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商人がやってきた3
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3人が倒木を担いで山小屋に戻る頃には、日が傾いていた。屈強な男3人が、「ホイッ」「ハイッ」「ホイッ」「ハイッ」と謎のテンションで丸太を担いで登って来る様は、なんとも形容しがたい物だった。
担いで山を登るより、余計な枝を払うのに苦労したという。山刀で切り付けても中々歯が立たず、ノル・ヴァルレンが魔法加工の応用で軟化の魔法をかけて、ようやく枝を落とすことができた。魔の森の木は確かに魔力を帯びるが、ここまで異常な硬さにはならない。ステレの山小屋は柱も梁も魔の森の木で作ったし、日々必要な薪も森から集めているのだ。倒木については明日以降に詳しく調べることになった。
夕食は、山小屋でできる精一杯のもてなしだった。
猪の肉と野草の鍋物、椀が足りないので皆で鍋から直接取って食べる。一部の肉は骨ごと焼いてから切り分けで供する。こちらは薄く丸く焼しめたパンが皿代わりになる。普段は塩しか無いが、ノル・ヴァルレンが倒木回収のついでに食用のキノコを採ってきたので、鍋に一味足すことができた。キノコは良い味が出るが、魔の森の毒キノコなど口にしたら、鬼人のステレでもどうなるか分かったものではない。明日を考えぬ生活をしていたステレとはいえ、数日に渡って下痢で苦しんだ上に内臓が破壊されて死ぬのはぞっとしないので、今まで避けていたのだ。
久々の客に、ステレは物置からとっておきのミードの甕を出した。蜂蜜が大目に取れたので作っておいたものだ。魔の森の蜂は中々に凶悪で、さすがのステレも刺されると大変な目になる。なので、熊がハチの巣を襲っているときに便乗し、体中を外套で覆って近づき、横からおこぼれを失敬している。熊は本能的にステレを手強いと感じるのか、手も出さずに許してくれる。「渋々ってのが顔を見て判るのが可笑しいの」とステレは愉快そうに言うが、聞いたドルトンとノル・ヴァルレンは思わず顔を見合わせた。熊の魔獣は、只人の兵なら最低でも小隊で相手にする強さなのだ。
日が落ちる頃には酒が回り、皆少し饒舌になっている。ノル・ヴァルレンはこの機に森の情報を得ようと、聞き役に回ってあれこれと話をしては紙の束に書きつけていた。大半はステレが報告書にまとめて送っているが、そこに書かれていない些細な事を見つけようと、話題は種々雑多なものになっていく。その一方、ノル・ヴァルレンは森で生きる知識をステレに教示してくれた。食べられる野草、食用のキノコ、毒矢に使える毒草、毒キノコの見分け方など、日が出たら見分ける特徴を簡単に絵と文にまとめると約束してくれた。
毒矢を使えば、鳥だけでなく四つ足の獣も一矢で仕留められるとノル・ヴァルレンは言うが、毒の製法は秘伝で彼の一存では教えられないとのことだった。ステレは相当な強弓を引くが、大型の獣は急所に当てない限りは一矢で仕留めるのは難しい、矢を失うだけなので通常は鹿や猪は罠を使うか、待ち伏せして斧で仕留めている。
「ステレ様は弓もお使いに?」
話が毒矢から弓に及び、ノル・ヴァルレンが興味を持ってきた。
「使えるけど、大した腕じゃないわ」
「どなたかに師事を?」
「私は元々騎士ではなく護衛だから、弓は旅の途中でイーヒロイスに指導を受けた程度よ」
イーヒロイスはグリフの逃避行に同行した5人の貴族の一人で、王国一の弓の名手と言われている。今では他の4人同様に侯爵に列せられている。
「イーヒロイス卿!、その高名は森人にも聞こえておりますぞ。ただ、その腕前はこの国では二番目と言わざるを得ませんが」
「彼以上の弓取りがいたかしら?」
ステレは首を傾げながら記憶をたどる。王都を離れて久しいが、その時点でも彼に並ぶ弓取りの名は上がって居なかったはずだが。
「先日までは居りませんでした。現在は私がこの国に居りますれば」
「え?」という顔で、ステレはノル・ヴァルレンを見る。当人は真面目くさった顔をしていたが、ややあってこらえきれないように破顔した。
「いや、酔ったせいか少々高言が過ぎましたかな」
「すごい自信ね。森人は皆そうなのかしら?」
「こと弓において只人に後れを取ることは許されませんから」
ステレはこの森人に好感を持った。傲慢に見える本人の言葉と裏腹に、気負いも嫌味も感じられない。実際ノル・ヴァルレンは、「弓の名手と言っても、遠矢、数矢と様々で一概にこれができれば一番という物は無い。剣術と違って互いに撃ち合って勝負を決める訳にもいかないし、結局は廻りの評価と自負だけです」と付け足した。確かにそういうものなのだろうし、イーヒロイス自身も、自分が王国一の弓取りという自負は持っていたが、「必要なときに的に当たればそれが一番ということだ」と言っていた。
「明日になったら、その腕の一端でも見せていただけるかしら?」
「喜んで」
それでその夜は散会となった。ステレは久しぶりに楽しい気分で床に就いたのである。
担いで山を登るより、余計な枝を払うのに苦労したという。山刀で切り付けても中々歯が立たず、ノル・ヴァルレンが魔法加工の応用で軟化の魔法をかけて、ようやく枝を落とすことができた。魔の森の木は確かに魔力を帯びるが、ここまで異常な硬さにはならない。ステレの山小屋は柱も梁も魔の森の木で作ったし、日々必要な薪も森から集めているのだ。倒木については明日以降に詳しく調べることになった。
夕食は、山小屋でできる精一杯のもてなしだった。
猪の肉と野草の鍋物、椀が足りないので皆で鍋から直接取って食べる。一部の肉は骨ごと焼いてから切り分けで供する。こちらは薄く丸く焼しめたパンが皿代わりになる。普段は塩しか無いが、ノル・ヴァルレンが倒木回収のついでに食用のキノコを採ってきたので、鍋に一味足すことができた。キノコは良い味が出るが、魔の森の毒キノコなど口にしたら、鬼人のステレでもどうなるか分かったものではない。明日を考えぬ生活をしていたステレとはいえ、数日に渡って下痢で苦しんだ上に内臓が破壊されて死ぬのはぞっとしないので、今まで避けていたのだ。
久々の客に、ステレは物置からとっておきのミードの甕を出した。蜂蜜が大目に取れたので作っておいたものだ。魔の森の蜂は中々に凶悪で、さすがのステレも刺されると大変な目になる。なので、熊がハチの巣を襲っているときに便乗し、体中を外套で覆って近づき、横からおこぼれを失敬している。熊は本能的にステレを手強いと感じるのか、手も出さずに許してくれる。「渋々ってのが顔を見て判るのが可笑しいの」とステレは愉快そうに言うが、聞いたドルトンとノル・ヴァルレンは思わず顔を見合わせた。熊の魔獣は、只人の兵なら最低でも小隊で相手にする強さなのだ。
日が落ちる頃には酒が回り、皆少し饒舌になっている。ノル・ヴァルレンはこの機に森の情報を得ようと、聞き役に回ってあれこれと話をしては紙の束に書きつけていた。大半はステレが報告書にまとめて送っているが、そこに書かれていない些細な事を見つけようと、話題は種々雑多なものになっていく。その一方、ノル・ヴァルレンは森で生きる知識をステレに教示してくれた。食べられる野草、食用のキノコ、毒矢に使える毒草、毒キノコの見分け方など、日が出たら見分ける特徴を簡単に絵と文にまとめると約束してくれた。
毒矢を使えば、鳥だけでなく四つ足の獣も一矢で仕留められるとノル・ヴァルレンは言うが、毒の製法は秘伝で彼の一存では教えられないとのことだった。ステレは相当な強弓を引くが、大型の獣は急所に当てない限りは一矢で仕留めるのは難しい、矢を失うだけなので通常は鹿や猪は罠を使うか、待ち伏せして斧で仕留めている。
「ステレ様は弓もお使いに?」
話が毒矢から弓に及び、ノル・ヴァルレンが興味を持ってきた。
「使えるけど、大した腕じゃないわ」
「どなたかに師事を?」
「私は元々騎士ではなく護衛だから、弓は旅の途中でイーヒロイスに指導を受けた程度よ」
イーヒロイスはグリフの逃避行に同行した5人の貴族の一人で、王国一の弓の名手と言われている。今では他の4人同様に侯爵に列せられている。
「イーヒロイス卿!、その高名は森人にも聞こえておりますぞ。ただ、その腕前はこの国では二番目と言わざるを得ませんが」
「彼以上の弓取りがいたかしら?」
ステレは首を傾げながら記憶をたどる。王都を離れて久しいが、その時点でも彼に並ぶ弓取りの名は上がって居なかったはずだが。
「先日までは居りませんでした。現在は私がこの国に居りますれば」
「え?」という顔で、ステレはノル・ヴァルレンを見る。当人は真面目くさった顔をしていたが、ややあってこらえきれないように破顔した。
「いや、酔ったせいか少々高言が過ぎましたかな」
「すごい自信ね。森人は皆そうなのかしら?」
「こと弓において只人に後れを取ることは許されませんから」
ステレはこの森人に好感を持った。傲慢に見える本人の言葉と裏腹に、気負いも嫌味も感じられない。実際ノル・ヴァルレンは、「弓の名手と言っても、遠矢、数矢と様々で一概にこれができれば一番という物は無い。剣術と違って互いに撃ち合って勝負を決める訳にもいかないし、結局は廻りの評価と自負だけです」と付け足した。確かにそういうものなのだろうし、イーヒロイス自身も、自分が王国一の弓取りという自負は持っていたが、「必要なときに的に当たればそれが一番ということだ」と言っていた。
「明日になったら、その腕の一端でも見せていただけるかしら?」
「喜んで」
それでその夜は散会となった。ステレは久しぶりに楽しい気分で床に就いたのである。
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今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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