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二 メタルヒーロー、冒険者となる。
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深い森の中に築かれたマーテルの町の人口はおおよそ千五百人。その半数近くが酒造りに携わっており、残りは王都から派遣された守備隊や木こり。定住を決めた商人とそれ等の家族が占めている。
町を守る為に王国から派遣された兵士は三十人。三十と聞くと少ないように思えるが、周囲に鬱蒼と生える樹齢百年を越える木々を切り倒した木材を利用した防壁が町を守っている為に、人数はそれほど必要ない。王国防衛隊の上層部はそう判断を下している。万が一の場合には本国へ救援要請をすればいいのだから。
そんな要塞並みの堅固な町の中に建てられたマーテル守備隊の建物の一室で、木製の椅子にちょこんと座っているメタルヒーローが居るなどとはいったい誰が想像できようか。
「それで? ゴブリンと戦ったのはどの辺りだ?」
隊を預かるアランは持ってきたマーテルの周辺地図をテーブルの上に広げて指し示すように促した。
『えっと……』
「ここだ」
戦闘記録からその場所を指し示そうとした魔魅より先に、地理に明るいナミルがその場所に指を立てた。その場所を見て、アランは腕を組んで背もたれに寄りかかり、椅子が軋みを上げる。
「なるほどな……」
「そこなら大丈夫そうですね」
アランの後方に控えていた男が安堵した風でアランに言う。
「安心するのはまだ早いぞモリガン。『一匹見つけたら百はいると思え』。ゴブリンを相手にする時の心構えだ」
「ハッ。失礼しました」
モリガンと呼ばれた男は敬礼して一歩下がる。
「なあ、いったい何なんだ?」
守備隊のやりとりを見ていたナミルは疑問に思った事を聞くと、アランは組んでいた腕を解いてテーブルの上に置いた。
「ああ、すまない。キミはこの町で何を作っているのか知っているね?」
「え? ああ。酒だろ?」
「そうだ。このエストリアでも非常に人気の高い酒をこの町で製造している」
特にこの町では他に類を見ない酒造りをしていて、薬草から取り出した薬効成分を酒に溶け込ませている。滋養強壮に効果があり、軽度の怪我も治るという。その話を聞きつけた行商人達が遠方から買い付けに来るほどだ。しかし、その周囲をゴブリン共が徘徊しているとなればその行商人達にも危険が及ぶ。そうなれば足は遠のき、町が干上がるのも時間の問題だろう。
「そういう訳で我々はこれから調査を行う。場合によっては貴殿ら冒険者に助力を乞う事になるかもしれん。出来れば調査が済むまで町に滞在願いたい」
よろしくな。と、一言言い残し、アランは部屋から退室する。聴取を終えて詰所から解放されたナミルは空を見上げてどうしたものかと考えた。
「宿に行くにはちぃっと早いな……」
チラリと魔魅を見やれば物珍しげに辺りを見渡し、町の住民からは装飾部がピカピカと光っている魔魅を物珍しげに見ている。あまりウロウロしていては住人が不安を覚えるだろうし、少し小腹が空いたので軽い食事でも摂りたい。
「そういえば、ゴブリンの素材もあったけな」
素材。といっても使える部位は全くない。尖った耳をギルドに提出する事で討伐報酬が貰える。命の危険がある為に薬草の採取よりは高額で引き取ってくれる。宿代も少しは浮くだろうとナミルは思っていた。
「なら、次に行くのはあそこっきゃねーな」
考えがまとまりにやりと笑むナミル。
「なあ。えっと……ゴーギャンさん?」
『はい?』
「これから冒険者ギルドに行こうと思うんだけど、いいかな?」
『あ、うん』
そこでゴブリンの討伐報酬を貰って小腹を満たせ。ついでに魔魅の冒険者証を発行して貰う。一石二鳥の策にナミルは満足げに頷いた。
☆ ☆ ☆
冒険者ギルド。大陸中央に総本部を持ち、ここエステリアにも幾つもの支部がある世界組織だ。多くの冒険者達で溢れ、壁に貼られた依頼の紙を見上げて己の腕と相談する。地位と名誉と一攫千金を夢見た者達が集う場所。けれどこのマーテル支部ではそんな活気は見られない。賑やかなのも昼間から酒盛りをしている冒険者達ぐらいなものだ。
「今日も暇ねぇ……」
受付嬢のアリサは受付カウンターに肘を付いてため息を吐く。ぼんやりと見つめる先には依頼書を貼り付けている壁があるが、今ある依頼書は薬草の採取と沼地に潜み襲いかかるマッドイーターの駆除。そして町の雑用くらいなものだった。
ギイと扉が開かれる。暇なアリサの目は自然とそちらを向いた。入室してきたのは鮮やかな豹柄の体毛をマッドイーターの皮を鞣して何枚も重ね合わせた鎧で覆い隠している豹猫族。あの胸にダイブしてモフモフしたい。そんな願望を抱くのに十分な破壊力が彼女の毛並みにはあった。
「あ、ナミルさ……んなっ!?」
続いて扉を潜った者の姿を見てアリサは驚き立ち上がる。全身を甲冑で覆われている者など王都に行けば幾らでも居る。例えば王国騎士団や近衛兵などだ。しかし、胸や腕に付いた装飾部位がピカピカ光る鎧なぞを着ている者が居るなど聞いた事がない。それは冒険者達も同じな様で、軽快に傾けていたジョッキの動きが止まっていた。
「あの、ナミルさん。そちらの方は……?」
「ん? ああ。彼女の名前はゴーギャン。道に迷っていたから連れてきた。冒険者登録をしたいんだってさ」
『お願いできますか?』
イケボを発するゴーギャンにアリサは心の中で「彼女?」と首を傾げる。
「それは構いませんが、登録料として銅貨五枚を頂きますがよろしいですか?」
横から色鮮やかな豹柄の腕が伸び、麻で出来た小袋がカウンターに置かれる。その袋には若干の血が付き、仄かに悪臭も漂っていた。
「ゴブリンの討伐部位だ。これから引いてくれ」
「え?」
アリサが袋の口を開けると中には緑色をした尖った耳が五つ入っていた。
「た、確かにゴブリンの耳の様ですね。ただいま報奨金をご用意しますので少々お待ち下さい」
アリサは袋を掴みバックヤードにある扉の一つをノックする。プレートには「ギルドマスターのお部屋」と書かれていた。
「失礼します。マスター、ゴブリンの討伐部位をお持ちしました」
「ん?」
燻されて黒光りした重厚そうな机に所狭しと聳える書類の陰から顔を覗かせた男は『ロウェイン』といい、冒険者ギルドマーテル支部を任されている人物だ。
「おお、アリサ君。どうだい? 今晩あたりディナーでも……?」
「そんな事はどうでもいいので、報奨金を出して下さい」
「そんな事って……」
黒光りしている机に向かって指を立て、スン。と、鼻を啜りいじけるロウェイン。落ち込んだままアリサが広げた袋の中身を見た。
「ひーふーみー……五つか。ちょっと待っててくれ」
ロウェインは机の引き出しを開けると一本の鍵を散り出し、壁に埋め込まれた額縁大の金庫の鍵穴に差し込んで開ける。中には銅貨や銀貨が積まれているのが見えた。その中から銀貨を五枚取り出すとアリサの手を取り手の平の中に置いた。
「では、これを渡してくれ」
「分かりました」
アリサは渡された銀貨を握り締め、代わりにと渡されたゴブリンの討伐部位が入った袋はロウェインがゴミ箱に捨てる。ゴブリンの場合、討伐証明以外に使える素材は皆無だ。故に確認が済むとただの燃えるゴミとなる。
「ところで、コレを持ってきたのはどんな奴なんだい?」
「えっと、ナミルさんともう一人の方です」
「もう一人?」
「はい。冒険者登録をしにいらした方で、ナミルさんが言うには迷っていたから連れて来たのだと。ちょっと得体の知れない感じではあるのですが……」
「へえ、それはちょっと見てみたいね」
「見たらきっと忘れられませんよ。見ますか?」
「いや、今回は遠慮しておこう。この町に滞在するならそのうちに会えるだろうからね」
そう言って机に向かい書類仕事を再開するロウェイン。アリサは一礼して部屋を出ると、小さな麻袋に銀貨を入れてカウンターへと戻る。
「お待たせしました。ゴブリンの討伐報酬、銀貨五枚になります」
「五枚って事は一体銀貨一枚か……」
ゴブリン狩りって実は儲かるんじゃね? と、ナミルはふと考える。その目の奥に怪しげな光が灯ったのをアリサは見逃さなかった。
「ゴブリンだからと甘く見ないで下さいね。彼等はバカだけど間抜けではありませんよ。学習能力の高さは人と同じですからね。ナミルさん」
「う。わ、分かってるよ」
心の中を見透かされて慌てるナミル。はぐらかす様に袋を手に取り、中から一枚の銀貨を手に取った。
「それじゃあ、一体分貰うな」
『はい。どうぞ』
手にした銀貨の一枚を自身の財布へと仕舞うナミル。それを目で追うアリサに疑問が生まれた。
「あれ? ナミルさんが倒されたのではないのですか?」
豹猫族は俊敏性が高く、開けた場所ではゴブリンなぞ到底敵わない。彼女が討伐報酬の受付をした事もあってアリサは彼女が討伐したものと思っていた。
「いやいや。オイラは一体倒しただけさ。四体はこの人が倒したんだぜ」
見事な剣さばきだったんだぜ。と、ゴーギャンの剣術をマネながら自慢げに話すナミル。
「そうだったんですね。ですが、例えお強くても注意して下さいね」
『肝に銘じておきます』
ゴーギャンからの返事にアリサは安堵したように頷いた。この人なら大丈夫だ。根拠が無くてもそう思えていた。
「それでは、続いて冒険者証の登録を致します」
アリサはカウンターの引き出しから羊皮紙を取り出してペンを持つ。
「お名前をお教え願いますか?」
『えっと。ご、ゴーギャンで……』
一瞬迷ったものの彼女が誇りをもってやっている仕事であり、いつもはハリボテのスーツだったが今現在は何故か公式設定通りに機能する星殻鎧を着込んでいる本物の宇宙捜査官ゴーギャンである。という心構えが彼女にその名を口出させた。
「畏まりました。次に、ご出身地はどちらでしょうか?」
『出身地……』
アリサの言葉にまたも言葉に詰まる魔魅。東京なんて言った所で分かる訳もなく、この世界の地理には疎いので適当な事を言う訳にもいかない。
『そこは無記入とかしてくれると有難いのですけど……』
「無記入ですか……」
ペンの尻でこめかみを掻くアリサ。
『ダメなのでしょうか?』
「ダメというより、ゴーギャンさんに何かあった場合にご家族の元にお返しする事が出来なくなりますが……」
アリサはカウンターの引き出しを開けて何も書かれていない親指サイズのプレートを取り出して魔魅に見せる。
「モンスターなどに殺されてしまった場合、遺体が食い散らかされてしまって残らない場合が多いんです。ですが金属プレートならばほぼ残りますので、プレートだけでもご家族の元へと送り届けています」
冒険者ギルドではプレートを本人の分身として扱っていて、夢半ばにして力尽きた者達を生まれ故郷に帰す。そんな事もギルドの業務として行なっている。それを聞いて魔魅はまるでドッグタグの様だと思っていた。
ドッグタグとは軍隊などで兵士が身に着け、死亡時の個人を識別する為のものである。戦場で死亡した兵士の亡骸は身元不明のままで埋葬もしくは放置される可能性が高く、氏名等を記した認識票があると身元の特定が容易となる代物だ。
「ですから、もしゴーギャンさんも冒険者の遺体などを見つけた場合にこの証を持って来てくれると助かります」
礼として銀貨一枚が進呈されるとアリサは説明する。
『もし、プレートに何も書かれていなければどうなります?』
「その場合は近場の共同墓地に葬られる事になります」
町外れにある一本の巨木。出身地の記入のない冒険者証や身元不明の遺体などはまとめてそこに葬られている。いわゆる樹木葬というやつである。ただし墓石に代わって木を植えるのではなく、側にある木が墓標の代わりとなる。
「それでも構いませんか?」
『そうですね。それで構いません』
「分かりました。では無記入でお作り致します。それでは少々お待ち下さい」
アリサは席を立ってバックヤードにある小部屋の一つに入ると、棚の引き出しから刻印する為の道具を取り出して真っさらな冒険者証に打ち付けていく。いつもは出身地などを打ち込んでいくが今回は名前だけなのであっという間に打ち終わった。
「よし」
打ち終わった冒険者証を眺めて頷くアリサ。初めの頃は加減も分からずに打ち付けてしまいプレートを歪ませてしまったり穴を開けてしまったりとやらかしたものだが、五年という年月は彼女をベテランの域へと押し上げていた。
「お待たせしました。こちらがゴーギャン様の冒険者証になります」
カウンターに置かれた冒険者証を手に取り繁々と眺める魔魅。
「それでは説明させて頂きます。冒険者証の等級には、銅、鉄、鋼、銀、金、ミスリル、オリハルコン。の七つが御座いまして、採集や討伐などの評価に応じて上下します。場合によっては剥奪される事もあるのでご注意下さい」
『剥奪……』
「はい。盗みを働いた。人を殺めた等、法に著しく背いた場合ですね」
『なるほど』
「初登録であるゴーギャン様の等級は最下級の銅。受けられる依頼は一つ上の等級までになります。それは上位等級者とパーティーを組んでも同じです」
その昔、上位等級者パーティーにくっ付いて高難度の依頼を受ける駆け出しの冒険者が後を絶たなかった。そうした方が手っ取り早く評価を手に入れられると思っての事だ。しかしいざとなると、駆け出しの冒険者は足手纏い以外の何者でもなく、上位等級者でもどうする事もできずに犠牲になる出来事が相次いだ。中には駆け出し冒険者を囮に使いモンスターから逃げおおせた上位等級者も居るという。
そんな事が立て続けに起こり、前途ある若者が無駄死にしている現実を憂いた冒険者ギルドは、上位等級者と同行しても旨味など無い様にし、地道に階級を上げてこそ意味があるのだと説いた。お陰で駆け出しの冒険者が無駄死にするのは大きく減ったものの、稀にゴブリンなどに殺されてしまう者も居て更なる対応を迫られている。
「他に何かご質問などは御座いますでしょうか?」
『いえ、特には……』
「でしたら説明は以上とさせて頂きます。ゴーギャン様のご活躍をギルド一同お祈り申し上げております」
席を立ち深々とお辞儀をするアリサ。その彼女のつむじを見ていたゴーギャンの肩に色鮮やかな豹柄の手が置かれた。
「んじゃ、折角だし依頼でも受けてみっか?」
『依頼……?』
「ああ。あそこに貼ってある紙がそうだ」
ナミルの指差す壁に幾つもの紙が貼られていた。その紙を拡大表示しながら魔魅はこれが噂の掲示板ってやつか。と思っていた。
「オイラのおすすめは薬草の採取だ。酒に漬け込んで薬酒にするんだとさ。匂いは覚えてるからどこに生えているかすぐに分かるぜ」
木々が生い茂っているので日光が地にまで届きにくく地面は適度に湿り気を帯びている。山から湧き出る澄んだ水はミネラルを多く含み薬草の繁殖に一役買っていた。一歩町を出ればすぐ見つけられるほどに繁殖している薬草は独特の匂いを発している為に種族特性ともいえるナミルの鼻に届く。その為に彼女がこの町でダントツの採取率を誇っていた。
『この隣の、マッドイーターってのは?』
「ああ。そいつは――」
マッドイーター。容姿がウーパールーパーに似ているモンスターで、違いはサイズだけ。マーテルの町の南方にある沼地に棲みつき、近場を通る者を突如として襲いかかる。その身は泥の中に隠しており普通では発見が困難な魔物。
「泥の中からイキナリ襲って来やがるからおちおち歩いてもいられねぇんだよなぁ。討伐しようにも囮となる家畜が必要だから銀貨十枚じゃ割に合わなくてよ、みんなスルーしてんだわ」
その魔物のせいで南の村との行き来が出来なくなって久しい。討伐しようにも正確な数が分からない為囮とする家畜の数もどれくらい必要なのかも分からない。町の家畜で足りれば良いが、足らない場合は近隣から連れてこなければならず、野犬や狼などにも襲われる危険も増す。その為に手付かずのままとなっている案件だ。
『そうなんだ……』
バイザー越しに依頼書を見ながら魔魅は考える。このスーツの各種センサーならば水面下に潜む者も探知が可能ではないのか、と。
「な。おいおい。まさかコイツを受けようってんじゃないだろうな? いくらゴブリン討伐で金が入ったからってそれっぽっちじゃ全然足らないぜ?」
『大丈夫。試してみたい事があるの』
「試してみたい事……?」
首を傾げるナミルの目の前で、魔魅は依頼書を壁から剥がしてアリサの居るカウンターへと向かう。その後をナミルは追った。
『すみません。こちらの依頼を受けたいのですが』
「はい。拝見いたします……えっ!?」
ゴーギャンから手渡された依頼書を見てアリサは驚く。ついさっき登録を済ませたばかりの者が持って来たのはマッドイーター討伐の依頼書。依頼ランクとしては一つ上の『鉄』である為に問題は無いが、駆け出しが受ける様な依頼ではない事は確かだ。
ゴブリン討伐の報奨金があるから受けたのだろうとアリサは思っていた。けれどマッドイーター討伐には家畜が必要でその家畜は銀貨十枚では買えない。
「あの、本当にこれでよろしいのですか? マッドイーター討伐には囮が必要で、その囮も決して安くはないのですが……」
何より、登録したての駆け出し冒険者には荷が重すぎるとアリサは……魔魅の後ろでナミルがウンウンと頷いているのでナミルもそう思っている。
『大丈夫です。ちょっと試してみたい事があるので囮も必要ありませんから』
「はあ……」
呆れた声を出すアリサ。自分は囮を使った狩り以外に手段は見つけられないが、こうまで言うのだから何か秘策があるのだろう。立場上警告はしたし後は自己責任でやってもらう他ない。だけど最後に釘は刺しておこうと口を開いた。
「分かりました。ですがくれぐれも注意をして下さい。相手は生き物。不測の事態も考えられますから」
『分かりました。肝に銘じておきます』
マッドイーター討伐の手続きをしてナミルとゴーギャンの二人を見送るアリサ。彼女の心には言われえぬ不安が蟠っていた。
☆ ☆ ☆
魔魅とナミルが冒険者ギルドを後にする頃には辺りは薄暗くなっていた。天高く聳える木々の上空では青空が見えるがその根元に建つ家々には明かりが灯り、道行く人の中にはランタンを持つ者もちらほら。それを見てもうそんな時間なのかとナミルは思う。とはいえ、まだ四時を回った程度なので他の街ではまだまだ明るく、深森の町マーテルならではの日暮の速さ。
『この町は日が暮れるのが早いのね』
「ああ、あっという間だ。その所為で燃料費が高くついちまって貯金もままならねぇよ」
『貯金?』
「あれ? 話してなかったっけ? オイラは王都に行きたいんだ。王都に行って依頼を受けてランクを上げ、有名な冒険者になりたいんだ。その為にお金を貯めている最中なのさ」
ゴブリン討伐の報酬である銀貨。一枚だけといえどその夢に大きく近付いたのは間違いない。人助けはするものだ。と、ナミルは上機嫌だった。
「アンタはどうなんだ? 夢とかないのか?」
『私の夢……』
魔魅の夢はすでに叶っている。スーツアクターとして主役を張る事こそが彼女の夢だ。それを達成してからも更なる向上を目指して訓練に励むだけでなく、後輩の指導などを行い毎日充実した日々を送っている。
『夢じゃないけど、とある目的の為に調査をしなければならないかな……』
「とある目的? どんな?」
『それは、ヒミツ』
なんだよそれ。と、ナミルは笑んで言う。けれど流石に元の世界に戻る為の調査だとは言えない。その為、人差し指を立ててナイショの仕草をするメタルヒーローというレアな姿を見る事ができた。
「さて、それじゃ宿屋へ行くか。アンタも今日は疲れただろ。メシ食って早めに休もうぜ」
『ええ。そうね』
異世界転移にハリボテな筈の星殻鎧の稼働。ゴブリンの襲撃に現地民との邂逅。今日は本当に色々あったのだと魔魅は思う。元の世界とは違う硬めのベッドでも気にする暇もなくよく眠れるだろう。ナミルに続いて宿屋の扉を潜った魔魅はそう思っていた。
☆ ☆ ☆
深森の町マーテルの朝は早い。木々の合間から星空が垣間見える時間から酒造を生業としている人達が動き出し、それに合わせる様に各種の店が開く。それらが落ち着くと今度は太い幹の間隙を縫う様に陽光が差しこみ始めて町は本格的に動き出す。
異世界の食事を堪能し、思っていた通りに硬めのベッドも気にする事なくグッスリと休んだ魔魅は起き上がって大きく伸びをする。そして、ベッドから降りて毎朝欠かさず行っているストレッチをしながら昨日の疲れが残っていないか確認する。なにせ初めて命のやり取りをしたのだ。緊張によって痛めた所がないか念入りにチェックをしていく。
そのストレッチが終わる頃、誰かがドアをノックする音と共に声らしきモノが聞こえた。魔魅は足を肩幅に開いて真下に腕を突き出してから何かを引っ張り上げる様な仕草をする。
「着装っ!」
魔魅の掛け声を発すると床から天井に向かって光の柱が立ち昇り、魔魅の姿を呑み込んだ。そして光の柱が薄れるとその中から銀に輝く鎧に包まれた人物が現れた。
「宇宙捜査官っ、ゴーギャン参上っ!」
決めポーズと共に口上を述べる魔魅。そんな事をしなくても良いじゃないかと思われるが、何故かそこまでがデフォルトで中断する事は出来ないらしい。
『どなた?』
「ナミルだ。開けてもいいか?」
『ええ。どうぞ』
ドアを開けて入室したナミルは椅子にまたがり背もたれにヒジを着く。
「よく眠れたのか?」
『ええ。自分でも驚くくらいに』
魔物が闊歩しているだけでなく、盗賊などからも狙われる命の軽い異世界でよくもまあグッスリと寝れたモノだと魔魅は思う。『私ってそんな神経図太かったかしら?』と思わず呟いたくらいだ。
「今日は昨日受けた依頼をこなすんだろ? オイラも連れて行ってくれないか?」
『それは構わないけど……でも。どうして?』
「それは昨日も言った様に、オイラの夢は王都に行って名声を手に入れる事だ。その為にはこんな田舎にいつまでも燻っている訳にはいかねぇ。だからより金になるマッドイーター討伐の参考にしたいんだ」
一体につき銀貨で十枚。囮問題さえクリアできればそれだけの金が入り王都行きも近付く。目の前のゴーギャンもその囮を使わずに討伐しようとしている様子である以上、見ておきたい。
『それは構わないけど、多分ナミルの参考にはなれないよ?』
「え? そうなのか?」
魔魅がやろうとしてる策とは、ゴーギャンに搭載されている各種センサーを駆使して水面下に潜むマッドイーターを見つけ出そうというものだ。生身のナミルではどう足掻いても参考にすらならない。
『それでも「良い」と言うのなら……』
「――! そうか! そいつはありがてぇ。よし、朝メシを食ったらさっそく出掛けよう。食事を貰ってくるから、ちっと待っててくれ」
『うん。ありがとう』
良いって事よ。とナミルは答えながら手の平をひらひらさせて階下へ食事を取りに行った。
町を守る為に王国から派遣された兵士は三十人。三十と聞くと少ないように思えるが、周囲に鬱蒼と生える樹齢百年を越える木々を切り倒した木材を利用した防壁が町を守っている為に、人数はそれほど必要ない。王国防衛隊の上層部はそう判断を下している。万が一の場合には本国へ救援要請をすればいいのだから。
そんな要塞並みの堅固な町の中に建てられたマーテル守備隊の建物の一室で、木製の椅子にちょこんと座っているメタルヒーローが居るなどとはいったい誰が想像できようか。
「それで? ゴブリンと戦ったのはどの辺りだ?」
隊を預かるアランは持ってきたマーテルの周辺地図をテーブルの上に広げて指し示すように促した。
『えっと……』
「ここだ」
戦闘記録からその場所を指し示そうとした魔魅より先に、地理に明るいナミルがその場所に指を立てた。その場所を見て、アランは腕を組んで背もたれに寄りかかり、椅子が軋みを上げる。
「なるほどな……」
「そこなら大丈夫そうですね」
アランの後方に控えていた男が安堵した風でアランに言う。
「安心するのはまだ早いぞモリガン。『一匹見つけたら百はいると思え』。ゴブリンを相手にする時の心構えだ」
「ハッ。失礼しました」
モリガンと呼ばれた男は敬礼して一歩下がる。
「なあ、いったい何なんだ?」
守備隊のやりとりを見ていたナミルは疑問に思った事を聞くと、アランは組んでいた腕を解いてテーブルの上に置いた。
「ああ、すまない。キミはこの町で何を作っているのか知っているね?」
「え? ああ。酒だろ?」
「そうだ。このエストリアでも非常に人気の高い酒をこの町で製造している」
特にこの町では他に類を見ない酒造りをしていて、薬草から取り出した薬効成分を酒に溶け込ませている。滋養強壮に効果があり、軽度の怪我も治るという。その話を聞きつけた行商人達が遠方から買い付けに来るほどだ。しかし、その周囲をゴブリン共が徘徊しているとなればその行商人達にも危険が及ぶ。そうなれば足は遠のき、町が干上がるのも時間の問題だろう。
「そういう訳で我々はこれから調査を行う。場合によっては貴殿ら冒険者に助力を乞う事になるかもしれん。出来れば調査が済むまで町に滞在願いたい」
よろしくな。と、一言言い残し、アランは部屋から退室する。聴取を終えて詰所から解放されたナミルは空を見上げてどうしたものかと考えた。
「宿に行くにはちぃっと早いな……」
チラリと魔魅を見やれば物珍しげに辺りを見渡し、町の住民からは装飾部がピカピカと光っている魔魅を物珍しげに見ている。あまりウロウロしていては住人が不安を覚えるだろうし、少し小腹が空いたので軽い食事でも摂りたい。
「そういえば、ゴブリンの素材もあったけな」
素材。といっても使える部位は全くない。尖った耳をギルドに提出する事で討伐報酬が貰える。命の危険がある為に薬草の採取よりは高額で引き取ってくれる。宿代も少しは浮くだろうとナミルは思っていた。
「なら、次に行くのはあそこっきゃねーな」
考えがまとまりにやりと笑むナミル。
「なあ。えっと……ゴーギャンさん?」
『はい?』
「これから冒険者ギルドに行こうと思うんだけど、いいかな?」
『あ、うん』
そこでゴブリンの討伐報酬を貰って小腹を満たせ。ついでに魔魅の冒険者証を発行して貰う。一石二鳥の策にナミルは満足げに頷いた。
☆ ☆ ☆
冒険者ギルド。大陸中央に総本部を持ち、ここエステリアにも幾つもの支部がある世界組織だ。多くの冒険者達で溢れ、壁に貼られた依頼の紙を見上げて己の腕と相談する。地位と名誉と一攫千金を夢見た者達が集う場所。けれどこのマーテル支部ではそんな活気は見られない。賑やかなのも昼間から酒盛りをしている冒険者達ぐらいなものだ。
「今日も暇ねぇ……」
受付嬢のアリサは受付カウンターに肘を付いてため息を吐く。ぼんやりと見つめる先には依頼書を貼り付けている壁があるが、今ある依頼書は薬草の採取と沼地に潜み襲いかかるマッドイーターの駆除。そして町の雑用くらいなものだった。
ギイと扉が開かれる。暇なアリサの目は自然とそちらを向いた。入室してきたのは鮮やかな豹柄の体毛をマッドイーターの皮を鞣して何枚も重ね合わせた鎧で覆い隠している豹猫族。あの胸にダイブしてモフモフしたい。そんな願望を抱くのに十分な破壊力が彼女の毛並みにはあった。
「あ、ナミルさ……んなっ!?」
続いて扉を潜った者の姿を見てアリサは驚き立ち上がる。全身を甲冑で覆われている者など王都に行けば幾らでも居る。例えば王国騎士団や近衛兵などだ。しかし、胸や腕に付いた装飾部位がピカピカ光る鎧なぞを着ている者が居るなど聞いた事がない。それは冒険者達も同じな様で、軽快に傾けていたジョッキの動きが止まっていた。
「あの、ナミルさん。そちらの方は……?」
「ん? ああ。彼女の名前はゴーギャン。道に迷っていたから連れてきた。冒険者登録をしたいんだってさ」
『お願いできますか?』
イケボを発するゴーギャンにアリサは心の中で「彼女?」と首を傾げる。
「それは構いませんが、登録料として銅貨五枚を頂きますがよろしいですか?」
横から色鮮やかな豹柄の腕が伸び、麻で出来た小袋がカウンターに置かれる。その袋には若干の血が付き、仄かに悪臭も漂っていた。
「ゴブリンの討伐部位だ。これから引いてくれ」
「え?」
アリサが袋の口を開けると中には緑色をした尖った耳が五つ入っていた。
「た、確かにゴブリンの耳の様ですね。ただいま報奨金をご用意しますので少々お待ち下さい」
アリサは袋を掴みバックヤードにある扉の一つをノックする。プレートには「ギルドマスターのお部屋」と書かれていた。
「失礼します。マスター、ゴブリンの討伐部位をお持ちしました」
「ん?」
燻されて黒光りした重厚そうな机に所狭しと聳える書類の陰から顔を覗かせた男は『ロウェイン』といい、冒険者ギルドマーテル支部を任されている人物だ。
「おお、アリサ君。どうだい? 今晩あたりディナーでも……?」
「そんな事はどうでもいいので、報奨金を出して下さい」
「そんな事って……」
黒光りしている机に向かって指を立て、スン。と、鼻を啜りいじけるロウェイン。落ち込んだままアリサが広げた袋の中身を見た。
「ひーふーみー……五つか。ちょっと待っててくれ」
ロウェインは机の引き出しを開けると一本の鍵を散り出し、壁に埋め込まれた額縁大の金庫の鍵穴に差し込んで開ける。中には銅貨や銀貨が積まれているのが見えた。その中から銀貨を五枚取り出すとアリサの手を取り手の平の中に置いた。
「では、これを渡してくれ」
「分かりました」
アリサは渡された銀貨を握り締め、代わりにと渡されたゴブリンの討伐部位が入った袋はロウェインがゴミ箱に捨てる。ゴブリンの場合、討伐証明以外に使える素材は皆無だ。故に確認が済むとただの燃えるゴミとなる。
「ところで、コレを持ってきたのはどんな奴なんだい?」
「えっと、ナミルさんともう一人の方です」
「もう一人?」
「はい。冒険者登録をしにいらした方で、ナミルさんが言うには迷っていたから連れて来たのだと。ちょっと得体の知れない感じではあるのですが……」
「へえ、それはちょっと見てみたいね」
「見たらきっと忘れられませんよ。見ますか?」
「いや、今回は遠慮しておこう。この町に滞在するならそのうちに会えるだろうからね」
そう言って机に向かい書類仕事を再開するロウェイン。アリサは一礼して部屋を出ると、小さな麻袋に銀貨を入れてカウンターへと戻る。
「お待たせしました。ゴブリンの討伐報酬、銀貨五枚になります」
「五枚って事は一体銀貨一枚か……」
ゴブリン狩りって実は儲かるんじゃね? と、ナミルはふと考える。その目の奥に怪しげな光が灯ったのをアリサは見逃さなかった。
「ゴブリンだからと甘く見ないで下さいね。彼等はバカだけど間抜けではありませんよ。学習能力の高さは人と同じですからね。ナミルさん」
「う。わ、分かってるよ」
心の中を見透かされて慌てるナミル。はぐらかす様に袋を手に取り、中から一枚の銀貨を手に取った。
「それじゃあ、一体分貰うな」
『はい。どうぞ』
手にした銀貨の一枚を自身の財布へと仕舞うナミル。それを目で追うアリサに疑問が生まれた。
「あれ? ナミルさんが倒されたのではないのですか?」
豹猫族は俊敏性が高く、開けた場所ではゴブリンなぞ到底敵わない。彼女が討伐報酬の受付をした事もあってアリサは彼女が討伐したものと思っていた。
「いやいや。オイラは一体倒しただけさ。四体はこの人が倒したんだぜ」
見事な剣さばきだったんだぜ。と、ゴーギャンの剣術をマネながら自慢げに話すナミル。
「そうだったんですね。ですが、例えお強くても注意して下さいね」
『肝に銘じておきます』
ゴーギャンからの返事にアリサは安堵したように頷いた。この人なら大丈夫だ。根拠が無くてもそう思えていた。
「それでは、続いて冒険者証の登録を致します」
アリサはカウンターの引き出しから羊皮紙を取り出してペンを持つ。
「お名前をお教え願いますか?」
『えっと。ご、ゴーギャンで……』
一瞬迷ったものの彼女が誇りをもってやっている仕事であり、いつもはハリボテのスーツだったが今現在は何故か公式設定通りに機能する星殻鎧を着込んでいる本物の宇宙捜査官ゴーギャンである。という心構えが彼女にその名を口出させた。
「畏まりました。次に、ご出身地はどちらでしょうか?」
『出身地……』
アリサの言葉にまたも言葉に詰まる魔魅。東京なんて言った所で分かる訳もなく、この世界の地理には疎いので適当な事を言う訳にもいかない。
『そこは無記入とかしてくれると有難いのですけど……』
「無記入ですか……」
ペンの尻でこめかみを掻くアリサ。
『ダメなのでしょうか?』
「ダメというより、ゴーギャンさんに何かあった場合にご家族の元にお返しする事が出来なくなりますが……」
アリサはカウンターの引き出しを開けて何も書かれていない親指サイズのプレートを取り出して魔魅に見せる。
「モンスターなどに殺されてしまった場合、遺体が食い散らかされてしまって残らない場合が多いんです。ですが金属プレートならばほぼ残りますので、プレートだけでもご家族の元へと送り届けています」
冒険者ギルドではプレートを本人の分身として扱っていて、夢半ばにして力尽きた者達を生まれ故郷に帰す。そんな事もギルドの業務として行なっている。それを聞いて魔魅はまるでドッグタグの様だと思っていた。
ドッグタグとは軍隊などで兵士が身に着け、死亡時の個人を識別する為のものである。戦場で死亡した兵士の亡骸は身元不明のままで埋葬もしくは放置される可能性が高く、氏名等を記した認識票があると身元の特定が容易となる代物だ。
「ですから、もしゴーギャンさんも冒険者の遺体などを見つけた場合にこの証を持って来てくれると助かります」
礼として銀貨一枚が進呈されるとアリサは説明する。
『もし、プレートに何も書かれていなければどうなります?』
「その場合は近場の共同墓地に葬られる事になります」
町外れにある一本の巨木。出身地の記入のない冒険者証や身元不明の遺体などはまとめてそこに葬られている。いわゆる樹木葬というやつである。ただし墓石に代わって木を植えるのではなく、側にある木が墓標の代わりとなる。
「それでも構いませんか?」
『そうですね。それで構いません』
「分かりました。では無記入でお作り致します。それでは少々お待ち下さい」
アリサは席を立ってバックヤードにある小部屋の一つに入ると、棚の引き出しから刻印する為の道具を取り出して真っさらな冒険者証に打ち付けていく。いつもは出身地などを打ち込んでいくが今回は名前だけなのであっという間に打ち終わった。
「よし」
打ち終わった冒険者証を眺めて頷くアリサ。初めの頃は加減も分からずに打ち付けてしまいプレートを歪ませてしまったり穴を開けてしまったりとやらかしたものだが、五年という年月は彼女をベテランの域へと押し上げていた。
「お待たせしました。こちらがゴーギャン様の冒険者証になります」
カウンターに置かれた冒険者証を手に取り繁々と眺める魔魅。
「それでは説明させて頂きます。冒険者証の等級には、銅、鉄、鋼、銀、金、ミスリル、オリハルコン。の七つが御座いまして、採集や討伐などの評価に応じて上下します。場合によっては剥奪される事もあるのでご注意下さい」
『剥奪……』
「はい。盗みを働いた。人を殺めた等、法に著しく背いた場合ですね」
『なるほど』
「初登録であるゴーギャン様の等級は最下級の銅。受けられる依頼は一つ上の等級までになります。それは上位等級者とパーティーを組んでも同じです」
その昔、上位等級者パーティーにくっ付いて高難度の依頼を受ける駆け出しの冒険者が後を絶たなかった。そうした方が手っ取り早く評価を手に入れられると思っての事だ。しかしいざとなると、駆け出しの冒険者は足手纏い以外の何者でもなく、上位等級者でもどうする事もできずに犠牲になる出来事が相次いだ。中には駆け出し冒険者を囮に使いモンスターから逃げおおせた上位等級者も居るという。
そんな事が立て続けに起こり、前途ある若者が無駄死にしている現実を憂いた冒険者ギルドは、上位等級者と同行しても旨味など無い様にし、地道に階級を上げてこそ意味があるのだと説いた。お陰で駆け出しの冒険者が無駄死にするのは大きく減ったものの、稀にゴブリンなどに殺されてしまう者も居て更なる対応を迫られている。
「他に何かご質問などは御座いますでしょうか?」
『いえ、特には……』
「でしたら説明は以上とさせて頂きます。ゴーギャン様のご活躍をギルド一同お祈り申し上げております」
席を立ち深々とお辞儀をするアリサ。その彼女のつむじを見ていたゴーギャンの肩に色鮮やかな豹柄の手が置かれた。
「んじゃ、折角だし依頼でも受けてみっか?」
『依頼……?』
「ああ。あそこに貼ってある紙がそうだ」
ナミルの指差す壁に幾つもの紙が貼られていた。その紙を拡大表示しながら魔魅はこれが噂の掲示板ってやつか。と思っていた。
「オイラのおすすめは薬草の採取だ。酒に漬け込んで薬酒にするんだとさ。匂いは覚えてるからどこに生えているかすぐに分かるぜ」
木々が生い茂っているので日光が地にまで届きにくく地面は適度に湿り気を帯びている。山から湧き出る澄んだ水はミネラルを多く含み薬草の繁殖に一役買っていた。一歩町を出ればすぐ見つけられるほどに繁殖している薬草は独特の匂いを発している為に種族特性ともいえるナミルの鼻に届く。その為に彼女がこの町でダントツの採取率を誇っていた。
『この隣の、マッドイーターってのは?』
「ああ。そいつは――」
マッドイーター。容姿がウーパールーパーに似ているモンスターで、違いはサイズだけ。マーテルの町の南方にある沼地に棲みつき、近場を通る者を突如として襲いかかる。その身は泥の中に隠しており普通では発見が困難な魔物。
「泥の中からイキナリ襲って来やがるからおちおち歩いてもいられねぇんだよなぁ。討伐しようにも囮となる家畜が必要だから銀貨十枚じゃ割に合わなくてよ、みんなスルーしてんだわ」
その魔物のせいで南の村との行き来が出来なくなって久しい。討伐しようにも正確な数が分からない為囮とする家畜の数もどれくらい必要なのかも分からない。町の家畜で足りれば良いが、足らない場合は近隣から連れてこなければならず、野犬や狼などにも襲われる危険も増す。その為に手付かずのままとなっている案件だ。
『そうなんだ……』
バイザー越しに依頼書を見ながら魔魅は考える。このスーツの各種センサーならば水面下に潜む者も探知が可能ではないのか、と。
「な。おいおい。まさかコイツを受けようってんじゃないだろうな? いくらゴブリン討伐で金が入ったからってそれっぽっちじゃ全然足らないぜ?」
『大丈夫。試してみたい事があるの』
「試してみたい事……?」
首を傾げるナミルの目の前で、魔魅は依頼書を壁から剥がしてアリサの居るカウンターへと向かう。その後をナミルは追った。
『すみません。こちらの依頼を受けたいのですが』
「はい。拝見いたします……えっ!?」
ゴーギャンから手渡された依頼書を見てアリサは驚く。ついさっき登録を済ませたばかりの者が持って来たのはマッドイーター討伐の依頼書。依頼ランクとしては一つ上の『鉄』である為に問題は無いが、駆け出しが受ける様な依頼ではない事は確かだ。
ゴブリン討伐の報奨金があるから受けたのだろうとアリサは思っていた。けれどマッドイーター討伐には家畜が必要でその家畜は銀貨十枚では買えない。
「あの、本当にこれでよろしいのですか? マッドイーター討伐には囮が必要で、その囮も決して安くはないのですが……」
何より、登録したての駆け出し冒険者には荷が重すぎるとアリサは……魔魅の後ろでナミルがウンウンと頷いているのでナミルもそう思っている。
『大丈夫です。ちょっと試してみたい事があるので囮も必要ありませんから』
「はあ……」
呆れた声を出すアリサ。自分は囮を使った狩り以外に手段は見つけられないが、こうまで言うのだから何か秘策があるのだろう。立場上警告はしたし後は自己責任でやってもらう他ない。だけど最後に釘は刺しておこうと口を開いた。
「分かりました。ですがくれぐれも注意をして下さい。相手は生き物。不測の事態も考えられますから」
『分かりました。肝に銘じておきます』
マッドイーター討伐の手続きをしてナミルとゴーギャンの二人を見送るアリサ。彼女の心には言われえぬ不安が蟠っていた。
☆ ☆ ☆
魔魅とナミルが冒険者ギルドを後にする頃には辺りは薄暗くなっていた。天高く聳える木々の上空では青空が見えるがその根元に建つ家々には明かりが灯り、道行く人の中にはランタンを持つ者もちらほら。それを見てもうそんな時間なのかとナミルは思う。とはいえ、まだ四時を回った程度なので他の街ではまだまだ明るく、深森の町マーテルならではの日暮の速さ。
『この町は日が暮れるのが早いのね』
「ああ、あっという間だ。その所為で燃料費が高くついちまって貯金もままならねぇよ」
『貯金?』
「あれ? 話してなかったっけ? オイラは王都に行きたいんだ。王都に行って依頼を受けてランクを上げ、有名な冒険者になりたいんだ。その為にお金を貯めている最中なのさ」
ゴブリン討伐の報酬である銀貨。一枚だけといえどその夢に大きく近付いたのは間違いない。人助けはするものだ。と、ナミルは上機嫌だった。
「アンタはどうなんだ? 夢とかないのか?」
『私の夢……』
魔魅の夢はすでに叶っている。スーツアクターとして主役を張る事こそが彼女の夢だ。それを達成してからも更なる向上を目指して訓練に励むだけでなく、後輩の指導などを行い毎日充実した日々を送っている。
『夢じゃないけど、とある目的の為に調査をしなければならないかな……』
「とある目的? どんな?」
『それは、ヒミツ』
なんだよそれ。と、ナミルは笑んで言う。けれど流石に元の世界に戻る為の調査だとは言えない。その為、人差し指を立ててナイショの仕草をするメタルヒーローというレアな姿を見る事ができた。
「さて、それじゃ宿屋へ行くか。アンタも今日は疲れただろ。メシ食って早めに休もうぜ」
『ええ。そうね』
異世界転移にハリボテな筈の星殻鎧の稼働。ゴブリンの襲撃に現地民との邂逅。今日は本当に色々あったのだと魔魅は思う。元の世界とは違う硬めのベッドでも気にする暇もなくよく眠れるだろう。ナミルに続いて宿屋の扉を潜った魔魅はそう思っていた。
☆ ☆ ☆
深森の町マーテルの朝は早い。木々の合間から星空が垣間見える時間から酒造を生業としている人達が動き出し、それに合わせる様に各種の店が開く。それらが落ち着くと今度は太い幹の間隙を縫う様に陽光が差しこみ始めて町は本格的に動き出す。
異世界の食事を堪能し、思っていた通りに硬めのベッドも気にする事なくグッスリと休んだ魔魅は起き上がって大きく伸びをする。そして、ベッドから降りて毎朝欠かさず行っているストレッチをしながら昨日の疲れが残っていないか確認する。なにせ初めて命のやり取りをしたのだ。緊張によって痛めた所がないか念入りにチェックをしていく。
そのストレッチが終わる頃、誰かがドアをノックする音と共に声らしきモノが聞こえた。魔魅は足を肩幅に開いて真下に腕を突き出してから何かを引っ張り上げる様な仕草をする。
「着装っ!」
魔魅の掛け声を発すると床から天井に向かって光の柱が立ち昇り、魔魅の姿を呑み込んだ。そして光の柱が薄れるとその中から銀に輝く鎧に包まれた人物が現れた。
「宇宙捜査官っ、ゴーギャン参上っ!」
決めポーズと共に口上を述べる魔魅。そんな事をしなくても良いじゃないかと思われるが、何故かそこまでがデフォルトで中断する事は出来ないらしい。
『どなた?』
「ナミルだ。開けてもいいか?」
『ええ。どうぞ』
ドアを開けて入室したナミルは椅子にまたがり背もたれにヒジを着く。
「よく眠れたのか?」
『ええ。自分でも驚くくらいに』
魔物が闊歩しているだけでなく、盗賊などからも狙われる命の軽い異世界でよくもまあグッスリと寝れたモノだと魔魅は思う。『私ってそんな神経図太かったかしら?』と思わず呟いたくらいだ。
「今日は昨日受けた依頼をこなすんだろ? オイラも連れて行ってくれないか?」
『それは構わないけど……でも。どうして?』
「それは昨日も言った様に、オイラの夢は王都に行って名声を手に入れる事だ。その為にはこんな田舎にいつまでも燻っている訳にはいかねぇ。だからより金になるマッドイーター討伐の参考にしたいんだ」
一体につき銀貨で十枚。囮問題さえクリアできればそれだけの金が入り王都行きも近付く。目の前のゴーギャンもその囮を使わずに討伐しようとしている様子である以上、見ておきたい。
『それは構わないけど、多分ナミルの参考にはなれないよ?』
「え? そうなのか?」
魔魅がやろうとしてる策とは、ゴーギャンに搭載されている各種センサーを駆使して水面下に潜むマッドイーターを見つけ出そうというものだ。生身のナミルではどう足掻いても参考にすらならない。
『それでも「良い」と言うのなら……』
「――! そうか! そいつはありがてぇ。よし、朝メシを食ったらさっそく出掛けよう。食事を貰ってくるから、ちっと待っててくれ」
『うん。ありがとう』
良いって事よ。とナミルは答えながら手の平をひらひらさせて階下へ食事を取りに行った。
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