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憂鬱な季節
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ドルトンが去り、月一巡が廻った。暑い盛り、濃い影の落ちる軒下で、ステレは暇を作っては斧の柄を削っていた。刃物を使うのに、相も変わらず下着一枚にエプロンだけ付けて作業している。山小屋は山の中腹に建っているうえ、ここは王国の北端にあたる。直接日差しを受けない限りは、王都よりはだいぶしのぎやすい。別に暑さに耐えられないのではなく、洗濯をしたくないという情けない理由で半裸で暮らしているのだった。
軟化の魔法を教えて貰ったものの、生粋の職人ではないステレには、瞬時に効果を発揮させるのが難しい。時間をかけて魔力を送り込み、刃を立てた鉈で少しずつ削っていくのを繰り返す。ここまで時間をかけ、ようやく必要な太さの棒にまで加工することができた。とはいえ、刃を取り付けるための加工がまだ残っている。
削るのに鉄と大差無い苦労をするが、伐採済みの木は他に無いから仕方ない。生木を柄にする訳にはいかない。それにこの木ならひょっとしたら魔人の一撃に耐えられるかもしれない。
「これなら、、、刃止めの鉄板は要らないわね」
軟化が切れた柄を鉈で叩いてみたが凹みもしない。そもそも、鉄板を打ち付けようにも釘が立たないくらい硬いのだ。
棒を端から端まで手でさすって見る。目立つデコボコもささくれも無くなった。とりあえず一息ついたステレは汗を拭うと水桶で冷やした水筒の水を口にした。岩塩の僅かな塩気が乾いた喉に沁みる。
「ドルトンにはああ言ったけど、、、立合いまでにはなんとかしなきゃね」
普段の往復の旅程を考えると、次のドルトンの来訪は<夜明けの雲>との再戦には間に合わない。だからそれまでに自力で武器をなんとかしなければならない。ドルトンは月三巡では完成は難しいと思っていたようだが、ステレは寝る間も惜しんだ力任せの作業の結果、一巡でそれなりの形まで仕上げたのだ。何しろ武器を直すだけでなく、直した斧で魔銀の長剣以上の剣技を身に付けなければならないのだ。時間はいくらあっても足りない。
…だが。
突然ステレの表情に影が差す。
がっくりと俯き溜息をついた。
彼に嘘を付いた。
そのことが、今頃になってステレに重くのしかかって来る。
立合いの話を誤魔化したのはドルトンの告白を受け入れる前だったが、その後いくらでも打ち明ける機会はあった。だが、ステレは何も話さず、何も知らないままドルトンは森を去った。
何故かは自分でも上手く理由が付けられない。
余計な心配をさせたくなかった?十中八九止められると分かっていたから煩わしかった?それともつまらない意地?。
剣を持ってくると聞いて遠慮したのかもしれない。律儀な彼は全てに優先して強行軍で間に合わせようとするだろう。
……ひょっとしたら全部か。子供っぽいなと、自分でも思う。
だがそれ自体はもういい。いつものステレなら、すっぱり切り替えられるはずだった。
時期が不味かった。
「何やってるんだろ、私」
このところ、自己嫌悪の堂々巡りを繰り返している。ドルトンへの嘘をそのたびに思い出してしまうのだ。魔人との勝負、森人ノル・ヴァルレンとの出会い。森での日常にちょっとの変化が起き、ほんのちょっと前向きになれたかなと思った矢先だった。
この時期は毎年そうなのだ。
日差しも暑さも、なにもかもが煩わしくなり、些細なことで落ち込んだり怒ったりしだす。時々、いっそ何も食べずに寝たまま死んだら楽だろうか?とさえ考えてしまう。
原因は判っている。判っていてもどうしようも無い。この気鬱の元が、ステレが王都から逃げ出すことになった大きな理由の一つなのだ。
ステレは首を振ってどうにか気持ちを切り替えようとする。今更どうしようと、ドルトンが来るのは魔人との勝負の後だ。
現状ではステレが勝てる可能性は限りなく低い。前回は魔人が蘇生してくれたが、次もそうとは限らない。次に彼が来た時、自分は小屋に戻っていられるだろうか。もし無人の小屋で自分の書置きを見たら、彼は怒るだろうか。自責の念にかられるだろうか、、、
「ごめんね、ドルトン」
誰も聞かぬ謝罪を口にする。ドルトンはステレのこんな姿を知らない。今までもなんだかんだ理由を付けてこの時期の来訪は避けてもらっていたのだ。<夜明けの雲>との勝負はまだ先だ、魔人に最悪の姿を見せずに済んで良かった。
ステレは作りかけの柄を置き、泉の水を手桶に汲んで頭からかぶった。二度、三度とかぶり、頭に巻いていた手ぬぐいを外して絞ると顔と髪を拭く。沈んだ気分もあと月一巡ほどでなんとか持ち直せるはずだ。一心不乱に削っている間は僅かに忘れられる。作業でも狩でもなんでもいい、集中して乗り切ろう。
気合を入れ直すと物置を覗く。このところ作業優先の生活をしているので、物資は前回からあまり増えていない。狩にも出ず、ドルトンの残して行った麦を食いつないでいるような生活だった。早めに武器を仕上げて、せめて、最後になるかもしれない物資は潤沢に残しておきたい。そういえば、斧の柄にするために長尺材にした魔法の樫も、残ったものは全部譲ってしまっていいだろう。
地面に着いて痛まないよう、軒下の薪の上に積んで保管してある樫の角材をチェックしていたステレは、縛った縄から落ちかけていた割り損ないの端材を押し戻そうとして、ふと何かに気づいた。
「んんんん?」
突然ステレは端材を引っこ抜いて頓狂な声をだした。
ただそれだけでしばらく動かず、ずっと手許を見ていた。
軟化の魔法を教えて貰ったものの、生粋の職人ではないステレには、瞬時に効果を発揮させるのが難しい。時間をかけて魔力を送り込み、刃を立てた鉈で少しずつ削っていくのを繰り返す。ここまで時間をかけ、ようやく必要な太さの棒にまで加工することができた。とはいえ、刃を取り付けるための加工がまだ残っている。
削るのに鉄と大差無い苦労をするが、伐採済みの木は他に無いから仕方ない。生木を柄にする訳にはいかない。それにこの木ならひょっとしたら魔人の一撃に耐えられるかもしれない。
「これなら、、、刃止めの鉄板は要らないわね」
軟化が切れた柄を鉈で叩いてみたが凹みもしない。そもそも、鉄板を打ち付けようにも釘が立たないくらい硬いのだ。
棒を端から端まで手でさすって見る。目立つデコボコもささくれも無くなった。とりあえず一息ついたステレは汗を拭うと水桶で冷やした水筒の水を口にした。岩塩の僅かな塩気が乾いた喉に沁みる。
「ドルトンにはああ言ったけど、、、立合いまでにはなんとかしなきゃね」
普段の往復の旅程を考えると、次のドルトンの来訪は<夜明けの雲>との再戦には間に合わない。だからそれまでに自力で武器をなんとかしなければならない。ドルトンは月三巡では完成は難しいと思っていたようだが、ステレは寝る間も惜しんだ力任せの作業の結果、一巡でそれなりの形まで仕上げたのだ。何しろ武器を直すだけでなく、直した斧で魔銀の長剣以上の剣技を身に付けなければならないのだ。時間はいくらあっても足りない。
…だが。
突然ステレの表情に影が差す。
がっくりと俯き溜息をついた。
彼に嘘を付いた。
そのことが、今頃になってステレに重くのしかかって来る。
立合いの話を誤魔化したのはドルトンの告白を受け入れる前だったが、その後いくらでも打ち明ける機会はあった。だが、ステレは何も話さず、何も知らないままドルトンは森を去った。
何故かは自分でも上手く理由が付けられない。
余計な心配をさせたくなかった?十中八九止められると分かっていたから煩わしかった?それともつまらない意地?。
剣を持ってくると聞いて遠慮したのかもしれない。律儀な彼は全てに優先して強行軍で間に合わせようとするだろう。
……ひょっとしたら全部か。子供っぽいなと、自分でも思う。
だがそれ自体はもういい。いつものステレなら、すっぱり切り替えられるはずだった。
時期が不味かった。
「何やってるんだろ、私」
このところ、自己嫌悪の堂々巡りを繰り返している。ドルトンへの嘘をそのたびに思い出してしまうのだ。魔人との勝負、森人ノル・ヴァルレンとの出会い。森での日常にちょっとの変化が起き、ほんのちょっと前向きになれたかなと思った矢先だった。
この時期は毎年そうなのだ。
日差しも暑さも、なにもかもが煩わしくなり、些細なことで落ち込んだり怒ったりしだす。時々、いっそ何も食べずに寝たまま死んだら楽だろうか?とさえ考えてしまう。
原因は判っている。判っていてもどうしようも無い。この気鬱の元が、ステレが王都から逃げ出すことになった大きな理由の一つなのだ。
ステレは首を振ってどうにか気持ちを切り替えようとする。今更どうしようと、ドルトンが来るのは魔人との勝負の後だ。
現状ではステレが勝てる可能性は限りなく低い。前回は魔人が蘇生してくれたが、次もそうとは限らない。次に彼が来た時、自分は小屋に戻っていられるだろうか。もし無人の小屋で自分の書置きを見たら、彼は怒るだろうか。自責の念にかられるだろうか、、、
「ごめんね、ドルトン」
誰も聞かぬ謝罪を口にする。ドルトンはステレのこんな姿を知らない。今までもなんだかんだ理由を付けてこの時期の来訪は避けてもらっていたのだ。<夜明けの雲>との勝負はまだ先だ、魔人に最悪の姿を見せずに済んで良かった。
ステレは作りかけの柄を置き、泉の水を手桶に汲んで頭からかぶった。二度、三度とかぶり、頭に巻いていた手ぬぐいを外して絞ると顔と髪を拭く。沈んだ気分もあと月一巡ほどでなんとか持ち直せるはずだ。一心不乱に削っている間は僅かに忘れられる。作業でも狩でもなんでもいい、集中して乗り切ろう。
気合を入れ直すと物置を覗く。このところ作業優先の生活をしているので、物資は前回からあまり増えていない。狩にも出ず、ドルトンの残して行った麦を食いつないでいるような生活だった。早めに武器を仕上げて、せめて、最後になるかもしれない物資は潤沢に残しておきたい。そういえば、斧の柄にするために長尺材にした魔法の樫も、残ったものは全部譲ってしまっていいだろう。
地面に着いて痛まないよう、軒下の薪の上に積んで保管してある樫の角材をチェックしていたステレは、縛った縄から落ちかけていた割り損ないの端材を押し戻そうとして、ふと何かに気づいた。
「んんんん?」
突然ステレは端材を引っこ抜いて頓狂な声をだした。
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もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
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1年以上書き続けた作品です。
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今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
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