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瑛美が師事している篠宮伸子は世界でも有数のソプラノ歌手だった。
音楽の館には出演者の中でもトップクラスのごく限られた音楽家達が宿泊している。篠宮が館の当主と昔から深い交流があったため、特別に瑛美も館での宿泊を許可されていた。
前夜祭の翌朝。瑛美は屋敷の裏の森を散歩していた。辺りは昨夜のざわめきが嘘のようにひっそりとしていて、聞こえてくるのは微かな鳥のさえずりだけだった。豊かに茂る木々を朝もやが微妙に隠す。それはとても神秘的な光景。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで瑛美は歌を口ずさむ。森に恵美の声が響く。瑛美にとって歌うことは呼吸することと同じだった。
歌。それは瑛美にとって生きる意味。歌う為に生き、生きる為に歌う。それは瑛美の喜び。瑛美の心。歌っている間、瑛美は幸せでいられた。
声を出し満足した瑛美は深呼吸する。
それは森が再び静寂を取り戻した時のことだった。
「美しいソプラノだ」
ひどく繊細で魅力的な声だった瑛美は驚き振り返る。
そこには小さな子供が立っていた。十歳前後の男の子。天使がいるとするならばこんな子ののでは?と思うほどキレイな男の子だった。
瑛美は柔らかく笑いかけた。
「ありがとうございます」
彼はにこりともせず瑛美を見上げる。ブラウンの髪がさらりと揺れ、その奥から澄んだブルーの瞳があらわれた。その無機質さに知らず背筋が伸びる。
「名は?」
「瑛美といいます」
「音楽祭の参加者?」
「いいえ。先生が出演されるので」
「先生?誰?」
「篠宮伸子先生です」
彼は少し笑んだようだった。
「ああ。……おまえの歌は彼女によく似ている」
瑛美は不思議な思いでそれを見る。大人びた態度、大人びた口調。すべてがどこかしっくりこない。
「あの?」
「歌うことが好き?」
瑛美の言葉を遮り彼はそう言った。
「……ええ」
「何よりも?」
瑛美は大きく頷いた。
「何よりも好き」
彼は華やかに笑った。
「そう。それはよかった」
瑛美はきょとんと彼を見る。
「君の声からはとても純粋な喜びが感じられる。それが君の魅力であり、欠点でもある」
ますますわけがわからず瑛美は首を傾げる。
「どうするかはこれから考えよう」
彼はそういってゆっくりと歩き出した。
そして。
木々の中へと消えていった。
音楽の館には出演者の中でもトップクラスのごく限られた音楽家達が宿泊している。篠宮が館の当主と昔から深い交流があったため、特別に瑛美も館での宿泊を許可されていた。
前夜祭の翌朝。瑛美は屋敷の裏の森を散歩していた。辺りは昨夜のざわめきが嘘のようにひっそりとしていて、聞こえてくるのは微かな鳥のさえずりだけだった。豊かに茂る木々を朝もやが微妙に隠す。それはとても神秘的な光景。
澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで瑛美は歌を口ずさむ。森に恵美の声が響く。瑛美にとって歌うことは呼吸することと同じだった。
歌。それは瑛美にとって生きる意味。歌う為に生き、生きる為に歌う。それは瑛美の喜び。瑛美の心。歌っている間、瑛美は幸せでいられた。
声を出し満足した瑛美は深呼吸する。
それは森が再び静寂を取り戻した時のことだった。
「美しいソプラノだ」
ひどく繊細で魅力的な声だった瑛美は驚き振り返る。
そこには小さな子供が立っていた。十歳前後の男の子。天使がいるとするならばこんな子ののでは?と思うほどキレイな男の子だった。
瑛美は柔らかく笑いかけた。
「ありがとうございます」
彼はにこりともせず瑛美を見上げる。ブラウンの髪がさらりと揺れ、その奥から澄んだブルーの瞳があらわれた。その無機質さに知らず背筋が伸びる。
「名は?」
「瑛美といいます」
「音楽祭の参加者?」
「いいえ。先生が出演されるので」
「先生?誰?」
「篠宮伸子先生です」
彼は少し笑んだようだった。
「ああ。……おまえの歌は彼女によく似ている」
瑛美は不思議な思いでそれを見る。大人びた態度、大人びた口調。すべてがどこかしっくりこない。
「あの?」
「歌うことが好き?」
瑛美の言葉を遮り彼はそう言った。
「……ええ」
「何よりも?」
瑛美は大きく頷いた。
「何よりも好き」
彼は華やかに笑った。
「そう。それはよかった」
瑛美はきょとんと彼を見る。
「君の声からはとても純粋な喜びが感じられる。それが君の魅力であり、欠点でもある」
ますますわけがわからず瑛美は首を傾げる。
「どうするかはこれから考えよう」
彼はそういってゆっくりと歩き出した。
そして。
木々の中へと消えていった。
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