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46 来るはずのない来訪者
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全寮制学園の片隅。
かび臭い小さな研究室は、減った研究学生を埋めるかのように、本と紙で溢れていた。
小さく扉が叩かれ、ベッドで眠ることなく紙に文字を綴るその手が止まる。
「どうぞ」
アンダスの言葉に、扉が開く。
軽い朝の挨拶を交わしたのち、事務の女性は用件を伝える。
「アンダス教授にお客様です」
「私に?」
カレンダーに目をやるが、予定は書きこまれていない。
少し困惑しているアンダスに、女性は続ける。
「若い女性の方です」
「そう、ですか…」
身に覚えのない来客に、ますます戸惑う。
他にも用事がある女性は最後に伝言を伝える。
「本当に不本意だが、と繰り返していました」
「…はぁ」
じゃあなぜ訪ねてきたのだろう、と喉まで出かかる。
通してください、と一言伝え、アンダスは筆を執った。
再び扉が叩かれたとき、アンダスは筆を止めなかった。
軽く返事をし、誰かが部屋に入って来た時も、目も向けなかった。
バタン、と扉が閉められ、カツ、と一歩近づいてきても、手は止めない。
しばらく経ち、ふと意識の隅に来客の事が浮かぶ。
おもむろに顔を上げると、机の前に立つ女性の姿が目に入った。
仁王立ちをしていた若い女性は、試すような視線をアンダスに向けていた。
「少し見ないうちに偉くなったもんだな、アンダス教授?」
教授,というところには皮肉げな響きが感じられた。
自分よりも3回り以上も若く見える女性の上から目線な言葉。
しかしアンダスは気を悪くするどころか、慌てて席を立ち女性に近づいていく。
「ま、……まさか、ロニクルさんで?」
幽霊を見たかのような表情のアンダス。
そこには長年の落ち着きなどは、微塵もなかった。
残念な事にな,と不本意そうな表情を浮かべながら応える。
「……お変わりありませんね」
どこか畏敬の念を感じさせるアンダスの言葉。
社交辞令ではなく、本心から記憶の中の姿と寸分違わぬロニクルにその言葉を送る。
「君も変わらないな」
皮肉を込め,そう返す。
青年のときに会ったきりのアンダスは、精神的な事を言われたと気が付き、言葉を詰まらせる。
そんな”相変わらず”な反応に、思わずため息をつく。
「あの時、理解できないものから逃げた若造が、今は名誉教授とはな」
「……クァイリがお世話になりました」
ロニクルの視線から目を、皮肉が込められた言葉から話を逸らす。
すっかり委縮しきっているアンダスの逃げを、ロニクルは無視する。
「親が子に自分の無念を晴らさせるくらい意味のないことだぞ あれは」
「…すいません」
自覚はあったアンダスは、頭を下げる。
謝る相手が違うだろうが、とペシと頭を叩く。
「――早速だが、アンダス教授?」
その言葉の響きに、思わず顔を上げる。
向けられた視線から逃れるように、コツ、と一歩前へ進む。
そして執筆机を背に振り返ったロニクルの表情は、真面目なものに変わっていた。
「君の人脈で、どのくらいの人を集められる?」
人脈。
名誉教授と言っても研究室に閉じこもっているため、お世辞にも顔は広くない。
そんな自分が集められる人、と考えむアンダスは、やや間をおいて答えを出した。
「…全教員と学生ならばなんとか」
「使えん」
一言、バッサリと切り捨てる。
言葉を失うアンダスの顔を見ながら、少しの間、質問を変える。
「ならば、お前の人生の残りかすで、どれだけの人を集められる?」
悪魔との取引。
それを連想させるような言葉に、嫌な寒気を感じる。
下手な返答で失望させれば、何が起きるか分からない。
目を逸らすことも怖いような目に釘づけにされた状態で、口を開く。
「………1週間、下さい」
「よしやれ」
そう言って再び背を向けたロニクル。
一度もアンダスに対して笑みを向けなかった。
かび臭い小さな研究室は、減った研究学生を埋めるかのように、本と紙で溢れていた。
小さく扉が叩かれ、ベッドで眠ることなく紙に文字を綴るその手が止まる。
「どうぞ」
アンダスの言葉に、扉が開く。
軽い朝の挨拶を交わしたのち、事務の女性は用件を伝える。
「アンダス教授にお客様です」
「私に?」
カレンダーに目をやるが、予定は書きこまれていない。
少し困惑しているアンダスに、女性は続ける。
「若い女性の方です」
「そう、ですか…」
身に覚えのない来客に、ますます戸惑う。
他にも用事がある女性は最後に伝言を伝える。
「本当に不本意だが、と繰り返していました」
「…はぁ」
じゃあなぜ訪ねてきたのだろう、と喉まで出かかる。
通してください、と一言伝え、アンダスは筆を執った。
再び扉が叩かれたとき、アンダスは筆を止めなかった。
軽く返事をし、誰かが部屋に入って来た時も、目も向けなかった。
バタン、と扉が閉められ、カツ、と一歩近づいてきても、手は止めない。
しばらく経ち、ふと意識の隅に来客の事が浮かぶ。
おもむろに顔を上げると、机の前に立つ女性の姿が目に入った。
仁王立ちをしていた若い女性は、試すような視線をアンダスに向けていた。
「少し見ないうちに偉くなったもんだな、アンダス教授?」
教授,というところには皮肉げな響きが感じられた。
自分よりも3回り以上も若く見える女性の上から目線な言葉。
しかしアンダスは気を悪くするどころか、慌てて席を立ち女性に近づいていく。
「ま、……まさか、ロニクルさんで?」
幽霊を見たかのような表情のアンダス。
そこには長年の落ち着きなどは、微塵もなかった。
残念な事にな,と不本意そうな表情を浮かべながら応える。
「……お変わりありませんね」
どこか畏敬の念を感じさせるアンダスの言葉。
社交辞令ではなく、本心から記憶の中の姿と寸分違わぬロニクルにその言葉を送る。
「君も変わらないな」
皮肉を込め,そう返す。
青年のときに会ったきりのアンダスは、精神的な事を言われたと気が付き、言葉を詰まらせる。
そんな”相変わらず”な反応に、思わずため息をつく。
「あの時、理解できないものから逃げた若造が、今は名誉教授とはな」
「……クァイリがお世話になりました」
ロニクルの視線から目を、皮肉が込められた言葉から話を逸らす。
すっかり委縮しきっているアンダスの逃げを、ロニクルは無視する。
「親が子に自分の無念を晴らさせるくらい意味のないことだぞ あれは」
「…すいません」
自覚はあったアンダスは、頭を下げる。
謝る相手が違うだろうが、とペシと頭を叩く。
「――早速だが、アンダス教授?」
その言葉の響きに、思わず顔を上げる。
向けられた視線から逃れるように、コツ、と一歩前へ進む。
そして執筆机を背に振り返ったロニクルの表情は、真面目なものに変わっていた。
「君の人脈で、どのくらいの人を集められる?」
人脈。
名誉教授と言っても研究室に閉じこもっているため、お世辞にも顔は広くない。
そんな自分が集められる人、と考えむアンダスは、やや間をおいて答えを出した。
「…全教員と学生ならばなんとか」
「使えん」
一言、バッサリと切り捨てる。
言葉を失うアンダスの顔を見ながら、少しの間、質問を変える。
「ならば、お前の人生の残りかすで、どれだけの人を集められる?」
悪魔との取引。
それを連想させるような言葉に、嫌な寒気を感じる。
下手な返答で失望させれば、何が起きるか分からない。
目を逸らすことも怖いような目に釘づけにされた状態で、口を開く。
「………1週間、下さい」
「よしやれ」
そう言って再び背を向けたロニクル。
一度もアンダスに対して笑みを向けなかった。
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