怪人幻想

乙原ゆう

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 空が青く澄み渡った天気のいい午後。カフェのテラス席にエドワードはいた。音楽祭の参加者の多くがそうであるようにエドワードも音楽の館の近くの関係者専用のホテルに宿泊していた。参加者達の中には自分の出演が終わると国へ帰る者もいたがエドワードはもちろん残るつもりでいた。

 目覚めたのはつい先ほどで、まぶしすぎる太陽の光にもようやく慣れてきたところだった。
 普段はひっそりとした街だが音楽祭の間は関係者や観光客で賑やかなのだという。活気ある人々をエドワードはぼんやりと眺めていた。

「ハイ!エドワード」

 声は突然ふってきた。
 エドワードは声の主に焦点を合わせると軽く唇の両端を持ち上げて微笑んだ。

「やあ、メリッサ。久しぶりだね」

 エドワードは彼女に椅子を勧めた。彼女はブリュネットの長い髪をかき上げ席に着いた。
 メリッサは今年で二十五になるヴァイオリニストで演奏もさることながらその華やかな容姿が話題を呼んでいた。もちろん音楽祭の参加者である。

「通りの向こうでいい男がいると思って見てたのよ。そしたらあなたじゃない?髪切ってるからわからなかったわ」
「一年ぶりくらいかな?」
「そうね。そういえば昨日の演奏、やったじゃない。あのメルソンと同じ舞台に立てるなんて!」

 エドワードは今回メルソンに大抜擢されて彼女と共演することになった。

「どうしても彼女があの曲を演奏したくて無理矢理プログラムに加えてもらったらしい。メンバーを探してるときにたまたま僕の噂を聞かれたらしくってね。幸運だったよ」

 メリッサは、ははんと笑う。

「メルソンはわがままで有名だものね。気位高くてさ。でも……」

 エドワードはメリッサの瞳の奥に光を見た。

「でも彼女のヴァイオリンは洗練されてるわ。聞く度に思うの。無駄がないの。引きつけられる」
「僕は君の音色も好きだけどね」

 メリッサはフッと笑った。

「ありがとう。あなたのピアノも素敵よ。そういえばあなたの音色は少し変わったわ。なんだか柔らかくなった」

 メリッサはそう言うと好奇心旺盛な目をエドワードに向けてきた。

「例の噂はまんざらうそでもなさそうね」
「うわさ?」

 メリッサは悪戯っぽく笑う。

「あなたが東洋の島国の子供に入れ込んでるってウ・ワ・サ」
「ああ、エイミね」
「あら?本気なの?」

 意外だとメリッサの目は語っていた。

「……信じられないわね。学生の頃じゃ考えられないわ」

 メリッサとエドワードはかつて同じ音楽学院で学んでいた。しばらくしてからメリッサは国へ帰ったもののその後も連絡は途絶えることはなく、彼女がデビューしてからもときどきエドワードに会いにきていた。

「基本的には一途なんだよ」
「あなたと付き合ってた頃にはあまり感じられなかったわ」
「そんなはずはないさ」

 エドワードは薄く笑う。それに答えるかのようにメリッサも微笑んだ。

「彼女のどこに惹かれたのかしら?」
「……とてもオリエンタルなところ」
「それだけ?」

 メリッサの目は語る。それだけではないだろうと。

「あとはかなくて、……純粋なところ」
「ああ、そういうこと。自分にないものをほしがるのね」
「どういう意味だい?」
「あなたかなりのエゴイストだもの。それに……誰も本気で愛せない」
「君は相変わらず手厳しいね」

 エドワードは目を伏せる。
 確かに誰にも本気になったことなどなかった。誰といてもまるで他人事のように客観的に見ている自分がいた。それを苦痛だと感じたことはなかったが次第にピアノの音にあらわれ始めた。
 誰にも負けない完璧な技術と極めて優れた音楽センス。テクニックには自信があった。だがそれだけだった。気がつけばいかなる時にも冷静で客観的なピアノしか弾けなくなっていた。
 そんなときに恵美に出会った。彼女の純粋な歌声を聞いた。コンクールの為でなく、効果を考えて歌うのでもない。何の打算もない心からの歌を聞いた。そのとき自分は変わった。

「かつてはそうだったかもしれないけれど人間は変われるものだよ。君が昔言ったじゃないか」

 メリッサは頷く。

「ええ、そうね。確かに言ったわ。でも覚えてる?あなた言ったのよ。『人の本質はそう簡単にはかわらない』って」

 メリッサは記憶力が抜群によかった。それは今も昔も変わらない。

「僕は何もわかっちゃいなかったんだよ」

 エドワードは穏やかにそう言った。
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