魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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商人がやってきた2

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 「さて、本日お譲りいただける物は、どの程度ございますでしょうか」

 お茶でひと時喉を潤すと、ドルトンは商談を切り出した。

 「王都に持って行ってもらうものだけど、今回はちょっとお願いしたいことがあるのだけど」
 「と、いいますと?」

 普段ステレが引き渡している産物は王都への献上品扱いであるが、経費捻出のために多くがドルトンに下賜されている。魔獣の素材は既に魔法による強化が入っているに等しく、裏山から取れる岩塩も、砥石も、長期間魔力に晒された結果特殊なものになっている。植生も特殊で、ステレが水筒に使っている琥珀瓢と呼ばれているのは、表皮が琥珀のごとき透明な結晶となった瓢箪である。これらは王都で販売され、ドルトンの経費を賄っている。今回は、貴族に返還する武具を持って行ってもらうつもりだが、これは販売することができないからドルトンはタダ働きになってしまう。お願い以上はできないとステレは考えていた。
 ステレは、神殿遺跡の前の広場と、そこでの魔人との立合、その地に残った武具を回収したことを簡単に伝えた。殺されかけたことと、再戦の約束をしたことは伏せ、『一撃で武器を折られ失望された。その辺のガラクタが邪魔だから持って帰れと言われた』とだけ話す。

 「なんと、、魔人ですか、、、」
 「これは、、、予想していた以上の話が出てきましたね」

 二人はいきなり飛び出した伝説の存在に絶句している。

 「武具は相当古い物だと思うけど、名のある武人でなければ持てないようなものばかりよ。私じゃ何処の家の物か判らないけど、王城には記録が残っていると思うわ。子孫が居るなら手に渡るようにして欲しいとオーウェン卿に伝えて」

 平民であるドルトンもステレも王家と直接の交渉はできない、貴族の取次が必要である。それがロイツェル侯爵、オーウェン・アルガだ。二人が信頼する旧知の貴族で、貴重な武具を安心して託すことができる。

 「いつ誰がどういう理由で魔人と立ち会ったのか調べれば、魔人の事も何か判るかもしれない。可能な限りでいいから、それを教えて欲しいと伝えて。正直、、、訳の判らないヤツでね。少しでも情報が欲しい」
 「承知いたしました。今回はその武具を優先して運ぶことにいたしましょう」
 「ありがとう。売り物にならない物ばかりですまないわね」
 「なんの、今まで随分と儲けさせていただいておりますのでご心配なく」

 お茶を片付けると、ステレは武具を収めた箱を引き出した。いずれも現在は希少な武具ばかりだ、現物をチェックしながら、ドルトンと商会員は度々感嘆の声を上げた。紛失が起きないよう目録を作り、偽造の利かない魔法のインクで二人の署名を入れる。

 「間違いなくお届けいたします」

 そう言って預かった箱を厳重に梱包すると、ドルトンは商会員に命じて手持ちの荷物をステレの小屋と物置に運び込み始めた。

 「ちょっと、こんなに置いて行かれても困るわ」
 「お預かりした荷物は金物ばかりで重さが嵩みますので、手持ちはなるべく置いていかせてください。あ、生皮は痛まないうちに頂戴していきます」

 勝手知ったる人の家で荷物を出し入れする。
 ドルトンは戸口に転がるバルディッシュに目を止めた。

 「、、、これはステレ様の武器では?」
 「魔人にへし折られたわ。素手でこれよ」
 「武器無しでこれからどうするおつもりで」
 「どうもこうも、柄を直して使うわよ。山刀もあるから、デカブツが出なきゃ大丈夫でしょ」

 何事もなく言うステレに、ドルトンは軽く溜息を付く。
 目の前に、持主も良く判らない至高の剣が何振りもあるというのに、それらを箱詰めして王都に送り自分は古びた斧の柄を直そうというのだ。
 今までもそうだった。銀の食器やカトラリー、寝間着などすべて「必要ない」と受け取らなかった。それ以外の物も、仕事に必要であるから。あるいはドルトンの『お嬢様扱い』に付き合うためにやっと受け取ったのだ。それはこの鬼人の女性の、蛮族そのままのガサツさだけでなく、義理堅く遠慮深い一面のためだ。特に王家に対しては信じられないほど忠実であろうとする。

 (いや、『王家』ではなく『王』に対してか。そして、我々に対しては……借りを作りたく無いということか。だが、魔人の話を聞いた以上、見過ごすことも出来まい)

 「シェーア、ラクライ。来る途中に樫の倒木があったろう。持ってこれるか?」

 ドルトンが男の商会員に声をかける。二人ともかなり体格が良い。

 「あれだと、あと一人欲しいですね」
 「私が行きましょう。魔の森の植生を間近でもう少し見たいと思っていましたので」

 ノル・ヴァルレンが手を上げた。
 『先生、お願いします』『客人に申し訳ない』などと言いながら3人は山を降りて行った。

 「ドルトン、、、」

 見送るドルトンに声をかけようとしたステレは、振り向いて真っ直ぐ見つめるドルトンの視線で、言葉途中で止まった。しばらく何か逡巡していたかのようにただステレを見つめていたドルトンは、ややあってようやく口を開いた。

 「ステレ様、確かに私は商売としてここに来ておりますし、、、、」

 一旦言葉を切る。ほんの一瞬の躊躇。

 「既にお気づきかとは思いますが、ステレ様のご様子を監視するよう命じられているのも事実です」

 互いに気付いていながら暗黙の了解で口にしなかった事実を、ドルトンは始めて言葉にした。商会員も手を止め、固唾を呑んで次の言葉を待つ。

 「ですが、、、、その、ご信用いただけないかもしれませんが、我々は皆ステレ様のお力になりたいとも思ってここに来ております。私共をもう少し頼っていただけたら、そう思っているのですよ」

 しんと静まり返る。
 ステレも何も言えない。そうあって欲しいと思いながら、それでも期待しすぎることを恐れていたこと。
 信じたい、、けれど失いたく無い。

 「そうですよ、ステレ様!」

 突然、女性店員の一人が声を上げた。いつも先触れに来るミュンだ。それをきっかけのように、周りの店員も口々に同意する。
 しばらく黙ったままだったステレはようやく顔を上げた。
 失わないように最善を尽くそう。それに、この声を疑うなら、自分はもう本当の鬼ではないか。

 「そうね、、、、ありがとう、、、」

 ステレがようやく言った一言は、少し湿り気を帯びていたかもしれない。

 「枝を払おうとしましたが、えらく堅い木でした。斧の柄にはちょうどいいと思いますよ。御用商人の目利きを信用下さい、お嬢様」

 重い空気を払うよう、努めて明るく言う。

 「、、、ありがとう、ドルトン。、、、、じゃあ、彼らが戻るまでに屋敷の女主人として晩餐会の準備を進めなきゃね。料理は猪肉を手づかみだけど、出来るだけお上品に召し上がるようお願いするわ」

 そう言ってステレは切り分けておいた猪の肉を引き出した。皆笑いながら夕食の準備に取り掛かった。
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