魔の森の鬼人の非日常

暁丸

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二度目のデートはチート武器で

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 ステレが<夜明けの雲>と立ち会ってから、100日。季節は廻り、山の空気が涼しくなりつつある。秋晴れの空の下、ステレはいつもの毛織の上下で獣道を登る。今日は最初から鎧は着ていない。
 やはりドルトンは間に合わなかったが、愛用のバルディッシュも持っていない。代わりに、背には雑具と弁当を入れた背負い袋に加え、布で巻かれた長い棒を背負っている。
 鬱な期間は作業に集中することで何とか乗り切った。ちょうどよく没頭できる作業ができたのだ。やり込み過ぎて寝食も忘れて一心に木を削っていたら、何か楽園のような景色が見えだした。鬱を飛び越して、最高にハイってやつになっていたらしい。

 下生えを刈りながらの登山で、思わず時間が掛かった。ようやくたどり着いた決闘場でもある広場の真ん中で待つと、間もなく日が中天に達し神殿の入り口に妙な気配が渦巻く。

 「あー、ウキウキ気分なのが丸わかりじゃない」

 苦笑しながら呟くと、それに答えるように黒く口を開けた入口から染み出すように黒衣の人物が現れた。

 「そりゃもう、会えない100日は長かったよ。お久しぶりステレ。どうかな?俺対策は何か目処が立ったかい?」

相変わらずの地獄耳だ。

 「お久しぶり<夜明けの雲>。まぁ、前よりは多少マシな打ち合いができるとは思うわ。、、、前のあなたがあれで全力だったなら、の話だけどね」

 「むふん、さてどうだろうね?」

 <夜明けの雲>はにやりと笑った。
 ステレは背の荷物をほどき、布の包から棒を取り出す。

 「…ん?それ、ここに落ちてた剣じゃないよね?」

 ステレの所作をじっと見ていた<夜明けの雲>は怪訝な顔をした。布にくるんでいたから、鞘の朽ちてしまった抜き身の剣だとばかり思っていたのだが、ステレの取り出した棒には、刀身の輝きが無い。

 「せっかくの贈り物だったけど、目の飛び出るような超高級品ばかりで私の手にはあわないから、みんな譲ってしまったわ。これは、あなたに合わせて誂えたの」

 <夜明けの雲>はステレの持つ武器をじーーっと見つめる。ステレの持つ剣?棒?は、鍔が無い。握りの部分を僅かに凹ませ、鍔とポメルの位置が膨らんでいる。鞘のままかと思ったが、それにしては縁が薄い。あれが鞘だと、刀身は両手持ちの細剣ということになる。そしてステレは、剣を抜くそぶりも見せない。

 「んん~~~、、、、もしかして、それ木剣?刃が着いてないんじゃ?」
 「あなた、武器はなんでも良いって言ったじゃない。それにコレ、当たるとものすごーく痛いわよ?」
 「うえぇ~、魔人と立合するのに、木剣持ってきたヤツ始めてだ」

 薄く笑うステレに対して、不満そうにぼやく<夜明けの雲>は明らかにテンションが下がっていた。

 「あなた、バケモノじみた速さだから、こうでもしないと当たらないでしょ?」
 「それは本末が転倒してる気がするぞ?。当たっても倒せなきゃ意味ないだろ」
 「だから、、、当たると痛いって」

 ステレはにやりと笑うと、前の立合の時と同じく、右のこめかみに握りを掲げる。前のような即興ではない。あれから何度も木剣を振り続け、構えを自分なりにものにしたつもりだ。
 (まずは、、、不貞腐れたコイツを本気にさせなきゃね)一目でやる気の無くなったと判る<夜明けの雲>に、動きの起りも見せずに踏み込んだステレが袈裟に斬りかかる。やる気なさげだった<夜明けの雲>は、しかしステレの斬撃を難なく躱した。躱したままの拍子でカウンターを入れようとした<夜明けの雲>は返し太刀に阻まれて一歩退く。
 (確かに早い、、が、、、)<夜明けの雲>は続く斬撃を躱し様に木剣に手刀を落とした。折るどころではなく、木剣を『切る』つもりだった。だが、ガンと鈍い音を立て、手刀が弾かれる。驚く<夜明けの雲>は逆袈裟を身体を捻りながら躱し、ステレの懐に入る。だが、突き入れようとした拳は、振り下ろされる木剣の柄頭で阻まれた。<夜明けの雲>は牽制の蹴りを繰り出すと同時に距離を取った。

 「ってぇ。なんだそれ?手ごたえは確かに木剣だけどえらく頑丈だ」

 右手を振りながら<夜明けの雲>がぼやく。鋼鉄もねじ曲げる一撃が、素手で赤樫の棒を叩いたような感覚で弾かれた。

 「言った通りでしょ?」

 言いながらステレはくるりと逆手に持ちかえると、足元にあった小石に木剣を突き立てた。キンというかん高い音と共に石が粉々になる。木剣の切先にはささくれさえできていない。

 「当たると痛いわよ、、って」

 再び剣を掲げ、滑るように踏み込みながらの斬撃。先ほどより更に速い。当たると思った瞬間、<夜明けの雲>は強化の魔力を込めた拳で横合いから弾き剣の軌道をかろうじて逸らす。肉眼で見える程の魔力の波紋が空間を揺らす。
 ステレは、前の立合いに倍する速度で剣を振るう。<夜明けの雲>が初めて防戦一方になった。しかし、体を躱し、拳で軌道を逸らし、直撃は許さない。
 またも<夜明けの雲>が距離を取った。

 「うわ、えげつな。魔力の塊じゃないか。それ作るのにどれだけ掛かったんだよ?」
 「お金?時間?。拾った木を削っただけだから無料よ。時間は月一巡と半くらいかな」

 ステレは、小割した魔法の樫の材の中に、割り損ねた端材があるのを見つけた。それは上手く裂くことができず、半端な長さになってしまった上に、他の材に比べたら厚みが半分になってしまったものだった。それを手にしたとき、(これって、鋼と同等以上の強度の木剣になるんじゃ?)と思いついたのだ。
 それからはただひたすら端材を削り続けた。剣は刃筋を正確に立てなければ威力を発揮できない、僅かの歪みも威力を減衰させる。鍛冶のように鍛錬で仕上げるのではないから修正が効かない、言わば、鋼材から刀身を正確に削り出すのに等しい手間がかかった。糸に錘を吊るし、刃筋が直線となるよう何度も念入りにチェックしながら削り続け、ようやく約束の日寸前に思い描く仕上がりとなったのだ。
 でき上がった木剣は、普通の木剣よりも長いが刃の部分がやや薄い。魔銀の長剣より軽くなった。これ以上軽いと剣としての違和感が出るかもしれない。残りの日はただ剣を振ることに費やした。

 最初の戦いの後、ステレは自分なりに<夜明けの雲>の戦いぶりを分析している。
 素手、素肌で完全武装の剣士と闘うため、<夜明けの雲>は後の先を取るスタイルを徹底している。先手を取って仕掛けた拳に、剣を合わせられただけで命取りになるからだ。
 一方で<夜明けの雲>は、防御以外のあらゆる面が人外の域に達している。
 こちらの動きを読み、攻撃のスキにはどんな距離からでもカウンターを打ち込み、その威力は甲冑で身を固めていても致命的な威力となる。
 そんな化物とどう闘うか?。
 ステレの結論は『カウンターを打たせぬよう、先の先を取り続ける』であった。
 だがその時点では、よほどの修練を積まねば実現不可能な、机上の対抗策だった。この木剣を思いつたとき、初めて実現可能な対抗策となったのだ。

 「えー、嘘だぁ。魔の森の木ったって、魔法使い数人がかりでかなりの期間魔力を込めなきゃ、そこまでの魔力は帯びないはずだぞ」
 「森の管理人でも知らない事あるのね」

 軽口を叩きながらも、内心でステレは舌を巻いている。確かに優位に勝負を進めている。彼の速さに対抗できるだけの感触は掴んでいたはずだ、なのに剣がまったく当たらない。やはり前回の勝負は、彼にとっては単純な速さ比べのようなものだったのだろう。だとすると、これからが本当の勝負だ。

 ステレは、剣を構えると再び斬り込む。
 これまでの打ち合いでタイミングを計ったのか、今度は<夜明けの雲>は引かなかった。瞬時に間合いに入ると左の拳を突き入れる。しかし、読んでいたのはステレも同様だ。自らも踏み込むことでギリギリで拳を躱したステレは、肩口で<夜明けの雲>を突き上げた。意表を突いた剣士の体当たりに体が一瞬浮いて、二人の間合いが離れた。それは剣の間合い。一瞬早く足場を固めたステレが打ち下し気味に魔人の左面を打つ。<夜明けの雲>は足が台地を掴むや、一気に踏み込み打込みを左手で受けた。ステレの剣が初めてマトモに当たった。物打を外された剣は、それでも<夜明けの雲>の左腕の骨に達する、、が斬れない。腕一本で斬撃を食い止める。さしもの<夜明けの雲>も体が流れて拳を放てない。が、恐るべき速さでステレの左脇から後方に回り込んだ。振り向きざまに斬ろうとしたステレは
(ダメだ。この木剣の鍔元では斬れない)
 瞬時の判断で手首を返した。ステレは半回転しながら後退して間合いを取りつつ回転に乗せた突きを繰り出す。この間合いで致命の一撃を繰り出すには、切先で突くしかない。
 <夜明けの雲>は神速の切先よりも半歩早かった。右腕の捻りでステレの剣の峰を下に押し下げながら拳を突き入れる。震脚の鈍い響きと共に、二人の間に圧縮された空気が弾けた。
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