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48 何のために、これから
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ざわめきが聞こえる中。
バルコニーの奥、暗い室内へ歩くロニクル。
「お疲れさまでした」
控えていたアンダスが声をかける。
そんな定型文に、鼻を鳴らす。
「これから、疲れるのだが?」
まだ始まったばかり。
単なる火種では飽き足らない様子の女性に、苦笑いを浮かべる。
昔とは違う少し余裕のある対応に、つまらなさそうに息を吐く。
「この後のことは任せたぞ 教授」
「女史はどこへ?」
ロニクルの後ろに続いて歩き始める。
一度しか歩いたことのない学園内を、迷うことなく進んでいく。
「私は他の”テイム”たちと話しに行く」
野生のテイムは、毎年、何体か確保される。
その多くは山奥など、人の目が触れないような場所に住んでいる。
ロニクルは各地に散らばった同胞と会う為、村々を巡っていた。
「は……、もう心は決まっているのでは?」
先ほどの演説とは違う言葉に、アンダスは疑問を抱く。
「私のは、な」
堂々とはったりを張ったロニクル。
緊張という言葉とは程遠い生き様に、アンダスは目を細める。
「――それにしても、」
その足が自身の研究室に向かっていなくても、アンダスは触れずについていく。
貴重な時間を無駄にしないように、疑問を口にしていく。
「なぜ、この状況を作った人の名を出さなかったのですか?」
あれから連絡がない学生。
どういう風な関わりを持っていたのかは分からないものの、この状況が出来上がった
理由の一端であると、感じていた。
「必要か?」
親バカに似たものを、横目で見やる。
お前が嗾けたのだろう、と責めるような視線に言葉を飲み込みそうになりながらも、
アンダスは目を逸らさず言葉を続ける。
「その、ノップスさんが全て決めたわけではないのでしょう?」
会ったこともない、そのテイム。
アンダスは賢い者だと分かっていながらも、全ての原因とは思えなかった。
それよりも、ロニクルと話しその後ノップスと話したであろう、人物があの学生だったと
いう方がよほど自然だと、考えていた。
それが単なる、贔屓目と引け目からくる、エゴだと自覚しながらも。
「………」
自覚しながらも口にする老人に、ロニクルはため息をつく。
ただそれは諦めや失望からくるものではなかった。
「仮に”誰か”が関わっていたとして、ここで名を出して後世に語り継がれていく事を
望んでいると思うか?」
「え……」
望むだろうか。
その自問は、すぐに答えが出た。
「私は人間について、まだ良く分からないのだが、」
永年、人間を観察し続け、
人に混じって談話し、賢者として尊敬され、
もはや、人間と区別がつかない女史は、そう前置きする。
「後世に名を残しても死人は喜ばないだろう?」
死んでいるのだからな、と。
ジョークを口にするように、言う。
「人は後世に名を残したいのではなく、名が残るような偉業をなしたいという
自己満足で事を為そうと努力すると考えているのだが?」
違うか?、と肩越しに投げかけられる。
「そう、…かもしれませんね」
確認を取られても、はっきりとした返事を返すことができなかった。
いまいち委縮しがちなアンダスに、ロニクルはもう特別な感想は抱かない。
「自己満足の行動は、醜い感情や浅はかな行動も伴うものだ」
同意、できなかった。
合っていると思うものの、今までの自分やあの学生の行動を否定してしまいそうで。
「ただ、それらすべて含めて、その人が”成した”事柄のはずだ」
ロニクルは、全てを肯定した。
人の奥にある、醜い感情や衝動的な浅はかさをも、全てひっくるめて、人間だと。
それらを全て受け入れた上で、ロニクルは”人”として生きていた。
「語り継がれることで良い所だけ切り取られ美化された話が伝わっていく事は、その本人
への侮辱ではないのか?」
英雄だと、希望だと祭り上げられていた人も、たくさんロニクルは見てきた。
その苦しみや辛さを見てきた。
その後の、周りの話も伝承も聞いてきた。
侮辱、と結論付けた。
「満足したにしろしないにしろ、後付けでその人の気持ちを捻じ曲げる権利は、周りには
ないはずだ」
アンダスがロニクルの著書を研究に用いるのは、単なる憧れなどの感情ではない。
ただ単純に、美化されすぎていない、地味で生々しい”史実”が載っているからだ。
「ましてや、死者を祭り上げたり吊し上げたりする行動は、軽蔑されるものと思うのだが」
自分の発言を顧みて、何も言えないアンダス。
少しは考え給え、とワザとらしく言葉をかける。
「で、アンダス」
突然、名前を呼ばれてビクッと体が跳ねる。
ロニクルに合わせ、アンダスも足を止める。
「君は後世に名を残したから、研究をし行動しているのか?」
いつの間にか、ロニクルはじっと見つめていた。
試されている、と分かりやすい雰囲気に、アンダスは長く息を吐く。
肩から力が抜け、自然に応えた。
「…人とテイムと向き合えるようになるためと、」
ロニクルは気に食わないような仏頂面で見つめる。
「――自分の好奇心を満たすためです」
老人の目には、歳に似合わぬ、強い若々しい光が灯っていた。
ロニクルはその言葉に、その表情に、満足そうに笑い、頷いた。
「では動きたまえ、少年」
ばんっ、と音が廊下に響く。
細身の体からは信じられないような強い力で背中をたたかれたアンダスは、息を詰まらせる。
はい、と喝が入ったアンダスは頷き、走り出す。
ばたばたと新人研究者のように走っていくアンダスの後姿を、ロニクルは立ち止まった
まま見送る。
見つめるロニクルの脳裏に、ふと”見送って”きた者たちの記憶が蘇る。
「幸せだったかどうかなんて、やりたい事をやり遂げたならば、それで良いじゃないか」
ぽつりと呟いた言葉は、小さな声だった以外にも、どこか不安げな色を帯びていた。
自分に言い聞かせるようなか細い言葉に、再び足を前へ踏み出す。
「他人から見て、どんなに無駄で意味のない事だったとしても、」
それは、少しずつ自分の鼓舞するようなものになっていく。
「――本人が良ければ、それで良いじゃないか」
脳裏には、ノップスが。
薬草を食い尽くし、森の奥で動かなくなっている古き友人があった。
「そいつが満足したなら、それで良いじゃないか」
ふと視線を上げる。
ロニクルは足を止めず、口元には小さく笑みが浮かんでいた。
未だ、塔の上で折り重なるように倒れている2人を想う。
バルコニーの奥、暗い室内へ歩くロニクル。
「お疲れさまでした」
控えていたアンダスが声をかける。
そんな定型文に、鼻を鳴らす。
「これから、疲れるのだが?」
まだ始まったばかり。
単なる火種では飽き足らない様子の女性に、苦笑いを浮かべる。
昔とは違う少し余裕のある対応に、つまらなさそうに息を吐く。
「この後のことは任せたぞ 教授」
「女史はどこへ?」
ロニクルの後ろに続いて歩き始める。
一度しか歩いたことのない学園内を、迷うことなく進んでいく。
「私は他の”テイム”たちと話しに行く」
野生のテイムは、毎年、何体か確保される。
その多くは山奥など、人の目が触れないような場所に住んでいる。
ロニクルは各地に散らばった同胞と会う為、村々を巡っていた。
「は……、もう心は決まっているのでは?」
先ほどの演説とは違う言葉に、アンダスは疑問を抱く。
「私のは、な」
堂々とはったりを張ったロニクル。
緊張という言葉とは程遠い生き様に、アンダスは目を細める。
「――それにしても、」
その足が自身の研究室に向かっていなくても、アンダスは触れずについていく。
貴重な時間を無駄にしないように、疑問を口にしていく。
「なぜ、この状況を作った人の名を出さなかったのですか?」
あれから連絡がない学生。
どういう風な関わりを持っていたのかは分からないものの、この状況が出来上がった
理由の一端であると、感じていた。
「必要か?」
親バカに似たものを、横目で見やる。
お前が嗾けたのだろう、と責めるような視線に言葉を飲み込みそうになりながらも、
アンダスは目を逸らさず言葉を続ける。
「その、ノップスさんが全て決めたわけではないのでしょう?」
会ったこともない、そのテイム。
アンダスは賢い者だと分かっていながらも、全ての原因とは思えなかった。
それよりも、ロニクルと話しその後ノップスと話したであろう、人物があの学生だったと
いう方がよほど自然だと、考えていた。
それが単なる、贔屓目と引け目からくる、エゴだと自覚しながらも。
「………」
自覚しながらも口にする老人に、ロニクルはため息をつく。
ただそれは諦めや失望からくるものではなかった。
「仮に”誰か”が関わっていたとして、ここで名を出して後世に語り継がれていく事を
望んでいると思うか?」
「え……」
望むだろうか。
その自問は、すぐに答えが出た。
「私は人間について、まだ良く分からないのだが、」
永年、人間を観察し続け、
人に混じって談話し、賢者として尊敬され、
もはや、人間と区別がつかない女史は、そう前置きする。
「後世に名を残しても死人は喜ばないだろう?」
死んでいるのだからな、と。
ジョークを口にするように、言う。
「人は後世に名を残したいのではなく、名が残るような偉業をなしたいという
自己満足で事を為そうと努力すると考えているのだが?」
違うか?、と肩越しに投げかけられる。
「そう、…かもしれませんね」
確認を取られても、はっきりとした返事を返すことができなかった。
いまいち委縮しがちなアンダスに、ロニクルはもう特別な感想は抱かない。
「自己満足の行動は、醜い感情や浅はかな行動も伴うものだ」
同意、できなかった。
合っていると思うものの、今までの自分やあの学生の行動を否定してしまいそうで。
「ただ、それらすべて含めて、その人が”成した”事柄のはずだ」
ロニクルは、全てを肯定した。
人の奥にある、醜い感情や衝動的な浅はかさをも、全てひっくるめて、人間だと。
それらを全て受け入れた上で、ロニクルは”人”として生きていた。
「語り継がれることで良い所だけ切り取られ美化された話が伝わっていく事は、その本人
への侮辱ではないのか?」
英雄だと、希望だと祭り上げられていた人も、たくさんロニクルは見てきた。
その苦しみや辛さを見てきた。
その後の、周りの話も伝承も聞いてきた。
侮辱、と結論付けた。
「満足したにしろしないにしろ、後付けでその人の気持ちを捻じ曲げる権利は、周りには
ないはずだ」
アンダスがロニクルの著書を研究に用いるのは、単なる憧れなどの感情ではない。
ただ単純に、美化されすぎていない、地味で生々しい”史実”が載っているからだ。
「ましてや、死者を祭り上げたり吊し上げたりする行動は、軽蔑されるものと思うのだが」
自分の発言を顧みて、何も言えないアンダス。
少しは考え給え、とワザとらしく言葉をかける。
「で、アンダス」
突然、名前を呼ばれてビクッと体が跳ねる。
ロニクルに合わせ、アンダスも足を止める。
「君は後世に名を残したから、研究をし行動しているのか?」
いつの間にか、ロニクルはじっと見つめていた。
試されている、と分かりやすい雰囲気に、アンダスは長く息を吐く。
肩から力が抜け、自然に応えた。
「…人とテイムと向き合えるようになるためと、」
ロニクルは気に食わないような仏頂面で見つめる。
「――自分の好奇心を満たすためです」
老人の目には、歳に似合わぬ、強い若々しい光が灯っていた。
ロニクルはその言葉に、その表情に、満足そうに笑い、頷いた。
「では動きたまえ、少年」
ばんっ、と音が廊下に響く。
細身の体からは信じられないような強い力で背中をたたかれたアンダスは、息を詰まらせる。
はい、と喝が入ったアンダスは頷き、走り出す。
ばたばたと新人研究者のように走っていくアンダスの後姿を、ロニクルは立ち止まった
まま見送る。
見つめるロニクルの脳裏に、ふと”見送って”きた者たちの記憶が蘇る。
「幸せだったかどうかなんて、やりたい事をやり遂げたならば、それで良いじゃないか」
ぽつりと呟いた言葉は、小さな声だった以外にも、どこか不安げな色を帯びていた。
自分に言い聞かせるようなか細い言葉に、再び足を前へ踏み出す。
「他人から見て、どんなに無駄で意味のない事だったとしても、」
それは、少しずつ自分の鼓舞するようなものになっていく。
「――本人が良ければ、それで良いじゃないか」
脳裏には、ノップスが。
薬草を食い尽くし、森の奥で動かなくなっている古き友人があった。
「そいつが満足したなら、それで良いじゃないか」
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ロニクルは足を止めず、口元には小さく笑みが浮かんでいた。
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