 唐突に扉が開く音。
ビクッと体が跳ねる。
肉塊もピクリと動きを止める。
後ろで誰かたちが息を飲む気配を感じる。
「…続けてください」
 そっと、小声で伝える。
静かに震えていた肉塊が、再びゆっくりと動き始める。
その様子を満足そうに見た後、震える手を握り締める。
緊張で震えが止まらない体を、後ろに向ける。
(ああ………、分かっていましたとも)
 ええ、分かっていましたとも。
そう自分に言い聞かせないと、目を背けてしまいそうな現実が,そこにはあった。
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