魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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血塗れデート3

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 <夜明けの雲>の様子が一変した。
 嬉しそうな笑顔を変わらないが、全身から凄まじい闘気が溢れる。ようやく本気を出した…ということは、さっきのバカげた一撃ですら小手調べ程度だったのか。
 構えたステレの背筋を緊張が走る。

 (今度食らったら死ぬか、、、。全てを捨てて逃げて魔の森の奥まで来て、訳の分からない戦闘狂に絡まれて殺されるのが私の死か、、、)

 まぁいい。
 そうあっさりと割り切る。死ぬまで生きる。ただそれだけが今のステレの全てだ。死に方も死に場所も選ぶ気は無い。
 だが、いつ死んでもいいが、生きることから手を抜くことは違う。ステレは<夜明けの雲>の足元にそっと視線を落とす。ステレは外部に発現させる魔法が一つだけ使える。他愛もない魔法だが、ステレはこれを切り札にし、男の騎士と渡り合う手段にしてきた。瞬時に発動させることはできない、気付かれないこと、使うタイミングが重要だ。どこで仕掛ける、、、、。

 だが、ふっとステレは気付いた。
 彼は武器を失った自分に準備する時間をくれた。なぜか?それは強さからの余裕か?それだけじゃない。彼は全力で闘いたいのだ。勝とうが負けようがそれは戦った結果でしかない。彼にとってこれは闘うためだけの闘いなのだ。
 では自分はどうだ?何故彼の立合いを受けた?。勝負を受けるだけで逃げても良かった。馬鹿正直に正面から闘いを挑む必要は無かった。何故、彼に「期待外れ」と言われ、怒りではなく恥と感じた?
 何のことは無い、自分も彼と闘いたかっただけだ。だから正面から同じ舞台に上がった。彼に戦う資格があると認めて欲しかった。
 (なんだ、、、彼の言った通り、私も戦闘狂か)ふっと口角が上がる。

 「ステレ・カンフレー」
 「ん?」
 「捨てた名よ。だけど、まぎれも無く私の名。覚えてくれても忘れてくれても良いわ。私が名乗りたくなっただけだから」

 小細工の魔法は必要ない。彼の舞台の流儀に従おう。闘うための闘い、それでいい。そう思うと、自分を偽るのはやめよう。そんな気になった。

 「ステレ、、うんステレね。んじゃ二戦目闘ろうか」

 ステレの心中などうでも良いように、<夜明けの雲>は軽く応じると間合いを詰めてくる。先ほどと同じように構えもしないが、足取りはさっきよりずっと慎重になっていた。
 ステレは、防御強化に変えて身体強化の魔法を発動させた。この剣なら、さっきより狭い間合いでの攻防になるが、魔法での強化も併せてバルディッシュより数段早く振れる。彼はバルディッシュの間合いの外から、瞬時に肘を叩きこんで来た。彼はどこからでも打ちこめる。彼の方が間合いは長いのだ。だが、<夜明けの雲>は打ってこない。こちらの斬り込みを打ち返す気だ。彼は構えていないのではなく、あれが構えなのだ。ステレは剣を握りなおす。長剣を実戦で使うのは初めてだ、細かな剣技などできない。自分の間合いで、ただ速く斬る。
 長剣の間合いの外から、ステレは前に踏み込んだ。自分でも驚くほど自然に足が出た。瞬時に間合いに踏み込むと同時に魔銀の剣が振り下ろされる。速くただ速く。恐らくは、宙を飛ぶ鳥ですら両断するほどの一閃。ステレの感覚内の時間が圧縮されたかのように、神速で振り下ろされる自分の剣がスローで見える。
 しかし<夜明けの雲>の動きはそれを上回っていた。刃をかすめ、踏み込んでくる姿がコマ落としのように見える。
 (負けか、、、彼の方が速い、、、、)
 それだけで敗北を覚悟した。
 半身で剣をギリギリ躱し、踏み込んだ<夜明けの雲>の拳がステレの右胸にめり込んだ。
 激痛と共に圧縮された時間が終わった。

 ごぽ

 鼻と口から噴き出した血が、顎を伝って落ち、地面に血溜まりを作る。
 今度は、ステレは吹き飛ばされなかった。ステレの斬撃にカウンターで打ち込まれた拳の威力は、余すことなくステレの肉体を破壊した。
 (これは致命傷だ、、、、)
 即座に理解できる。鬼人になったステレは、自分が只人とは比べ物にならないほど『死ににくい身体』になったことを知った。事実、今までこれ程の傷は受けたことはなかった。だが『かつて只人だったステレ』は、死の気配に全身を包まれたことがある。今、同じ気配に包まれている。
 これで私は死ぬ。
 今までに無い力が出せた。それを上回る力でもたらされた死だ、心残りは無い。

 「君、すごいね。不完全にしか打ち込めなかった」

 そんな気分をブチ壊すがごとく、<夜明けの雲>は嬉しそうに言った。場違いなほど言葉の端に嬉しさが溢れているのが判る。
 これで不完全とは恐れ入る。破城槌でも使わなければ、鬼人の身体をここまで破壊できないはずだ。彼の拳は肋骨を粉砕し、半ばまでめり込んでいる。息が苦しい。自分の血で溺れそうだ。衝撃で右肺は全部が破裂しているようだ。かろうじて心臓は動いているが、耳の後ろで脈を打つ音がだんだん不規則になってきた。間もなく止まるだろう。簡単な傷を癒す魔法は使えるが、この傷を全部復元するのは無理だ。
 軽口で返そうとして、何も声が出せず、紫色の血が霧のように飛び散った。森に住む魔獣と同様に、ステレの血は紫色をしている。いつも見る明け方の空の色だ。(なるほど、これが彼の名の由来なのかも、、、)そんなどうでも良い事を考えているうちに、意識が闇に沈んで行く。手から剣が落ちた。
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